第九十七話:ラスボス戦
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「…大丈夫?」
ライオリックの脳内に、ふと、景色が現れる。激しい激しい、戦闘中であるにも関わらず。
景色、それは第三者の視点からの、景色であった。
幼い自分を心配そうに見つめ、馬上から手を差し伸べる女性が居る。
赤毛の、優しい風貌の娘だ。
ただ、目はキリッとしており、芯の強さが感じられる。
「母さん…父さん……うぅっ……」
手を差し伸べても、ライオリックは何故か混乱しているらしく、ずっと、じわり…と、涙目を浮かべていた。
見かねたのか、女性は、未だ十も過ぎていないであろう、その少年を抱き寄せると、背中を、何度も何度もさすり始める。
「大丈夫、大丈夫だよ……」
戦争により、父母を亡くしたのだろうか…と、女性は、後に、ライオリックの妻となる、ラタリア・ノルマンドは、漠然と思ったに違い無い。
まさか別の次元から送られた、心力系統を保持する者だとは、この頃のラタリアは思いもしなかっただろう。
二人が初めて邂逅した場所。それは麦畑であった。黄金の、麦畑の中で、女性が子供を抱き締め、慰めている。
心地良い風が吹いている……それは、マラレルの国王、リュクリークの居城から産まれていた。
(何故…今になって、この日の…記憶が……)
パッ、と、ライオリックは自我を取り戻そうとする。逃げる体を叱りつけ、目覚めようとする。
(そうか、あぁ…俺は、ラタリアが無くては、駄目なのだろう)
同時に、死の間際にまで出て来る妻を、愛おしく思いつつ、迷惑がった。
何度、自分を助けてくれるのだろうか。
「……いや、死して、マラレルの勇者となろう…」
"コレ"を思い出している、と言う事は、現世に未練があるに違いない。
(生きたい、生きたい……あの人の隣に、ずっと…一緒に居たい、香りが感じられる、近くに居たい……)
「甘えるな………はっ、こんな、化け物になってもか、化け物になっても……私は…」
人を数多と殺し、自らの肉体すら、壊した。
(だが、せめて……)
「魂のみは、どうか……我が妻の所に行けますように」
そして、ライオリックは祈った。マラレルの神々に、偉大なるリュクリークに
小麦畑を見つめている。風に揺られ、麦は踊り、朝日は幼きライオリックの肌を刺している。
また、空には積乱雲が浮かんでいた。
豊かで、優しい雲である。少し赤みがかり、優しくライオリックを照らしてくれている。
また、マラレルの勇者は祈った。
次なる祈りは、己の心臓への願いである。
「今まで、無意識の内に…抑えていたのだろう」
ラタリアを、一人残す訳にはいかない。
しかし、その想いも、ホスロを殺さねば成就せぬだろう。
(もう、寿命が、ギリギリまで削れたとて…構わん……大丈夫さ、ラタリアも、許してくれるだろう)
「獅子の心臓よ……長い間、我慢させてしまったな」
夢の中で、トクン…ドクン……と、音がし始める。
その音は、獅子心の制限を解除し、本来の能力を目覚めさせる為の音色であった。
同時に、カゲロウの様な、一瞬の輝きを放つための、死への羽ばたきである。
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一方の、ホスロが能力を全開にした後……打撃音が、戦場を埋め尽くしていた。ソレは肉を柔らかくし、その内にある骨まで響かす、音であった。
「ずぅぅぅうっと、私は、君に」
ドカッ、ドカッ…と、ホスロは、喋りながら、ライオリックを蹴る。蹴る。目を潰し、耳に靴の先を入れ、抉り、更に蹴る。
「イライラ…させられて来たぁ…はぁ……はっはっげはハッぁ……」
当然、そのまま、ライオリックは痛みで蹲り、「ぐっ」と悶える。同時に、夢から覚めたのだろう。
覚悟は決まったものの、多少、絶望するかの様な、表情をしていた。
「はっはっは」
「ホンマに!」
今度は、顔を蹴り上げた。今となっては獣だが……本来ならば、聖女の様な、綺麗な顔を。
