第1章 水の大陸ニライカナイ ~その参~
ウラノスはどうやら自身が本来生きている時間軸に戻ってきたらしい。しかもどうやらこちらの時間では1日しか経過していないらしく、ウラノスが過去に飛ばされていた時間はなかったことになっているようだ。
ウラノスは宿で食事を終えて、外に出てみた。そこには見覚えのあるカシの村が広がっている。人であふれかえったビクレスト王国のカシの街ではない。ウラノスが生まれ育ったあの村だった。
戸惑いながらもウラノスは今までしてきたように普通に生活をする。ふと、ウラノスは疑問に感じたことがあった。
(紋章の力って、こっちの世界でも使えるのか?)
現代では、魔法の力を信じている者、そして実際に使用できる者はウラノスが知る限りいない。
カシの村から少し離れたところにある森(299年前では魔の森と呼ばれていた)に向かう。ある程度大規模に魔法を放っても気づかれないほど奥まで入ると、そこには偶然開けた場所があり、ウラノスはそこで魔法を行使することにした。
「我、求めるは赤。燃えろ、ファイアーボール!」
詠唱と同時にウラノスの手先から炎の弾が飛び出す。どうやら紋章力は現代でも健在のようだ。ということは、現代の人でも魔法を行使してみれば紋章が浮き出るということか。だが、これは現代の王国間の力の均衡を崩しかねない。そこでウラノスは魔法について現代の人には話さないことにした。
それよりもウラノスはもう1つの疑問を解決しようとしていた。それは、いったい誰が自分を過去に送り、そしてなぜこのタイミングで戻したのかということである。これだけ大規模な魔法を行使しているのだからある程度近くにいないといけないだろう。つまり、カシの村の住人の中に犯人がいる可能性が高い。だが証拠が少なすぎてウラノスはそれ以上迫ることができなかった。
村に戻ると、エマが駆け寄ってきた。
「ウラノスどこに行ってたの?探したんだよ」
「ごめんごめん。少し散歩していただけだよ。それで、俺を探していたって何の用?」
「あのね?村の人たちが少し遠くまで食料を仕入れに行くからそれについていってほしいんだって。男手が足りないらしくて、いつもなら何人か女性が帯同するんだけど、ウラノスがせっかく村に来ているしみんなあなたに来てほしいって」
「何だそんなことか。全然いいよ」
「・・・何か少し変わった?」
「何が?」
「いや、いつもなら少し嫌そうな顔してるのに今はあっさり受けてくれたから」
「ああ、少し変わったかもな」
「なんかあったの?」
「いや、特に何もないさ」
「そっか」
「ところで、みんなはどこに向かうつもりなの?」
「船で水の大陸ニライカナイまでね」
ウラノスはその名前を聞いて戸惑う。確かに現代にニライカナイは存在しなかった。にもかかわらず、今エマからその名前が出て頭の理解が追い付いていない。
「どうかしたの?」
そんなウラノスの様子を見てエマが不思議そうに聞く。
「一応質問なんだけどさ、ニライカナイっていつから存在する?」
「なにそれ。私も分からないよ。だって私たちが生まれるよりもずっと前からあるし」
「そっか。そうだよね。変なこと聞いてごめん。何時に出発するって言ってた?」
「30分後だって」
「え?結構急だな。そこに行けばいい?」
「村の西門でよろしく」
「分かった」
ウラノスは時間通りに門へ向かい、村人とともにニライカナイに向かった。
ディランの街は過去同様とても賑やかで、ほとんど昔と変わっていないように見える。
城下町に入るとウラノスは村の人たちと一旦分かれた。5時間後に正門で待ち合わせということで話をつけている。そこでウラノスは少し城下町を見て回ることにした。相変わらず海鮮料理が有名で、そこら中に海鮮の出店がある。
また、現代のディランにはどうやら全国民が共通で知っている童話があるらしく。ウラノスもその話が記してある本を1冊購入した。本の題名は『消えた私の英雄』。早速近くにあったベンチに座ってその本を読んでみることにした。
