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第九十九話:太陽に向い歩く人々


この日、戦場では、二つの大きな魔力が膨らみ、そして爆ぜた。一方は勇者であり、そしてもう一方は、オアシス村の騎士団長の物である。


「グライフ…グリヴェル・グライフ卿」


エレノアが、揺れる籠の中で、寂しそうに呟いた。

大きな籠である。四方を反魔法結界アンチマジック入りの金属で作られ、更に、周囲には体格の大きな騎士が槍を掲げて護衛している。


ゴトン、ゴトン……と、籠が揺れる度に、景色は切り替わる。


「はい…たった今…ダンテ・メフメル将軍の…魔力が消えました」


「となれば…奴らは当然、エレノア様の首を取ろうと躍起になるでしょうなぁ…なにせ手柄として誇れる、最後の主菜だ」


思えばこの戦自体が、大きな賭けであった。

死ぬか、生きるかでは無い。自らの名が、後世まで伝わるか否かの……誰もが抱く、自己顕示欲が満たされるか否かの、賭けであった。

グリヴェル・グライフも、そうであったのだろう。


そうして、金髪の若者は、ニコリ…とし、彼の固有能力である『練剣』を発動させ、自身の周囲に鉄剣を浮かせつつ


「私が殿として……」


と、言いかけたものの、それは、防がれる。

防いだのは、ヨナタンと、アステルドであった。

二人とも、結局戦線を大きく下げ、敗残兵を指揮し、エレノアの天幕付近にて防衛線を敷いていた。


そして両者、鎧は破れ、背中に差していた旗は折られ、側近の殆どを喪い、やっとの思いでエレノアの輿まで辿り着き、ここまで護衛して来ている。


「グライフ卿には、護国卿ホスロ亡き後、エレノア様を支えて貰わねばならぬ」


(この男が生きている限り、マドラサの貴族達はエレノア様に矛を向けぬだろう…)という期待も入っているのだろうか、ヨナタンはやけに、真剣な眼差しで、人間族の若者を睨む。