「良いぃ……気分じゃわ」
「おい、なんか喋れや」
ホスロは、薄汚れた肌と、歯でありながら、満面の笑みである。あの日の…今までの屈辱を、思いっ切り晴らせたような、そんな、清々しい気分。
これは勝負では無い。一方的な蹂躙であった。
護国卿は、味方の旗が慌てふためき、後退している中でも、楽しげに、ライオリックの顔に足を乗せている。
思えば不思議な光景である。勝っている方の大将が、辱められているのだ。
そのまま少年は、ライオリックの部下の、女に笑い掛ける。
「えぇと、何だっけ」
「ロザリエ?」
「そこで、指咥えて、お前の大好きな将軍様の悲鳴でも聞いときんちゃい」
そして、ホスロはライオリックの髪を掴み、立たせた後に、既にボロボロの腹を、ボコッ…と骨が曲がるような音とともに、また、殴り付けた。
「なぁライオリック」
「俺な、ずっと…」
「ずっと、貴方が頭から、離れなかった」
「何をしていても…チラつくんだよ」
「剣を振っていても、食事中も、寝る寸前も……いつ、いかなる時も…君が頭にこびり付いている」
唾を、顔目掛けて吐き、所々、噛みつつ、ホスロは興奮したように、大声で喋る。
「やっと!」
「お前から、開放される……!」
ホスロの言葉に、ライオリックは、目を、獣のように光らせ
「ロザ…リエ……動くな、この男は、俺が…殺す」
「だから、心配するな」
(早く…能力が、回り始めさえ…すれば)
獅子心を使用する際のデメリット、それは……体への大きな負担と、最大出力への到達の遅さである。
普段のライオリックであれば、そのデメリットを消す為に、常時微弱の獅子心を発動させ、予め温めておくのだ。
だが、今回は、自己の器を破壊するレベルの、フルスロットでの能力使用である。鬼神の如き身体能力が発揮されるのは、当分先なのだろう。
将軍の言葉に、ホスロは更に、飛び上がるようにして興奮した。
「…はっは……本当に、あっはははは……!」
「エエがな、良い言葉を発するなぁ」
「そうそう、こう言う状況を、私は望んでいた」
テンションが上がり過ぎて、しばしばジャンプしつつ、クスクス……と、控えめに笑う。
そして、脊髄反射の様な、ソレを抑える為に、タバコさえ咥えた。
強力な魔草入りの、タバコである。
「あぁ……そそ、なんだっけ、アレアレ……ライオリック将軍、剣を構えられよ」
「にしても、君の精神に、私は思わず、涙を流してしもうたわ」
だが、それでも、抑えきれない。肉体が、喜んでいる。
「なんと……高潔な精神なのだろうか!」
「愛など、くだらん感情を優先し、身を滅ぼす愚か者よ」
愚か者よ。と、ホスロは二度言う。
そのセリフは、勇者アヴェルナの口癖であった。
「あぁ…ライオリック将軍、流石じゃわ!」
ホスロは、大粒の涙を何滴も流し、剣を構えた。
聖剣を、ライオリックの方に向けて、口角を上げ、魔草の吸い過ぎで虫歯となり、黒く、ボロボロの、欠けた歯を、ギラギラと見せる。
「将軍、私は、射精をしてしまいました」
「貴方への、憧れ…愛ゆえです」
「いや、あはっ……はっははは!」
「私が…愛情に関して語っている」
「はっは……はぁ……由々しき…事態じゃなぁ」
それに、ライオリックは何も言わぬ。
大人しく、こちらも王家の霊剣を、構える。
「ホスロ…その聖剣、君に良く似合っているよ」
「人間では、扱えそうに無い」
ホスロは、キョトン…とし、真顔で、首を傾げる。
「アンタでも使えそうじゃけどな」
「だって、異常じゃないですか」
「その、精神」
時々、薬のせいなのだろうか、声音が変わりつつも、ホスロは喋る。
「人の為に、己の命を顧みず、立ち上がるなど…」
「常人に、出来る事では無い……化け物めっ…」
こんな、死にかけの状態で…あの、ロザリエとか言う部下を守る為に立ち上がる、馬鹿である。
(ほれ、見ろ)
あの女の騎士も、必死に、お前を止めているじゃないか
「ライオリック様、もう、止めて下さい……」
「もう、私など置き捨ててください…一度……退避を……立て直して…」
だが、強情な男だ。部下の提案を、一切受け入れぬ。
