第1章 水の大陸ニライカナイ ~その壱~
ビクレスト王国西方、港町シーズから船で3時間ほどの位置にニライカナイは存在する。ニライカナイは自然豊かな大地である。きれいな水に、多くの食物が育つ土壌、水の女神を信仰していることもあって水産物が特産品になっていた。ニライカナイにあるディラン王国はビクレストとも友好的な関係を築いている。お互いに必要としているため、今回ルーシーの危機探知に引っかかった時点でビクレストはすぐに騎士団の派遣を決定した。現時点ではまだ危機は到来していない様子だが、その時期までルーシーが探知できない以上、その時を首を長くして待つ以外方法はない。
ウラノスたちはシーズで1泊した後、すでにニライカナイに向けて出立していた。ディランには先遣隊がすでに向かっていて、騎士団が向かっていることを伝達している。
後悔は順調に進み、いよいよ目の前にニライカナイが見えてきた。
「いよいよだな。お前ら、準備は良いか?」
セクメトの掛け声に、全騎士団員が頷く。
ディランの港には騎士団を迎えるために、ディラン王国の王国騎士団が来ていた。その数およそ100。迎えにしては大層な人数だった。
ディランに向かう道中、ウラノスたち裏の人間はこの大陸について色々と新たな知識を得た。まず、ウラノスはすでに知っていたが、この大陸を含んだ5つの大陸には魔王の分散体がある。そしてこれは初めて知った情報だが、各分散体を保管するためのほこらが全5大陸に設置されているらしい。ニライカナイにあるのは水のほこら。どうやら洞窟の奥深くに設置されているらしいが、近くに水の精霊を祀っていると言われている御堂もあるらしい。ほこらの設置場所は各大陸の代表王国が独自に決めたもので、おそらくそこに設置するのが最も安全だとディラン王国の人、もとい国王が考えたのだろう。
ディランまでの道はビクレストまでの道に比べてとても平らで、馬車で走る際にも搭乗者にかかる負担が少ない。ウラノスたちは酔うこともなく王国に到達することができた。
馬車の上から城下町の様子を見ると、聞いていたように海鮮類が過半数を占めていた。新鮮な海の幸は毎日食べているディランの人々にとっても、いつまでも貴重な食糧となっている。それほど味は良いらしい。
「ウラノス、美味しそうな魚だね。あとで一緒に食べに行かない?」
ルーシーは隣に座っているウラノスにそう尋ねる。
「そうだな。俺もぜひあの海鮮を食べてみたいし、一緒に行ってくれるのか?」
「もちろん!」
ルーシーはウラノスの同意を得られて満足げだ。
騎士団一行は、ディラン城玉座の間に通された。どうやら国王が直々に騎士団と話をしたいと言っているらしい。
玉座の間に入ると、すでにディラン国王は座についていた。
「ビクレスト騎士団の諸君、長旅ご苦労である。どうやらそちらの保紋者が何やら我が国の危険を探知したそうじゃないか。事前に対策ができるなど素晴らしい。我が国の軍とともに危機を回避してほしい。よろしく頼む」
ディランの国王はどうやら親切な人のようだ。わざわざ騎士団員に挨拶をするなど、どれだけの国の王が同じことをするだろうか。ウラノスはディラン王の献身的な姿勢に少し感心した。
国王への謁見が終わると、騎士団は滞在許可の出ている施設に向かった。その日は長旅だったこともありすぐに解散となった。約束通りウラノスはルーシーと一緒に宿舎近くの海鮮料理屋に来ていた。
評判通りディランの海鮮料理はとても美味しかった。是非ともビクレストでもこのレベルの海鮮料理を食べたい。ウラノスは切実にそう思うのだった。
翌朝、裏のメンバーは騎士団員とは別に集合させられた。実際、第1隊を除く裏のメンバーが一堂に会するのは何気に初めてのことだ。
「改めて、新メンバーが入ってから集めるのは初めてだから俺から紹介しよう」
セクメトの紹介をまとめるとこうだ。
第二隊
・ルーシー 保有紋:光・闇・危機探知紋
・ウラノス 保有紋:剣弓混合紋・魔術紋
