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知らない声のパラドックス。

作者: たのし



「君は今日死ぬよ。でもね、どうやって死ぬかを今日君が死ぬまでに僕に示したら、君の残りの寿命を保証してあげるよ」


 俺の目の前に突然現れたそいつは僕にそう言うと「じゃ、楽しみにしてるからね」っと子供の様に不敵に笑いスッとクローゼットの背景に溶け込み消えて行った。輪郭だけはっきりしているそいつは声は幼いが体型は俺にそっくりだった。


 朝食にとトーストを作りかぶりついていた時に急に現れたものだからトーストに塗ったジャムとバターが滑り落ち俺の仕事用の白いワイシャツにぽたりと落ち赤い染がワイシャツに残った。


 ハッと我に帰り最近残業続きで疲れているのか、はたまた薄い壁のアパートだから隣の部屋の住人のテレビの音なのだろうと考え、とりあえずあの透明の幻影はきっと疲れだ。そうに決まっているっと言い聞かせ、ワイシャツを脱ぎ洗濯機に入れるとクローゼットの中から新しいワイシャツを取り出そうとした。


 その時、足の裏に残る生暖かい感触が膝を通り胸をどきっとさせて頭で反射的にさっきのは幻覚ではないと意識させた。意識は鳥肌となり頭から太ももにかけ伝わり、小刻みに足を揺らせた。


 「いやいや。まてまて。俺はあんなものは信じない。まてまて……」


 俺はクローゼットに閉まってあるワイシャツを適当に選んで放り投げると、恐怖からかびっしりハンガーに掛け閉まっているワイシャツを掻き分け人がいるはずもないクローゼットの中を確認するがやはり人がいるはずもない。


 「居てたまるか」


 俺はクローゼットのドアを勢いよく閉めるとソファに雑に投げたワイシャツを着ようと近づく。


 「ふふふふふ」


 それは間違えなく今確認したクローゼットの中から聞こえた。籠った掠れた子供の様な笑い声は俺を小馬鹿にする様に笑うと耳鳴りを残して消えた。


 ワイシャツを両手に持ち胸の前で構える俺の滑稽な姿が目の前の全身鏡に映されている。勿論俺の姿が映った背後のクローゼットには何の違和感もない。あるとすれば子供の笑い声だけだった。


 俺はワイシャツを着ると逃げる様に玄関から外に出た。


 「おはようございます。斉藤さん」


 玄関を出ると隣に住む畠中さんが声を掛けて来た。


 「遅刻ですか?そんなに慌てて」


 畠中さんはコンビニの袋を携えノーメイクに黒のマスクをして軽く会釈した。


「おはようございます……いえ、なんでもないです。ところで」


「はい?何でしょう?」


「畠中さんの家、昨日から子供来てたりします?」


「来てないですよ?私、姪っ子も甥っ子も居ないですし」


「そうですか?すみません。変な事聞いて」


「いえいえ。それでは行ってらっしゃい」


 畠中さんはそう言うと部屋の中へ消えて行った。畠中さんの家には子供は来ていない。俺の家は角部屋で斜め上も上の階も空き屋っと言うことはあの幻覚は嘘じゃない。


 そもそも待てよ。幻覚でないって事は俺は今日死ぬのか?ビジネスバックを掴む手にじわりっと汗が滲み出る。俺は一回自分の部屋に入り、冷静になる為に冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すと500mlを一気に口の中に流し込んだ。


 ひんやりと流れ込むミネラルウォーターのおかげで少し冷静さを取り戻し、俺はソファに座って。


 「とりあえず今日は休もう。幻覚にせよ、現実にせよ今日は仕事どころじゃないよな」


 俺は携帯を取り出し、会社に連絡し休みの許可を得た。そして、テレビをつけ、もしまたあの不気味な声が聞こえても分からない様に俺はテレビのボリュームを上げ、ぼーっとテレビを見ていた。


 小1時間経ったくらいだろうか?自分の身に何も起こらないからか、少しづつあの幻覚は嘘だったと思い始めたその時、テレビのニュース速報が流れた。


 『速報。○○駅で男が刃物の様な物を振り回し、通勤途中の人、合わせて18人が襲われ重軽傷を追わせた模様。男は急遽駆けつけた警察官に取り捕まり現在近くの○○警察署に移送中』


 ○○駅はいつも俺が会社に行く時に使う駅で、時間も俺が出勤する時間と同じではないか。


 俺はソファに座り直すと、もし、あのまま出勤していたら……今頃は……背筋を一筋の汗が流れた。本当にあのまま行ったら俺は死んでいた。


「ふふふふふふ。惜しかったな」


 その時明らかに俺の横からあの子供の声がした。俺はソファから跳ね起きソファから距離を取る。そして、恐怖と揶揄われている怒りが混じり合い、俺の脳からはアドレナリンが出てきているのが分かった。


「殺すなら殺せよ。どうせ今日俺は死ぬんだろう?なら思いっきり今殺ってくれよ」


 すると、俺の上からぼとりっと包丁が落ちて来て、俺の前の床にブサりと刺さり歯の部分が外から入ってくる光に反射して不気味に光っている。俺は腰を抜かしたが怒りの勢いに任せて「何だよ?お前の手じゃ殺れないって事かよ。ビビってるのか、ほら、俺の心臓はここだぞ」っとワイシャツのボタンを胸まで開けてみせた。


 そして、床に刺さった包丁を抜き差し胸に当て「ほらほらどうした?後はお前が包丁を押すだけだ。そしたら俺の心臓にボカンっと穴が空いて死ぬだけだ。どうした?殺れよ」


 俺は胸に包丁を当てたまま部屋の中を駆け回った。


「殺れよ。さあ殺れ」


 キッチン、脱衣場、自分の部屋、そして自分の部屋からクローゼットに向かう途中、部屋に落ちているダンベルに足を取られ、胸に包丁をあったままの状態でうつ伏せのまま倒れた。


 グサリ。その後俺は意識が遠くなるのが分かった。殺られた……。お前の思う通りになって良かったな……。


 「ふふふふふふ」


 意識が遠くなる中でクローゼットの中からそう聞こえた。


***


 オレンジの光が目に入った。どうやら夕方になっていた。確か胸に包丁が刺さったはず……しかし、俺の胸には傷一つ残っておらず、静寂だけが部屋に残されていた。


 驚きで座り直す。さっきまでの出来事は夢だった?そう思ったが、俺の横には血痕がついた包丁と、つまづいたダンベルが重々しく残っていた。


 現実……。俺の頭と背中の毛穴からじっとりと冷や汗が流れるのが分かった。


 目の前には強固に閉じられたクローゼットが鎮座していた。




『君は今日死ぬよ。でもね、どうやって死ぬかを今日君が死ぬまでに僕に示したら、君の残りの寿命を保証してあげるよ』



おしまい


-tano-

読んで頂きありがとうございます。星を頂けると嬉しいです。

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