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ブルー 07

 仙台駅前には、サラリーマンもさることながらそれぞれの学校の制服に身を包んだ学生達も多い。この駅を中心に生活が回っている。


 その群れに混じって、重いまぶたと格闘しながら通学するのは、立派な人間と呼んでいいだろう。いや、人間とドラゴンだ。


 昨夜ブルースと語り合ってわかったことがある。彼は現代の音楽よりも昔の曲の方が好みのようだった。それも1960年代あたりの洋楽だ。今と比べて音数も少ないし、英語も聞き取れるほど優秀ではない。それでも通学用のプレイリストにこれまで聞いたこともない楽曲を加えたのは、彼的に言うと『魂に響いた』のだろう。


 それでも好みというものは千差万別であって、彼が大喜びする曲の良さが自分には理解できないものもあった。ブルースのイチオシであるライリー・ジョンソンのギターソロにも物足りなさすら感じていた。


 それでも、あの世界以外の共通の話題ができたことを喜ぶべきだ。これさえあれば、四六時中あの世界の話題を振られることもなさそうだからだ。


 もとより人間とドラゴン。完全にわかり合えるとは思っていない。元気になるまで、こっちの世界を堪能してもらう。命の恩人に対する謝礼としては、安いかもしれないけど、高校生にできることなんて高が知れている。


 教室に着いた時には、ナギサさんは自分の席に座ってノートに何かを書いているようだった。


「おはよう。昨日は、その、大丈夫だった?」


 精一杯優しく微笑んでいるつもりで、話しかける。すると、ナギサさんは慌ててノートを閉じてこちらを見上げた。


「……ああ、昨日はありがとう」


 少し間があったのが気になるが、クラスメイトとして認知はしてもらえているようだ。やはり、怪我をしている様子はないし、顔色も良さそうに見える。

 気分が良くなった俺は、意を決して共通の話題を振ってみた。


「昨日、倒れている時に変な夢見なかったかな?」

「たとえば?」

「たとえば、大きなドラゴンが電撃を放つ獣と戦う夢……みたいな」

「なにそれ、ゲームの話?」

「……ですよねー」


 ナギサさんの反応によって、浮かれた気分は着地した。自分で言っていてもそう思う。逆の立場なら、全く同じ言葉を発していたに違いない。


「用事はおしまい?そろそろホームルーム始まるけど」

「あ、いや、その……」


 あの世界の話題がダメなら、他の話をしたかったが、ナギサさんが何が好きなのかもわからない。


 次の一手を模索していると、教室の前の扉から息を切らした生徒が駆け込んできた。その後ろに渋い顔をしたマユミ先生が続いた。どうやら、先生が教室に入る寸前で追い越したらしい。


 その生徒は、勢いそのままに教室を走る。大きなエナメルバッグが揺れて、規則正しく並んだ学習机にぶつかり、皆迷惑そうにしている。


 ナギサさんの隣の席の彼が席にたどり着いたのは良いが、慌てて荷物をおろすものだから、遠心力に任せてエナメルバッグが一層激しくナギサさんの机にぶつかった。

 その衝撃で、机の上のノートが落ちてしまった。


「畑中、なにやってるんだお前は。進藤も席に着くっ!」


 そうして、ホームルームが始まった。しかし、マユミ先生の話は、一切頭に入ってこなかった。転校2日目にして怒られたことで気持ちが沈んでしまったのではない。


 落ちた拍子にチラリと見えたノートに描かれていたのは、紛れもなく昨日の獣の姿だった。やはり、ナギサさんはあの世界のことを知っている。そのことを聞き出す作戦を練ることに、脳は使われていた。


 その後、ナギサさんとは、言葉を交わすことなく帰りのホームルームを終えた。ケンスケからは、部活見学の誘いがあったが断った。下手にのめり込んで、転校先にその部活がないという経験はもうしたくなかった。


 日課になりつつある駅前の散策を終えて、今日もまたあの地下通路へ向かう。恐怖心がないわけではない。眠ったままのブルースに頼まれたわけでもない。不思議なことに自然と足が向いていた。少し期待していたのかもしれない。


「今日は来ないのかと思っちゃった」

「ど、どうしてここに?」


 地下通路の手前にナギサさんがいた。どうやら俺のことを待ち構えていたらしい。近くに見える自動販売機で買ったのであろう炭酸飲料の缶が、べこべこにへこんでいるところからすると、長いことここにいたらしい。


「今日も行くんでしょ?」

「……行くってどこに?」

「あの真っ白な世界に決まってるじゃない。進藤君、移動する方法を知ってるんでしょ?」


 名字を呼ばれて胸がときめいてしまった。その後に続いた言葉ですぐに冷めてしまったけど。


「いや、だって、教室では……」


 ゲームみたいな話だと一蹴されてしまったことを思い出す。あれで俺に対して、ファンタジー好きの痛いヤツの烙印を押したやつもいたに違いない。


 青春真っ盛りの俺にとって、それは耐え難いことだ。いつまでここにいるのかは、親次第なところだからこそ、この時期の学校でのポジションは大事。下手をすれば、卒業するまでその評価は変わらない。今日だって、そのことで何度やきもきしたことか。


「だってあそこであの世界のことを答えたら、おかしくなった人みたいに思われちゃうじゃない」

「それはそうなんだけどさぁ……」


 こうもあっけらかんと言われてしまうと文句も出てこないとは知らなかった。それにナギサさんは勘違いをしている。移動手段を知っているのと実行できるかは別問題だ。


「早くあの世界に連れて行ってよ」

「どうしてあの世界に行きたいんだ?死ぬかもしれないんだぞ?」

「探していない場所は、あそこしかないもの。誰かから聞いていない?私の兄さんがいなくなったって」


 言葉が出てこない。ケンスケから聞いてはいたが、当事者を前になんと答えたら良いやら。


「なら、話は早いわね。さぁ、早く」


 沈黙をナギサさんは肯定と受け止めたらしい。

 両手を広げて、抵抗はしないから好きにしてと言わんばかりだ。兄に繋がるのであれば、手段は問わない姿勢らしい。その危なげな雰囲気と表情に惹かれてしまう。恋心というものは、厄介なものだ。


「はぁ、わかった。けど、僕だけじゃ無理なんだ」

「どうゆうこと?」

「ナギサさんの協力が必要らしいってこと」

「……らしい?」


 俺の後に続いてナギサさんも地下通路に降りていく。


 これでなにも起きなければ恨むぞ、ブルース。

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