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第十話:霞むアイデンティティ


ホスロとラドリア家の少年との一騎打ちが終わると、二人はすぐさま修道院へと運ばれた。

尖った屋根に、マラレル教を象徴する剣と戟が交差する印が付いた、いかにもと言った建物。

警備のために病院騎士団が常駐しており、これまた闘技場に隣接している。


「ホスロさん、ホスロさん、大丈夫ですか、意識は?」


小綺麗な担架で運ばれながら声を掛けられる。ホスロは返す気力さえ失っていたため、何とか手を挙げて答えた。


ザッザッザッ、と担架が野次馬や闘技場内外に屯する人達を押しのけながら進んでゆく。


修道院は騎士団の拠点でもあるため結構大きいのだが、患者の数が余りにも多い。そのため本来ならば他の病人共々雑魚寝が妥当であるが、アッディーン家の現当主であるカイロが宮廷魔術師で無いものの、伯に任命されている上に教区長(マラレル王は王であると同時にマラレル教の指導者でもある)を兼任している為、一応は貴族階級に属しているホスロは一室を与えられた。


六畳くらいの広さで、ベッドの他には傷ついた小さなテーブルが置かれているだけであり、とても質素な空間である。


が、二、三分もすると、その雰囲気をブチ破る如くバンッと立て続けにオドアケルやラヴェンナ、それにネロが見舞いに来た。


「ホスロ樣……怪我の_」


オドアケルが心配そうにするのを遮って


「ホスロぉ!、おまえ良い勝負だったぞぉ!!」


「あらラヴェンナ、あまり病室で大きな声は……」


「お、済まねぇネロ」


ラヴェンナも心配そうに大声で喋るが、ネロに怒られる。


「俺に謝れよ………」


賑やかな奴らだ……声が反響して破れかけた鼓膜がキンキンと痛む。

そのため、ホスロはネロを見つめると仕方なく、といった表情で


「ネロ……お前確か回復魔法使えただろ、悪いが掛けて欲しい」


「困りましたねぇ…一応試験監督なので、一人の受験者に肩入れする訳には行かないのですが……まぁ良いでしょう」


すると、ネロはススス、とホスロに近づき、メチャクチャ体を密着させる。なんか手も繋いで来た。

彼女の武道着と、ホスロの服が擦れ合う音さえ聞こえてくる。


「……近くね?」


「このほうが良く効くのですよホスロ」


コレを見てオドアケルが注意してくれないかなぁ、と思って横目で見ると、ほほぅと、感心した様にウンウン頷いている。同様にラヴェンナも勉強になるなぁと目を丸くする。

一瞬で諦めたホスロはそのまま治療を受ける事にした。


暫く……一、二分間程ネロはホスロの体にまとわり続けると、パッと離れた。どうやら完治したらしい。


「……まぁ、有難うネロ」


「はぁ…はぁ……お安い御用ですよ……ホスロ…また、何時でも言って下さいね」


顔を赤らめて紅潮させ、その上何故か息遣いが荒い。


そんな表情を見てうげぇ、と引きつった顔をしながらホスロは感謝すると、立ち上がろうとする。


「よし、うん、いやでもホンマに治ったわ、体が軽い」


また闘技場に戻り、合格者同士の順位決めの試合にでも参加するのだと。

だが、ネロは怖ろしい顔で反対した。


「止めておきなさい、ホスロ」


何故なのだろうか、そうオドアケルは思ったらしい。


「ネロ樣、勝負事こそ戦士の誉れですぞ…ホスロ様が心配なのは分かりますが………」


「ネロぉ…俺もホスロの試合まだまだ見てぇよ、行かせてやれよ」


皆も口々にいうが、ネロの顔は渋いまま。

その上、彼女は説得するように立ち上がると、脈絡を急変させて喋り始めた。


「……そうですねぇ………転生者、そう、転生者、ご存知ですかホスロ?」


「……さぁ?」


急な語りにホスロは戸惑いつつも耳を傾けてゆく。


「予定に無い召喚魔法や時空の歪みにより……この世、現世ではない異空間から飛ばされた放浪者達」


「………我が国ではそのような者達を積極的に保護し、官位を与えています」


「どうしてでしょうか、ラヴェンナ」


「え、あ、うーん……なんか可哀想だからか?」


ラヴェンナは不思議そうに返した。


「んん……ちょっと……違いますね」


「単純に…彼らが強く、高い知能を有しているからです」


ネロの語りは止まらない。


「転生して数秒で宮廷魔術師の平均よりも高度な魔術を開発、運用したり、我らでは到達できない様な能力……『心力』を持つ個体さえ居るのだと」


魔術…もとい能力はその強さや簡易性によって三つの段階ランクに分かれている。


最下位、第一段階は詠唱や手印を必要とする『普遍魔法』、水や炎などを魔力から生み出し、簡単な操作を可能とする。極めれば召喚魔法や結界魔法等の高等な魔術にまで派生出来、どんな人でも手順を踏めば使用が可能。


中位、第二段階が『固有能力(魔法)』、普遍魔法の様に態々動作を必要とせずに魔力から直接物質を顕現し、操る範囲や精度も普遍魔法を遥かに上回る(魔術師の腕に依存するが)

