ブルー 03
衝撃が止むとドラゴンは、空へ飛び上がった。
「あ、ありがと……」
ドラゴンが自分を守ってくれた事実に驚いた俺が口にしたのは感謝の言葉だった。
天高く飛翔したドラゴンは、翼をたたみ重力に身を任せて獣に突撃した。凄まじいスピードによる風圧で、周囲のビルの窓が割れて落下する。
それが獣を組み敷いて堂々とした姿を見せるドラゴンに降り注ぐが、硬い鱗に守られた彼は意に返さない。光に反射するガラスがキラキラと輝いて、その青い鱗をまとった勇姿を照らし出す。
その姿に見惚れていた。危機に陥ったことすら忘れて、あの姿が見られただけでもここに来た意味があったと、そう思わざるを得なかった。
獣もただやられているわけではない。組み敷かれている間にも、背中の器官は光を帯びていく。
「危ない!逃げろ!」
咄嗟に出た言葉だった。助けてくれたことは、ドラゴンの気まぐれだったかもしれないし、勝手にそう思っただけかもしれない。それでも助けられた身として、彼の危機を伝えなければならない。その一心だった。
声が届いたのか、ドラゴンは飛び上がって回避行動をとる。しかし、時すでに遅し。倒れていた獣が上体を起こしながら放った一撃は、ドラゴンの左翼に直撃した。
ドラゴンは、苦痛に満ちた雄叫びをあげながら地上に落下する。今の位置からは、ビルの物陰に隠れてしまって、途中までしか追うことはできなかった。居ても立っても居られなくなり、恐怖心を忘れて駆け出した。
あれはまずい。致命傷だ。
ドラゴンのもとへ向かう間も獣の追撃は止まない。愚鈍なやつといっても、それは同じサイズで考えた場合であって、俺が必死で走った距離をたった1歩で追い越して行った。
ようやく状況を確認できる位置までたどり着く頃には、ドラゴンは再び空へ舞い上がっていた。獣もこれまでの直線的な放電ではなく、散弾的な攻撃に変わっている。
「やっぱり動きが鈍いっ!このままじゃ」
狙いを定めずに放たれる攻撃は、確実にドラゴンの行動範囲を狭めている。
外れた攻撃は、周囲のビルを破壊し、ところどころに高熱で焦げ果てたコンクリートらしき物が散らばった。
ドラゴンは電撃の網を掻い潜って反撃の機会を何度も狙うものの、あと一歩及ばない。それどころか、何度もその身に電撃を受けていた。その度に動きに精彩を欠いていくドラゴンを眺めることしかできない自分が歯痒い。
そこで気づいた。あれだけ手当たり次第に攻撃を放っているにも関わらず、自分がいるあたりには1度も襲いかかっていない。
俺は、あのドラゴンに守られている。
その証拠に、ドラゴンに攻撃が当たる時、打ち払う時は、全て俺が立っている方へ放たれたものだ。そして、また今も庇うように電撃を浴びて、苦悶の表情を浮かべた。
それでも勇敢に敵に立ち向かう姿を見て、涙があふれそうになっていた。
自分がいるから、あのドラゴンは逃げない。今から逃げたとしても、あの獣の放電範囲から逃れられはしない。
ついにドラゴンは地に落ち、土煙があがる。ちょうど俺とあの獣の間だ。
ドラゴンの翼は力を失い、絨毯のように広がっている。気を失ったわけではないが、負ったダメージがあまりにも大きかった。
この先を逃すほど、敵も馬鹿ではない。獣の背中の器官は、これまでにない輝きを放っている。もはや逃げ場がない。なす術なく、その光景をじっと見つめていた。
そして、極大の放電がドラゴンに向かって真っ直ぐに放たれた。この状況においても、盾になろうとしたのか、ドラゴンは上半身を持ち上げた。しかし、その勢いを止める力は残されていなかった。
電撃に押し出されて、ドラゴンの巨大が宙に浮き、頭上に迫っていた。悲鳴をあげる暇などない。