「いや、このままホスロを討つ、退却はしない」
ホスロはこのやり取りを見て、冷静さを取り戻しつつ、自分の正しさを再確認した。
勝てぬなら、退くべきだ。
(英雄になりたいだけの、目立ちたがり屋めが)
と、舌打ちさえする。
「さて、ライオリック将軍」
そして、ホスロは、聖剣を構えたまま、ズズズ…と、魔力を先端に集め始める。
「私としては、貴方の覚悟を試してみたい」
「知りたいんだ、人間という種族の、精神の限界を」
そして、なんと、ホスロは…アヴェルナの聖剣、その先端を、ライオリックでは無く…動けぬ、ロザリエに向けた。
「さぁ、受けてみよ」
「普遍魔法、『風』」
最初の風。__風は、勇者が修めた最初の魔法である……故に彼女は愛し、その称号を欲した__
岩を砕き、鉄板を曲げる風の矛が、空気を削り、大蛇のようにしてロザリエに向ってゆく。
となれば……ライオリックは、「クソ野郎が」と、言いつつ、高速で移動し、その風の矛を、後方まで届かぬよう、手を広げて真正面から喰らう事となった。
随分と、あっさりした見た目の技であったが、威力はすこぶる高いのだろう。槍は、ライオリックの、強靭な腕の肉を削ぎ落とし、ゴリゴリ…と骨を擦り減らす。
「……ッ…お願いです、ライオリック様、もう、退いて下さい」
ロザリエは、言いつつ、剣を抜き、自死しようとするが、それすらライオリックは許さぬ。
削られて無い方の手で、さらりと制した。
一方、背後では、ホスロが小躍りしつつ、二発目を用意している。
「再生速度が遅くなっているなぁ、あと何発耐えられるんだ?」
「見ものじゃわ」
ニタニタと笑いつつ、また、放った。
今度は、火の魔法も混ぜてあるらしい。当然、二発目も直に当たり、ザバァ…と、マグマの様な炎が、なんとロザリエにまで垂れ、ジュッ……肌を焼いた。
「どうした、どうした、ライオリック、部下にまで当たっとるがな」
「先にソイツの方が死ぬんじゃないか?」
(まだ楽しめるなぁ……良い反応じゃわ、良いよい)
ソレでこそ、殺し甲斐がある。
そう。勇者は、脳が溶けた様に快楽に溺れ、気分は頂点に達していたハズである。
だが、残念な事に、ここで
「……いや、やはり、飽きた」
「お前をじっくり殺す、という考えが、飽きた」
「普通に殺す」
(殺そう、殺そう、コイツは…やはり危険だ……)
三発目。三発目は、今までとは比にならぬ大きさである。
色んな魔法が合わさり…グツグツと、何やらゴミのような悪臭と、色をしている。
確実に、仕留めるのだろう。
「当たれば、体が崩れる魔法じゃ」
「将軍の方は、耐えれるかも知れませんね」
笑みを消し、冷えた目で、ホスロは喋る。
もう鬱憤も晴らしたし、どうでも良くなったのだろう。ひどく飽き性な男だ。
「『堕崩火』」
アヴェルナの、技である。親友を崩し、ゲラマドを屠った……忘れられた、技である。
腐った火は、太陽の様であった。戦場を照らし、朝日を崩し、空を覆った。夜を去らせ、そして……今、ライオリックに向かって行く。
だが、その三発目の魔法は、聖なる太陽は、到達する前に、壊される事となる。
壊した人物は、ライオリックでも、ロザリエでも無い。
執行人、魔法の番人……又の名を、マラレルの死神であった。
そう。ホスロが放つ瞬間、ザッ!と、その、黒く巨大な魔法は、少年の右手ごと、深く両断されたのである。
「…ほぅ」
と、ライオリックは、応援に来た人物を見て、目を丸くする。
先程まで戦場に居なかったハズの、フォルクスであったのだ。
「フォルクス殿、何故ここに……」
「膨大な魔力を感じ取り、ワープにより、来た」
「……にしても、まぁ……なんと、つまらん戦法を採るヤツだな」
フォルクスはやって来て早々、ホスロを見て、批判する。
背の低い女性である。ただ、態度は尊大である上に、形相は悪かった。
ホスロもホスロで、フォルクスを見て
「ああ、フォルクス……あの、五老杖の」
「アレアレ、シモン・フォルクスの親戚か」
シモン・フォルクス。一等宮廷魔術師であった。