『私は王女として長い間規則正しい生活をしている。時々城下町に出かけて食事をしたり買い物をしたりすることはあっても、代わり映えのない日常に飽き飽きしていた。1年前、魔物との戦い、人魔対戦が終結したことで世界は争いのない平和な時代になった。いつも王宮では政治や作法の勉強をしているけれど、私はもう必要ないのではないかと思っている。私には3つ上の兄がいて、このディランの王座を継ぐのは間違いなくお兄様だ。私はその日まで自身の存在意味に関して疑問を抱いていた。だがその日、私の人生は一変した。私が自室で読書をしていた時、窓から侵入してきた人々によって誘拐されてしまった。目的は私にあるわけではなく、どうやら国王であるお父様に対しての嫌がらせだった。私はどこか遠くにある教会の地下室に閉じ込められ、周りには恐ろしい刃物や弓を持った誘拐犯が10人以上いた。しばらく時間が経って、彼らは酒を飲み、騒ぎ始めた。その時に王国からの救出班がやってきて見事な魔法で私を救出してくれたのだ。だが、その部屋を出ようとした時に、誘拐犯の残党が放った矢が私の足めがけて飛んできた。あろうことか私を救助してくれた騎士様はその矢を自分の脇腹にくらったにもかかわらず、私を落とすことなく安全な部屋まで運んでくださった。だが騎士様がくらった矢には毒が塗られていたらしく、その方は3日ほど目を覚まさなかったのだ。私は存在意味を持たないと思っていた自分の命を、体を張って守って下さった騎士様に私は惹かれてしまった。お父様が言うには、私はじきにお見合いに参加させられて誰とも知らない貴族と結婚させられてしまうらしい。そこで、私はこの気持ちに気付いてもらうためにその騎士様にアピールすることにした。けれどその騎士様はすごく鈍感な方で、いくらアピールしても一切気付いてくれない。だから私は思い切って告白してみることにした。だが、言いかけた途端、その方は騎士団の任務に向かわれてしまった。その時、帰ってきたら城下町を再び散策しようと約束していただいたのに、騎士団の皆様は帰還されたのにその方は姿を消してしまった。それ以降、その方を目撃したという情報は一切なく、私は予定通りお見合いした相手と結婚することになってしまった。・・・』
この後も物語は続くが、ウラノスはこの物語を読んで確信した。これは間違いなくアレナが書いたもので、騎士様とは自分のことだと。そしてさらに、彼女は自分に対して好意を持っていたため、あんなにも自分と関わろうとしていたということ。
(直接言ってくれなきゃ分からないよ・・・)
ウラノスは心の中で苦言を漏らす。それでも、現代に戻ってきてしまった以上、アレナにその話を聞くすべもない。ウラノスは心に靄を抱えたままカシの村に帰還することになってしまった。
カシの村に帰ると女性陣の出迎えがあった。過去の世界で多くの女性たちと関わってきたウラノスだが、まだ慣れているとは言えない。そのため、ウラノスは村に入って早々離脱して自分の家に変えることにした。
収穫祭の日に歩いてきた道をたどると、すぐにウラノスの家は見えてきた。実際は1日ぶりに帰ってきたが、久しぶりに感じた。庭で育てている作物は潤いを保っていて、日が経っていない実感がわいてくる。
家に入って、ニライカナイで購入した海鮮を調理する。こっそり氷魔法を使って鮮度を保ったまま持ち帰ることができた。夕食を終え、体を洗い、ベッドに向かう。
眠りに着くまでにウラノスは様々なことを考えた。過去で起きた出来事に関してや、現代でニライカナイが存在している理由など考えることは尽きない。考え事をしているとなかなか寝付けないもので、ウラノスはしばらく目を開けていた。すると突然、自身の周囲に漂う魔力に気付いた。明らかに自分のものではない魔力に違和感を覚えたが、使用者が何か仕掛けてくるようにも思えない。ウラノスはとりあえず放っておくことにした。そして気付くとウラノスは眠りについていた。
次に目を覚ますと、なんとそこは299年前のディラン王国ビクレスト騎士団専用寮の一室だった。
(今度はこっちの世界かよ。全くあんまり振り回さないでほしいな)
ウラノスは心の中で文句を言いながらも、過去の世界に帰ってくることができて少し安心した。それもそのはず、アレナとの約束を守らないで帰ってしまったと思い込んでいたのだ。そして彼女の本意を聞いておかなければならない。
