表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロスト・コンティネント ~過去を改変する旅へ~  作者: 桜庭慎一(おうば しんいち)
5/6

第1章 水の大陸ニライカナイ ~その弐~

 ウラノスは長い間寝ていたため、体が鈍っている。目覚めた翌日に裏の他のメンバーは水のほこらに出発した。いよいよ無視できないほどの海洋事故が多発し始め、その原因がほこらにあると踏んだセクメトが裏とともに向かうことにしたのだ。今回はあくまでも様子見のつもりなので病み上がりのウラノスは本部で療養することになった。

 この日もウラノスは鈍った体をほぐすために本部の訓練場で本隊の兵士と軽い手合わせをしている。さすがに騎士団といったところか、騎士は全員それなりに腱の腕が立つため、リハビリとして打ち合うには十分な相手だった。

 部屋に戻るとそこにはアレナがいた。

 「姫様、今日はどういったご用件で?」

 「ウラノス様、改めてご回復おめでとうございます。少しお時間をいただけますか?」

 「ええ、構いませんが。何でしょうか」

 「実は父上、ディラン国王がウラノス様に1度お会いしたいと申しておりまして、今から玉座の方にお越しいただけませんか?」

 「俺に?何かしましたっけ」

 「いえ、用件は聞いていないのですが、おそらく私を助けていただいたことに関して何かウラノス様に伝えたいのでしょう。ウラノス様がこの手のことをされるのをいいと思わないのは理解しているつもりですが、どうか1度だけ父に会っていただけませんか?」

 「そうですね、国王様がわざわざ俺なんかに会いたいとおっしゃっていただいているならば断るわけにはいかないでしょう。分かりました。是非とも御同行させてください」

 「ありがとうございます!それではすぐに馬車の準備をいたしますね」

 アレナは従者に馬車の準備をするように伝え、自分も1度馬車に戻った。


 10分程で準備が終わったらしく、アレナの従者がウラノスを呼びに来た。ウラノスがその従者についていくとアレナと同じ馬車に案内された。

 「あの、姫様と同じ馬車に乗るなんてできません。というよりもあなた方は良いんですか?一介の騎士を王女様と同じ空間に置いておくなんて」

 「私たちは構いません。それがアレナ様のお望みなので」

 「彼女は何を望んでいるんですか?」

 「ま、それはご自分でお聞きになって下さい」

 そう言い残して従者はもう1台の馬車に乗り込んだ。ウラノスがアレナの待つ馬車に乗り込むと、アレナはウラノスを笑顔で迎え入れた。

 「お待たせしました。どうぞそちらにお座りください」

 アレナは自分の向かいの席を指さす。

 「失礼します。ところで先ほど従者の方から聞いたのですが、姫様が何かお望みだから俺を同じ馬車に乗せるように指示したと。一体俺に何をお望みなんですか?」

 「ウラノス様、鈍感すぎるのは宜しくないと思いますわ。まあ、そういう人だと分かっていますので。私の望みはあなた様と同じ馬車で城まで向かうことです。特に深い意味はありません」

 「はぁ。よくわかりませんが、そんなことでいいのでしたら協力させていただきます」

 長い間1人で暮らしていたウラノスには女性経験がない。そんな男に自身の秘めた思いを伝えることは魔王を倒すことよりも難しいのではないかとアレナは感じていた。


 城について早々、ウラノスはディラン王に謁見した。

 「よく来てくれた。私の呼び出しに応じてくれて感謝する」

 「いえ、王の望みとあらば。して、本日はどのようなご用件でしょうか」

 「まあ、そう焦るな。私の娘を助けてくれたと聞いているがそれは本当か?」

 「姫様を救出したのはビクレスト騎士団であり、私個人ではありません」

 「謙虚な青年だな。だが、アレナは君に助けられたと思っているらしいぞ?それは君もよく理解しているだろう?そこで、君に我が国の宝物庫にある武器を何でも1つ与えようと思う」

 「そこまでしていただかなくてもよろしいのですが」

 「気にするな。アレナの命と比べれば安いものだ。遠慮なく好きなものを1つ持って行ってくれ」

 そう言うと王は近くにいた衛兵に指示を出してウラノスを宝物庫に連れて行った。


 ウラノスが玉座の間を退出した後、王はアレナと話をすることにした。

 「アレナよ、あの少年とはうまくいっているのか?」

 「うまくとは一体どういうことでしょうか」

 「言わせるな。お前は彼に惚れているのだろう?」

 「そ、そんなことは・・・」

 それにつなぐ言葉を発することができないまま、顔を赤らめてうつむく。

 「ちょうどお前の結婚相手を探し始めようかと思っていたのだ。お前も今年で15になるだろう?そう思っていたらだ。お前が男に惚れて戻ってきた。しかもその男に実際に会ってみたら信じられないくらい謙虚で優しい青年じゃないか。そうだ、彼を夫に迎えるというのは?」

 「お父様・・・」

 アレナは少し考えて答えた。

 「お父様の言う通り、私はウラノス様に惹かれています。なのであの方が旦那様になるというのなら喜んでお受けしたいのですが、あの方はどういうわけか女性経験がないらしく、私がアピールしても一切反応していただけないのです」