・ジェイス 保有紋:氷・拳闘紋
第三隊
・メデア 保有紋:闇
・アイリス 保有紋:剣術紋
・レノ 保有紋:盾術紋
補助隊
・トート 保有紋:魔術紋・回復紋
・ナブウ 保有紋:知恵特化紋・製作紋
それに加えて、セクメトは滅多に会うことがないと言われている第一隊のメンバーの説明もした。
第一隊
・ヘラクレス 保有紋:総合戦闘紋
・シン 保有紋:光・幻月紋
・シャマシュ 保有紋:火・幻日紋
もちろん、ウラノスはそれに加えて基本魔法全紋もある。裏の隊員が保有している紋は聞いたこともないものが多かったが、実際に見てみないことにはその能力を知る由もなかった。
翌日以降、ウラノスはビクレストにいた時とあまり変化のない暮らしを強いられていた。それもそうだ。いくらルーシーの危機探知紋で探知したといえど、やはりその時が来るまではどうしようもないのだ。
この日も、いつも通りに過ごすつもりだったが、あまりにも代わり映えの無い日常にうんざりしていたこともあって、図書館に行くことにした。騎士団員はディランの国営施設を基本的に自由に使うことができる。
図書館はビクレストのものよりも大きく、より多くの本が貯蔵されているらしい。そんな中、ウラノスはカシの街の図書館での出来事を思い出していた。
(そういえば、読もうとして読めなかった本があったな。題名は確か・・・)
ウラノスはそんなことを考えながら名前も分からない目的の本を探す。しばらく探すとその本は見つかった。
【精神分割について】
この本は図書館に1冊しかなく、ウラノスは運よく本を手に入れることができたのかもしれない。
本には、ウラノスが知らない知識が記載してあった。
『精神分割とは、自身の精神を2分することで自身の複製体を作り出すことができる。また、この状態になった場合、片方を倒しても倒すことはできない。あくまでも精神の分割隊であるため、肉体が崩壊してもそこから抜け出した精神は本体に戻ることができる。また、その精神は本体以外に依り代があった場合、そこに入り込むことができる。ただ、精神が入り込める器は、意識不明の状態か死亡状態であるものに限るとされている。これは魔法ではなく、特性である。主に魔族が保有していて、適性はない。ただ、魔力を有する物らしく、精神分割を使った後に、魔法力が使用者の総量の30%に満たなくなった場合、例外なく2週間で死に至るという。また、この特性を応用した技もあると言われている。方法さえ分かれば、人間にも使えるだろう』
その他にも、実際にこの魔法を使用していた魔物の容姿や精神分割を使う際に必要と思われる魔法などの詳細についても記載があった。
(なるほど。メンタル・ディヴィジョンのことは覚えておいて損はなさそうだ。もしかしたらこれを使える魔物がまだ残っているかもしれないし)
ウラノスは図書館での有意義な時間を終えて、宿舎に戻った。
人魔対戦以降、ビクレストの現状だけを見ると、対戦以前に戻りつつあるように見えた。だが、他国の状況を見るとそう簡単な話ではなかった。ビクレスト周辺は対戦であまり土地が荒れることがなかったため、対戦前後で生活に困窮する国民はあまりいなかった。一方、対戦の戦禍をひどく被った国家では、1年経った今でも食料難や居住地の不足に苦しんでいる。
それはここユイレス王国でも例外ではない。王都ダナウンは人魔対戦で壊滅的な被害を受けた。その影響で特産品である茸も全くと言っていいほど採取できなくなってしまった。また、ユイレス王国は『クリスタルロード』と呼ばれるトンネルで他の王国と隔離されているため、食料の補給には限界があるのだ。
ユイレスの国王、ユイレス9世は王国と国民が置かれている現状に不満を持っていた。
「どうしてじゃ!どうして我々はこんなに苦しい思いをしなくてはいけないのじゃ。それに比べてビクレストはなかなかいい暮らしをしておるようじゃないか」
王の近くにいた大臣はそれに答える。