一人最低一個以上持って生まれるが、『普遍魔法』の様に鍛錬で身につける事は不可能に近い。

読んで字の名の通り、その人固有の能力である。



最後に、最上位……第三段階に君臨するのが『心力』である。一切が謎に包まれており、判明しているのは『転生者』や、王族等の高貴な血筋にしか発現しない上に人智を越えた能力を秘めている、ということのみ。

というかそもそも存在自体が不確定のため、ある意味伝説的な呼称となる。


「運が悪かったですね、ホスロ……貴方の次の対戦相手は……あのライオリック…ノルマンドです」


「ノル……マンド?」


(マラレルの現国王(教王)、リュクリーク・ノルマンド(四世)の一族か……)


「えぇリュクリーク王の女壻の」


「まさか、あの………僅か十六の齢にして北方の騎馬民族を四方尽く平定し、蛮征騎士と呼ばれた……」


オドアケルが驚いた様に口を挟んだ。


だが、逆にその経歴がホスロの闘争心に火をつけたらしい。

ベッドの横に置かれている家具をバンッと蹴り上げると、武者震いをしながら闘技場へと逆戻りしてしまう。


ソレを見てラヴェンナは嬉しそうに飛び上がると


「お、それでこそホスロだぜッ、オドアケルさん〜俺達も行くぞ!!」


「ホスロ様…小娘……まぁまぁ走らずに」


病室には寂しそうにネロが一人でポツン、と座っている。

そして、はぁ…と困った様に眉間を指で挟みながら


「ホスロ……うん……貴方"も"分かりますよ、あの化け物の恐ろしさが」


武者震いでなく、ブルッと寒そうに震えた。



__________




一方、闘技場は静まり返っている。誰も声を発さない、いや、発する気すら起きないくらいの勝負が目の前で行われたからだ。

結末を言い表すかの様に、宮廷魔術師相当の合格者数名が痛そうに地面にうずくまり、そして今担架で運ばれて行った。


残りの通過者達は誰も敢えて勝負を言い出さない。試験後の交流戦的な流れでいつもは盛り上がるハズなのに。


闘技場の中心には少年がゆっくりと剣の手入れをしながら座っている。つまらなさそうな表情で。


「おい、誰か居ないのか、俺と勝負をする人は」


大きく、そして観客席まで透き通る声で言うのだが誰も答えない……一人の馬鹿を除いては。


「ヒマそうじゃなぁ、将軍サマ」


ホスロ・アッディーンが長剣をぶら下げながら近づいて行った。前の剣は完全に折れた為、オドアケルに借りている。



「お前……名前は?」


「ホスロ…アッディーンと申します」


ホスロは道化師の様におどけながら自己紹介をする。


「是非ともライオリック若将軍と一戦交えたいなと思いまして」


「敬語は居らん、来い」


燃える様な、純粋に輝く深緑色の眼に、澄んだ黒髪をオールバックにしている。身長は百七十前後で少々小柄だ。マラレル王家直属の精鋭部隊『王家の霊剣』の正装に身を包んでいる。


(偉そうに………クソ餓鬼め…舐めやがって)


自分の王族に対しての不敬を棚に上げながら、ホスロは心の中で悪態をつくとすぐさま斬り掛かった。遠慮なしに。

初っ端から『操炎』で身体能力を上げた状態での全力の斬撃、だがライオリックは軽く首を降るだけでソレを躱すと大きく欠伸を取った。

すると、尚更ホスロの攻撃は激化して、スッスッと数多の斬撃をライオリック目掛けて行う。

が、その全てを躱されてしまった。


そして、ライオリックは仕方ないな、と小さく呟くと、ホスロの剣を片手の指の間に挟んでガギンッと止めて


「『操風』送風オクリカゼ


「ッ!!」


ブォン、と突如としてホスロとライオリックの間に巨大な竜巻が発生し、ホスロは巻き込まれて、距離を離された。


そして、そのままガシャーン、と闘技場への出場口の鉄格子にぶつけられる。


「いった……」


双風フタツカゼ


攻守逆転、今度はライオリックの周囲に剣の形をした風の流れが出来たかと思うと、それは折れ曲がりながらホスロ目掛けて高速で飛んできた。


ゴウン、ザァァと、ホスロから外れて、地面に当たるたび土がえぐり取られ巻き上がる。


(こんな威力のモン喰らったら一発じゃな)


思いつつも全てを無事に避けきったホスロは続けて、虎の子の能力、『操槍』で反転攻勢に出るつもりらしい。



「『操槍』六連槍、「操炎」火槍」


自身の背後に六本の槍で円形の方陣の様なモノを作る。六連槍、又は六連方陣と呼ばれ、『操槍』(練槍)使いが良くする技だ。

相手の投擲魔法や飛び道具を自動的に撃ち落とす能力を持っており、魔術師相手ではかなり有用である。


「ほぉ…『固有能力』の二つ持ちか……ならば俺も出さんとな」


すると、お返しと言わんばかりに、ライオリックの体から突如として剣の様な武器が練りだされた。


(…ネロの話しぶりから分かっとったけど…二つ持ちか……恐らく『練剣』かな)


