第十三話:ブラックな魔術師庁
色々と大変だった宮廷魔術師認定試験から一日が経った。
ホスロ一行は既にアッディーン家城館に戻っており、父であるカイロも明後日には帰宅するとのこと。
「おぉーいホスロ〜、普遍魔法の開発手伝ってくれよ」
今日は快晴だ。心地よい陽気が城の石壁に反射し、温めている。さっきから指導しろ、魔法を教えろと小うるさい小娘の戯言を聞きながら紅茶でも…………
と、思ったがそう上手くは行かないらしい。
「………仕事……」
そう、そう。昨日から宮廷魔術師になったのだ。つまり、王の犬……社畜になったも同然、自由な時間など有りはしないのである。
「なんで初日の新人まで動員するんじゃぁぁあ!!!」
どんだけ人手不足なんだよ!?と手に持っている紅茶入りのコップを地面に叩き付けたい気持ちになる。
流石に試験後くらいは優雅に休ませて欲しかった。だがそうは言っていられないらしい。
さっさと職場に行くぞと言わんばかりに朝っぱらから城館の石窓を通ってネロがスカズカと自室に入ってくる。
どこから入って来てんだよ、と突っ込む気すらホスロから抜けている。
「さぁホスロ、魔術師庁に行きますよ〜」
「こんな日が来るなんて……ずっと夢でした………」
「お前は騎士候補だろ」
「まぁ依頼を受ける場所は変わりませんので」
騎士候補だろうが宮廷魔術師だろうが、どちらも王家直属の臣、魔術師庁(宮廷魔術師庁)で市民からの依頼や王族貴族からの任務をこなすのは変わらない。
様々な命令が処理されてゆく魔術師庁は、マラレルの行政機関とも言える。
「我々騎士候補や騎士(騎士候補が数年間一定の功績を上げ続けると正式に称される)からすれば"魔術師"庁なんて名称は嫌なんですがねぇ……」
しかしマラレルの花形と言えばやはり五老杖を始めとする魔術師集団、致し方無いだろう。
とにかく二人は…というかネロはホスロの腕を引っ張ってズリズリと引き釣りながら、魔術師庁までワープ出来るポータルまで連行してゆく。
「ホスロ〜!!帰ったら魔法教えてくれよ〜」
ラヴェンナが残念そうにフラフラと片手で手をふるのを背景に、二人は急いだ。王国公認の職のため、すんなりとポータルを抜ける事が出来る。
僅か数分で目的地へと着いた。
改めて、魔術師庁。マラレルの王都、カロネイアにあるカロネイア城と同時期に建てられた施設で、古くから街のシンボルとしても親しまれている。
依頼の受注が出来るのは宮廷魔術師、騎士候補以上の王国軍人のみであり、施設自体が軍事拠点としての一面も有している。
右手にカロネイア城を望みながらホスロは正面の魔術師庁を見上げた。無駄な装飾がなく、かと言って陰気な感じも一切ない。真っ白な大理石と石だけで作られており、みるからに厳格そうだ。
中に入ると柔らかい木目の壁が目に入り、十数個もの環状のテーブルの中心に王家の使用人の服を着た受付員が座っている。ここで様々な命令を簡略化し、軍人達に通達する。
「ここが……魔術師庁もとい…………社畜庁…」
「何か言いましたか、ホスロ?」
「いえ」
数多の魔術師、騎士達が慌ただしく動き回っている。
「おい、報酬金はこれだけか!?干からびちまうぜまったく……」
「陛下からのご命令は……」
「五老杖と合流後、アハマラ地方沿岸部に__」
当然、会話音で空気が震え続ける。
ガヤガヤ、と随分国家の神聖な機関にしては騒がしく、なにより汗臭い。
すると、そんな人混みをかき分けかき分け、中からまっすぐホスロ達の方に向かってくる人物が居た。魔力、歩き方、雰囲気からして馴染有る…どころか断定出来るくらいの人であった。
分かってしまった瞬間、ホスロだけでなくネロまで嫌な顔になる。
「おや、魔術師樣……こんな所でお会い出来るとは」
「うわぁ…お前も居るんかぁ………サイエン」
「やはり夫婦の仲は前世から…と言いますしね、運命ですかねぇ」