「そうですね。どうやらビクレストは対戦前後であまり変わらない生活をしているようです。一時期は厳しい生活を強いられていたようですが、ニライカナイ大陸のディラン王国や隣国のアルグン王国とうまく協力して乗り切ったようです」
「なるほどな。ということは今あの国には申し分ないほどの食糧があるということか」
「王よ・・・。まさかとは思いますが、戦争を起こすおつもりで?」
「おう、よくわかったのう。風のうわさだが、どうやらあの国の騎士団はほとんど出払っているらしい。攻めるなら今じゃないのか?」
「なるほど、確かにあの国は普通に攻めても崩すことはできないですしね。確かに攻めるなら今でしょう。ただ、この時期に国家間での戦争を行うのはタブーなのでは?」
「ふん、そんなものはどうでもよい。わしは王だ。国民が餓死しそうになっているのなら国家間で暗黙の了解となっていることに関しても踏み込んでいく覚悟がある」
「そうですか。まあ私は全て王にお任せ致します」
「うむ、では王国騎士団長を呼んでくるのだ」
大臣は王の命に従って、王国騎士団長ディーンを呼んだ。
「何のお話でしょうか国王様」
「うむ。突然だが、そなたたちにビクレスト侵攻を命じたい」
「な、なにを。失礼ながら、この時期に国家間で争うのはいかがなものかと」
「それくらいはわしも分かっておる。じゃが、飢饉に苦しむ国民を無視することはできない。それにわしらの国土で再び茸類や他の作物が収穫できるようになるまでにはまだまだ時間がかかるじゃろう。ここでの戦争は必要な犠牲と考えておる。ただ、不甲斐ないわしのせいで騎士団の面々にも負担をかけてしまうことも重々承知している。そこで、戦争から生き残って帰還した騎士には、王国が再び栄華を取り戻した際に特別褒賞を与えるとしよう」
「なるほど、王もそれなりの覚悟を持って私を呼び出したのですね。・・・分かりました。褒美の話を伝えて騎士の士気を上げることにしましょう。して、出発日のご希望はありますか?」
「特にない。準備ができ次第すぐに出発するのだ。それと、クリスタルロードを経由しない海路で攻めるんじゃ。念には念を入れるのも大切じゃからの」
「御意。王の望みのままに」
ディーンは翌日にも騎士団の準備を済ませた。そしてビクレストの騎士団がシーズからニライカナイに出航しようとしていた頃、ユイレスの騎士団もビクレストに向かって出航した。戦いを匂わせる風がビクレストに向かっていた。
ウラノスたちがニライカナイに上陸してから1週間経過した。徐々にではあるが、ニライカナイ周辺の海域に異変が生じ始めた。波は荒くなり、水温が急激に低下している。些細なことかもしれないが、騎士団員はこれが危機の前兆だと確信していた。
裏のメンバーは、基本的に騎士団本隊とは別行動をとることになっている。今日も、本体はニライカナイに未だ残存している魔物の討伐や、海域でのディラン国民への被害の低減のために奔走している。それに対して裏は、半永久的に魔物が生成されるという『邪域』と呼ばれる場所に来ていた。邪域では、魔物が生まれ出でた要因と言われている『邪素』が渦巻き状に広がっている。ただ、それを人間が認識することはできない。それに加えて、邪素が無くなる条件は人間に伝わっていないため、倒しても再び魔物が復活してしまう。だから半永久的なのだ。そしてどうやらしばらく放置していたために、邪域周辺には大量の魔物が発生してしまっているらしいのだ。それらの討伐のために裏が派遣されるというわけだ。
現地に着くと、聞いていた以上に多くの魔物が邪域には蔓延っていた。セクメトは本隊に同行しているため、今回、裏の統括は第三隊のアイリスに委ねられていた。
「私はアイリス。始めましての人もいるだろうから一応自己紹介をしておく。保有紋は剣術紋だ。裏に入団してから2年になる。よろしく。それじゃあ、訓練もかねて第二隊から掃討に移ってもらう。とりあえず30分戦え。それから第三隊と交代してを繰り返す。もし第二隊だけで対処できないような強力な魔物が出現したら我々が援助に入る。いいな?それじゃあ討伐スタートだ」