だが、ホスロの予想は大きく外れた様である。

剣の他にも鉄製の斧や鎌……そして槍等も生み出されて行った。


「『操鉄』創鉄器モノヅクリ


(操鉄か…!『固有能力』でも最上位の格じゃな……)


加えてライオリックは詠唱を行うと、続けて能力を繰り出した。


「………やり過ぎかも知れんが…まぁ良いか……『獅子心ライオンハート』」


すると、急激に体内魔力量が上昇した。いや、何倍、という騒ぎではない程に溢れ出ている。


(まさか……能力の三つ持ち……?、それに……心力系統………)


「……は?」


…一目で分かる、圧倒的な格上のオーラ。だが、ホスロはそれでも諦めて__


「…うん…やっぱやり過ぎだから操風と操鉄は使わん、獅子心だけで相手しようかな………」


独り言のつもりだった様だが、耳に入ってしまったホスロは思わず目を怒らせて言ってしまう。


「おい、舐めとんのか、お前、てめぇ、フザケンナよ………能力を三つ持ってるからって……」


無表情に、自分を無視して何かを考えているかの様なライオリックを見、過去のトラウマを掘り起こした様にホスロは焦り、激怒する。


「何が…何が!!、獅子心だけで相手する、じゃ、相手を見て物を言えやッッ!!」


問答無用で滞空させていた火槍に加えて、六面槍も解除し、全てをライオリックにぶつけ始めた。


何故か避けない。当然、ドッドッドッ、と無数の燃え盛る槍が彼の体を貫いてゆく。不殺の結界のため、やりたい放題と言わんばかりにホスロは攻撃を続ける。


「『突火槍』三連」


奥義である突火槍も、自分の全てをぶつける。


砂埃がごぅごぅと上がり、姿も見えなくなった。


「ホスロのヤツ……やりすぎじゃね?」


観戦席からラヴェンナが思わず引いているが、横に座っていたネロは静かに首を横に降った。


「いえ……"アレ"は、あの怪物はあの程度では倒れませんよ」


ホコリが晴れると、ライオリックは手をブンブンと回してケロッとした顔で登場する。そしてウォーミングアップなのだろうか、足すら悠々と伸ばしている。

それが余計にホスロを煽るのだろう。


「クソッ!……ッ……クソ…………」


(なんで無傷なん……獅子心の能力が全く分からん………)


「諦めろ、意味がない」


ホスロの顔中に青筋がビキッと盛り上がる。そして、立っている地面に火が着いた。


「煩いわ、まだじゃ………『纏尽炎ホムラマトイ』」


『纏尽炎』、通常の纏炎とは違い、自身の残留魔力が無くなるまで身体機能を上昇させ続ける、切れたら終わりの当に必死の技。

キルルワに滞在中、カンウと共に編み出した術だ。


そして……ホスロは頭に血を上らせて斬り掛かる。が、ライオリックは不動だ。

(『纏尽炎』の速度を軽く見過ぎじゃ)

反応出来なかったのだろうか、とホスロは勝ち誇り、そして……瞬く間に剣の尖端を彼の腹に貫通させた。


根本まで差し切ったのを確認すると、ズボッと抜く。

(不殺の結界中とは言え……少々やりすぎたが…まぁこれで)


だが、再び前を見ると、シュルシュルと内臓が修復し、肉が渦を巻くライオリックの傷穴が目に入る。高度な治癒魔法……いや、そう言う次元では無いような。驚いた様に口をポカーンと開けるホスロ。

そんな彼にライオリックは褒美とでも言いたい風に、自分の能力の解説をする。


「獅子心は本人に魔力消費ゼロの永続的な治癒魔法を流し続ける、残念だったな、アッディーン」


「だから…何なんッ!」


すぐさま向き直り、必死に剣を、遥かな高みを見つめながら剣を振い始めた。必死に、必死に。だが、届く事はない。絶対に。

こんな出鱈目な能力があってたまるかと、否定したい思いで一杯になりながら振るう。


「俺は…俺は……!!」


「天才じゃ、魔術師じゃ、将来アッディーン家を支える男だぞ!!」


倒れない敵めがけて一心不乱、何も聞こえない様に剣を振るう。認めたくない、こんな…人智を越えた存在が居ることなど。

振るう、振るう。燃え盛る剣を。ネロやサイエンはまだしも、こんな…本当に自分が成れない存在なんて居て良いハズが無い。


「いくら再生しようともッ!知らんわ、燃やしちゃる!!」


能力を三つも所持し、その上、位も自分より高い存在……

自分の存在意義が脅かされそうな脅威を目の前に、ただただ斬り掛かるしか無かった。


そして、誰の歓声も罵声も受けぬまま、聞こえぬまま、ホスロの魔力は尽きて行った。同時に『纏尽炎』も終了した。

それに相反する如く、ライオリックは平然と切り傷だらけの身体を再生して


「では、宮廷魔術師庁でまた会うかも知れんな」


と言って去って行った。ホスロにとってそれは、何よりも耐え難い言葉でもあった。




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