 「なるほどな。それは中々困ったものだ。ビクレストの騎士団も我が国の問題を解決し次第帰国の途に就くであろう。そうなればしばらくそのチャンスは巡ってこない。彼がこの大陸に残っている間になんとかできるか?」

 「分かりませんが、頑張ってみます」

 言われなくてもそのつもりだということは言わずにアレナは玉座の間から退出した。


 一方、ウラノスは衛兵に連れられて宝物庫に来ていた。中には様々な武器防具が置かれていて、ウラノスはどれをもらうかで迷っていた。たくさんの武器防具がある中、ウラノスはある物に目を付けた。

 「これは、いったいどうやって使うんだ?」

 ウラノスが手に持っているのは弓。だが、弦がついていない。ただ、その弓を持った瞬間、まるで昔から使ってきたかのように使い方が頭に浮かんだ。

 どうやらこの弓は魔力を使って矢を放つらしい。名を「魔弓ガーンデーヴァ」という。魔力が多いウラノスにとってこれ以上ないほどいい武器だった。

 「これをいただきます」

 ウラノスは一緒に宝物庫まで来てくれた衛兵に一言声をかけて騎士団本部へと帰った。


 騎士団員の半分以上がニライカナイに遠征しているビクレスト王国は今、危機に瀕していた。海岸の監視をしている騎士からの連絡で、ユイレスが50近くの船をもって進軍してきたことを知ったのだ。

 ビクレスト国王はそのことに対しての対策に追われている。宰相が考えるに、ユイレスはどうにかしてビクレストの騎士団が不在のタイミングを知って、そこを狙ってきたのだという。

 どうやらユイレスの軍隊はすでに上陸したらしく、数少ない騎士が敵兵を止めようと試みているようだが、おそらくそう長くはもたないだろう。明日の夕方ごろにはビクレスト王国に到着すると王は考えた。即刻王国に残っている騎士に戦闘準備の伝令を送り、国民を安全な場所に避難させる準備を始めた。


 翌日、戦争に対してのあらかたの準備は終わり、あとはユイレスの軍を迎え撃つだけとなった。だが、伝令兵からの情報によると、敵兵の数は5万。それに対してビクレスト騎士の数は1万。5倍の数の相手と戦わなければならない状況にビクレスト国王は絶望していた。

 夕方になり、海側の地平線に無数の人影が出現した。騎士での防衛線で削ることができたユイレスの軍勢はわずか1000。残り約4万9000の軍勢と争わなくてはならない。

 ユイレス軍が城壁の上からの弓の射程に入った瞬間、一斉に矢が放たれた。放たれた矢は次々にユイレス軍の兵士を貫いていく。だが、数の暴力といったところか、あっという間に城門の前まで詰められてしまった。圧倒的な数に気おされて、ビクレストの騎士団はあっという間に数を減らしていく。

 城門を破ろうとしてくるユイレス軍に対して、ビクレストは魔法騎士団を充てた。魔法騎士団とは、1度騎士団に加入したが魔法の際があったことが分かった人が加入している騎士団である。魔法に特化しているという点で考えれば裏に似ているともいえるが、裏と明らかに違う点がある。それは個々人の紋章力だ。裏のメンバーはナブウの製作した魔道具“マジック・チェッカー”によって魔力を測定した結果、一定の紋章力の基準を満たした人のみが加入している。だが、魔法騎士団は魔法系の紋章を持つ希望者ならば誰でも入団することができ、きちんとした魔法教育を受けることができる。

 そんな魔法騎士団の魔法一斉射撃によって、勢いのあったユイレス軍も足を止めて1度後退するほかなかった。魔法騎士団も休みなく何度も魔法を撃ち続けられるわけではないので、ユイレス軍が後退している間に休憩していた。

 その攻防を幾度となく繰り返して1時間が経過した。数が少ないビクレスト軍には疲れが見え始めたが、交代しながら攻めていたユイレス軍はまだまだ生き生きとしていた。

 そんなユイレス軍に対して攻め切れないビクレスト軍の限界はもうすぐそこだった。5倍の戦力差の中よくこらえたと誰もが思うだろう。ビクレストの兵士たちが諦めようとしたその時、ユイレス軍の一部が駐在している丘で爆発が起きた。

 「なんだ?」

 ユイレス騎士団長ディーンはその音に反応して、その方向を見る。するとそこには3つの人影があった。

 「なんだあいつらは」

 どうやらその3人によって、ユイレスの騎士約2000が一瞬にして葬られたらしい。


 「おいおい少しやりすぎたんじゃなーい?」

 「事情も知らないの良かったのかしら?まあ、私たちの拠点に攻め入ろうとしているんだもの。敵に間違いないわ」

 「お前達気を抜くなよ?敵の数は4万ほどだ。いくら俺達でもさすがに骨が折れるだろう。そこでだ。あれの使用を許可する。敵の本部に向かって打ち込むんだいいな?シン、シャマシュ」

 『了解、ヘラクレス隊長』

 ヘラクレスの指示で、シンとシャマシュは王国の正門の位置までものすごい速さで移動した。そして適切な距離で離れると、魔法の詠唱を始めた。

 「我、信ずるは月」

 「我、信ずるは太陽」

 「我らの意志に答えよ」

 「我らに力を与えよ」

 「月の冷徹さと」

 「太陽の傲慢さをもって」

 『敵を滅せよ!焔月・紅焔!』

 詠唱終了と同時にユイレスの兵士が固まっている地帯に霧が発生した。そのあとすぐに地面からマグマが噴き出す。先ほどまで歓喜の声であふれていたユイレス陣営は悲鳴の声に変わっている。霧のせいで状況を把握できないところにマグマが降ってくるというまさに地獄だった。この魔法で、ユイレスの兵士たちは1人、また1人と倒れていき、気付いた時には3万もの兵士がこの魔法によって戦死した。