不思議と恐怖心はなかった。ドラゴンには感謝しかない。
守ってくれてありがとう。
そして、さようなら。
そして、目の前が真っ暗になる。体が宙に浮く感覚を感じていた。
そうか、これが死ぬということか。
体の自由は聞かないが、意識がはっきりしている。魂がどこかに閉じ込められたような不思議な感覚だ。
周囲は暗く、あのドラゴンのような綺麗な青色の炎がぽつりぽつりと灯っているだけ。
「よう、起きたか?」
「だ、誰だ!?」
急に声をかけられて驚きを隠せない。どうやら、口は動いたらしい。
「あー、わりぃ。さっきいただろ?青い姿のかっこいいやつ。あれが俺」
ぶっきらぼうだが優しさを感じられる声がはっきりと聞こえた。
「ど、どこにいるんだ!?それに言葉、えっ!?話せるのか!?」
「まぁ、落ち着けよ。って、あれか?姿が見えた方が話しやすいのか?」
ドラゴンはそう言うと、周囲に灯った青い炎と同じ炎が灯り始め、人と同じ大きさにドラゴンの形を作り出した。
「き、君は何者なんだ?それにここは?あの電撃を放つやつは敵なのか?なんの目的でーー」
「待った待った。お前って意外とおしゃべりなやつなんだな」
矢継ぎ早に質問をする俺を静止して、ドラゴンは笑った。
「気持ちはわかるが、今は時間がない。お前、名前は?」
「ハルト……です」
「よし、ハルト。俺と戦ってくれ」
戦う?俺が?誰と?なんのために?どうやって?
ドラゴンからの想像もしなかった提案に混乱していた。あの場にいて何もできなかった自分にできることなんてあるはずがない。
「どうした?悩んでいる時間はないぞ。ここで戦うか、ここで死ぬしかないんだから」
俺が口をぱくぱくとさせている間にも、ドラゴンは追い打ちをかける事実を述べる。
「あ、そうか。俺の名前がわからないから、話せないんだな。そうだな……俺のことはブルースと呼んでくれ。ブルーズでもいいんだが、俺はブルースの方が好みなんだ」
1人で話を進めるブルースの方がおしゃべりだと思ったが口にはしなかった。それこそ話が進まなくなりそうだったから。
「それでブルース……さん、戦うってどういうことなんですか?」
「おいおい、敬語はやめようぜ。これから一心同体になって戦おうってのに」
「一心同体」
ブルースが発した言葉を飲み込もうと自分でも口に出してみるが、全く状況が飲み込めなかった。
真っ暗だった世界にヒビが入り、真っ白な世界が侵食を始めていた。次第にブルースが焦り出す。
「マズいぞハルト。時間がない。俺たちは運命共同体。どうするかはハルト、お前が決めろ。俺はそれに従う」
「決めろったってさ、そんな急に言われても」
「魂に従え。ハルトの魂は何を叫んでいる」
「俺の魂……」
今の状況は全くもって理解できない。それでも体の内側から何かが湧いてくるのを感じる。
ブルースに対する恩義、この世界のどこかにいるであろうナギサさんを助けなければならないという勝手な使命感、その中でももっと強い思い。
「俺は生きたい」
このくそったれな世界でくたばってたまるか。彼の恩に報いるためにも、ナギサさんを救うためにも生き残る力が必要だ。あの獣と渡り合うための爪が、鱗が、翼が欲しい。
途端に体が軽くなる。拘束具でがんじがらめにされていた体が解放されたようだ。今なら何だってできる。
「よっしゃあ!行くぜハルト!お前の魂を震わせろ!」
俺は求める。切り拓く力を。俺は求める。その力を。
決意が覚悟に変わり、俺はその名を呼ぶ!
「ブルース!!!」
ブルースの名を叫びながら青い炎に右手を伸ばし、突き立てた。
その瞬間、青い炎に包まれ、暗闇の世界は完全に消え去った。