部屋を出て、アレナが寮を訪れてくるのを待っているまでの時間にウラノスは考察をすることにした。まず、なぜ1度自分は現代に戻されたのかということである。ウラノスは、その魔法の使用者がニライカナイの存在をウラノスに知らせるためではないかと考えた。現代に魔王の分散体が封印されていた大陸が1つも存在しなかったのは、そのいずれも魔王の分散体による影響で大陸ごと消滅していたのだろう。だが、今回ウラノスたち騎士団がニライカナイでの精霊の暴走を抑えたことでニライカナイの消滅の未来が変更された。それによって現代まで変わらず存在したということなのだろう。また、なぜそもそも自分が過去に送られたのかという理由にもだいたい想定が付いた。おそらく現代に存在しない5大陸を、魔法の分散体によって引き起こされる災害から守るためだろう。魔法の使用者は何らかの理由で大陸の消滅を回避させてほしいということだろうか。いずれにしろその真相はなぞに包まれたままだがこちらの世界で救った大陸は現代でも存続することが可能ということについては間違いない。そう考えるとやはり裏を脱退して個人として世界の大陸を助けるために動くという判断は間違っていなかったのだろう。ウラノスはとりあえず魔法使用者の期待通り大陸を救うために動くことにした。
しばらくするとアレナがウラノスを訪ねてやってきた。今日もアレナにつられてウラノスは城下町の散策に向かう。一緒に食事をして、町を見て回る。そして最後にアレナはウラノスとともに花園に向かった。この花園は城下町の端にあり、普段は多くのカップルでにぎわっている。だが、アレナは事前に側近のメイドに話して、そこを貸し切りにしてもらっていた。
しばらく園内を散策し、園の真ん中あたりにある芝生に2人揃って腰を下ろした。お互い話し出すことに抵抗があるのか、しばらく静寂が続いていた。
だが、そんな中で話を切り出したのはアレナだった。
「あの、ウラノス様。1つ聞いていただきたいことがあります」
「な、なんですか?」
おそらくこれから切り出されるであろう内容を知っているがためにウラノスは緊張した声を出してしまった。
「前にもお話したのですが、私はもうすぐお見合いをさせられてしまうのです。そしておそらくそのまま知らない方と結婚させられてしまうでしょう。そこで・・・。私はウラノス様に旦那様になっていただきたいのです!」
アレナは勇気を振り絞ってウラノスに告白する。
「なるほど。そういうことでしたか。ですが本当に俺でいいのですか?アレナ様はお美しいですし、それに見合うような方はほかにもいらっしゃると思うのですが?」
「いえ、私は、身を挺して私の身を守って下さったウラノス様に惹かれたのです。なのであなた様が私にとっては理想の旦那様なのです」
「そうですか。少し考えてもいいですか?」
「ええ、もちろんです」
ウラノスは改めて考えると解決しようがない問題点に直面した。それは時間軸の問題である。おそらく、こちらの世界の危機をすべて回避した時、自分は現代に変えることになるだろう。そしてもう二度と過去には帰って来れない。そんな無責任な状態で婚約を承諾することなどできるはずもなかった。
「姫様、やはりその話はお受けできません」
「ど、どうしてですか?私では不満ですか?」
「いえ、そういうことではありません。ただ単に俺では姫様を幸せにすることができないからです」
「そんなことありません!私はウラノス様と一緒にいることが出来れば幸せです!」
「だから無理なんです。姫様、これから話すことを絶対に口外しないと誓っていただけますか?」
「は、はい。分かりました」
アレナの返事を聞いて、ウラノスは自分が299年後の未来から来たこと、そして時が来たらその時代に帰らなければならないということを伝えた。
「なるほど、それはどうしようもありませんね。ありがとうございますウラノス様、私は気持ちをお伝えすることが出来てよかったです。私のことは気にせず頑張ってください」
アレナはそう言い残してその場を立ち去ろうとする。ウラノスはそんな悲しそうな背中を見ながら考えた。
(本当に彼女の婚約を受け入れる術はないのか?よく考えろ)
ウラノスは今まで自分に起きたことから解決策を考える。
