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プロローグ:拗らせコンプレックス





俺は天才だ。天賦の才を持って産まれた。


「流石、アッディーン家の御子息だ!」


「坊ちゃま、坊ちゃま、素晴らしい腕前ですなぁ……!!」


誰も俺に追い付けない、誰も…誰も二個以上の能力を持って生まれて来ない。そう、誰も。


______


俺は大国マラレルの名家、アッディーン家に産まれた。当家は代々優秀な騎士を輩出してきた家で、大きな発言力を持っている。


その名は国中に響き、どころか、国外にまで及ぶ。


「なぁ、次の宮廷魔術師、誰だと思う?」


俺は毎度の様に家の者達に尋ねて回る。これが楽しい日課である。

みな、口を揃えて「ホスロ様です」、と俺の名を口にする。吐くような鍛錬を終える度に、俺は自己満足の為だけにこうして毎度毎度、聞いていた。


_そうだろう。お前達のような、二十にもなって、陛下から杖を与えられる凡人とは、格が違うのだ。


龍が、化け物共が未だに跋扈するこの世の中では優秀な魔術師や剣士は重宝される。

中でも王家直属(マラレルの場合はマラレル王家直属)の者達は守り神の如く崇められ、誰もが夢見る職である。


俺は宮廷魔術師となり、みんなに崇められたかった、尊敬して欲しかった。俺の努力を、才能を広めたかった。


俺には全てがある。地位も、金も、魔法も、才能も……全てがある。

凡人とは違う。


地位だけ、格だけの他家のボンボンと一緒にするな……お前達のような、ひ弱な人間とは、生命としての器が違うのだ。




___だが…恐ろしい事である。

いつからなのだろうか、俺が本当の天才では無いと気付き始めたのは。

名家の、アッディーン家の顔としての重圧と、この半ば狂気じみたプライドのお陰で、俺は十六になるまで死ぬような能力上げの鍛錬に耐えて来られた。気が狂いそうだった。自分を天才だと大声で叫ばなければ、本気で頭がおかしくなりそうだった。


毎日毎日、剣を……足りぬ魔力を補う為に剣を振るう。一向に開花しない…眠っているハズの、己の魔術の才能と向き合う。


だが、悲しいことに。十六になった辺で、俺の能力の成長は止まった。

「操炎」と「操槍」……己の魔力を、炎や槍の形状に変化させ、実体化させて操る。アッディーン家で代々受け継がれてきた伝統的な能力。

大体家中で研究し尽くされた為に、新たな能力の解釈がほぼ出来なくなってしまっていた。

そのせいだろうか、十六の齢を以てして、俺は完全に出来上がってしまった。

典型的な、早熟型。


あぁ…他の名家の御曹司…ライバル達はもっともっと先に進んでいる。自身の能力の解釈を最大限に広げている。


「俺は天才だろう、あぁ、天才だ……」


努力するしか無かった。毎日手から流血する程魔力を練った。家中の者から、父や母に止められるまで剣を振るったりもした。一度、鍛錬場で泡を吹いて、目を開いたまま失神していたらしい。


「兄上、将来私も兄上の様な人になりたいです」


「次の宮廷魔術師庁入りは……いや魔術師はホスロ様で決定ですなぁ……」


やめてくれ。俺が、悪かった。

そう叫びたい時もあった。


鍛錬に明け暮れる内に、段々友達とも疎遠になっていった。


連日の様に耳に入る、他家の出世話。ソレを聞く度に、毛布に包まりたい思いである。



「槍炎!!」


鍛錬場で毎日の様に繰り出される技、だが、半年間その威力は殆ど…否、全く変わらない。


__そんなある日……友達の、いや親友とも呼べる(ホスロ視点で)一人が飛び級で騎士候補(宮廷魔術師と同格の位)になったとの報告を受けた。

聞いた瞬間、思わず頭に血液が逆流した気分である。


親友は、彼女は……あの、女は……能力を一個しか持っておらず、なおかつ体術も剣術も俺より格下のハズだった。


「ありえんだろ……!!」


家でその報告を使用人から聞いた瞬間、俺は目を赤くし、飛び出して彼女の家まで着いていた。

彼女の名はネロ。ネロ・ラドリア。同じくマラレル屈指の名家の娘である。


あの時は無我夢中で駆けた、ただひたすらに。剣のみ佩びて、護衛も連れず。


ホスロは…俺は無作法にも馬に跨ったままで屋敷に入ると大声でネロ、ネロと叫んだ。強引に小門を蹴り飛ばし、鼻息を荒くし、立ち入る。


すると砦の様な所の窓が一つ開いて、中から可憐気な少女が顔を覗かせる。

黒髪の、東洋の武道着に身を包んだ女である。

こちらの気など知らずに、笑顔で優しく手を降っている。そのうち、ストン……と降りてきた。


俺は問い詰める様に騎士候補になったいきさつを彼女に聞いた。


「そんな……別に大した事はありませんよ…ただ試験を受けただけですよ〜」


俺はその言葉を聞いて絶句してしまった。なんとも無かったかの様に……彼女は話して居た。

ちょっと前まで、圧倒的な弱者、遥かな格下のハズだったのに。

俺は思わず言ってしまった。


「……なぁネロ、……お前が本当に騎士候補に相応しいか…模擬戦やろうや」


(どうしたのだ、いきなり…)とネロは一瞬頭にハテナを作ったが、多少間を置くとすぐにハイッと元気よく叫ぶ。


その後一緒に当家の敷地の一部まで移動すると、両者は軽く剣を持った。自然な動作で、どちらから「始めます」、とも言わずに能力を使用した。感覚で解るのだろうか。


「操炎、纏火」

操炎で生成した炎を体に纏う技である。

ホスロは大体戦闘が始まると取り敢えず纏っとけ、で初手で出す。

弱い理由の一つだろう。決められたパターンしか出せない。戦術など考えず、フィジカルでゴリ押す事しか、引き出しが無いのだろう。


対してネロの方は自身の体を中心に、円環状に巨大な矢をつがえた弓を配置した。その全てはホスロの方を向いており、キリキリ…と音すら鳴っている。


「錬弓、纏弩」


「ホスロの真似です、昔から憧れていたので」


「そりゃ光栄じゃなぁ……」


キリ…キリキリ……と更に弦が引き絞られてゆく。


(…アイツの矢速は覚えとる……それに纏炎の状態ならば直撃しても大した___)


