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第十五話:ラヴェンナ

ゴォォ、と凄まじい轟音を奏でながら、アッディーン城館中に炎が撒き散らされる。

怒り狂った様に、ホスロは剣を振り回している。


だが、ソレは何処か……悲しい怒りであった。向ける矛先を違える様な、悲しい。虚しい。


「おいこら、人様の領地を荒して……部下を……家族を殺して………生きて帰れる思うとんか?」


「まさか…ホスロ君」


だがアルブレッドは冷静に、ギィンギィンとホスロの炎剣をいなしてゆく。


戦闘開始から数秒で城門のみならず、ホスロの実家中に火の手が巡り回る。斬殺された死体を、ホスロの纏尽炎が優しく包み込む様に焦がしていた。

己の全魔力を燃やし尽くす如き火力と槍術に、アルブレッドは押されてゆく。

一方、ホスロもホスロとて、楽な訳では無い。

(纏尽炎に加えて操槍の同時併用……魔力の消費が激しいな……)


しかしながら…それだけせねば倒せぬ相手である。

もう…ライオリックの時の様なヘマはしない。殺す。確実に。


いくら王家の霊剣と言えど、それは昔の…遠い全盛期の話。今のアルブレッドならば殺れるとホスロは確信している。

幼少期、あの頃ホスロに剣術を教えてくれた優しいアルブレッドおじさんは、もう居ないのだ。今はただ、殺戮対象として斬りかかる。


「さっさと……」


剣と剣が重なる度に、アルブレッドに疲労が見える。

だが、一向に彼が焦る気配は見えない。


それを表すように、ギィン、ギィンと壁際に追い詰められながらも、ゆっくりと渋い声で話しかけて来た。


「……やはり、やはり若いなホスロ君」


「あ゛?」


ホスロは気が立っている。怒りながら返した。


「教王の精鋭部隊を舐め過ぎだよ」


言うなり、突如として構えが変化した。

そして、王家の霊剣のトレードマークとも言える霊剣を胸の前に立てると、パァァ光り始めたではないか。神々しく、そして奇妙な、気持ちの悪ささえ感じる光……無理矢理作られた様な、おどろおどろしい輝き。

その光はアルブレッドに吸収されていき、そして発光が終った時には……彼のオーラは明らかに変化していた。

一目で理解できる……飛躍的な魔力量、威圧感の向上。まるでマラレル王の如き雰囲気。


「クソッ……」


やはりこのオーラは…ライオリックと戦った時と同じだ、心力系統……いや、だが、そんな訳はない。

恐らく…王に力の一部を分け与えられたのだろうか。


加えてアルブレッドは何を思ったか突如として光り続ける霊剣を自身の胸に刺すと、ブツブツと詠唱を行う。


今度は泥の様な光が彼の全身を優しく包み込む。

阻止しようとしたが、あまりの光量で近づく事すら困難であった。操槍で攻撃を試みるも、弾かれてしまう。


そして……ソレが終わると、彼の……アルブレッドの体は狼と虎を混ぜた様な姿へと変貌した。ただし二足歩行で、霊剣は持ち続けている。


真っ黒い…獣。体中に生傷の様な物が浮き出ており、頭部の狼の瞳と牙が印象的である。体高は優に二メートルを超えるであろう。獣毛で覆われたその身体は、余計巨体を引き立てている。


「虎狼ノ……心」


更に雰囲気が強まる……触れてはならぬ存在の様な、そんな禍々しいオーラ。


「まるで……魔物じゃなぁ………」


ホスロが思わずそう云う程に、怖ろしい姿であった。



「……参ル」


周囲のホコリが舞う間もなく、アルブレッドはホスロとの距離を詰める。この巨体でありながら、纏尽炎ですら反応不可な速度にホスロは驚きを隠せないらしい。


バッと咄嗟にガードを行うが、上から剣で殴り飛ばされた。

ドッドッドッと転がり…バーンと石壁に強く打ち付ける。


「ごっ……ゴボッ……!」


ドバッと血を吐いて、地面に突っ伏す。


「オワリダ…セメテ……苦シマヌヨウニ…………」


アルブレッドは霊剣に魔力を込め、一撃で屠ろうとしている。逃げなければ。

グルルル…と荒々しい獣が背後から忍び寄る吐息が聞こえてくる。


ホスロは無様にも這いつくばりながら、なんとかして逃げる、逃げる。


だが、逃げ場は無い。

血を吐き、爪を削り、アッディーン家の正装を汚しながら、なんとかして城館内を這う。


先程の衝撃で足が潰れたのだろう。全く立つことすら出来ない。


(もう……これまでか……あぁ…)