どうやら、オルレアンが以前討ち取った将軍の名前が結局気になり、記憶していたらしい。
その為思い出し、話題を作る。
「同じ所に送ってやろう」
「天国に…と、言おうと思ったけど、まぁ、死神じゃし……」
「はっは、地獄か!」
と、相手の返答を待つまでもなく、一人で合点し、目に涙を溢れさせ、大笑いした。
これに、フォルクスは、ビキッ…と、顔に青筋を立てて、睨む。
「お前の……様な…畜生が、我が弟の名を……口にするな」
「汚らわしい」
そして、サラリ……と、なにやら黒い砂を空中に零しつつ、出来た虚空から、純白の、死装束を取り出す。
更にもう一度、彼女は虚空に手を遣った。
……また、取り出したのだ。フォルクス一族の象徴を。秘蔵の、鎌を。
「『断金ノ大鎌』、久しいな」
勇者が纏いし黄金造りの鎧を、引き裂き、砕いた鎌を、柔らかく、手に取る。
__「フォルクス……良い、武器だね」
と、勇者アヴェルナ直々に警戒され、破壊されなかった唯一の得物を、当代のフォルクスは、遂に解放したのだ。
能力は単純。
再生機能の阻害と、硬度の統一である。
再生阻害は、そのままの意味。硬度の統一は、鉄であれ、木であれ、同じ硬度にする……という能力である。
常人が使えば、紙さえも切れぬナマクラとなるが、死神が持てば、防御無視の神器となる。
(あの鎌…一応、警戒するかな)
ざわざわ…と、産毛が揺れている。
本能で悟ったのだろう。ホスロは笑いを止め、もう、遊びはしない。
殺すと決めた以上は、とっとと終わらせよう。
(王家の霊剣の能力も…あーあ、ゼノンに聞いておけば良かったわ)
まさか、よりにもよって、霊剣で無く………元気な状態の五老杖が乱入するとは……
そもそも、アヴェルナの聖剣を得たとは言え、強さ自体がアヴェルナになった訳では無い。それは、不死鳥の門で、実際に、あの化け物勇者を目にした為に、良く分かっている。
聖剣の完全な掌握も出来ていないし、実力的には、せいぜい、高く見積もって五老杖、三、四人分程だろう。
現段階でもライオリックやリュクリーク級と、タイマンを張れば負ける事は無いだろうが、多対一となると、話は別である。
(俺の悪い所が出たな、慢心し過ぎたわ)
天を仰ぎ、少し、後悔した。
どうやら、あのロザリエとか言う騎士も、再生能力持ちらしい。抉ったハズの、腹の肉が元に戻っており、よろめきつつも、自力で立つ。
「魔法は、もう止めだ」
「使い過ぎたわ」
リュクリークとの戦闘で、何百発も魔法弾を撃ち、聖剣が、熱を帯びて来ている。
もしかすると、壊れるかも知れない。
「魔力解放」
代わりに、膨大な魔力と、己の固有能力を全開にして、さらなる身体能力の増大を図る。
ギアを、脳内に溢れる麻薬を、最大にしたらしい。
__だが、戦場は、静かである。
その場にいる全員が、必死の形相で、睨み合う。
最初に地面を蹴ったのは、フォルクスであった。
鎌に全体重を乗せ、山猫の様に跳躍すると、音速を軽く凌駕する速度で、ホスロの首目掛けて…フォン、と、鎌を振る。
だが、少年にも、しっかりとソレは見えていた。
ひょい、と軽そうに避けると、綺麗なカウンターで、鎌を振り切ったフォルクスの隙を突き、逆に、頬を多少斬る事に成功した。
「ちなみに、聖剣には毒の魔法が常時発動されている」
「かすり傷でも…だ、斬られれば、数分で毒が全身を覆い、死に至るだろう」
だが、その言葉に、フォルクスは心底可笑しそうに返す。
「阿呆め」
「私はマラレルの死神だぞ、魔法で作られた毒なんかで死ぬものか」
死神の称号を冠する者……ソレは、死につながる、あらゆる魔法の習得者の事を指している。
状態異常への耐性など、なんなら、リュクリークより有るかも知れない(そもそも再生能力持ちであれば、耐えれる程度の毒なのだろう)。
「だが、その分柔らかいな、リュクリークと比べると、まるで紙のようだ」
「はっ、そうかい」
ホスロの煽りに、フォルクスは苛つきつつ、返すと、今度はライオリック、ロザリエを伴い、三人で同時に斬り掛かる。
