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第百話:想いの形


_____


(才能は、罪だ)


ホスロは、夕焼け雲の下、泣きたい気持ちを抑えて、そう、恨んだ。


彼の所有物で有るはずの、ラヴェンナが、近頃ネロ・ラドリアとばかり会話しており…まるで、自分を恐れているかのように振る舞うのである。


(くだらん嫉妬だなぁ……)


思う訳である。自分の様に、固有能力を二つも持って産まれるのが才能であれば、ネロの様に、誰からも親しげに接され、愛されるのも才能なのだろう。


「才能以上を、求めちゃいけんのか」


ポツリ。そう、呟いた。


きっと、ホスロは…この少年は、肯定して欲しかったのだろう。

彼には国を運営するだけの能力も、大軍を指揮するだけの器も、五老杖に至れるだけの素質も、何も無かった。

他人を利用しようと、自分の信念を曲げたとしても、それでも……境界線の向こう側へ、行きたかったのだ。


___


巨大な影が、荒地を這いずり回っている。

影は、魔獣であった。

心を壊し、喪い、そして未だ生きようとする、獣であったのだ。


「占い師…さん……早く…再生の……魔法を…」


なんとも……頑丈な男である。ライオリックに胴体を両断され、両足を失いつつも、舌を噛み切り、ソレを筆代わりにして、即席のポータルを発動させ、逃げたらしい。

発動先は、レマナが居る場所であった。

理由は分からぬ。だが、彼女であれば、自分がどの様な状態であれ、治してくれる…と、思っていたのだろう。予約自体はしていたらしく、それも、レマナは了承済みだったに違いない。


……ホスロは、灰色の瞳で、ポツリ……ポツリ。何やら喋る。

喋っている間にも、臓物は溢れ、尾を引いていた。

それを、ホスロは残った魔力で繋ぎ止めつつ、必死に時間を稼いでいる。

希望を作り、それに縋り、光を見ようとしていた。


「早く……俺は、見なきゃいけない……俺は、偉人になるべくして……生まれた…人間だ」


「同じ種族を…大勢犠牲にした……見なきゃいけん……結末を見るのが…責務じゃ」


レマナは、そんなホスロの頭を、虚ろな目で、撫でる。


「愚かな子だ」


「もう、寝なさい、良い子ならば、寝る時間だよ」


「十分はしゃいだじゃないか……もう、寝なさいな」


(この……女……役に…)


ならば……と、ホスロは、最後の力を振り絞り、使った事もない、蘇生の普遍魔法を唱えようとする。


高度な魔法であった。ライオリックさえも、習得に一月は掛かったと聞いている。


「肉よ満たせ……肉よ満たせ……汝の…臓物を……」


だが、そもそも、魔力が殆ど空である為、ただの言霊となり、消えてゆく。それに、魔法式もぐちゃぐちゃで、途中で投げ出した様な、気力の無さも感じられた。


「あぁ…愛しい子よ」


そして、レマナは恍惚とし、ホスロの頬にも、手を添える。


「……不思議な…モン…じゃな」


「アンタは……俺を、恨んどる……ハズ……」


それに、レマナは、ホスロの妻は首を横に振った。


「…いんや、私は、今の君を、まったく恨んでいないよ」


「このまま死ぬのを待ち、そして臓器を取り出し、血を抜き、永遠の剥製としたい程に…今の君を、君を……私は愛している」


「だって……アッディーンの血筋で…私の、伴侶なのだから」


ホスロは、(これだから、古い魔女は、本性が分からぬ)と、気持ち悪そうに眉を潜めた


「はっはは……は……不思議な、人じゃな……」


「不思議なのは、君の方さ」


「好奇心だけで、良くもまぁ…こんなマネが出来たモノだ」


そして、レマナは、更に笑い、ホスロの額に顔を近づけ、両手で顔を掴み、ペットに頬ずりするように、ホスロを抱き、愛でる。


「君の…君達のせいだよ、君達アッディーンの一族が…魅力的だから、私はこんな女になってしまったんだ」


ホスロは、まだ、息がある。

か細い声で、しかし目を怒らせ、続ける。


「ラヴェンナも…ネロも…サイエンも……占い師さん……アンタも……」


「誰も彼も、俺は…心から……想えていなかった」


「あぁ……なんで…じゃろうな……どこまで俺は……」


ホスロは、今度は、ふつり…と涙を流す。

そして、それを、嬉しそうにレマナは、ベロリ…と舌で舐め上げた。


「戦闘好き、戦争好きと……言っても……ソレも…心からでは……無いんだろうなぁ……」


「俺は…なんだったん…だろうか……」


「信念も…無い……何を成した訳でも……無い」


「俺は……つまらん人間さ」


「未来なんて…誰にも分からん…じゃけど……俺は、掴みたかった……何かを…」


「幼き頃に……描いていた理想と…現実は違った…俺が居なくとも……世界は…続いてゆく、物語は……終わらん」


空が、青色から、灰色へと変貌してゆく。

ガァルル……と、竜の鳴き声だけは、相変わらず鮮明なのに。


「綺麗な…空……じゃなぁ……」


「はっ……俺は……」


トッ……と、次の言葉を、レマナは口で防ぐ。

目をつむり、微笑み、三秒ほど置いて、離れてから


「ホス君や…君は、そんな事を言わない」


「ホスロ・アッディーンは、最後まで傲慢で、それでいて素直であらねば」


更に、徐々に、ホスロの瞳が、薄くなる。


「何が…俺を……満たして……くれる……何か…示して…みろ……」


地位を得ても、大軍を得ても……圧倒的な力を得ても……飽くなき彼の探究心は、満たされないのだろう。


「君は、それで良いんだ」


最後に、レマナは、少年の瞳に手を当てる。

多少、暖かい感触がした。




最後までご愛読下さり、有難う御座いました。

個人的には、ホスロは『好奇心に赴くがまま、多少わがままな主人公』と言う設定で書き始め、最後までソレを一貫出来た所だけは、良かったと感じております。

国と愛する者、そして自分の信念を守り抜いたライオリックとは違い、全てを捧げ、力を手に入れるも、それすら落としてしまう……ホスロという強欲で、自己顕示欲の塊の様なこの主人公を、私は正直気に入っていました。ライオリックも、ホスロくらい自己中心的な男ならば、案外楽だったかも知れませんね。

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