天の助け…いや、慈悲だろうか。

足元を見ればラヴェンナが居た……血を大量に流し、息をしていないラヴェンナが。


最期の最後に会わせてくれたのだろうか。

反転し、思わず手を伸ばす。必死に、必死に。


「あぁ……ラヴェンナ…ラヴェンナ……俺に力を…」


「最期に……お前の仇……だけでも………」


アルブレッドは悲しそうにその光景を眺めると、容赦なく剣を振り下ろした。

ザシュという音とともに手を伸ばし、呻いていたホスロから、力が抜ける。


それを確認したアルブレッドも同時に獣化を解くと、コツコツ、と城館から出て行こうとする。


(これで……良かった…)


男は自分を洗脳する様に言い聞かせ、そして歩き出した。

が、それは途中で止まった。膨大な生命力を感じ取った為である。


背後から伝わる異常な魔力量、恐らく獣化前の自身と並ぶ程の……

見れば、ラヴェンナの死体は消えていた。代わりに、歪な形の杖を片手にしたホスロがアルブレッドを睨みつけている。


「ラヴェンナ………そうか…お前は…」


言いながらホスロが杖を翳すと、詠唱も無しに業火が巻き起こり、アルブレッドを包み込む。


「なッ…!!」


どう考えても、瀕死の宮廷魔術師程度が出せる出力では無い。


(死の間際で心力を……いや、そんな事はあり得ん……転生者でもないホスロ君が…)


ならば考えられるのは…


「ラヴェンナが杖の素材に……」


無意識にホスロが、ラヴェンナと杖を同化させ、彼女が扱っていた普遍魔法や固有能力を流し込んだのだろう。

一応、禁忌ではあるが人間を杖の素材にする方法はある。ホスロの場合は意図せずにしたのだろうが。


少年が杖を左右に振れば、火焔が当たり一面を覆う。


_______


「ホスロ、ホスロ…!!……俺な、今な、炎系統の普遍魔法を研究しててよ〜」


あの、無邪気な笑み。

喋る度に銀髪がユラリと振れ、無垢な瞳でコチラを見つめてくる。


優しい目、透き通った様な瞳。


何故、俺はもっと早く帰らなかったのだろう、無限の後悔心がホスロに纏わりつく。


「なぁホスロ〜俺も宮廷魔術師になりてぇよ!」


「でもよ、やっぱ固有能力が『練火薬ネリカヤク』じゃ厳しいかなぁ……」


「はぁ…二つ持ちのオメェが羨ましぃよ…俺もいつか…ネロやお前みたいな大魔法を___」



______



「見てみろラヴェンナ……これが…お前の魔法だぞ」


(お前の『操炎』を上回るドデカイ炎作ってやるぜ!)