しかし、ホスロとしては、三人全員と、馬鹿正直に真正面からやり合う必要はない為に、魔法で壁を作りつつ、常に一対一の状況になるように戦闘を行ってゆく。
こういう小細工を弄しつつ戦うのは、ホスロの十八番であった。
「お前達の魔力は有限」
ホスロは、高速で行われる戦闘の最中でも、まだ、煽る。
「だが、私はほぼ無限だ」
「このままだと、ジリ貧だぞ?」
ライオリックの動きも鈍って来た。フォルクスだけが、依然として、一定のパフォーマンスを保てている。
「フォルクス殿、少し時間を稼いでくれ」
「……良かろう」
向こうも、分かっているのだろう。少し目配せしただけで、なんと、フォルクスを残して、ライオリックとロザリエが、戦場からフッ…と消えた。
「……どこに…」
完全に退いた訳では無い。
微かな魔力は、感じる。
「驚いたか?」
「隠密の普遍魔法だよ……貴様が殺した、リュクリーク陛下の最高傑作」
フォルクスは、死神は、戦闘に慣れている。
今度は攻めず、彼女の固有魔法の一つらしい『練鎖』を発動させ、防御に徹し始めた。
当然、急に湧き出た鎖魔法に、ホスロは感心しつつ
(コイツ…あの、異常な身体能力が、固有魔法では無いのか……?)
(いや、単に二つ持ちなだけか)
ちなみに、彼の考察は正しい。
フォルクスの所持している魔法は、『死心』と『練鎖』の二つである。
『死心』は、勇者にすら届く心力系統らしく、全魔法への耐性と状態異常の無効に加えて、常時発動の超再生能力。
死神は、コレに、シモン・フォルクスも使っていた、血の詠唱も併せている。
『練鎖』の方は……
死神は、弟を、シモン・フォルクスを気に入っていた。同じ固有魔法を持つ者として、仲間意識を感じていたのだろうか。
『フォルクスの特徴を、何一つ持っていない』と、生涯シモンは悔やんだが、実は、一番死神に…彼が憧れた、五老杖に近い能力を、所持していたのだ。
やはり、フォルクスの『練鎖』の使い方は、上手い。時に体に纏い、時に浮かせつつ、ホスロの、聖剣による斬撃を弾き続ける。
だが、それでも何発かは貰う為に、どんどん傷を付けられ、その度に再生し……魔力を、削らされる。
「あと五分、五分だ」
「……何?」
呼吸する暇も無く、フォルクスは、多少苦しそうに聞き返した。
「フォルクス殿が、耐えられそうな時間ですよ」
一方のホスロは急に、丁寧な口調となった。
「流石は五老杖、自力が、ぽっと出の者とは違いますね」
まるで、死者を敬うかの様な言葉使いである。
(………はっ…潮時かな、あぁ…リュクリーク陛下よ、許してくれ)
「血よ溢れよ、血よ溢れよ」
「…おや?」
フォルクスは、苦しそうな顔のまま、突如、詠唱を始めた。
血の詠唱では無い…が、同じ系統の、一族相伝の詠唱である。
「我の手中に、汝の鮮血を」
「血は、主を裏切らぬ……」
(まだ何か隠していたか……詠唱を、終える前に)
と、一応ホスロは焦り、フォルクスに向け、無理やり魔法を放った…が、『死心』の魔法耐性の為に、あまり意味は無かった。
「我が鎌を満たせ、血よ」
終了後、体内から大量の黒い血が溢れたかと思うと……コーティングしたように、断金の大鎌を、覆う。
「…小僧、コレを見るのは…初めてだろう?」
フォルクスは、痩せ我慢をしつつ、笑いかけて来た。
「……ふむ」
黒い血。昔、父から聞いた事がある。
死神の秘技、伝説を。
己の膨大な寿命を引き換えに、発動するのだとか。
「だがフォルクス殿、かなり無理をしとるなぁ」
返答に困り、ホスロも目を細め、苦笑いをした。
「今更何を…五分後に死ぬ…と言ったのは、貴様だ」
「私はそれに、応えただけだよ」
「……はっ、親切な人じゃなぁ…」
(…所で……ライオリックと、ロザリエ…何処にいる)
どうせ、フォルクスの鎌が、自分に当たった瞬間、出てくるのだろう。だから…何やら怪し気な黒い血で纏ったのだ。きっと、そうに違いない。
(やはり、あの鎌を警戒せねば…いや、と言うか)
ならば……この、フォルクスさえ殺せば、アイツらはもう…この形勢から、逆転する手段を持たないのでは?