 「ば、化け物かあいつらは・・・」

 目の前に広がる衝撃の光景にディーンは言葉を失っていた。一瞬で3万もの兵士がやられ、残された兵士は2万もいない。それでも人数的優位は変わらなかったため、そのまま攻め続ける道を選んだ。

 ディーンは、あれほどの魔法なら連続で使えないだろうと考えていた。そしてその予想通り、シンとシャマシュが焔月・紅焔を使えるのは1日1回だった。だが、目の前に放たれた魔法の衝撃に大事なことを忘れてしまったのが彼らにとって致命的なものになるのだった。


 「2人ともお疲れ」

 2人を追って後から歩いてきたヘラクレスはシンとシャマシュに言う。

 「いえいえ、大したことじゃないっすよー」

 シンは涼し気な顔でそう答える。

 「私も平気です。それより、まだ2万くらい残ってますけどどうしますか?」

 シャマシュはユイレスの残党の処理についてヘラクレスの指示を仰いだ。

 「ああ、それは気にするな。あとは俺がやってくる」

 そう言い残して、ヘラクレスは肩にかけていた鎌をもって戦場に出た。

 先ほどの魔法のせいで、ユイレス軍の統制は乱れているため、ヘラクレスは四方八方から襲われることになった。

 「タイプ鎌:刈り取り・飛行」

 その言葉とともに、ヘラクレスは鎌を振る。すると斬撃が前方に飛んだ。斬撃は無惨にも前方にいるユイレス兵を真っ二つにしながら飛んでいく。その距離およそ1㎞。ヘラクレスのたった1振りで、5000の兵が真っ二つになってしまった。続いてヘラクレスは背中に掛けてあった弓を手に取る。先ほどの鎌での技を警戒してユイレス兵は距離を取っていた。

 「タイプ弓:天地落とし」

 その言葉とともにヘラクレスは矢を空中に打ち上げた。

 「タイプ弓:複射」

 空中に留まっていた矢が一瞬にして1000もの矢になる。

 「エンチャント:属性爆破」

 矢は一斉にユイレス兵の元へ降り注ぐ。さらに着弾と同時に半径1mを吹き飛ばすほどの爆破が巻き起こった。

 一連のヘラクレスによる攻撃によって、ユイレスの軍は3000ほどまで減少した。

 残った兵は戦意を失い、騎士団長のディーンもさすがに投降した。


 ビクレスト騎士団は残ったユイレス兵を捕虜として捕らえた。ビクレスト国王はユイレス騎士団長のディーンから事情を聴くことにした。

 ディーンは、国王が今回戦争に踏み切った理由について説明した。人魔対戦によって食料の確保が困難になり国民が苦しい生活を強いられているということ。そんな中裕福な生活を送れているビクレスト、並びに同盟国であるアルグン王国とディラン王国に対しての嫉妬による戦争であるということ。

 事情を聴いて、ビクレスト王はユイレスに対して援助を行うことにした。今回の戦争で9割以上の兵士を失ったこともあって、これからの彼らの生活はもっと厳しいものになるだろう。その責任の一端はビクレストにもあるため、僅かばかりではあるが援助を行うことにしたのだ。

 戦争の翌日には捕虜を解放して帰国の途に就かせ、親書を王に渡してもらうようにディーンは依頼された。その内容は、今後相互的に協力を行うということと、3年の間はビクレストに攻め入らないようにするという内容だ。

 後日、ユイレスからその条件を受け入れるという親書が送られてきて、事実上の同盟関係が成立した。


 ビクレストに危機が迫っていた頃、ニライカナイ大陸の水のほこら周辺でも異変を感知していた。ほこらの外にまで邪素が溢れてきて、明らかに危険な雰囲気が漂っている。もはやダンジョンとも呼べるであろうほこらまでの道に挑もうとしているのは裏のメンバー7人と隊長のセクメトだ。

 ほこらまでの道のりは、通常の状態でも1時間ほどかかる。だが現在は濃厚な邪素に包まれているため、その洞窟は魔物であふれていた。

 「かなり濃い邪素であふれている。おそらく強力な魔物も多くいるだろうから気を引き締めていくぞ。それに、俺たちの目的地はほこらであることを忘れるなよ?」

 セクメトは裏のメンバーに渇を入れる。その後、自らを先頭にダンジョンへと乗り込んでいった。


 セクメトの予想通り、ダンジョンの中には沢山の魔物が点在していた。奥に行くにつれて強力な魔物が出現するようになり、いくら鍛錬を積んだ彼らと言えども苦戦は必須だった。出現する魔物は、先日騎士団として討伐したエスパシオ級のミノタウロスやギャラクシア級のタイタンなどもいた。ギャラクシア級の討伐経験があるのはセクメトとアイリスのみで、8人で協力してやっと倒せたほど強敵だった。