「アーディル殿、オルレアン……貴公らも同じだぞ?」


両将も腰の剣に手を当て、口を開こうとするので、またもやヨナタンは予想し、先に言い切った。


「アステルド、気分はどうだ、行けるか?」


「うむ」


アステルドは、相変わらず馬上にて、ズッ…ズズ……と、剣を磨いている。鼻毛を抜きつつ、器用な事だ。


「さて、レマナ殿が見当たらぬが……大方、偵察かな」


ヨナタンはエレノアの緊張を和らげる為に、何気ない会話を試みるものの


「……ヨナタン、アステルド」


(どうか、死なないでくれ)とでも仰るのだろう…と察した両者は


「何も申されるな、エレノアお嬢様」


「必ずやライオリック将軍の御首を挙げて参ります」


困った顔で、はにかみつつ、意気込んだ。


そして、ヨナタンは、馬上。アステルドを、ロングソードの柄で軽くどつく。


「うむ、うむ、分かっておる」


鹿と、狐はそうして進んで行った。

別れの言葉は言わなかった。死者に口無し、死兵に口無し。勇者アヴェルナが、そうした様に、エレノアも、それ以上彼等に甘えなかった。


二人が目指す場所。それは、ダンテが、到達した、太陽である。


「剣持部隊、前へ!」


ヨナタンが、鋭く叫ぶ。

すると、怯えて木の陰に隠れ、戦の嵐が過ぎ去るのを待っていた兵士達が正気を取り戻したようで…四、五人程が、ザザッ…と、ヨナタンの前に横一列。綺麗に整列した。


「よしよし、居るな」


ソレをみてアステルドは微笑むと、負けじと、今度は彼が大きく叫ぶ


「魔法部隊、弓部隊、出で来て構えよ、最後の戦ぞ!」


コレには誰も反応せず、アステルドに付いて来ていた側近の二、三が苦笑いしつつ、剣から杖に持ち替えて、魔法部隊の体を作った。

アステルドの側近には龍竜人族ドラドラも居るらしく、「やれやれ、見栄っ張りな人ですね」と、声にまで出して構える。


「はっは、重畳、重畳!」


そんな自分の部下達の健気さを見て、晴れた様に笑いつつ、計十数の群れは、前へと進んでゆく。


太陽が昇りつつある方角は、地獄であった。

地面に倒れる公国兵やら、南方諸国兵士に、マラレル騎士達が群がり、その首を落とし、自分の物にした後に、誇らしげに同僚に見せ回っている。

大抵の死体には剣が無く……恐らく、マラレル側の傭兵達にでも回収されたのだろう。


「アステルド、アレを見よ」


ヨナタンは、そんな状況の中であっても横見もせず、喋る


「アレは…何とも珍しい………サール家の紋章だ」


ちょうど、このまま流れに乗り、エレノアの首を挙げようと……ライオリックの配下である、エンティエゴ・サールと、その部隊が正面に居るではないか。


「取れば、かなりの手柄だなぁ」


そうだ、どうせ死ぬならば、敵将を殺してから死にたい、とヨナタンはわめいた。


「お前は……」


アステルドは、どこまでも面倒見の良い男である。

相棒の望みを叶える為に、覚悟を決めた。


「それでこそ、公国の将よ」


そして、アステルドは少し思案すると、何やらコソコソと鹿男に耳打ちした。


_____

_


「エンティエゴ様、敵将アルゲン、討ち取りました」


戦場にたなびく真白の旗は、大きく揺れ、その奇妙な紋様を更に目立たせていた。

エンティエゴ・サールはマラレルの産まれでは無い。南方の、異国の出である。故に、姓名共にマラレルらしくなく、本人もソレがコンプレックスだそうな。その為髪型のみはマラレル風の長髪にし、ダラン…と髭も生やして居るのだそうな。


「ご苦労」


「……して、あの男は?」


「はっ?」


そして、天幕の中から、狐の大男が見えるでは無いか。エレノアの残兵達が、バリケードの様にして立ち向かって来ている為に、その指揮官だと、エンティエゴは勘づいたらしい。


「アレは確か……アステルドとか言う将軍で…あったかな」


単騎で、何のつもりだ…と、顎を触りつつ、エンティエゴはせせら笑う。


「…ふむふむ…なるほどのぅ……どうやら、一騎打ちをせよ…と、叫んで居るらしい」


奇妙な体の男である。手足が長く、背も高い。筋肉が程々であるが為に、人間離れした印象を、周囲に与えるに違いない。更に、彼は異常なまでに耳が良かった。固有魔法の影響かどうかは分からぬが、とにかく良いのだ。


「…応じるおつもりで?」


「馬鹿を言うな、そんな危ない遊びをする程、若くは無い」


……だが、それでも、エンティエゴの耳は、ピクピク…ピクッと動き続ける。

次第に顔に青筋が入って行き、目は、ひどく充血し始めた。


「エ…エンティエゴ将軍……?」


遂に……バンッ、と座っていた椅子を叩き壊すと、背後に立て掛けて居た大斧を、ブラリ…と担ぎ


「良い……度胸だ……狐の…小僧………」


と、荒い鼻息の為に、絶え絶えに喋りつつ、天幕を飛び出す。

きっと、アステルドがエンティエゴだけに伝わるように、煽ったのだろう。


アステルドもアステルドで、エンティエゴの天幕に向けて、護衛兵達を切り倒しつつ進んで来ており、顔がしっかりと判別出来るレベルには近付いている。


「どけ、お主ら」


だが、その勇猛さに恐れず、エンティエゴは尚も怒りつつ、主の元へは行かせまい…と、アステルドを包囲していた兵達を、逆に怒鳴りつけ


「アステルド将軍…望み通り、一騎打ちだ」


と、包囲を解かせ、広くスペースを与えてやると同時に、斧で斬りかかる。


「ほほぅ…それは有り難ッ…」


エンティエゴは短気かつ、小心者であったが、実力は確かであり……特等魔導士と比べても、遜色無いだろう。

アステルドが感謝を述べる間もなく、斧が彼自慢の長耳を通過し、ボトン…と、付けていた、青色のピアスごと、切り落とされた。


「次は腕」


そして、ザンッ、とまた、呆気に取られて動けぬアステルドを見下ろし、静かに笑いつつ、エンティエゴは目の前の狐の右腕を斬り飛ばした。


「ぐっ……ふぅぅ……」


意外にも、叫び声は挙げぬ。


「亡国の将よ、お前に一度だけ、チャンスをやろう」


「俺の靴を舐めよ、そして舌を出して、犬の様に座れ」


「さすれば…命だけは助けてやろう」


意外な提案である。それに、アステルドは少し思案すると


「…女の靴なら何足でも舐められるが……好き好んで、家畜の足を舐めるヤツは居まい」


馬鹿な男よ、と、ケロッとし、目を苦しそうに細めて、言い切った。


「チッ」


ザンッ、と、当然斬撃が飛び、そして、狐の頭部は泥にドチャリ…と落ちる。そして、その泥は狐の血と混ざり、薄暗い色となる。


騎士は、落ちた首を


「このっ、負け犬が、偉大なるマラレルの……将軍様にっ…舐めた口を聞きやがって!」


ドカッ、ドカッと、蹴り上げ、踏みつけ、破損させる。頭蓋の一部は陥没し、中の物まで溢れ出た。


「はっは…どうだ、首だけなら声も出せんよなぁ……無様な、馬鹿狐めが!」


ひたすら、罵る。

暫く楽しんだ後、エンティエゴの怒りは収まった様で


「ふぅ、終わりだ、終わり」


「誰かそいつの首を洗っておけ、ライオリック殿下に見せる」


血泥を払いつつ、その場を後にしようとした。


カチッ…カチカチ……


が、最後に、音がした。それは、アステルドの首より生じている。蹴られた衝撃で、時間差で、骨が軋む音ではない。それよりも、幻想的であり、現実離れした、魔法の音であった。


