表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/39

ブルー 10

 俺は、冷静だった。迫り来る削岩機を丁寧に槍でいなす。そして、脚と脚の隙間に体を滑り込ませると、巨大な腹部を蹴り上げた。


 低い唸り声をあげて、蜘蛛は宙を舞い、すぐには反撃ができないであろう離れたビルまで吹き飛んだ。


「体が動かしやすい。これまでより数倍早く動ける!こんなことができるなら、最初からやってくれよな」


 不貞腐れたように言って、手を握っては開いて感覚を確かめる。


「やっぱりこういう姿の方が慣れているし、なんかかっこいい感じになってるんじゃない?」


 見える範囲で自分の姿を確認する限り、なかなかヒロイックな姿のようで満足度が高い。年甲斐もなくはしゃいでしまった。


 俺のテンションの上がりようとは裏腹にブルースは静かだ。


「俺の翼が……、尻尾が……、素敵フォルムが台無しだぁ」


 ブルースの声のトーンが一段低い。


「な、なんだってんだよ。この姿もかっこいいだろ?」

「あの姿は俺のアイデンティティなんだ。だってそうだろ?今の姿を見て、誰がドラゴンだってわかるんだよ……」

「え?ま、まぁ、それは……、ほ、ほら、今は戦闘中だ。敵から目を離さないようにしないと」


 涙声に変わりつつあるブルースを誤魔化して、蜘蛛がいるはずのビルを見る。以前として土煙が舞っているせいか姿は確認できない。そこには、ビルの残骸だけがあった。


「どこだ?どこにいったんだ?」

「ほら、やっぱり翼があれば良かったんだ。空から見れば一瞬でわかるのにさ」

「し、仕方ないだろ。人間は空を飛ぶようにはできていないんだから。でも、上から探すってのはアリだな」


 低層マンションの屋上へ一気に跳び上がる。さらにここを踏み台にして、より高いビルへ跳んだ。


 街がミニチュアに見える。どこまでも白い世界。俺が住む世界に似ているけど異なる世界。色がない悲しい世界。

 

 この世界にも今まで住んでいた場所があるのだろうか。


 これまで、確認することができなかった土地まで見渡して、改めてこの世界を知った。そして、湧いてくる望郷の念。過ごした時間は短くても、少なからず愛着はあるものだ。


 ブルースに偉そうなことを言っておきながら、景色に目を奪われて、敵の次の一手を見逃してしまっていた。

 

 俺が足を止めている間も敵は待ってくれないのだ。


 やがて、世界が傾いた。


 足場にしていたビルが大通りに向かって倒れていく。慌てて他のビルへ飛び退こうと宙に身を委ねた。しかし、それも敵の計算の範囲内だ。


 死角から糸が飛んできて、抵抗する間もなく体の自由が奪われてしまった。両手両足が完全に固定されてしまっている。


 地面でのたうち回る俺に対して、蜘蛛は前脚を大きく上げて口をカチカチと鳴らしている。

 勝鬨にはまだ早い。どうやらご自慢の前脚でビルを倒したことを主張したいらしい。


「思いっきり蹴ったのに、こんなにもピンピンとされていると流石に少し落ち込むぞ」

「ハルトが扱えるように調整しているからパワーは落ちているんだ。どうする?今からドラゴンの姿に戻るか?」

「冗談。今の姿だからこそできることもある」


 確信があった。手が糸で固定された時に落としてしまった槍の炎は、その意思に応えるように揺らめいている。


 この槍は、この姿になる時に炎の中から共に生まれた物だ。離れていてもその息遣いを間近に感じる。


 今まさに蜘蛛がとどめを刺そうと迫るが、俺は落ち着いていた。救いのヒーローが来ることを期待していたわけではない。自身の手でこの状況を打開できる確信があった。


 槍は空飛ぶ箒のごとく縦横無尽に空を駆け回る。猛る炎は拘束を解き、頑強な鱗は迫撃から身を守った。全てハルトが念じた通りの動きだ。


「やるじゃないか。葬鱗槍グラム・バイツってところか」

「……なんでもいいけどさ。来るぞっ!」


 危機を脱した俺は、手元に戻った槍を構えて、さらなる蜘蛛の反撃に備える。


 蜘蛛の怒りに任せた直情的な攻撃は、地面を掘り返すだけで、俺には届かない。一見すると全身を続ける蜘蛛が優勢のように思えるが、その攻撃は、時に穂で、時に柄でいなされていた。それが何度も繰り返される。


 全力で回避行動を取る必要はない。最小限の動きで事足りていた。


 元いた公園に辿り着いたその時、事を急いだ蜘蛛が飛び上がった。その瞬間を俺は待っていた。


「一点集中!」


 構えた槍に炎が燃え盛る。その炎は、次第に先端に集った。狙いは、飛び上がった蜘蛛の出腹だ。


 この姿なら、炎のコントロールが容易い。それはこの槍が生まれた時に気が付いた。あれだけの炎にも関わらず、周囲に散らばった糸には引火しなかった。俺の意図したものだけが燃えた。自由自在になったのは体だけではない。


 蜘蛛は頭上に迫ってきている。次の一撃で、とどめを刺すつもりなのだ。その証拠に備える全ての削岩機が寄り集まり、ひとつの巨大な削岩機に変化している。強固な鱗ごとすり潰す最大の一撃。


 街中に駆動音が不気味に鳴り響く中、決着の時が訪れる。突き出した槍の先端から激しい濁流の如く炎が噴き上がり、削岩機とぶつかり合う。


 力と力は拮抗し、攪拌された炎があたりに散らばるが、蜘蛛の糸に引火することはない。今、燃やしたいのは、蜘蛛本体だけなのだ。真っ直ぐ敵を見据えて、力を込める。


 削岩機の先端が熱せられ、赤黒く溶け落ちていく。それが蜘蛛自身を飲み込むまで、そう時間はかからなかった。


 炎が消え、この世界に再び静寂が戻る。既に蜘蛛の姿も新たな姿のドラゴンも見えなくなっていた。


「だはぁ〜、疲れた」


 巨人がいた足下で俺は座り込んでいた。戦いから解放されて、気が緩み、手も足も投げ出して寝転んでいる。


「燃費は悪そうだが良い技だな。うーん、プルートニオン・スプリームってところか」

「……もういいって。名前なんてなんでもいいだろ?」

「違うんだなぁ。これが。こう、気合いって言うかな、気持ちが入れば威力が上がりそうな感じがあるだろ?」

「上がりそう、ね」


 苦笑いをしながら立ち上がる。何はともあれ戦いは終わった。今回も無事に生き残れた。達成感よりも安心感が勝っていた。このまま眠ってしまいたい。


「そろそろ迎えに行った方がいいんじゃないか?」

「……やべ、完全に忘れてた」


 元の姿に戻った今、ドラゴンであれば一瞬の距離も十数分かかってしまう。

 

 疲れた体に鞭打って走り出した。この先の関係を考えると必要な頑張りだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