(ん?もしかしたら可能なんじゃないか?過去だけに人を送れるとは限らないんじゃないか?未来にも送れるなら、姫様を悲しませずに済むかもしれない)
「姫様、少し待ってください」
ウラノスの呼びかけに、アレナは足を止めて振り向く。
「何でしょうか?」
「もしかしたら姫様の願いをかなえる方法があるかもしれません。ただ、その方法は確実ではないのであくまでも可能性がある程度のものですが」
「少しでも可能性があるなら私はそれに期待したいです」
先ほどまでの悲しい表情から一転して、アレナの顔は希望に満ちていた。
「先ほど、俺は未来から過去に送られてきたと言いましたよね?」
「はい、確かに伺いました」
「俺にもその方法は分かりません。ですが、過去に人を送ることが出来るならば、それを応用して未来にも送ることが出来るのではないでしょうか。もし俺との婚約に本気で、このディランを離れてもいいというのであればもしかしたら可能かもしれません」
「なるほど、確かにその理屈なら可能ですね。私は別にこの国に未練はありませんのでそれでも全然構いません」
「そうですか。では、俺が世界を回ってその方法を必ず見つけ出してまたここに戻ってきます。その時まで待っていていただけますか?」
「分かりました。本当にありがとうございますウラノス様」
そう言ってアレナはウラノスに近づく。ウラノスは突然近寄ってきたアレナに対して戸惑いを隠せない。
「ど、どうしたんですか?」
するとアレナは無言でウラノスの頬にキスをした。
「前払です。また私をさらいに戻ってきてくれた時に反対の頬にも是非!」
そう言ってアレナはスキップしながら王宮に帰っていった。
その夜、ルーシーとの約束通り、ウラノスはディランの正門に来ていた。夜に出発することを選んだのは、騎士団のみんなとの別れがつらかったからだ。それなのに、正門に行ってみると裏のメンバーが勢ぞろいしていた。
「どうして皆さんがいらっしゃるんですか?」
ウラノスは驚いた表情で聞く。
「当たり前だろ?仲間が旅に出るんだ。見送りに行って何がいけないんだ?」
セクメトがウラノスの顔を見て言う。
「そうだぞ。俺たちもできる限りで頑張るからお前たちも頑張れよ」
ジェイスがウラノスの肩に手を置いて言う。
他のメンバーからも見送りの言葉をもらい、ルーシーも出発の準備ができたようだ。
「それじゃあ皆さん、改めて今までありがとうございました」
「おう、気をつけろよ。いつでも戻ってきていいからな」
セクメトの優しい言葉にウラノスとルーシーは頷き、そしてディランの街を発った。
ディランの港から出ている定期船に乗るため、まずは港まで歩く。そこで1泊し、朝一でビクレストに戻る。そのままナーダ王国に向けて馬車を利用するつもりだ。
この日は港の宿で休息をとる。2部屋借りてこれからの旅に向けて気力を蓄えた。
翌日、ビクレストに向かう船の中でルーシーが重要なことを言ってきた。
「ウラノス、私の危機探知紋に反応があったよ。次に危険なのはナーダ領の霧の大陸ヘルヘイムだよ」
「そうか、ありがとう。ならヘルヘイムに向かうことにしよう」
ウラノスたちの次の目的地は霧の大陸ヘルヘイムに決定した。
一方、ヘルヘイムの都市ラインハートでは魔王の分散体による悪影響が少しづつ見えようとしていた。分散体が封印されている霧のほこら周辺の町で伝染病が流行りだした。ヘルヘイムがなぜ霧の大陸と呼ばれているかというと、地表面の90%を霧が占めているからである。そのため、先住民は霧のない地域にラインハート王国を建国した。だが、故郷を捨てきれずに、霧の中で住み続けている人々も多い。霧のせいで周囲が見えない地域では、その村や町に透明なドームが建設されたことで何とか視界を保っているが、外に1歩でも出た瞬間、あたりは霧一面となる。
イシスはヒトの体内の魔力・紋章力の循環を観察するのが得意である。そのため、ほこらに最も近いレイシアの街の人々に異変が生じたことにうすうす気づいていた。そこで彼女はレイシアに捜索隊を派遣した。なぜ彼女の独断でそんなことが出来るのかというと、彼女はラインハート教会の最高司祭であるためだ。国を危険から守るという目的でなら群を動かす許可さえ王からもらっている。先日、ウラノスの魔力に反応して捜索隊を送り込んだ際も彼女の独断によるものだった。