バンッ、と勢いよく全ての弩から矢が放たれた、と思うと…一瞬でホスロの眼の前に迫ってきていた。


「は……ッ!!」


砂利を、小枝を巻き上げながら迫りくる矢を、間一髪でホスロは避ける。

だが何本かは顔や体を掠めた様でツゥぅと鮮血が流れ出ていた。髪の毛の何本かが、千切れ…ハラリ…と落ちた気がする。


「ホスロ、まだ続けますか?」


(コイツ……)


「…操槍、突火槍」


自身の魔力を大きな一本の槍の形に変形させ、それに先程の纏炎をかけ合わせて威力を底上げする。


「やはり…変わってませんね……嬉しいです」


懐かしげな声音になる。


「錬弓、神火崩燼弓ヒノヤ


そして…ネロは軽く何やらブツブツと詠唱を行うと、地面の底からズズズ…と巨大な燃え盛る矢を取り出した。


「ネロ……お前……何故炎を」


「騎士候補ですから」


このくらい簡単です、とでも言いたかったのだろう。


「それに…そもそも魔力を炎に変換する事自体は容易な事です、この技はソレを応用しただけ」


ネロは淡々と語り始めた。


「先程の詠唱で炎を生み出し、加えて『錬弓』の能力を強化しました」


軽そうに言っているが、その専用の能力を持たぬ者が炎や水などの物質を、ゼロから魔力で生み出すのは相当な技量と魔力量が要る。覚悟も、必要だろう。

適正が無ければ、何年も費やした意味が無くなってしまう為である。


なるほど……圧倒的な差を見せつけられて、ホスロは思わず悔しさで土を捻り踏む。


「……だがお前、操炎持ちに勝てるとでも?」


「さぁ…撃ってみては、ホスロは昔から強いんですから……勝てますよ」


ネロは何だか悲しそうな顔で喋り続けている。

何かを憐れむ様な、心底失望するような眼で


「舐めとるん…死んでも責任は取らんで」


ホスロは広角を上げてそう叫ぶと、突火槍に自身の全魔力を注ぎ込んだ。

膨大な魔力と炎に耐えきれず、何だか…ドロドロと槍の形が変形している気さえする。


だが、ネロは……ネロの方は。

ただ突っ立っているだけだった。そして、何とも暇そうであった。



_______________




「いい勝負でした、ホスロ」


「………」



勝負の結果は言うに及ばずである。


「なぁ…ネロ」


「はい、」


「今の俺を、今日の俺を見て、どう思った」


ホスロは地面に突っ伏しながら喋っている。名家のプライドなど遠の昔に置いて来た様に。


「…そのッ、………あ…」


「あぁ…いや、悪かった」


ネロは言葉に詰まった様で、申し訳無さそうにしている。


「クックック…昔とは立場が逆になってしもうたなぁ…」


「あの頃、俺は……俺がこの国で一番強いと意気込んどったわ……」


ネロは悲しそうな顔で聞いている。


「今、宮廷学院(騎士候補や見習いの学舎)には…お前と同格……いや、それ以上の猛者がゴロゴロおるんじゃろなぁ……」


ハハッと虚しくホスロは嗤うとヨイショ、と立ち上がって


「俺は天才じゃ、天賦の才を持って生まれて来た」


と自分に諭す様に、そう小さな声で言ってあげた。


「じゃあなネロ、俺は旅に…いや……遠くに行く」


「……と、遠く……?」


「あぁ…遠くじゃ、誰にも、誰からも追い掛けられん様な遠くに………逃げる」


もう、疲れた。

今日の一戦で何もかもが良くなってしまった。


自分の屋敷に帰ると、洗脳された様に家中が出迎えてくれる。

「おかえりなさい」、「お帰りなさいませ」、「よくぞご無事で」。


(気味が悪い……俺とお前達は……いや)


「はっはっは、一緒じゃな!」


通りすがりに、使用人の一人の頭を撫でつつ


…だが、そんな声は聞こえんとばかりにホスロは部屋へと一直線に駆けると、徐に荷造りを始めた。


「遠くに…そうだなぁ……」


焦点の合わない目をして、乱れた髪を直さずに、黙々と荷造りをする。


何だったのだろうか、俺の血を吐くような……拷問は。

何も報われなかったのだろうか、誰か答えてくれ。


嫌だ、嫌だ、誰が……二十を超えてから宮廷魔術師になどなりたいものか。

その時の家族の反応を想像するだけで吐き気がしてくる。ネロはどんな顔をするだろうか、朋友達は何と声を掛けてくるのだろうか。


意味が無い…神童だからこそ、価値があったんだ。


もう、逃げたい。



__________________


翌日、ホスロの姿はアッディーン家には無かった。


彼は、彼の姿は……寂れた一本の田舎道の馬上にあった。晴れやかな顔をして、カッポカッポ、と元気よく進んでいる。


「田舎にでも…うん……気が楽だわ……」


とてもとても、晴れやかな顔だ。



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