両手で大きな木の杖を持ち、少年が踊るようにして黒く、焦げた城の中で舞っていた。

彼の身体から飛び出る炎は城中を駆け巡るが収まりきらず、外へと溢れ出、そして敵を燃やし尽くす。


まるで自分の罪を清めるような、贖罪するような、そんな風にホスロは杖を振るう。


膨大な、岩を砕く程の火力に…思わずアルブレッドは引き気味になって


「何と言う熱量攻撃……これは……些か分が悪い……帰って王に報告を…」


咄嗟に逃げようとする。が、それをむざむざ許すホスロでは無い。


すぐに回り込むと、杖を振ってドロドロとした液状の炎の鳥かごを作り、閉じ込める。

まるでマグマの様な高温の炎壁。


「詰みじゃで、アルブレッド…さん……」


「……そうらしいな」


一瞬で理解した男はカラン…と手に持つ霊剣を落とすと、諦めたらしい。同時に、彼に纏っていた不思議なオーラも消え去った。

王に見捨てられたのかも知れない。


間髪入れず、ホスロは最後に問い詰める。


「改めて…何故こんなことを…?」


「ただ、勅令に従ったのみ」


「詳しく」


「………言えん」


だろうな、という顔をホスロはすると、杖を変形させて長剣に切り替えた。

介錯を。


アルブレッドも騎士である。

膝をつき、大人しく首を項垂れた。


だが、最期に彼は掠れた声で


「ホスロ君……きっと、私が敗れた事を知った陛下は追手を差し向けるだろう………遠くに……兎に角、遠くに逃げなさい」


全てを聞き終えると、ホスロは静かに剣を振り下ろした。


ゴロン、と重い肉塊が城館の石床に転がる。


血と…肉と……炎の城。


ホスロの思い出が詰まった、赤い城。


少年は涙で顔面を濡らしながら、大きな声で祈った


「アッディーンに……安らかな眠りを…!!」


ポツリ、ポツリと落ちた涙はジュウジュウと炎で蒸発し、空へと消えてゆく。


だが、泣いてばかりもいられない。少年は赤面したまま剣に付着した油と血を拭き取る。


「……また、逢う日まで」


その後、少年の姿はアッディーン領内から完全に消え去った。



________________



「お、王よ……報告です……」


その日の夜、カロネイア城は珍しく静かであった。

否、正確には玉座の間と言った方が正しいのかもしれない。城内は絶賛戦争準備中である。


元王家の霊剣が撃たれた、との結果に群臣達は同様を隠せず、誰もが無言となった。


「まぁ…『王の目』で分かっておったが、アルブレッド……かつては霊剣の中でも五指に入る猛者であったのにのぅ……」


教王…リュクリークは残念そうに、失望したように鉄仮面越しに喋る。玉座の上でその巨体を震わせながら。


「元とは言え……朕直々の将が敗れるとは……」


「まぁ……陛下、アルブレッド如きでは荷が重かったのでしょう、最低でも現役の霊剣か特等魔術師クラスを派遣しなきゃあ」


すると、急に女性の気の強そうな声が遮る。

奥の方からでて来たその人影は、月光と反対の位置におり良く見えない。


「まぁ、そう言うな……それこそ五老杖である貴様が行っても良かったのだぞ」


「五老杖…『断金の大鎌』フォルクスよ……」


「いやいや、面倒臭い…それに私が行くまでも無かろう」


女性…もといフォルクスはフイッと手を眼前で振った。



少し話が逸れるが…ここで、改めてマラレルの軍構成を整理する。

マラレル王国軍の基本的な人員構成は、宮廷魔術師と騎士候補の二種であり、そのどちらも(宮廷)魔術師庁に所属しており、練度や功績により格が付いてゆく。


騎士候補の場合は功績に応じて、一等騎士候補、騎士、マラレル騎士(団員)、王家の霊剣と上がる。最高の称号である、王家の霊剣は現在十六名しか存在しない(高齢となり現役で無くなったものを含めると三十数名に上るが)


騎士候補から王家の霊剣まで、計六千名が常駐しており(その大半が騎士候補)、戦時となれば他国から志願者を募るため一万名にまで膨れ上がる。


対して宮廷魔術師の方は、宮廷魔術師、一等宮廷魔術師、特等魔術師、五老杖、併せて三千名で構成され、最高職の五老杖はその中から選びぬかれた五名の練達の魔導士で結成された集団となる。

これらも騎士達同様戦時には五千名程になり、騎士、魔術師併せて常備軍が約一万、戦時軍が約一万五千……これがマラレルの主戦力となっている。



−−−−−−−−



リュクリークは少し思案すると、何を思ったか、パッと伝令をラドリア家に走らせた。


王家の霊剣でもなく、特等魔術師でもなく、五老杖でもない……ホスロの追手として最適任者を呼び出したのだ。



それは、つい先程討たれたアルブレッドの娘、ネロである。


呼び出されたネロは玉座の間に入ると、深く平服して王の命令を待つ。


「ネロ……既に知っておるだろうが……」


「はっ、アッディーン領の反乱を収めに向かった父が……ホスロに……討たれたと」


王は表情が変わらぬ鉄仮面のまま、縦に頷く。


「うむ…恐らく何者かに唆されて手をかけたのであろう……彼はまだ若い……どうにか追いつき、連れ戻してはくれんかね?」


「生け捕り…ですね」


「うむ、うむ」


それを聞くと、ネロは良かったと小さな声で呟き、再び王の方へと向き直った。

そうしてリュクリークは真実を伝えぬままに、無知な少女に向かって命を発する。


「地の果てまで、国境を超えても彼の少年を追い求めよ、王の名のもとに、マラレルの名のもとに」


「必ずや」



ネロは神妙な顔付きで剣を床に突き立てて礼をすると、コツコツ、と王宮から去って行った。

その背中を見つめつつ、五老杖…フォルクスは心配そうに言う


「陛下……大丈夫ですかねぇ……あんな小娘ちゃんに任せて」


「分かっておらぬなフォルクス…だからこそ、よ、ホスロは人の心を持たぬ獣でもなければ、道徳心を捨てた野盗の類でも無い………」


「魔術師じゃ、慈悲深いのぅ…」


王はよく響く声で王宮を震わすと、静かに片手のグラスにそそいであったワインを飲み干した。


ホスロにとって尤もやりにくい追手が、今放たれたのである。


決して本気で殺す事が出来ず、どんな場所に引き籠もっても、必ず見つけ出す……今となっては唯一の友達が。




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