アイリスは一通りの自己紹介と説明を行って、開始の命令を下した。
ウラノスは目の前に出てきたポイズンスネークを剣で切りつけ、遠目からウラノスの隙を窺っていたオーク3隊を3本の弓で1度に仕留めた。
「ほう、あいつ確かウラノスと言ったか。剣も弓も差異無く使い分けることができている。さすが剣弓混合紋といったところか」
遠くから見ていたアイリスが口ずさむ。
ウラノスとは少し離れた所では魔法を駆使してルーシーがワイルドラビット5体と戦っていた。光属性下位魔法ライトボールと闇属性下位魔法ダークボールを駆使してうまく魔物を屠っていた。
(なるほど、ルーシーは器用に魔法を扱うんだな。俺もあのレベルで使えるようになるには2週間くらいかかったっけ)
目の前の魔物を屠って少し余裕ができたウラノスはルーシーの戦いを見てそう思った。
もう1人の第二隊、ジェイスは拳闘紋を使って手早く敵を殲滅していく。敵の返り血が際限なく手に付くのは見ていて少し気持ち悪かったが、最低限の時間で敵を殲滅していくその手際にウラノスは感心していた。
30分が経過して、入れ替わりを行った。第三隊の戦いはウラノスの想像を超えていた。さすがに戦い慣れているということもあり、3人ともスムーズに魔物を殲滅していく。
それを繰り返して、邪域の魔物は3割ほど減少した。日も暮れてきて、その段階で本日の狩りは終了となった。アイリスの話によると、初日の戦いの後はたいていの場合疲労で動けなくなってしまうと言っていた。実際、ウラノスはかなりの疲労感を感じていたが、ケビンとの訓練程疲れていなかった。だが、強がっていると思われたのか、翌日は休むように言われた。
翌日、ウラノスは特にすることもなかったので、また図書館に行くことにした。前回訪れたときはメンタル・ディヴィジョンについての本を読んだ。今回、何の本を読むかを事前に決めていたわけではなかったので、適当に本棚を見て回った。それでも、暇な時は図書館に来ているウラノスが読みたいと思う本はなかなか見つからなかった。
10分ほど館内を歩き回って、ウラノスはある1冊の本に目を付けた。
【現時点で確認されている紋章の範囲内での常識】
紋章について、ウラノスは今でも詳しい知識を持っているとは言えない。そこで、この本を読んでみることにした。中に書かれているのは、魔法系の紋章においての詠唱文、特殊紋の戦闘スタイルといった基本的な知識から、タイプごとに異なる特性を持つことなど、ウラノスが知らないことが多く記されていた。
「なるほどな。拳闘紋はジェイスさんの戦い方が基礎となっている訳か。ん?他にも、全体的、もしくは他者に対して使える魔法は例外なく使用者自身に使用することができる、か。なるほどな。例えば、サポートに徹するためにあると言われる補助援護紋で、対象の攻撃力を上げる魔法レイジは基本味方に使用するものだが、自分に使って攻撃力を上げることもできるということだ。なかなかいい情報だ」
閉館時間になったため、ウラノスは図書館を後にした。図書館では頻繁に未知の情報を獲得できる。新しい知識を得ることはウラノスにとっても心地よく感じるものだった。
翌日、ウラノスが騎士団本部に向かうと、何やら騒がしかった。聞いたところによると、どうやら昨日ウラノスが狩りに行った邪域で『エスパシオ級』の魔物が複数出現したらしい。騎士団は魔物の危険度によってその討伐難易度に名前を付けている。もっとも簡単で、騎士団員10人程度で討伐可能な魔物ならば『シエロ級』、騎士団100人、または裏のメンバー2人で討伐可能な魔物ならば『エスパシオ級』、騎士団総出で戦っても勝てる保証がなく、裏も2つの隊が出てやっと討伐可能な魔物ならば『ギャラクシア級』、そして、未だ1度のみ確認された、そもそも討伐可能かどうか分からない魔物を『ディオス級』という。もちろん今までで確認されたディオス級は魔王のみだ。また、裏のメンバーがなぜここまで戦力として換算されているかというと、本隊の団員と裏の団員には決定的な違いがあるからだ。それは、紋章力を鍛えているか否かだ。本隊騎士は、剣術や弓術といった武器の修練度を高める訓練を集中的に行っている。なぜなら、彼らには先頭に適した紋章が発現しなかったからだ。それに対して裏の団員は、強力な紋章を保有していて、さらに長い時間をかけて集中的にその力を磨き上げている。この点だけ見ても本隊騎士と裏の団員との戦力差は明確だろう。