 そんな苦戦を強いられながらも、彼らはなんとかダンジョンの最深部にたどり着いた。そこはとても開けていて、周りの鉱石の影響で明かりも十分にあった。この神秘的な空間に到着して裏のメンバーが一安心している中、ほこらの目の前にある石像が光りだした。

 「シンニュウシャヲハッケン。タダチニハイジョスル。セントウモードヲカイジョスルニハ、サダメラレシアイコトバヲノベルノダ」

 突然話し出したその石像に対して、全員が戦闘態勢に入った。

 「合言葉だって?そんなの知らないな。お前ら準備は良いか?」

 セクメトはそう言ってメンバーの方に顔を向ける。それに対して全員が頷く。

 「アイコトバハカクニンデキナカッタ。ワレ、ガーゴイルヲモッテシンニュウシャヲハイジョスル」

 その言葉とともにガーゴイルの石化が解除された。するとその体はみるみるうちに大きくなり、体長は3mほどにまで拡大した。

 「何て大きさだよ・・・」

 セクメトも思わず呟く。ガーゴイルはそんなつぶやきには耳も貸さず、セクメトに突っ込んできた。セクメトは特殊格闘紋・防御の型でその攻撃を防ごうと試みる。だが、その体は軽々しく吹き飛んだ・

 「大丈夫ですか隊長!」

 近くにいたトートが駆け寄る。セクメトはうまく受け身を取ったおかげで軽傷だったが、トートは一応回復魔法を施した。

 「感謝する。それにしてもどうしたものか。あいつは間違いなくギャラクシア級だ。もしかしたらディオス級にも匹敵するかもしれない」

 「隊長、私ガーゴイルについて少し知っていることがあります」

 「おう、なんでもいいから教えてくれ」

 「はい。以前本で読んだことなのでそれが本当かどうかは話からなのですが、ガーゴイルに物理攻撃は効かないらしいです。つまりあの魔物を倒すには魔法での攻撃を続けるしかないということです。物理攻撃が聞かないというのは、先ほど隊長が身をもって知ったと思います」

 「なるほどな。それは良い情報だ。だが、あいつは見た目以上に素早い。魔法を当てるのは困難だろう。そこで俺やジェイスが近接攻撃を仕掛けて動きを止める。その間に魔法で体力を削っていくというのはどうだろうか」

 「なるほど、それは良さそうですね」

 「おいみんな、戦いながら聞いてくれ」

 セクメトはトートと決めた作戦を伝達する。その後、近接を得意とするセクメト・ジェイス・レノ・アイリスは前線で耐久戦を始める。このような耐久戦において、レノはとても役立つ紋章を持っている。彼の保有紋は盾術紋。そもそも防御に徹した紋章なので、セクメトが飛ばされた攻撃にも軽々耐えることができている。

 4人が前線でこらえている間に魔法を使えるメンバーが交代交代に魔法を行使していく。魔法での攻撃は想像以上に効果があるらしく、着実に弱っているのを感じた。

 ルーシーがライトボール、メデアがダークボールを使いながら遠距離攻撃を仕掛け、隙を見ながらジェイスもアイスボールで攻撃を仕掛けている。

 しばらくすると、ガーゴイルは石像になっていた台の上に戻った。

 「シンニュウシャタチヨ。オマエタチノジツリョクハハアクシタ。タダノシンニュウシャトイウワケデモナサソウダ。ココをトオルコトヲキョカスル」

 どうやら、一定のダメージを与えるとほこらまでの道を開けてくれるという仕組みだったらしい。それにしても、ダンジョンで戦った魔物の中で最も強かったガーゴイルが守っていると思われる水の精霊はいったいどれほどの強者なのだろうか。その不安が全てのメンバーの脳裏をよぎった。

 セクメトはほこらに足を踏み入れる前に休息をとることにした。実際、ガーゴイルを含めたダンジョンでの戦闘で、裏のメンバーには疲労がたまっていた。


 ディランから持ってきた食事を各自で取り、万全とはいかないまでも、現時点で可能な最高の状態に体のコンディションを持っていく。魔法を発動していたメンバーは魔力回復ポーション、前衛で劣りの役を担っていたメンバーは体力回復ポーションを使用して回復を行う。また、ガーゴイルとの戦闘で破損した武器をナブウの製作紋を使うことで補うことができるのだ。ナブウの製作紋で作れるものは彼の魔力総量に比例している。大きなものを作るにはそれ相応の魔力が必要になり、最大魔力以上の大きさのものは作れない。また、ナブウが知らないものを作ることもできない。それでも、剣や槍といった武器ならば100本は余裕で作れるほどだった。


 準備を終えてセクメトが1人で水のほこらに向かった。ほこらの扉を開けるとそこにはお堂があり、その中からひときわ濃い邪素を感じられる。ただ、感じることができるのは邪素だけではなく綺麗な混じりけの無い魔力もかすかに感じることができる。おそらく邪素は魔王の分散体から発せられている物で、綺麗な魔力は水の精霊から発せられている物だろう。

 お堂の中に入ると、中にはもがき苦しんでいる水の精霊がいた。その向かいには封印されている魔王の分散体があり、どうやら分散体に残されている邪素が精霊に悪影響を与えたらしい。精霊に影響を与えるほど魔王の分散体は強力な邪素を含んでいるということだ。水の精霊は文字通り水をつかさどる精霊。その精霊が魔王の分散体によって水の管理を不可能にしていた。これが要因でディラン周辺の海が荒れたり、海産物の不況が発生したりしたのだ。