ベテランの、それも、戦場慣れをした兵士ならば、誰もが恐れる音である。


「…ッ…エンティエゴ将軍…お逃げ下さッ」


何かに気付いた部下が、青い顔で、声を張り上げたが…既に遅く、いきなり


ボンッ!と、アステルドの体まで爆ぜたかと思うと、大量の火炎と毒が、一面に散らばる。

全て綺麗な術式で編まれており……剣士でありつつも、エレノアに仕える者として、魔術の勉強も怠らなかった、彼の意外な真面目さが垣間見える。


「…ぐっ…これは…!」


(まさか…あの狐………自爆の設置魔法を…!)


自らの死を引き金に、発動するよう設定したのだろう、故に、アレだけ自分を挑発し、"こう"なるように仕向けたのだ。

爆風を受け流し、アステルドが撒いた猛毒を分解しつつ、エンティエゴは、焦った。


「はっは…だが、犬死よ、雑魚はともかく……かハッ……ふぅぅ…俺を……仕留めるには、弱過ぎる」


なるほど、確かに彼の周囲を護衛していた兵士は、その陣地ごと爆散したが、エンティエゴ自身は無事そうである。

だが、脇腹を抑えており…そこだけ、何かが直撃したのだろう。それか、毒を未だ、分解しきれていないのだろうか。


「はぁ……クソッ、彼奴の首も吹き飛んだ……手柄に…出来んなぁ……」


「エンティエゴ殿」


そして、エンティエゴは、この、マラレルの猛将は、残念そうに立ち去ろうとする。しかし、そんな彼を、誰かが呼び止めた。


爽やかな声である。若く、勇ましく……その角は、公国の象徴であった。


「…ほぅ、あの爆風を良くぞ凌いで……」


味方と思い、エンティエゴは振り返ったものの、不運にも、それは公国の宿将であったのだ。


頭鹿族ペリュトン一の騎士として名高い、ヨナタン。故ホロロセルス王が愛し、重宝した内の一人である。


「まさか……」


考える暇も無く、ヨナタンは大剣を掲げ、突っ込んでくる。彼も爆破と毒の有効範囲に居たらしく、顔は傷だらけであり、目玉は膨張し、爛れ、溢れそうである。


「チィッ、誰か、誰かおらぬか!」


魔法で信号を送るものの、付近に兵は居ないらしい。


「到着は……遅れるぞ……俺とアステルドの部下達が、決死の足止めをしているからな」


「観念せよ」


そして、アステルドにやった時と同じく、ヨナタンはエンティエゴの耳を、先ず落とすと、続けて腕……そして足……と、斬り落として行く。


「まっ…待て……あれだ…そう、何か、やろう」


混乱したのか、はたまた命の危機を前にして狂乱したか、エンティエゴは何やらブツブツと呟き始める。


(腕まで、爛れる前に)


ヨナタンは、大剣を振り下ろした。

彼にとっての、無二の名剣を。


「シッィ!」


空気を砕き、将軍の兜を貫き、刃は肉を抉り取る。そして、エンティエゴの頭は縦に割れ、動かなくなった。


「はぁ……はあっ…」


ヨナタンは、深く、そして鋭く息を吐く。

広かった視界が、歪んで行く。


歪んだ世界には、サール家の軍兵の姿が入って来る。数百、千を超える数である。

幻想が、晴れ始めたのだろう。


「アッディーン公国に…どうか……栄光を…栄光…あれ」


「ホロロセルス…様」


ふと、ヨナタンの前に、旧主が現れた。

その為将軍は膝をつき、手を合わせる。


旧主は何も言わぬ、険しい顔で、ヨナタンを睨んでいる。


(こんな…所で……俺は、どこまでも……甘い男よなぁ……)


「……殿下、ダンテ将軍」


「申し訳無い…一足先に……」


彼の思い描いた…理想の中で……今も尚戦っているであろう戦友達に謝罪しつつ、ヨナタンは崩れ落ちた。

その日の大地は、妙に暖かい。


故に、将は眠った。永い、永い眠りである。



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