第九話:殴り込み系宮廷魔術師
魔術師同士の一騎打ちは単純明快、ただ膨大な魔力量もしくは技量でゴリ押した方が勝つのである。
圧倒的な実力差の前では下手な小細工はむしろ逆効果となってしまう。
試験が始まり、ホスロは全身を硬直させたものの、しっかりと相手と向き合った。ザッザッザッ、と鉄格子の扉を背景に歩いてくる男。赤髪に眼帯…年は同じ位だろうか。この年で自分と同じく、宮廷魔術師認定試験まで漕ぎ着けるとは優秀だなぁと感心する。
「第二次試験、開始」
「『練鎧』、硬堅固鎧」
試験開始と同時に、ホスロの対戦相手は流体状の鉛を漂わせ、それを重装歩兵の鎧の様に加工して着用した。
重さは無いのだろう、ちょっと鎧が体から浮いている。
少し、ここで『固有能力』の名称についての説明を挟む。
ホスロが使っている『操炎』や『操槍』、ネロやこの男が使っている『練弓』、『練鎧』にはその能力の特性によって頭につく文字が変わっている。
一般的には操の文字が付くものは、元々自然に存在する物質を操る能力で、練が付くのは人工物を練り出して操作する能力だ。(ホスロの『操槍』の場合はアッディーン家相伝の固有能力のため例外となる、他家で『操槍』が発現した場合は区別として『練槍』と改めさせられるが)
ホスロは相手が使った能力を見て、何か勘づいたらしい。
(今の……確かラエリウス家に多く発生する能力だったような……)
試験前に発表される受験者一覧の名簿(昨日ネロと一緒に見たヤツ)に載ってた気がする。
ラエリウス家、ラエリウス家…騎士候補を多く輩出する武闘派として有名な家で、主に防御系統の能力が多く発現すると聞いていたが、確かにそれっぽい。
突然、相手の男が話かけて来た。
「アンタ、アッディーン家の息子だろ」
「……よぅ分かったなぁ」
なんと、向こうもホスロの事を知っているらしい。まぁ、いや、そう言えばアッディーン家はマラレル屈指の名門、逆に知っていない方が不思議かな、とホスロはなんだか鼻が高くなる気がした。
「なんでも、『操槍』と『操炎』の二つ持ちなんだってな」
狼の瞳に、少年の様な光を含ませながら男は尋ねた。
「それが…?」
「いや、単純に珍しいなと……まぁ、雑談はコレくらいにして……」
喋りながら、男は高速でその場を離れた。そして、ホスロが一回瞬きをする間に目の前に移動する。
(…!…コイツ……サイエンよりも)
直線移動の速さだけなら彼女と同等かソレ以上だろう。
一つ一つの動きは、流石に鎧を被っているせいか遅いが。
その上拳に鎧を張り付けて殴り掛かるのが手法らしく、大剣を帯びて居ない。
リーチが短いので比較的避けるのは楽である。
だが、防御力では圧倒的に彼の方が格上。このまま避け続けれる保証も無い…持久戦に持ち込まれたら詰むだろう。
ジワジワ、ジワジワと削られれば当方の動きも鈍くなり、より相手の攻撃も命中させやすくなる。
「そうなると負けるな……」
ホスロは男が近寄ったタイミングで、剣に全力で魔力と熱気を込めて横一文字にキンッと薙ぎ払った。鉄くらいならばバターのようにスライス出来る威力と硬度である。
が、ガキンッと言う鈍い手応えと共に剣の先端が折れる音がする。
(魔力と操炎で強化した剣が……なんつー硬さだよ………)
これは尚更長引かせては不味い、そう判断すると、続けてホスロは常套法である『纏炎』を行い、余った剣の部分で再び近接戦を挑んでいった。
観客席は滅多に見れない魔法使い同士の近接戦に大いに沸いている。わぁわぁと歓声やら罵声が飛び交っている。
「うぉぉ!ホスロ、いいぞ、早くぶった斬れぇぇぇえ!!!」
「落ち着け小娘」
ラヴェンナなんかは身を乗り出して叫びながら観戦しており、オドアケルに軽く注意されていた。
そうしてスタジアムが熱気に包まれる一方、ホスロの頭はずっと冷静で算段深かった。
(操槍は使わん、この勝負に勝てば合格と言うのは分かっとるけど……まだまだ手の内を明かさん、やるからには首席で宮廷魔術師になる)
どうやら後の勝負の事を考えて『操炎』のみで勝つつもりらしい。全く、プライドの高いホスロらしい。
ギィン、ガギンッと剣と鎧が何度もぶつかり激しい火花を巻き上げる。
炎の温度も段々と上がって来た。
「早く……早く砕けろや!」
そして…思いっきりホスロが剣を振りかざす…と、今度こそバキンッと真っ二つに剣は折れた。同時に男が纏っていた鎧も十字に亀裂が入って崩れ落ちる。
だが、双方はすぐさま切り替えると、今度は拳に炎や鎧を付属させて、魔力を込めて殴り掛かった。
ゴッと同時に頬に拳がめり込む。
「ばぁ…はぁ……しゃらくせぇ、男同士、正々堂々コレでやるかぁ、アッディーン」
「そうじゃなぁ………!!」
完全に理性がぶっ飛んだ二人は操炎と練鎧、どちらも出力を最大にして殴り合いを始めた。
まさかの武器も使わない近接戦闘、こんな試合、騎士候補試験でも見られぬだろう。
「オラァ!」
「ぬァァああ!!」
グシャ、グチャ、互いの炎の壁や鉄を貫通して拳がめりこむ。後は根性が強い方が勝つだけ。ホスロは一心不乱で殴る、殴る。
「ホスロ樣………」
オドアケルは見直した様に主君を見つめ、ラヴェンナはシャドウボクシングさえして応援する。
「しゃぁぁああ!!、いけぇホスロぉぉ!!」
グシャ、グシャ………ゴツっ……ゴリゴリ………
生々しく肉を削り、骨まで響くような悍ましい音が闘技場に木霊する。
ゴッ、ゴッ…ゴツ……パンッ………パシッ
長い長い、人の……人体からの悲鳴。
しかしながら…そんな音も暫くすると止んだ。
そして、最後まで立っていたのは………ホスロだった。
フラフラと全身血まみれで、だが確実に、渾身の力で立っている。
瞬間、観客席が沸いた。
「ぉお!!なんて良い試合だ!」
「こりゃぁ騎士候補試験の方に行かなくて良かったぜ」
一応マラレルではこのような試験も娯楽の一環として出来ているため、試合によってブーイングが起こる事さえある。
逆にこれだけ湧く試合は珍しい。
「ホスロ・アッディーン殿、第二次試験突破を確認」
ボルテージが最高潮に達する人々に反発するように、機械的な音声が静かにホスロの勝利を告げた。