 水の精霊はお堂に入ってきたセクメトの存在に気付いた。どうやら自身の力を制御できるほどの力は残っていないらしく、セクメトを見るなり攻撃を仕掛けてきた。

 セクメトは攻撃に備えて防御の型を取ろうとした。だが気付いた時には宙に浮いて、ほこらの外まで飛ばされていたのだ。

 先ほども同じようなことがあったが、今回は規模が違う。一瞬でお堂は崩壊し、様々な固有魔法が裏のメンバーに襲い掛かっている。それでもガーゴイル戦のように前衛と後衛に分かれて攻撃を試みる。だが全員が違和感を感じていた。それもそのはず、すべての物理攻撃と魔法攻撃が来ていなかったからである。セクメトも精霊と戦ったことはなく、なぜ効かないのかを解析するには時間が必要だった。

 セクメトが考えている間にも精霊の攻撃が裏を襲う。

 「ルーシー後ろ!」

 アイリスが、精霊の攻撃に気付いていなかったルーシーに声を掛ける。それを聞いてルーシーはその攻撃を回避した。

 「ありがとうアイリス」

 ルーシーはすぐに精霊に向けて魔法を繰り出す。だがその魔法もまるで聞いている様子はない。

 ただ、魔法を当てると一瞬ベールのようなものが精霊を纏うことが確認できた。

 (あの幕みたいなものは何だろう)

 近くから魔法を放っていたジェイスはそれに疑問を感じた。それに加えてジェイスは気付いたことがある。精霊が氷魔法を喰らう時、そのベールはわずかだが氷を纏っていて、光魔法を喰らう時は光を纏う。つまり飛んでくる魔法に対してその属性に特化した防御態勢を取っているということだ。

 それに気づいたジェイスは精霊からいったん距離を取って、魔法攻撃を担当しているメデアとルーシーを呼んだ。

 「もしかしたら、異なる属性の魔法を同時に当てればダメージが入るかもしれない。だが、きっちり同じタイミングでなきゃいけないはずだ。1人でやるならまだしもそれを2人以上でやるとなると相当難易度は高くなる」

 「それでもそれ以外に方法がないならやるしかないわ」

 ルーシーの言葉にメデアも頷く。


 作戦通り、魔法攻撃隊は同時に当てるように魔法を放つ。1度ではうまくいかなかったが何度か放っているうちに同時に当たることが多くなった。するとやはり、精霊は少し速度が落ち、切れが無くなっているように感じられた。

 同時ならば効くと分かり、魔法での攻撃は激しさを増す。

 ルーシーのライトボールにメデアのダークボール、さらにはジェイスのアイスボールがとめどなく精霊を襲う。

 かなりの魔法を喰らって精霊は明らかに弱っていた。

 「あと一息だ!気張っていくぞ」

 セクメトはメンバーの士気を上げるためにそう言う。

 だが、全員が攻撃を仕掛けようとした時、精霊が空高く舞い上がった。そして精霊が何やら詠唱をすると、なんと2体に分身した。

 「ま、まじかよ」

 あと少しで倒せると思っていたセクメトもそれを見て肩を落とす。だが、そんなことには見向きもせず、精霊は2方向から攻撃を仕掛けてくる。

 分身した精霊は感覚を共有できるらしく、片方の体で受けた魔法の態勢をつけることができるらしい。また、自身に降りかかりそうな危機に反応しているのか、魔法が当たる前に回避されてしまう。先ほどまで同時攻撃をしていた魔法攻撃隊も目標を絞ることができずに、魔法を放てない。攻撃手段を失った裏はどんどん崩れていく。精霊の攻撃にあらがう術はなく、遠距離で攻撃していた魔法攻撃隊が優先的に攻撃され、ルーシーもメデアもジェイスも重傷を負った。

 攻撃手段を本格的に失い、メンバーは絶望の淵に立たされていた。彼らには耐えることしかできずに、全滅の時を待つのだった。


 一方で、裏が水のほこらに向かってそんなに時間が経過していない頃、ウラノスは王都でアレナに振り回されていた。

 「ウラノス様、今日は私がお勧めのお食事処を紹介して差し上げますわ」

 「姫様もそういった庶民的な店にも行ったりするんですね。正直意外です」

 「うふふ。私もたまには城下町を散策いたしますよ。なので行きつけのお店もあります。そんなお店を是非ウラノス様に紹介させていただきたいのです」

 「姫様、何度も言いますが、あの時のことはもういいのでお城での業務に戻っていただいてもいいんですよ?一国の姫がいつまでもこのような場所に出入りしているというのは国民は良い印象を持たないと思いますし。それよりも国王様がそろそろ心配されると思いますよ」

 「父上の心配は無用です。しっかりと許可をいただいてきているので。それに私の印象などこの際どうでもいいのです。私はもっとウラノス様に尽くしたいのです」

 「・・・そうですか。分かりました。でもそれも今日で終わりにしてください。明日からは俺もルーシーたちに合流するので」

 「そうですか。分かりました。それでは今日は目一杯案内させていただきますね」

アレナはウラノスの手を引いて城下町に向かった。

 アレナは宣言通りウラノスをお勧めのお店に案内した。姫様が行きつけの店というだけあって、料理の質はとても高く、ウラノスが今まで食べたご飯の中で一番美味しかったといっても過言ではない。

