ブルー 04
視線が高い。ジャンプをすればビルの高さに達することも難しくなさそうだ。それに、この爪や牙があればどんな相手だって怖くない。爪や牙?
「な、なんだこれぇ!?」
ビルのガラスに反射する俺の姿は、どこからどう見ても青いドラゴン、ブルースそのものだった。いや、心なしか体のラインが増えているような気がする。それに負ったはずの傷も見当たらない。
「落ち着け、やつが来るぞ」
「そ、その声、ブルース?ど、どこにいるんだ!?」
頭の中に直接ブルースの声が響く。しかし、姿はどこにもない。
「言っただろ?一心同体なんだよ。ほら、構えろ!」
「構えろったって!」
真正面にいる獣の背中の器官が輝きを増している。あの放電がまた襲ってくる。それはわかっている。
この翼と尻尾はどうやって動かせばいいのやら。尻尾を振ろうとしたら左翼が動いた。チグハグな動きを繰り返すこちらを見て、ニヤリと獣が笑った。
そして、放たれた放電は、主流から弾かれた電撃が付近のビルを破壊し、アスファルトを剥がしながら、真っ直ぐにこちらに向かっていた。
「空に逃げろ!来るぞ!」
「やってるよ!」
懸命に翼を羽ばたかせようとして、尻尾が動く。近くにあったコンビニらしきものが大破してしまった。
「何やってんだ!まどろっこしい!」
「人間には翼なんかないんだよ……動いたっ!」
ようやく翼が動いた。しかし、両翼が前方に展開しただけで元に戻せない。あたふたしている間にも放電は間近に迫っていた。
脳裏にブルースが翼を撃ち抜かれたビジョンが浮かぶ。このままではまずい。動いた翼が仇となり、前方が確認できない。
今更、走って逃げても間に合うわけがない。動かない翼に見切りをつけ、衝撃に備えて腕を顔の前でクロスさせる。
致命傷だけは避けなければならない。次のチャンスがないことを直感で感じ取っていた。
間もなく衝撃は訪れた。凄まじい音と閃光が辺りを包む。
徐々に煙が晴れてくると、その中心に青色の巨体が確認できた。翼は前方に展開したまま動く様子はない。
勢いよく翼を広げると、その風圧によって残っていた土煙が完全に晴れた。
そこには、困惑する獣と無傷のドラゴンの姿があった。その鱗には、焦げ目のひとつもない。
「すっげー!なんだこれ!?痛くも痒くもないぞ!」
「今の体は特別製だ。負けるはずがないっ!今度はこっちの番だ。いけ!ハルト!」
ブルースの号令に従って、駆け出す。驚くくらい体が軽い。地面を蹴った勢いで空を飛べそうなくらいだ。
瞬く間に獣との距離が詰められる。さっきまで死にかけていた相手の攻勢に獣は驚きを隠せない。その隙を突いて懐に飛び込んだ。
「そのままぶっ飛ばせ!」
その言葉のままに、自然に体が動いた。生まれてこの方、人を思いっきり殴ったことなどないが、その動きは熟練者さながらの体に染みついた動きだった。
綺麗な弧を描いて、下から掬い上げるように拳を振り上げると、獣はなすすべなく空中に投げ出される。
「今だ!蒼葬大爆炎ディスタード・ブロウ!!」
「な、なにそれ!?そんなの知らーー」
「バカ!戦闘中にそんなこと教えてる暇なんかあるか!いいから敵を向いて口を開けろ!」
理不尽な叱責に釈然としないまま空中に投げ出された敵を見上げる。それと同時に胸のあたりが熱くなり、吐き気に似た感覚に襲われた。
次第に強くなるそれに視界がにじむ。ついに我慢の限界を迎え、口を閉じた瞬間、視界から獣が消えた。
見渡す限りの空一面が蒼い炎で埋め尽くされたのだ。まさに大爆炎。状況が飲み込めず、唖然としてその光景を眺めるしかなかった。
しばらくして元の色を取り戻した空には、獣の姿はなかった。落ちてきた形跡もなければ、どこかで狙い澄ます気配もなかった。
「これってどうなったんだ?」
「俺達は勝ったんだ。どうした?そんなしけたツラして」
俺は、大きくため息をついてその場に座り込む。その巨体に大地が揺れた。
「おい!どうした!?具合でも悪いのか?」
「気が抜けたんだよ。訳がわからない事が続いて、何がどうなってるのか整理しきれないや」
ここで起きたことは、これまでの人生で培った常識が、何ひとつ役に立たなかった。地球には、あんな放電をする獣はいないし、ドラゴンだって空想上の生き物だ。
青い鱗に黄金の目。俺がイメージする赤を基調としたドラゴンとは異なる見た目だけど、確かにドラゴンで間違いなさそうだ。だって翼があるし、炎だって吐いた。まさか、自分がドラゴンになるなんて思わなかったけど。
そもそもドラゴンに乗る騎士は、昔やったゲームに出てきたけれど、ドラゴンに成るなんて聞いたことがない。
ビルのガラスに反射するドラゴンの姿を触って現実を確かめる。勢いで戦ったものの、やはり夢ではなさそうだ。
落ち着いて現実が見えてくると湧いてくるのは疑問。それもかなり重要なやつ。
「ねぇ、ブルース」
「なんだ?腹でも減ったか?」
「違くて、どうすれば元の姿に戻れるんだ?」
結果を見れば、こうするしかなかったとはいえ、いつまでもドラゴンのままでは困ってしまう。ハルトとしては、そろそろ帰りのことを考えたかった。早く家に帰ってシャワーを浴びたい。
「……知らん。気合いとかじゃないか?」
「なんで疑問系なんだよ!」
「俺だって必死だったんだ!」
ブルースとの喧嘩は続く。側から見れば1人芝居でしかないが、その体には2つの意識が確かにある。
2人のやりとりは、色のない世界にしばらくの間響き渡っていた。