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第十七話:無一文の男達


鹿男と少年が、大地を踏みしめて、前へ前へと進んでいる。アッディーン公国……彼等が向かうべき所へと。帰るべき家へと。


「ホスロ、ドロエラムの国境線を超えたら、どこかの宿場町にでも寄るか」


「あ、そっか…ここってマラレルじゃ無かったんじゃなぁ……」


マラレル国内だとばかり思っていたらしい。アッディーン家襲撃から結構歩いていたのだなぁ、と内心自分の体力に驚く。

でも、まぁそもそもアッディーン領自体がマラレルの国境線ギリギリにあるので、隣国に足を突っ込んでいても納得は出来るが。


(ポータルがいかに便利だったか……)


一瞬で国と国の間を往復出来る文明の利器の有り難さを良く理解した所で、ヨナタンは喜びつつ



「うむ…ドロエラムはマラレル程異教徒廃絶を掲げている訳では無いし、属国という訳でもない……マラレル教圏では一番安全だな」


「じゃあドロエラムで宿を取れば良いんじゃ……」


「いやぁ…それは駄目だ、あくまで属国では無い、というだけだからな……公的に追手を許されるぞ」


それもそうか、とホスロは思うと歩くペースを無意識に早める。

そして、歩きながら


「所で…話は変わるんじゃけど、ヨナタン…お前、王宮騎士って言っとったな、マラレルで言う王家の霊剣とかの精鋭部隊的な感じなんか……?」


目をキラキラと光らせて聞いてみた。実のところ、ホスロは昔から、こういう〜団やら精鋭騎士の様な称号が好きで、ヨナタンが名乗った時から気になっていたらしい。


「あぁ……まぁ、公国常駐軍、魔導士、騎士含めた約四千名の軍人達の内から、強さ……技能のみを考慮されて選出された二百数名に与えられる騎士称号だな」


「おぉ~…じゃあヨナタン、メチャクチャ強いじゃ無いか」


通りでドロエラムへの遣い…要するに公式の使者なのに供回りを付けていない訳だ。むしろ下手な護衛は足手纏なのだろう。


しかし、ヨナタンは下を向いて気を落とすように


「うむ……だが、五十将ではないぞ」


五十将、王宮騎士の中でも更に上位五十人に与えられる官職名で戦時には公国常駐軍を率いて戦場を駆け巡ったり、王の近衛兵として常に近辺を警護する。


「五十将以外の王宮騎士は、貴族の護衛やら竜の撃退…私の様に他国への使者やらの仕事が殆どだ」


「いや、しかしソレも立派な仕事じゃわ、気を落とす必要は無いじゃろ」


無駄話を続けていると、ドロエラムの国境線が見えて来る。

国境沿いには…バレて居たのか。何十個いや、恐らく百を超える検問所の数々が、ズラァァと並んでいた。

リュクリーク王はマラレル教圏から絶対にホスロを逃がしたく無いらしい。


「おぉ……中々大きい関所があるな……来た時には無かったハズだが」


二メートル起きに軍兵が配置されており、そのすべてがドロエラム兵士か……マラレルの宮廷魔術師であった。


「ホスロ、人気者だな、アレは多分君の為に作られたのだろう」


ヨナタンは思わず苦笑いしながら言うが、ホスロはちょっぴり青い顔で


「まぁ……最悪バレたら……強行突破じゃな」


「だな」


ホスロの魔力も四分の一程は回復している。


だが、強行突破は最後の手段、何もせずに素通りする事が一番である。

一応、策はある。ホスロを、ドロエラムへ行くときに付けられた従者として扱う事にした。


「ホスロ…君は私の使用人のフリをしろ、年齢的にも服装的(今はアッディーンの正装を脱ぎ捨てて、ドロエラムの町人の服装になっている)にもそれが最適だ」


「年齢…ヨナタンって幾つなん?」


「十九だ」


「………一番の驚きじゃわ」


まさかこんな、筋骨隆々の勇ましい、単眼の鹿男が十九歳だとは誰も思わぬであろう。


それはともあれ、そそくさと如何にも軍人です、と言った背格好の二人組が関所に並ぶ。

明らかに他の行列の者達よりも背が高く、そして魔力量と風格が段違いだ。方や宮廷魔術師…方や王宮騎士、妥当だろう。

当然、順番になる前に衛兵達が四人程寄って来る。


「おやおや、見回りご苦労…」


待ってましたと、ヨナタンはアッディーン公国からの正式な使者であるという証明書を提示する。

が、どうやら衛兵達は怪しんでいるらしい。


「使者樣……そちらのお連れ様は?」


「おう、コヤツか」


ヨナタンは少し思案して


「私の…護衛だよ」


「……護衛、ですか」


衛兵達の隊長格らしき…魔術師が前に進み出て


「使者殿は王宮騎士……アッディーンの精鋭騎士と伺っております、そんな貴方様が護衛を……ねぇ」


男は配下達に手を振ると、ザザッと戦列を整えさせた。勿論、武器には一切手を付けていないが。


「私を疑っているのか……?、まぁ、良かろう、帰って陛下にドロエラムでの貴様らの対応……アッディーン公国の使者への無礼をしっかりとお伝えしよう」


されたくなければ、さっさと此のつまらぬ包囲を解けと、鋭く叫ぶ。



「………滅相もない……失礼仕った」


ヨナタンの軽い脅しに、隊長格の男は小さく会釈した。流石に相手は使者、一兵士の身分で国の印象を下げてまで調べる事は躊躇ったらしい。