 次に2人はアクセサリー屋に立ち寄った。これはウラノスのアイデアだった。いくら女性経験のないウラノスでも、恩を仇で返す様なことはしないと決めている。短い間だが自分に寄り添って看病してくれていたアレナに謝礼の品をあげようと考えたのだ。

 「姫様、看病していただいたお礼に好きなものを選んでください」

 「いいのですか?」

 「こんな俺でも恩はちゃんと返したいんですよ」

 そう言ってウラノスはアレナが選んだネックレスを購入してプレゼントした。


 店の外に出ると、アレナがウラノスのことを見ていることに気付いた。

 「どうかしましたか?」

 「あの・・・。ネックレス、掛けていただけませんか?」

 アレナは少し恥ずかしそうにウラノスに要求する。

 「なんだ、そんなことですか。構いませんよ。さあ、こっちに来てください」

 ウラノスはベンチに座り、自身の股の間に座るよう言う。

 「いえ、そこに座るのは・・・」

 「そうですか。なら隣でもいいので座って下さい」

 そう言われ、アレナは恥ずかしそうにウラノスの隣に腰を下ろした。それと同時にウラノスはアレナに髪を上げるように言い、空いている首に持っているネックレスを掛けた。

 「ありがとうございます。大切にしますね」

 「喜んでいただけて幸いです」

 2人は話すことが無くなり、静かな雰囲気が漂う。その状況を打開しようと切り出したのはアレナだった。


 「あの、ウラノス様。少しお話したいことがあります」

 「何でしょうか?」

 「ウラノス様たち、ビクレスト騎士団の皆様は近海の問題を解決したらお国にお戻りになられるのですよね?」

 「ええ、問題が解決してしまえばこの国に残る理由はありませんから」

 「そうですか」

 「それがどうかしましたか?」

 「いえ、そのー。私もうすぐお見合いがあるんです」

 「そうなんですか。素敵なお相手に出会えるといいですね。まあ姫様はかわいらしいですしお相手の方もさぞ嬉しいことでしょう」

 「か、かわいいだなんて・・・。ありがとうございます、ってそうではありません!」

 「いきなりどうしたんですか?」

 「いえ、何でもありません。それよりも、私はお見合いをしたわけではないのです」

 「どうしてですか?姫様が伴侶を見つけることはディランの国民にとってもいいことですし、何より姫様自身にとっても嬉しいことではないのですか?」

 「はい、それは間違っていません。でも、私には、その・・・。き、気になっている御方がいるので他の人とは結婚したくないのです!」

 「そうなんですね。なら、その人に直接言えばいいじゃないですか。そんなに悩むようなことでもないと思いますけど」

 「だから直接言っているではありませんか・・・」

 アレナはウラノスに聞こえないように小声で呟く。

 「なんか言いましたか?」

「何でもありません。その・・・。ウラノス様!」

 「はい?」

 「私と・・・結」

 アレナが勇気を振り絞ったところでウラノスの表情が激変する。

 「何だこの邪悪な魔力は・・・。この方向は確か水のほこらがあったはず!ルーシーたちが危ない!」

 ウラノスのただ事ではない表情を見てアレナは出かけていた言葉を飲み込む。

 「どうかしたのですか?」

 「ええ。水のほこらの方向から尋常ではない悪しき魔力を感じました」

 「ウラノス様は魔力を感じ取ることができるのですね」

 「はい、騎士団のみんなには黙っていますが。姫様も言わないでくれるとありがたいです」

 「ウラノス様がそう望まれるのであれば」

 「それと俺はほこらに向かいたいと思います。わざわざ誘っていただいて申し訳ないのですが今日はここでお別れということでよろしいでしょうか?」

 「ええ、騎士団の皆様の危機ですものね。仕方ありません」

 「本当に申し訳ありません。その代わりと言っては何ですが、戻ってきたらまた城下町を探索しましょう」

 ウラノスからの想定外の誘いにアレナは喜びを隠せない。

 「是非!」

 「それでは」

 「ウラノス様。また戦いに行かれるのでしょう?お気を付けください」

 「ありがとうございます」

ウラノスはアレナに別れを告げて、水のほこらに向かった。


セクメトは圧倒的なまでの戦力差に絶望していた。近接戦闘隊が体を張って時間は稼いでいるものの、時間が経つごとに疲れがたまって、今では崩れるのも時間の問題というほどだった。また、魔法攻撃隊も分身している相手に対して狙いが定まらず、一方的に遠距離攻撃を喰らってしまっている。

逃げようにも、そうしようとすると片方の精霊が出口を塞いでくる。完全に詰んでいるのだ。

 「終わり、か」

セクメトはどうしようもない現状にいよいよ諦め始めた。

 「隊長!大丈夫ですか?」

 突然背後から声が聞こえる。振り返ると、そこに入るはずのない人物がいた。

 「ウラノス!?お前どうして?本部で療養していたんじゃなかったのか?」

セクメトの声に他のメンバーも反応する。そしてウラノスの姿を見てそろって驚いた顔をした。だがそれと同時に少し残念そうな表情も見せたのだ。

「すまないな。援軍に来てくれたのはうれしいんだが、精霊は魔法攻撃じゃないとダメージを負わないんだ。お前の紋章じゃ太刀打ちできないんだよ」

 (そうだった。俺が魔法を使えることをみんなは知らないんだった)