捜索隊は1日ほどで帰還した。彼らの報告によると、やはりレイシアでは伝染病が蔓延し、既に10%の町民が命を落としているという。
「10%もの人々が亡くなったのですか?それなら私が直々に治療をしに向かいます。回復魔法を使えるものは私とともにレイシアに向かいます。それと、バイド。あなたは王国薬剤師局に向かってください。そしてすぐにレイシアに人員を派遣してほしいと伝えるのです」
「分かりました」
バイドは指示を聞いてすぐに動く。他の回復術師たちも遠征に備えて各自準備に取り掛かった。
(何が原因で伝染病が蔓延したのでしょうか・・・)
イシスは解決することの無い疑問を抱えながら遠征に向かった。
イシスがレイシアに向かった頃、ウラノスとルーシーはナーダ王国に入国していた。ナーダはビクレストとはまた違った雰囲気の国だ。そんな国の観光をしたい気持ちを抑えて、ウラノスとルーシーは翌日朝出港のヘルヘイム行きの便のチケットを購入しに港へ向かった。
無事にチケットを購入して2人はナーダに戻り、夕食を食べて休んだ。
翌朝、2人は港に向かっていた。その時、後ろからすごい勢いで馬車が走ってきた。
「ルーシー危ない!」
ウラノスはルーシーに危険を知らせる。それを聞いてルーシーは大きく横にずれて衝突を避けた。
「危なかったー。教えてくれてありがとうウラノス」
「気にしないで。それより急ごう、早くしないと出港の時間になっちゃう」
「そうだね」
そうして2人は少し早歩きで港に向かった。だがその道中、ウラノスは少し違和感を覚えていた。だが、その原因が分からない。すごく重要なことを見逃しているような気がしていたがとりあえず港に向かうことを優先した。
何とか予定の時間に間に合い、時間通りに船は出港した。だが、想定していたよりも多くの人が乗船している。
「ねえウラノス、なんか人多くない?」
「ちょうど俺も同じこと思ってた。ヘルヘイムでなんかあるのかな?」
そんな話をしていると、隣のおじさんが2人に話しかけてきた。
「何だ2人とも知らないのか?どうやらヘルヘイムにある町で伝染病が蔓延しているらしい。その感染力がなかなかすごいらしく、あのイシス様も直々に治療を行っているらしいぜ」
「あ、そうなんですね。ところで、イシス様というのはどなたでしょうか?」
「君、イシス様を知らないなんて珍しいな。いいだろうおっちゃんが教えてやる。イシス様はヘルヘイムのラインハート王国教会最高司祭様だ。人魔対戦ではその回復魔法で1万を超える命を救ったとされている。それに何といってもその美貌。彼女は世界で一番美しいと言われているんだ。どうだ?1度は見てみたくなっただろう?」
「説明していただいてありがとうございます。そうですね。1度は拝見してみたいものです」
「そうね。私も見てみたいわ」
そんなたわいもない会話をしている間に船はヘルヘイムの港に到着した。ウラノスたちはその大陸の姿に驚きを隠せない。霧が大陸全土を覆っていてほとんど周りが見えない。
ウラノスは大陸に降りた時から、不純な魔力が漂っているように感じた。
(おそらくこの魔力は魔王の分散体からもたらされたものなんだろう。やっぱり封印されている地では必ず何らかの影響が出るのか)
ウラノスは考え事をしながらも、馬車に乗って光に照らされた道を行く。この光は魔道具によるもので、半永久的に光り続ける。これは霧の中で迷わないようにとヘルヘイムの魔道具職人が作ったのだ。
「本当に何にも見えないね」
ルーシーが目を薄めながら言う。
「そうだね。全く前が見えない」
「そろそろ着くはずなんだけどね。私は1回だけ来たことがあるけど、その時よりも明らかに霧が濃くなっているような気がする」
「そうなんだ。こんな中で生活している人たちは大変だね」
ウラノスは厳しい生活を強いられているであろう人々のことを考えてとても悲しくなった。
しばらく馬車は走り続け、いよいよ馬車はラインハートに入ろうとしていた。突然周囲の霧が晴れ、城下町と城をすべて包むほどのドームが姿を現す。その壮大さにウラノスはあっけにとられている。この国で、2人には新たな出会いとさらに厳しい戦いが待っているのだった。