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ブルー 09

 脇目でナギサさんを見る。暴れたおかげか口が露出していた。無事かは確認できないが、少なくとも窒息する心配はなさそうだ。


「ごめん!必ず戻ってくるから待ってて!」


 そうなれば、ナギサさんは後回し。後ろ髪を引かれる思いで雑木の中に身を隠す。さっきまで立っていた場所は既に白い何かで覆われていた。

 

 その原因は、ビルとビルの間にいた。遠目に見れば宙に浮いているようにも見える。脚の数は4対8本。目の数もまた同じ。俺の認識が正しければ、あれは蜘蛛だ。ただし、足の先が削岩機風の特別製。しかも超巨大。女の子にあの見た目は酷だ。そこだけで言えば目を塞がれて助かったのかもしれない。


「あいつを遠ざけないといけないな。あの子が巻き添えになっちまう。俺になったら、まずそれだけを考えろ」

「ああ……、準備はできているか?」

「誰に向かって言ってんだよ。ハルトもその気だったんだろ?きっかけが変わっただけだ」


 ブルースが笑う。その余裕が頼もしい。


「観察は終わりだ。早くあいつをなんとかしないと。じゃないと、嫌われちまうぞ?」

「う、うるさいな!ほら、さっさと行くぞ!」


 茂みから出た俺は、蜘蛛に向かって走り出す。わざと自分のことを敵に認識させ、注意を引き付けるためだ。

 これ以上、ナギサさんに被害が及ぶようなことになれば、ブルースの言ったことが本当になりそうだった。


「いくぞハルト!お前の魂を震わせろ!!」

「ブルース!!」


 掛け声と共に青い炎に包まれる。次第に炎は膨れ上がり、その中から巨大なドラゴンが現れた。


 青い鱗に金色の眼。鋭い爪に大きな翼。大地を蹴り、推力を得た俺は、翼を広げて蜘蛛へ向かう。


 雄叫びが木霊する。蜘蛛が突然現れたドラゴンに敵対行動を取ろうとするが、もう遅い。


 巣から地上に落とされた蜘蛛は、脚を掴まれて宙に浮いた。必死に糸を吐き出すものの、体の向きが定まらずに、足跡を残すことしかできない。


「このまま開けた場所に連れ込むぞ!遮蔽物があると分が悪くなる」

「そうしたいんだけどさ……」


 ブルースの言うことはもっともだ。あの糸を張り巡らされでもしたら、こちらのスピードが活かせなくなる。自慢の炎で焼くことは簡単そうだが、取り残してきたナギサさんの命の保証ができない時点で却下だ。


 それに高度が落ちている。勢いに任せて飛び上がったものの、それを維持する方法がわからない。だって俺は人間なのだ。人間に翼はない。


「……落ちる!」

「お、おい!待てよ!ほら、翼を羽ばたかせるんだよ!風に乗れぇ!」


 滑空を続けていたが、ブルースのアドバイスも虚しく、急激に高度を落としていった。逃れようと暴れる蜘蛛の抵抗に耐えきれなくなったのだ。


 青い空から、白色の大地へ。いくつかのビルを薙ぎ倒しながら、蜘蛛もろとも墜落した。


「いってぇー」

「へたくそ!俺の体をもっと大切にしてくれよ!」

「やってるよ!一心同体だら?俺の体でもあるんだから、少し我慢してくれよ!」


 墜落したのは、広い公園だった。白い木が茂っているから間違いない。最低限の目的を達することに成功したものの墜落した衝撃は軽いものではなかった。


 立ち上がって頭を振った。強がってみたのは良いが、やはり頭が少しぼんやりする。

 

「お、おい、ハルト!前!前!」


 ブルースの声に従って前を向くと蜘蛛が吐き出した糸が迫っていた。墜落した衝撃で拘束が解かれてしまったらしい。慌てて左手を前に出して防御を試みるが、あっという間に使い物にならなくなった。これではギプスで固定されたようなものだ。


 糸で繋がった俺と蜘蛛は、互いに睨み合っている。何度か糸を引っ張って手繰り寄せようとしているものの蜘蛛は動かない。脚の先が地面に食い込み、杭のような働きをしていたからだ。


「ブルース、前のなんちゃら炎で一気に倒してしまおう。このままじゃ埒が開かないよ」

「蒼葬大爆炎ディスタード・ブロアな。でも今は駄目だ。チャンスが来るまで堪えろ」

「なんでさ!?」

「あの蜘蛛野郎が捕まえられてた間にも糸をそこらじゅうに撒き散らしてるからだ。周りを見てみろ。こんな状況でディスタード・ブロアを撃ったらどうなるかわかるよな?次にあの可愛子ちゃんと会う時には、こんがり焼けてちまってるぞ」

「じ、じゃあ、どうすればいいんだよ」


 蜘蛛が静かに動き出した。削岩機のような脚を使いながら、1歩ずつ確実に距離を縮めていく。


「距離を取れ!食われちまうぞ!」

「わ、わかった!」


 距離を取ろうと後方に向かって飛び上がった。しかし、その動きは空中で強制的に中断されることとなった。


 それは、蜘蛛が張っていた糸。がむしゃらに吐き出したと思っていた糸は、こちらを捕える罠として機能していた。


「なんだこれ!?う、動けない」

「翼を使って勢いをつけるんだ!引き千切れない強度じゃない」

「だから、動かし方がいまいちわからないんだよ」


 めちゃくちゃに体を動かしても、ますます糸が絡みついて、動きが鈍る。迫り来る蜘蛛。恐怖のあまり炎を吐き出そうとする考えが何度も頭をよぎる。


 しかし、それを理性で押さえつける。そんなことをしてしまったら、自分はもう人間ではない。この世界で襲ってくる敵と同じ生物になってしまう。


 だが、いくら人間でありたいと願っても危機は去らない。

 

 目を閉じる。ブルースの言うとおりに体を動かせれば、こんなことにはならなかった。

 この翼も、この尻尾も自分にとっては重りでしかない。迫り来る敵に対してなす術がない自分が情けない。


「俺はこのままヤツのエサになるのはごめんだ」


 ブルースの声がした。閉じた瞼の裏に彼の姿が映る。


「……人間の形なら動けるか?」

「そりゃそうだよ。人間には翼も尻尾もないんだから。ごめんな、ブルース。俺じゃお前の体を上手く使えないみたいだ」

「……俺の誇りが許さないが、ハルトにもっと主導権を与えてやる。そうすれば、人間の形に近づくはずだ。集中しろ。俺たちはひとつ。俺はお前で、俺はお前だ」


 ブルースの心と波長を合わせるように意識を集中させる。すると、ドラゴンの体は再び青い炎に包まれた。

 突然の炎に蜘蛛は驚き、距離を取る。繋がっていた糸は切れていたが、延焼はしていない。


 やがて、炎の中から青い鱗を纏った巨人が現れた。翼はマントのように変化し、尻尾は短い。爪の鋭さはそのままに手足は長くなり、線密な動きも可能なものになった。そして、頭の形状もドラゴンから人と近しいものに変わっていた。


 手のひらを広げて、残り火を掴む。それは1本の槍へと姿を変える。

 体と同じくらい長く、先端は巨大な炎の刃だ。その柄には、体を覆っている青い鱗と同じようにも見える。


「ふぅー……」


 大きく息を吐く。敵を睨み、自分がすべきことに備える。


 槍が手に馴染む。体の一部のように、扱い方がわかる。


 睨み合いに痺れを切らした蜘蛛が動き出した。上体を上げた蜘蛛は、数本の削岩機を起動させて振り下ろした。


 反撃の狼煙を上げるのは今だ。

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