 「隊長、俺はこの戦いを終えたら裏を脱退します」

 「な、なんだよ突然」

 「おそらく今からすることを見れば俺に対しての皆さんの信用は地に落ちるでしょうし、何よりこれを見せて国が穏便に済ませてくれるはずがありません」

 そう言ってウラノスは手首に着けているリストバンドを外す。

 「なんだこれは・・・。頂点が6つってことはお前、全属性の基本魔法に適性があるってことか?」

 「ええ。今まで隠してましたが、それなりに魔法の訓練もしてきました。なのでここは任せてください」

 そう言うとウラノスは精霊のもとに向かう。

 (あれはメンタル・ディヴィジョンか。だとしたら少々厄介だな。あれを使うか)

 「我、求めるは紫。融合せよ、火と氷!」

 ウラノスがそう唱えると、手の上で火と氷が融合して紫色になる。それに続けてウラノスは魔法を唱える。

 「連続魔法!」

 連続魔法は魔術紋保有者のみが使用できる魔法。文字通り、一度詠唱した魔法の連続使用が可能になる。その使用に時間制限はなく、使用者の魔力が尽きるまで効果は持続する。

 「紫電!」

 ウラノスは火と氷の2属性を含んだ紫色の稲妻を精霊に放つ。すると精霊は体制を崩した。どうやらウラノスの魔法攻撃は効いているようだ。それもそのはず、精霊が瞬間的に防衛できるのは1属性のみなのだ。元々2属性を含んだ魔法は防御できない。

 「皆さん、下がって下さい!あとは俺がやります」

 ウラノスの言葉に戸惑いながらも、裏のメンバーはセクメトの位置まで対比する。

 すると精霊も危険だと感じたのか、1体に戻る。メンタル・ディヴィジョン状態では、分身と本隊それぞれを操作しなければいけないため、ウラノスの魔法をよけきることができないと踏んだのだろう。それに、片方で受けたダメージはもう一方の体も感じ取ってしまう。そう考えると1体でウラノスの相手をしようとするのは中々利口だろう。

 ウラノスは精霊めがけて紫電を放つ。精霊は避けようとするが、ウラノスの魔法発動スピードはかなり速く、うまく避けきることができない。

 すると精霊は再び2対に分身した。ただ、今回の分身時に詠唱はしなかった。どうやら1度メンタル・ディヴィジョンを使って精神の共有化を行うと、術者が解除するまでは自由に分身できるらしい。

 ウラノスは、精霊が分身するのを見て新たな魔法を放った。

 「ダブルス!」

 ダブルスも、連続魔法同様、魔術紋保有者のみが使用できる魔法。その効果は、発動中の魔法を同時にもう1つ発動できるというもの。つまり、精霊が1体だろうが2体だろうがウラノスには関係ないのだ。

 精霊もその絶望を感じ取ったのだろう。焦ってウラノスに攻撃を仕掛ける。その攻撃をウラノスはやすやすと避ける。実際、ケビンとの訓練はこの精霊の攻撃の比ではないほど厳しかった。その訓練と比べると、精霊の攻撃をよけるなど赤子の手をひねるほど簡単なことだった。

 精霊は水を駆使してウラノスに攻撃を仕掛けるが、その攻撃がウラノスに傷を負わせることはなく、それどころか倍以上の威力の紫電が返ってくる。時折紫電の力を含んだガンデーヴァの矢が精霊を襲うこともあった。


 そんな攻防を繰り返して約10分、精霊はメンタル・ディヴィジョンを維持できないほどのダメージを負っていた。また、この状態では他の魔法も使えるわけがなく、ほこらの外、ディラン近海で起こっていた異変は収まっていた。

 自身の膨大な魔力を失ったことで、暴走する魔力が無くなり、精霊は正気に戻った。だが、ウラノスや裏のメンバーから受けていた傷のせいでろくに会話ができる状態とは言えなかった。

 「我、求めるは白、癒せ、ハイヒール!」

 ウラノスは精霊に対して回復魔法を施す。その時、さりげなく発動された回復中位魔法に対して、裏のメンバーは驚愕していた。

 ウラノスが回復魔法を掛けると、精霊が追っていた傷は癒えていく。

 「あなたが私を止めてくれたのですね。ありがとうございます」

 「いえ。俺は仲間がやられそうになっているのを見て戦っただけですので」

 「そうですか。でももしあのまま私が闇の力にのまれていたら、この大陸は消滅していたでしょう。それほどの危機をあなた、いえ、あなたたちは回避したのです」

 「そうでしたか。それよりもどうしてそんな状態になっていたのですか?」

 「実は情けないのですが、魔王の分散体に干渉しようとしたところ、その力に抗いきれずにのまれてしまったのです」

 「なぜそんな危険なことを?」

 「ふと思ったのです。この封印は永久的に持続されるのか?それともいつか封印は解除されてしまうのか。それを知るために、封印の状態を調べようとしたのです」

 「なるほど」

 「私が暴走していた間、ディラン近海は荒れに荒れていたことだろう」

 「そのせいで俺たちビクレスト騎士団が派遣されたんです」

 「そうでしたか。でももう安心してください。私はもうそんな不用意なことはしませんので」

 「お願いします」

 ウラノスは精霊との会話を終えてセクメト達が待つ所に向かう。

 「隊長、先ほども話した通りこれで俺は裏を脱退させていただきます」

 それを近くで聞いていたメンバーは初めての内容に驚愕する。

 「何でウラノスが辞める必要があるの?」

 近くにいたルーシーが言う。

 「俺は魔法が使えないと嘘をついていたんだ。そんなやつを信用できるわけないだろう?今まで一緒に行動してきた手前、やめてくれだなんてみんなは言えないだろうから自分から身を引くってわけさ」