ウラノスはルーシーたちと合流して邪域に向かった。道中に得た新たな情報では、発生しているエスパシオ級の魔物は牛頭人身の人型の魔物ミノタウロス、そのミノタウロスを囲うように7体の双頭の犬の魔物オルトロスだ。各魔物が全てエスパシオ級に分類されているらしく、今回は騎士団総出での討伐になった。それに、騎士1人で対処可能な魔物もまばらに見ることができるため、相当には時間がかかることが予想された。
セクメトは部隊ごとに討伐対象を定め、確実に仕留めるよう伝えた。ウラノスたち第二隊に課せられた使命はオルトロス1体の討伐。話し合った結果、ウラノスとジェイスが近接で、ルーシーが遠目から魔法で弱体化を狙う作戦で行くことになった。
まず最初に、各団体が各々の対象の魔物を自分たちの近くにおびき寄せる。第二隊は代表してジェイスがその役を務めた。ある程度魔物の集団から距離が取れたところでウラノスが仕掛ける。
「我が剣よ、力を宿せ。レイジ!」
剣や弓といった、武器に対しての詠唱は攻撃・補助魔法の詠唱とは少し異なる。これらの魔法は対象の物質そのものを強化する物であり、使用対象に対しての適性紋章がないと使用することはできない。また、これらの魔法は他者に使用することはできない。補助魔法として人に詠唱する場合にのみ使用が可能だ。
ウラノスは剣の威力をレイジで高め、双頭の片方に斬りかかった。オルトロスは双頭を器用に扱う。基本的に双頭を同時に攻めるのが必勝法だ。
「我が拳よ、力を纏え。レイジ!」
ジェイスもウラノスに続いて自身の拳を強化してオルトロスに向かっていく。
接近戦を行っている2人はうまく立ち回り、一方的にオルトロスにダメージを与えていく。ただ、激しい動きにウラノスの体力が一時の限界を迎えた。
「我、求めるは黄。光れ、ライトボール!」
その時を見計らっていたかのようにルーシーが魔法を放つ。どうやらオルトロスは光属性魔法に弱いらしく、ライトボールを食らって5メートルほど後ずさった。
「ルーシー、その魔法をもっと当ててくれ!結構食らったみたいだ」
ウラノスはそう促す。
「了解!任せといて!」
ルーシーはジェイスの補助も欠かさず行う。
「おいウラノス!ルーシーが片方の頭を足止めしている間に2人でもう片方を片付けないか?」
ジェイスは戦いの最中、ウラノスに提案する。
「分かりました。では、俺が首を落とす隙を窺うので、注意を引いてもらっていいですか?」
ウラノスは、ジェイスの保有紋を鑑みてそう判断した。拳闘紋では首を落とすことができない。そのウラノスの冷静な判断を理解して、ジェイスは頷いた。
ジェイスは氷魔法を駆使してオルトロスの視界を惑わし、懐に拳をお見舞いする。よろめいたところでウラノスが少し離れたところから弓で狙う。するとウラノスが放った弓の1つがオルトロスの目に直撃した。その痛みに悶絶している隙に、ジェイスはもう1つの目に向かって踵落としをお見舞いする。両目を失って右往左往しているオルトロスの首をウラノスは冷静に落とした。ルーシーは足止めのための魔法連続行使で少し疲労しているため、もう片方も同じような戦法で、ウラノスとジェイスが撃破した。
ウラノスにとって初めてのエスパシオ級の魔物討伐は、かなり手ごたえのあるものになったと思っていた。だが、第三隊はウラノスたちよりも5分ほど早く討伐していた。
「さすがに早いですね」