ライオリックの固有魔法は、全て知っている。
ジルレド・アキナスが、あの日放った『穿風』も、使えるのだろう。
(だが、だが、問題あるまい……あの技を全部食らったとて、聖剣で強化された、俺の再生速度の方が速い)
ならばもう、俺を仕留める手段を持たぬハズ…!
(そうだ…目の前の、コイツさえ、殺せれば)
後は消化試合。
そう思えば、元気も湧いてくる。
ボコボコ…と、ホスロは足に力を入れ、筋肉を盛り上げる。獣毛も、追随して生えてきた。
そして、なんと、真っ向からフォルクスと打ち合い始めた。(鎌に当たらない様に)とは思っているが、過剰にビビって、逃げるのも、性に合わないのだろう。
変な所で、意地になっている。
一方、フォルクスの方は、鎖で防御しつつ、なんとか鎌で斬ろうと頑張っている。
そう、頑張っている…と表現するしか無いほどに、必死であった。
無理な体勢からでも、鎌を振り、切っ先だけでも…と躍起になる。
詠唱と、大鎌の覚醒によるバフで、速度も、膂力も、何もかも…今までで、最高のはずである。だが、何故か、ホスロには当たらない。
なぜならホスロは全魔力を、身体強化に使っている……もしかすると、全開時のリュクリークよりも、速度だけは上回っているのだろうか。
時に地面を蹴り、宙を舞い、更に翼を使って飛翔した。三次元の全てを、ホスロは効率的に使っている。
対してフォルクスは…人間族の、限界だろう。何十年と言う…戦闘のノウハウを生かし、ホスロが近付いてくるであろうポイントを予測して、素早く鎌を振るが…やはり、ことごとく避けられている。
「ライオリック、もう、大人しゅう出て来い」
「じゃないと……」
ついに………バキッ!と、なんと、纏っていた鎖ごと、ホスロはフォルクスの腹を斬った。
当然。
「がハッ…」
と、血を吐きながら、フォルクスは揺らめく。
そして、ホスロは、その一瞬の隙を突き、更に間合いを詰めると……死神の首をガツッ!と掴んで、持ち上げた。
「ほれ、ほれほれ」
「出て来い、さもないと、お前の仲間の頭が、硬い地面に落ちる事になる」
ギリギリ…と絞め始めた。
「カヒュ……ゴっ……」
その為、悔しそうに、フォルクスは、抗いながら、ホスロの手を噛みさえするが、締め付けは止まらない。
「どぉぉした、早う来いや」
そのまま、冷酷にも、カウントダウンを始めた。
「五」
「よぉん」
また、ニタニタと笑う。
「さぁん」
「にぃぃい」
「……はぁ、一」
だが、二人が出てこないので、冷めた表情となり……
「よし、ゼロ」
剣に持ち替え、真横に振った。
(終わりじゃなぁ……長い、戦いだったわ)
達成感さえ感じる中……ふと、塊が、ボトッ……と、硬い何かが、地面に落ちる音がする。
普通ならば、フォルクスの首なのだろう。
だが、その正体は、普通ではなかった。
「……あ゛?」
それは……聖剣を握る、ホスロの……自分自身の、右腕であった。
硬く、柔軟で……リュクリークすらも、突破出来なかった結界を、張っていたハズである。
しかし、そんな事実は無かったかの様に、確かに、聖剣が…カランっ…と、地面に落ちた。
(痛い…やけに、痛むなぁ)
呆然と目線をずらし、腹を見れば…ロザリエとか言う、ライオリックの金魚のフンが、心臓部分を思い切り霊剣で貫いていた。
「ホスロよ、『獅子心』の本来の能力を…知らなかっただろ?」
