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ブルー 01

 うんざりしていた。不景気がどうとか、日本の行末とか、そんな大それたことではなく、繰り返される転校にうんざりしていたのだ。それを受け入れている自分にも。


 この扉を開けて、教室の中に入れば好奇の目にさらされることは経験上知っている。勝手に期待をされて、勝手に落胆されるのだ。しかも、高校2年生の転校生。期待が膨らむ要因でしかない。


 世間的には親が立派な仕事をしていて凄いと言われて育ったが、そんなこと子どもの俺には関係ない。おかげで友達ができる前に転校を繰り返す羽目になって、お高いヘッドホンが親友になってしまった。


 今度もどうせ同じ。いつも通りに当たり障りのない挨拶をして、指定された席に座ることになる。


 教室の中から呼ばれる声がした。夏休み中に学校を案内してくれた若い女の先生の声だ。ジャージが良く似合っていて生徒にも人気がありそうな先生だった。たしかマユミ先生と呼ばれていたはず。


 扉を静かに開けて、教室の中に足を踏み入れる。30人程の生徒の視線が集中すると、手のひらにじんわりと汗が浮かんだ。何度体験しても慣れるものじゃないなと思った。


「さ、名前と自己紹介をよろしくっ!」


 教壇までたどり着いた俺にマユミ先生は、そう促した。


「進藤ハルトです。東京から来ました。中途半端な時期からの転入になりましたが、どうぞよろしくお願いします」


 予定通り無難に挨拶をこなして一礼する。そして、頭を上げて気がついた。この教室内に自分を見ていない目がある。

 

 窓際の1番後ろの席に座る黒髪の少女が、転校生の挨拶という刺激の少ない学生生活の中でのビッグイベントに興味を示すことなく、退屈そうに窓の外を眺めていた。


「はいっ!じゃあ、君の席は後ろの空いている席ね」

「は、はい」


 少女の綺麗な横顔に見惚れてしまっていたが、マユミ先生の声で現実に引き戻された。そして、残念なことに指示された席は少女とは反対の廊下側だった。これでは、机を並べて教科書を見せてもらうイベントにも期待できそうにない。


 転校初日というものは、真新しさもあって時間が過ぎるのが早い。休み時間の度に人に囲まれ、あれやこれやと質問攻めにあった。それは放課後になってからも続き、帰りのホームルームが終わってもすぐには帰してもらえなそうな雰囲気だった。


「しっかし、東京から仙台に来るなんて変わってるよなぁ。絶対、都会の方が良いじゃん。俺なら毎日遊び歩いちゃうね」


 そう言うのは、前の席に座る菅原ケンスケだ。坊主頭に長いまつ毛がアンバランスで記憶に残る顔をしている。手首から先が異様に日焼けして、それを勲章だと誇らしげにしていた。

 少しお調子者のようだけど、苦手なタイプではなかった。


「そう言うけどさ、駅前けっこうお店あるじゃん?今時、ネットで買えないものもないし、別に良くない?」

「分かってない!シティボーイだから、そんなこと言えるんだよ。こう、なんて言うのかな……一期一会。そう!一期一会の出会いが欲しいんだよ!」

「シティボーイって……。俺、生まれは長野の端の方なんだけど。それに東京に夢見すぎだよ?物がありすぎても、そこから見つけ出す方が大変だと思うけどなぁ」


 ガタッと音がして、ケンスケの背中越しに黒髪の少女がリュックを背負って帰宅するところだった。俺は、再びその横顔に見惚れてしまう。これが俗に言う一目惚れってやつなのか。


「あぁ、遠藤?可愛いけど、あいつはやめとけ」


 視線に気付いたケンスケが小さな声で教えてくれた。

 彼女の名は、遠藤ナギサ。昔は活発で、容姿も相まってクラスの中心人物だったが、6年前にお兄さんを亡くしてからは、すっかり人が変わってしまったらしい。


「今でもお兄さんを探して街中をさまよってるらしいぜ?気味悪いよな」

「ふーん。人は見かけによらないんだな」


 ケンスケと別れ駅前の商業ビルの中を散策する頃には、恋の熱はやや冷めつつあった。せっかくできた友人の忠告には従いたいものだ。それが可能であればだが。


 気になった店に入っては、自分が知っている物がないか探して回る。

 自分の意思とは関係なく、日本中を転々とする根無草の俺に自分のルーツになる場所はない。その代わりに記憶の片隅にあるものを見つけては、勝手にノスタルジーを感じて安心していた。引越しを繰り返した経験からくる儀式のようなものである。


 この日も目的もなく駅前を歩き回っていた。地方であれば、商店街のこともあるし、大型ショッピングセンターのこともある。


 今回は幸いにも都市部だったおかげで、それなりの収穫があった。東京の流行り物が遅れて入ってくることも、そう悪いものではない。

 駅前一等地に空きビルがあるのも味があっていいじゃないか。


 こうして、自分という人間を少しずつ形取っていく行為が好きだった。


 満足してビルから出る頃には既に薄暗くなり、街に光が灯り始めていた。普通の家庭であれば慌てて帰るのだろうが、家に帰っても両親は仕事でいない。少し遠回りして、自宅マンションに戻るのがここ数日の日課になっていた。


 駅からマンションに向かう途中にある地下通路は、発達した線路を潜るようにして駅の反対側に通り抜けるものだ。駅の中を直接通ることもできるから、地元の人でもめったに使わない代物として、剥げかけた白い塗装もそのままにされている。


 少しばかりの照明はあるものの、反対側の入口から陽の光が差し込んでいるため、それがなくても歩くのには困らなそうだった。


 薄暗く湿り気のあるこの場所ではあるが、この場所を気に入っていた。自分のことを他所者として品定めをする目が存在しないからだ。人の多い都会で、自分を受け入れてくれる場所としてこれ以上はなかなかない。


 通路を中程まで進んだところで、珍しく人がいることに気がついた。遠藤ナギサだ。あの制服にあのリュック、それにあの綺麗な黒髪の少女とくれば、彼女しか有り得ないだろう。


 地上に上がる階段に座っている。首をかしげて遠くを見つめているが、視線が交わることはない。体調でも悪いのだろうか。


 それに、ここでナギサさんを見かけたということは、意外とご近所さんかもしれない。そうであれば、挨拶くらいはしておくべきだ。


 その美しい顔は、心に再び火をつけるのには十分な理由だった。


「ん?」


 ナギサさんとの距離を縮めると、急にその姿がぼやけて見えた。目を擦ってみるが、それは変わらない。2人の間に半透明の膜が張られてしまったかのような風景に鼓動が徐々に早くなる。


 何が変だ。それを認識しているが、言葉で表すことができない。ナギサさんに歩み寄るほどに膜が体にまとわり付くような感覚が強くなっていく。


 早くここから出なければならないと、懸命に体を動かす。ナギサさんも同じ状況に置かれているなら、彼女もここから連れ出さなければならない。

 

 しかし、根気だけで動けたのは、わずか数歩だけ。抵抗むなしく意識は遠のいていった。

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