ウラノスは第三隊の方を見ながらジェイスに言う。
「ああ、あっちはすごくバランスがいいメンバーで構成されているからな。まあ、それでも気負う必要はないさ。お前にとっての初めてのエスパシオ級討伐はなかなかのものだったと思うぞ。それより、もしてこずっているのなら、ミノタウロスの討伐の手伝いに行かないと」
「俺はもうくたくたですよ」
ウラノスは冗談交じりで言う。
「何を言ってるんだ?3か月も厳しい訓練を受けてきただろ?こんなんでへばっているようじゃ、走り込みが足りないな」
「それは勘弁してください・・・」
「ははっ。冗談だよ。どちらにしろ、隊長のもとに合流する必要がある。おい、ルーシー、そこでへばってないで行くぞ」
地面に仰向けで倒れていたルーシーは、重い腰を上げてこちらに向かってきた。
「ジェイスー、少しは待ってくれてもいいじゃない。私疲れたのよ」
「お前も後輩の前でだらしない姿を見せるなよ。とっとと行くぞ」
3人は第三隊の3人とも合流してセクメトの元に向かった。
ミノタウロスは高頻度で出現する魔物ではない。そのため、戦い方を熟知している騎士は数えるほどしかいなかった。それでもセクメトは的確に指示を出して騎士を動かす。
「よく聞け!ミノタウロスの弱点は目だ。だが背丈が高いためにこのままでは届かない。そこで最初にアキレス腱を狙うんだ。いいな?それではいくぞ!」
セクメトは先陣を切ってミノタウロスに向かっていく。ミノタウロスはセクメトを見て、持っていた武器を振り下ろした。
(棍棒か。周りについているとげが厄介だな)
一旦体勢を立て直す。その間に他の騎士たちがミノタウロスの足、特にアキレス腱を狙って走っていく。ミノタウロスは俊敏ではないため、棍棒に当たる騎士はあまりいなかった。複数の騎士がミノタウロスの腱を切ろうとした時、その騎士たちは宙に浮いていた。
「何?これはもしかして・・・こいつの特性か?」
人間は紋章に則して魔法や特殊な力を使用することができる。それに相反するように、魔物は魔術を使うことができ、特性も持ち合わせている。ただ、少し違いがあって、特性の発動には詠唱が必要ない。つまり実際に発動されるまでその魔物が保有している特性は分からないのだ。
(おそらく、あのミノタウロスの特性は波動。この前の人魔対戦でも使われていた特性だな)
「おい!気をつけろ。今のはそいつの特性だ!おそらく波動と呼ばれるもので、自分が降れている場所もしくは自身の半径5メートル以内の地面に振動を起こすことができる。近寄るときは十分に気を付けるんだ」
セクメトの言葉によって、騎士たちの被害は格段に減った。またm、ミノタウロスの特性はクールタイムがあるらしく、30秒経過しないと再び波動を放つことができないことも分かった。そのクールタイムを利用して騎士たちは攻撃を仕掛ける。見事な連携で片足の腱を切り落としたことで、ミノタウロスは膝をつく。そのタイミングを見計らっていたかのように、魔法部隊が魔法の雨を浴びせる。さすがのミノタウロスもこれだけの量の魔法を受けて無事でいられるはずがない。よろめいたところに剣士隊が飛びかかる。ミノタウロスも不明瞭な視界の中で波動を発動するが、うまく狙いが定まらずに騎士を1人も捉えることができなかった。そしてミノタウロスは騎士団の前に倒れた。
かくして騎士団によるエスパシオ級の討伐は終了した。
ディランの騎士団本部に帰還してから、各部隊で反省会が行われた。やはり今回の戦いで一番話題になったのは、魔物が持つ特性についてだ。猪突猛進に向かっていくのはあまり得策ではないというのはもちろんのこと、セクメトが以前見た、波動を使っていた魔物はミノタウロスではなかったということも論点の1つとして取り上げられた。特性は魔物によって違うが、同じ魔物が同じ特性を保有しているとは限らない。そもそも特性を扱える魔物はあまり多くない。人魔対戦の時はいちいち魔物の戦闘傾向やと癖の把握をしているほど楽ではなかったため、魔物のデータはそこまで多くは残されていないというのが現状だ。