「多分違うと思うけどなぁ…」
ホスロはどうしてもこの女性を自分の嫁だとは認めたくないらしい。引きつった笑顔で会話を続けている。
「あら、キルルワの野蛮な田舎剣士風情がこんな所に……」
すると、ネロが結構な事を言いながら割り込んできた。
「へぇ…やはり貴族様は物の言い方が上品ですねぇ……教育が宜しい様で」
「仲悪っ……」
急に目の前で言い合いが始まってホスロは焦る。なによりこの二人に面識があった事が驚きだ。聞いてみるとつい先日会ったらしい。タイムリーだなぁと思う。出会った時に殴り合いでもしたのだろうか、それくらいの険悪さ。
「はぁ……今日はホスロの初入庁日なので、こんな女相手に時間を潰したくは無いのですがねぇ………」
「私が変わりに案内しても良いのですよ、ねぇ魔術師樣」
「おや、貴方の様な脳筋に仕事の説明が出来るのですか」
「こ…この……よく回る舌ですねぇ……引っこ抜いて差し上げようか」
「それはそれは…怖ろしい事を言いますね……」
ヒートアップしてきた、周りの魔術師達が訝しげにコチラを見ている。それに笑いながら
「おい坊主、いい女に囲まれてるじゃあねぇか」
「新人のクセして羨ましぃねぇ…!」
茶化して来る。
「面倒臭い…」
ホスロとしては閉庁時間まで適当に時間を潰して、今日はさっさと帰り、鍛錬をしたかった。
ライオリックに負けたあとから、今まで止めていた固有能力上げを再開するらしい。
が、仕事だけはこなして置かなければなるまい。
二人が言い争っている間にコソコソと抜け出したホスロは、即座に受付員の所まで行き、新人宛て…というかホスロに直に下された依頼を確認する。
他の魔術師達に通達された大量の封筒が、テーブルの裏にキレイに四角に区切られて積み上げられている。やはり大国、人口の分だけその種類、数は豊富である。
依頼に難易度は無いらしい。王家直属の軍人達ならばどんな任務でもこなせると言う信頼故なのだとか。
呆然と山積みの依頼書を眺めながら思案していると、スルリと受付員に一枚の紙を手渡される。
「有難う、……おぉ、モノダラバ砂漠に棲む砂火竜の討伐か……」
それっぽい感じの任務紙に、討伐対象。
ホスロは体をウズウズさせて興奮させる。何だかんだ、生きてて竜を狩った事はあまり無い。アッディーン家領近くに降り立った小竜を追っ払ったくらいだった。尤も、その小竜にすらかなーり苦戦したが。
だが確実に興奮はしている。きっと戦闘狂なのだろうか。
兎にも角にも。ホスロは、マラレルの為にと両手を眼前で合わせ、任務書を受け取ると書かれた場所まで飛び立った。(王国に所属する軍人は、国内であれば主要な都市にポータルを通って移動出来る。)
__モノダラバ砂漠____
「……あっつ……」
どんな怪獣や竜が待ち構えているのやらと身構えて魔術師庁を飛び出たが、ついてみればそれ程でも無かった。
ただひたすらに続く土色の景色。それ以外には形容しようがない。
その上なんか謎の付属員まで着いてきた。二人も
「砂火竜……文献によれば『操炎』と『操砂』の二種類の固有能力が必ず備わっているとか……油断出来ませんね魔術師樣!!」
「初めての任務、緊張しますかホスロ?」
「いや……お前らは戻れよ…」
ネロとサイエンが当たり前の様に着いてきている。明らかに過剰戦力な気がしてならない。よく上官に怒られなかったなぁと感心するばかりである。
「知っていますか魔術師樣、砂火竜は地中に潜るのだとか」
「なるほど…文献見ながらさも既知の様に話せる度胸は凄いなぁサイエン」
フフン、と鼻を鳴らしながらサイエンは、その真っ黒な長髪を靡かせる。
騎士の重装魔法具の黄金色とサイエンの真っ黒い髪は何度見ても微妙に合わない。オマケに鋭く切れた目尻、ネロが着ている東洋の武道着が似合いそうなのになぁ…とホスロは毎度の様に思う。