 「確かに君の信頼度は今や0と言ってもいい。だが、その強さは今後間違いなく騎士団に必要になる。だから脱退することには反対だ」

 同じ班で行動してきたジェイスが言う。

 「ジェイスさん、ありがとうございます。それでも俺は脱退したいと思っています」

 「どうして?」

 「これは最近考えていたことなのですが、今回のように、魔王の分散体が封印されている地では何かしらの災害や事件が起こることがあるかもしれません。でも、ビクレストの騎士団は他国の領土にまで救助に行けない。そうなるとその土地の人々はどうすればいいのでしょうか。現在、世界で最も強いと言われているビクレストの騎士団が救助に行けない状態で、水の精霊以上の魔物が出現した時誰が対処するのでしょう。そんな人たちの力になりたいと思ったのです。ただ、自由に行動するには騎士団員としてではなく、どこにも属していない方が都合がいいので脱退したいと思ったまでです。決して皆さんとの生活に不満があったわけではありません。自分勝手なのは分かっているつもりです」

 「なるほど、お前がそこまで考えていたとは。・・・まあ、そういう理由ならいいんじゃないか?」

 セクメトが隣から助け舟を出す。

 「そもそも脱退自由なのがこの裏の長所でもあるからな」

 「ありがとうございます」

 一通りの会話を終えて、一行はディランの街に帰還した。


 ウラノスは明日、もう1度アレナと城下町の観光をした後に騎士団から離脱する予定だ。さすがに疲れたウラノスは、帰還してすぐ寝ることにした。セクメトには話をして、今日までは寮に宿泊させてもらえることになっている。

 寝る前に、ウラノスは次に向かう場所を決めるために世界地図を広げた。この地図は先ほどセクメトからもらったものだ。

 「そうだな、プレゲトーンはビクレスト王国の領土のはずだから騎士団のみんなで十分だろう。アールに関してはどうやって行けばいいのかさっぱりだし。まあ、行こうと思えば行けるけど。そう考えるとやっぱりヘルヘイムかゲヘナか。まあ、どっちに向かうかは明日以降決めればいいか。どっちにしろナーダ王国方面には向かわないといけないわけだし。はぁ、今日は眠いし、もう寝るか」

 そう言って明かりを消し、寝ようとした時、ウラノスの部屋のドアを叩く音が聞こえた。

 「誰ですか?」

 ウラノスは少し警戒しながら質問する。

 「ああ、ウラノス?ルーシーですけど、ちょっと話したいことがあってお邪魔したんだけど時間ある?」

 ウラノスは近寄ってドアを開ける。

 「ルーシーか。今寝ようとしていたところ。少しなら大丈夫だよ」

 「ごめんね。実はお願いがあってきたんだ」

 「お願い?」

 「うん。私もウラノスの旅に連れて行ってほしいなーって思ってさ」

 「どうして突然?」

 「いや、単純にほこらでのウラノスの話を聞いて協力したいと思っただけだよ」

 「いいのか?人数が少ない分、厳しい戦いになると思うけど」

 「大丈夫。こう見えて私も意外と戦えるんだから」

 「・・・俺のこと信用できるのか?」

 「まあ、ウラノスが黙ってたことには納得してないけど、あれだけ強いなら頼れることは確かだし。それに、私の危機探知紋があった方がウラノスにとってもいいでしょ?」

 「まあ、ルーシーがいいなら俺はいいよ。それじゃあよろしく。出発は明日の夜にするからそれまでに準備しておいて」

 「ちなみにどこに向かう予定?」

 「ヘルヘイムかゲヘナに向かおうと思ってる。まあどちらにしろいったんナーダ王国まで向かうかな」

 「なるほどね。分かった。それじゃあまた明日の夜、ディランの正門で待ち合わせね」

 「分かった」

 ウラノスとルーシーはお互いの部屋に戻って休んだ。

 疲れもあって、ウラノスはベッドに入ってすぐに眠りについた。

 翌日になってウラノスは少し眠気を残した中で目を覚ます。寝ぼけ眼で窓を開けて外を眺めると、つい先ほどまで祭りをやっていたかのような屋台が残されていて、その中央には火を使ったであろう、炭が残っていた。

 今日はアレナとディランの城下町を再散策することになっていたため、ウラノスは急いで止まっていた部屋を出た。だがそこで異変に気付く。常備しているはずの魔弓ガーンデーヴァや、剣がない。よく見ると寝た時と恰好が変わっている。

 「ウラノスおはよー」

 遠くから自分の名前を呼ぶ女の子の顔を見てウラノスは驚愕した。

 「エ、マ?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