クソッと言いたげな表情で隊列を解くと、すぐににこやかな顔になって


「また機会があればご入国を…」



…作り笑いを浮かべながら、ニコニコと形では送ってくれた。

だが、去り際に…ホスロの事を鋭い、光を含んだ目つきで睨みつける様に去ってゆく。


恐らく…王都には報告されるのだろうか。

たがされた所で同じ様な内容は何通もあるハズ、ピンポイントでホスロ達が狙われる事はあるまい、と高を括る。


関所を無事……とは言えないかも知れないが、取り敢えず突破した二人は、ドロエラムを超えて……とうとうマラレル教圏を脱出した。

確実に超えるべき峠は超えた。これだけは言える。


「さて…今俺達が居るのはココ……ドロエラムを過ぎたから……アヴェルナ教圏か…なになに、ほぅ…ランドルド王国…で読み方は合ってるかな」


「うむ、合ってるぞ……てか普通に読めて当然だ」


ここでも座学の悪さが露呈してしまう……鍛錬ばかりしていた弊害か……


「取り敢えず、宿だな殿下」


「……ん?、殿下………」


「ちょっとな、チョット……流石に王家の方を呼び捨て…というのはさっきから気が引けてなぁ」


「うーん、なんか焦れったいけど…まぁええか」


「そうか、ならばとっとと街まで歩くぞ殿下」


(タメ口なら敬称は要らなくないか……)


不満を出しつつも、共に歩く。

ランドルドの宿街への道中は幸いにも暗殺者や強盗の類に出くわさなかった。

そもそもこの二人に挑もうとする野盗など、余程の手練れか命知らずだが。


宿街はやはり国境に多いらしい。歩いて数十分で街の形が見える小高い丘まで、二人は登り…街を見下ろした。


「ほれ、見えてきたぞ殿下……あれがランドルド王国で三番目に大きい都市…ロードロンドだ」


「夜なのに…随分と賑やかなこった……」


既に真夜中などとっくに過ぎているのに、妙に明るい。丘から下りて街の中まで入ってゆく。

碁盤の目の様に区切られた街で、真ん中に大通りが通り、数人の行商人やら若者がたむろしていた。


彼等は魔法で危険な遊びをしていたり、酒瓶を投げ合っている。

所々で武器を持った喧嘩が起こり、叫び声も断続的に続いている。


(なんて治安の悪さ……アッディーン領が如何に平穏だったか……はぁ……悲しいな)


「ところでヨナタン、宿つっても、二人分の金なんてあるのか……?」


すると、ヨナタンは思わぬ…どころかホスロが二度聞きするような返事をした。


「うむ…いや、無一文だが…??」


「えっ」


「何を驚いている殿下、だから無一文だと言っている」


自分がおかしいのだろうか、とホスロは冷静になるが、成ってもおかしい物はおかしい。


「まさか……無銭…宿泊!?」


「馬鹿を言うなッ!…王宮騎士ともあろう者が、そんな薄汚い真似をすると思うたか……たわけッッ!!」


「俺が悪いん…?」


聞くと、明日どうやら日雇い竜狩りを行うらしい。

(じゃあ今夜は結局野宿じゃねぇかッ!!)と叫びたい気持ちを抑える。「宿場町に寄るか」と言っていたのだから、普通にある程度金が有ると思うだろう。


てか何で王家の使者なのに金が無いんだよ…と言いつつ、彼の弁明を聞く。


「いやな、ドロエラムで悪い女達に引っ掛かってなぁ……たった二日で殆ど搾り取られたのだよ」


色んな意味でな、と付け加える。


「……」


何が王宮騎士……とんだ性豪男であった。

ホスロは心底軽蔑しました、とジト目になってヨナタンを見据えている。

そして、はぁ…とため息を吐きつつ良さげな道端を見つけ、パパット土を払いのけると。


「俺達はここで寝る、ヨナタンは……まぁ適当な場所でも探せよ」


ちょっと頬を膨らませた。すねて居る。


だが、ヨナタンはそんな少年を見て、微笑んで


「冗談を、殿下を守るのが俺の努めだ、護衛するよ……夜通しでね」


「ケッ、勝手にしろや……」


口では邪険に言うが、実際は嬉しそうにホスロは腰を降ろす。


……この、安心感…


オドアケルを思い出してしまう、いつ、どんな所へ行ってもホスロ第一で、夜通し守ってくれた忠臣。


最初は意地を張って起きていたホスロであったが、暫くするとスゥ、スゥ……と眠りに落ちてしまった。


余程疲れていたらしく、深い眠り。


一日で多くの事が…余りにも多くの事があった。

先日宮廷魔術師に成ったばかりだと言うのに。

濃密過ぎる数日間であった。


スースーと完全に眠る。

眠っている間は大事そうに……杖を…


また、小さな声で寝言も放って


「そうだなラヴェンナ……ラヴェンナ………ラヴェンナ、ラヴェンナ……ラヴェンナ……ラヴェンナ…せめて最期に…俺の手で殺せて………よかっ……たぁ……まって…たま…しい……を………はな…さ…………「行くなよ、ラヴェンナ」


抱きかかえながら…奇妙にも充血した目をカッと見開いて寝言を言いながら。起きてはいない。


夢の中で、大好きだった少女と一緒に野原を駆け回っているのかも知れない。

一緒に、どこまでも続く赤い野原を………


夢の中、ホスロは満面の笑みで…笑いながら、追いかけている。

ラヴェンナを。









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