「ホスロ…サンドラゴンについての知識ならば私の方が詳しいですよ」
「ほぉ、どんな」
「サンドラゴンの幼体は成長するまで地中で親に育てられるのだとか、そして育ち切った幼体は穴をほって空へと飛翔するらしいですよ」
「へぇ……なんか中身が有りそうで無い説明……というかサイエンが持ってる文献見れば分かる内よ_」
「ぐぬぬ…一本取られた……」
「……」
ホスロはスンッと真顔になって、中身のない講釈合戦を繰り広げる二人を見つめる。
だが、そんな雑談も終わるらしい。
突然だだっ広い砂漠の遥か前方から砂埃を轟轟と上げて巨大な魔力が近づいて来た。
改めて受付員に貰った紙と自分の位置をコンパス(魔力を流し込むと、自身の座標が推奨を通じて表記される魔法具)で確認する。符合した。
ここら一帯を縄張りとしている、報告書通りの砂火竜。
「よし、全員戦闘準__」
ホスロの発言中にも二人は飛び出して行く。サイエンは王より下賜された王家の剣を片手に、ネロは素手で。
物凄い速度で竜に向かって全速力で駆ける。
ズズズ…と地を這い向かって来る砂火竜と衝突したかと思うと、ばぁぁん、とその巨体が仰け反った。
ホスロはあんぐりと口を開けて立ち竦む。
「やるじゃ無いですか、ネロ騎士候補殿」
「それはどうも」
ホスロの立ち入りが出来ない程の黒煙と砂を巻き上げながら、続けて二人は砂火竜の体に穴を開けて行った。
「…援護…まぁ形だけでもやっとくか……」
ほぼ意味のない遠距離からの槍技を放ちながら、真顔でホスロは作業の様に死体処理の準備を進めていた。日はまだ登りきっている、勤務終了までまだまだ先は長い。
________
外は真昼である、だが玉座の間は常に暗いらしい。
コツン……コツン………
場面は変わり、暗い、暗い玉座の間。
「それで……アッディーン公国はなんと?」
リュクリーク王が深刻な顔で、玉座で頬杖を付いている。
その数段下に並ぶ群臣の中の一人が、王の質問に返した。
「もはや国交もこれまで、軍を率いて我が旧領を奪還し、マラレル教徒を撲滅せん、と」
「我が国においてあるアッディーンの血筋についての是非は、何か申しておったか?」
「いえ……何とも………」
「まぁ……人質だしのぅ………可哀想ではあるが」
王は悲しそうな声を出すと、何かを決意したらしい。左右の騎士に耳打ちして行かせた。
「王よ…どうか、どうか………マラレルにいるアッディーン一族の命は助けて頂けないでしょうか…」
「……」
王は何も答えない。それを見た男は、懐から大事そうに封を取り出すと手渡した。
「こちらは重臣一同、五老杖『人形造りの棺』ザルク樣、及びマラレル騎士団団長兼王家の霊剣筆頭ライオリック樣からの助命嘆願書です」
「………捨てぃ」
「王よ……どうかお考え直しを…」
「ライオリックめ……あの小僧にそれほど惚れたか、だがならんわ、あの血は王の血である」
「英雄の血、賢王の器、それに……勇者の末裔……担ぐ者が現れよう」
「そ、それは……」
群臣の一人……いや、アルブレッドは口篭る。
「アルブレッドよ……ならば、せめて、お前の手で一族を葬ってやれ」
「因縁を終わらせて参れ、三百数年前アッディーン家の血を置く事を申し出た貴様の先祖の代わりに……な」
「……ッ…」
「行かねば…ラドリア家はマラレルに無いかも知れぬ」
「忘れるなアルブレッド、『王の目』、『王の耳』はいつでも貴様を、いや、貴様らを監視しておるぞ」
「はっ…」
アルブレッドは肩を震わせながら近辺の騎士達を率いると、真っ直ぐカロネイア城を出て、アッディーン領へと向かってゆく。王の命令は絶対である、逆らえば…言わずもがな。
大人しく従った方が身のためなのだろう。
そうして、悲しい戦の火種は…真っ先にマラレル国内に落とされた。
パカラッパカラッ、と処刑部隊がアッディーン領を目指して疾走っている。