第一話:訪問
ザック、ザク…ザクザク……
少年が鋤を手に持ち土を耕している。
ザク、ザク
「はっ、フッッ…!」
あれから…宮廷魔術師への道を諦めた。
そして逃げ出してしまった。責任から、重圧から。
今はマラレルの端っこに位置する小さな街に住んでいる。
もう鍛錬すらしていない。気ままな時間に起きて、好きな時にねる。近所の老人に畑仕事を教わって、魔術師志望の少年少女達の教師役をする。
本当にのびのびと自分が生きているのが実感できて、ホスロは心から安堵していた。
「先生、先生!」
「稽古つけて下さい!」
土を耕し続けていると、小さな男の子が土を巻き上げながら近づいてきた。ちょっと成長した芽も踏み倒しながら……
「バルカ、あぁ…先生は今な、ちょっと忙しいんよ」
「じゃけぇ向こうに行ってなさい」
田舎で過ごす内に元々癖のある方言(ホスロの家は生粋のマラレルの出身ではない為)が更に強化された気がする。
男の子は一瞬シュン…としたが、「後で相手しちゃるけん」と言うと、すぐにパァと晴れやかな顔になって。
タッタッタと去ってゆく。
この街にはホスロ程の魔術師は居ない。故に移住して早々、彼は青年達の憧れの的となった。
「……やっぱ田舎暮らしが俺にゃ向いとったんじゃろなぁ………」
ホスロは嬉しそうに青空を眺めると、再び作業に戻ろうと……したがまた邪魔が入ってしまう。
「魔術師殿、魔術師殿!!」
今度はさっき耕したばかりの土を掘り返しながら、武具に身を包んだ厳つい老人があぜ道を越えて走ってきた。
「何でみんな態々畑を荒らすん……?」
老人はこの街の守備兵であり、マラレル王家直属の剣士であったが理由あって左遷されたらしい。全身の鎧が黒く光っており、所々に王家の紋章が見える。立派だ。
「魔術師殿、すまんが直ちに儂に着いてきてくれ」
「いや…今、俺畑を……てかアンタそこ俺が種を撒いた場所なんじゃけ……」
「まぁまぁ取り敢えず行くぞ」
老人は近くに留めてあった馬にホスロを半強制的に乗せると、パカラッパカラッっと駆けてゆく。
「いや話聞けやッッ!!」
老人とホスロを乗せた馬は一直線にあぜ道を走る、走る。
どうやら街への入口へと向かっている様だ。
「カンウさん、街の外に出るん?」
「まぁ、会えば分かる……かも知れん」
「…?」
そうして馬上で揺られながら暫く道を走っていると、境界線の大門見えてきた。そして、その側に誰か…女性だろうか、佇んでいるのが見える。
「魔術師殿、あの方じゃよ、あの方がアンタに会いたいんだと」
儂はここで失礼する、と行って老人、カンウは去ってゆく。
反してホスロは見送りもせずに門の側の人物に近づいて行く。
誰だ、誰なのだろうか。
最初はコツコツ、コツコツと小気味よく早いペースで歩いていたのだが、その歩みは途中で止まってしまった。
その人は、いつもの東洋風の武道服に長い黒髪を垂らしていた。
「四ヶ月ぶり……あ、久しぶりですね、ホスロ」
「ネロ……」
その姿を見た瞬間、ホスロは全身の毛が逆立つ気がした。
あの日の、嫌な日々の思い出が湧き上がって来てしまう。
「何しに来たん…?」
「貴方を連れ戻しに」
「帰りんちゃい、俺はもうここに住む」
彼女の言葉を遮るが如く即答する。が、ソレを聞くと彼女は一瞬で悲しそうな顔になって。
「そんなのは…貴方では……ホスロでは無い」
急に変な事を呟き始めた。
「誰よりも努力家で、プライドが高くて、真面目で、強くて、傍若無人で、格好良くて、可哀想で、可愛らしいのがホスロなのに………」
「ん……今何と仰いました……?ネロさん??」
「今の貴方は自由ではありません……」
目に光が宿っていない。
泣きそうな顔でネロは喋り続ける。
「とにかく…帰りましょうホスロ、いや……最悪無理矢理にも」
段々ホスロは背中に嫌な汗を掻いてゆく。まずい、不味いと。逃げるべきであると。
そして、彼は即座に決断すると『操槍』で作り出した大槍に自らが乗って空に浮かんだ。
「……ネロ、もう帰れ………とにかく何があっても俺は戻らん」
するとネロは何故かスッと諦めたのか、小さく会釈をしてニコッと笑う。
手を降っている。
まるで深い策でもあるかの様な悠長さだ。