ロザリエが隣でギリギリ…と、更に霊剣を突き刺しつつ、固定しながら、ライオリックは喋る。
「再生能力など、副産物よ…この能力の真価は、『対象の初期化』だ……簡単に言うと、あらゆる強化状態の、瞬間的な解除かな」
再生は、ソレを自分に常時適応しているだけらしい。固有魔法の性質上、自分に施す場合はプラスの効果が現れる事が多いので、ソレが『再生』と言う形に昇華したのだろう。
説明を受け……ここで、ようやくホスロは、自分が新しく置かれた立場を理解したものの……納得は出来ず
「貴様……らぁ……!」
(焦るな、焦るな、聖剣を拾いさえ出来れば……)
だが…カランっ!と、フォルクスが落ちざま、足で払い、遠くに飛ばす。
「チッ、死に損ないがっ!」
余計なマネを…と、ホスロはそんなフォルクスを膝で蹴飛ばし、全速で聖剣を拾い上げようと、再び足に力を込める。
しかし、何故か、ピタリ…と、動かなかった。
(まさか…魔力不足か…)
今まで、聖剣から自動で魔力が供給され、それでどうにかリュクリークと張り合えるだけの、身体強化を施せたのだ。
それが、無くなったのだから、素の魔力だけでは、すぐに底を尽きるだろう。
よって、身体強化に充てがう魔力量を、調整する。
(何か、魔力を回復出来るモノ…)
付近には、アッディーン騎士団員の死体が何十体も捨て置かれている。
ホスロは、最後の希望…と、目を輝かせつつ、ソレに駆け寄ると、ライオリック達から多少距離を取った後に、急いで食べ始めた。
バリバリ…バリと、まるで飢えた獣のように、目だけはライオリックの方に向けて、ひたすらに食う。
それは、肉食獣の食事…と言うよりは、ネズミや、カラスが残飯に群がり、ついばむ様な、汚い捕食であった。
……聖剣は、奴らの背後である。取るには、何か策を弄さねば。
何か、策を、策を……
「ホスロ、今の君は、心底醜いよ」
だが、ライオリックは、そんなホスロを、哀れむ様な目で、疲れた様な瞳で、見つめる。
「黙れ」
「…もう、詰みだ、君にはもう、あの聖剣を取る手段は無い」
「……このまま、逃げるならば、命までは取らないであげよう」
「正直、俺も…はぁ……かなり……来てるんだ」
「南方諸国連合を追いつつあるとは……言え…余裕がある……訳でも、無いしな……」
「フォルクス殿の…容体も……見ねば、ならん」
フォルクスは、もう、喋る気力も無いのだろうか。
倒れたまま、ピクリ…とも動かず、一言も発さない。
双方共に、満身創痍。逃げた方が、お互いにとって利益になる。
だが
「はっ…命は取らないで"あげよう"?」
「良い気に……なるなよ…」
「クソガキがっ」と、ホスロは四足歩行にて、ライオリックに襲い掛かった。
全身を不完全な『操天狗』で覆われ、最早、魔獣そのもの…と言っても過言では無い程の姿で、口を開け、爪を出して飛び掛かる。
黒豹の様な、俊敏な熊の様な、その姿は……どこか、哀れで、寂し気であった。
「愚かな……」
だが、目に見えていた。
どちらの攻撃が速いかなど。
ホスロも、もしかすると分かっていたのかも知れない。が、抑えきれなかったのだ。ライオリックに負けてしまう…という恐怖が、少年を突き動かした。
恐怖、それは、暴力装置としての立場を失う…と言う、プライドの喪失であり、聖剣への執着であった。
そして……ザシュ……と、鈍い音が、戦場に響く。
誰かの脈が、切られたのだろう。