邪域での戦闘が終わって1週間ほど経過した。ディランの水回りの事情は日に日に悪化していく一方で、海産物を特産品としていて、自分たちも多く摂取しているディランの国民の生活も困窮し始めていた。特に漁師は荒波のせいで漁に出ることができず、貯蓄をはたいて賄うほかに術がない状態だ。
そんな不満が上がり始めていた頃、事件は起こった。ディランの城が夜分に襲撃されて王女アレナが誘拐された。その報告が騎士団に舞い込んできたのは翌日の朝。どうやらディランの騎士団は自分たちで解決しようとしていたようだが、犯行グループのリーダーが騎士団を動かさないように要求しているらしい。そこで、ビクレストの騎士団に話が回ってきたということだ。国民はビクレストの騎士団が国に来ていることをほとんど知らない。いやそれら軍事関連に興味がないのだ。来国初日にビクレスト騎士団のことを目にした人は多くいただろうが、その9割はすでに忘れているだろうし、残りの1割もそれがビクレストの騎士団だとは理解できていないだろう。
ディランの騎士団長の話によると、首謀グループの名前は“ライフイーターズ”。その意は“命を喰らうもの”。この勢力は人魔対戦後に発足したらしく、その目的は定かではない。だが、ディランの現国王に対してちょっかいを掛けることが多く、おそらく国王に対して何らかの恨みがあるのだろうとディランの騎士団は考えていた。
ディランの騎士団は姫の奪還とライフイーターズの捕獲を依頼するためにビクレストの騎士団本部まで来た。だが運の悪いことに騎士団本隊は泊まり込みで昨日から水のほこらの観察に向かっていた。というのも以前から察知されていた海での異変が悪化してきたため、水にまつわる物で最も海洋に影響を与えているであろう水のほこらに張り込むことにしたのだ。そこにはセクメトも同行しているため、現在ディランに残されているのは少しの本隊騎士と裏のメンバー8人のみである。
現段階での騎士団の指揮権は邪域での戦闘時同様、アイリスにある。こういった緊急時、普段であればセクメトの帰還を待って指示を仰ぐのだが、騎士団本隊とセクメトはあと2日はほこら周辺に滞在する予定である。そんな中で隣国を揺るがすような事件が待ちこまれたとなれば即決しないわけにはいかないだろう。その答えはもちろん決まっていた。
「現在、騎士団団長代理のアイリスと申します。貴国の危機に際し、我々ビクレスト騎士団の残存騎士をもって総動員して対処させていただきます」
「協力感謝します。申し訳ないのですが、先ほども申した通り我々はアレナ様の救出に目に見える形で関与することはできません。何か協力できることがあれば遠慮なく言っていただきたい。アレナ様の心労を考えると、作戦は今夜に実行していただきたいです。救出方法はそちらにお任せします。それではよろしくお願いします」
ディランの騎士団長マルコはそう言い残して、後ろに待機していた騎士のもとに向かった。アイリスたちが作戦を決定するまで自身も待機しているつもりらしい。
姫が捕らわれているのはニライカナイ西部にある教会跡。この教会は人魔対戦時に崩壊して以来、修理もされないまま放置されている。近くに他の建物もないため、ライフイーターズのような悪党が潜伏するには絶好の場所となってしまったのだ。
アイリスは話を聞いてすぐに、この作戦を裏の8人だけで実行することに決めた。少数精鋭の方が敵に気付かれるリスクが低いと考えたのだ。アイリスは聞くことがあるため、マルコを呼び戻す。
「マルコさん、教会の構造はどうなっていますか?」
「そうですね。まず協会の正門は1つしかありません。おそらくその入り口は塞がれているでしょう。また、教会には地下があり、姫様が監禁されているとすればその5室のうちの1室だと考えられます」
「なるほど。その様子だと正面突破は厳しそうですね。何かアイデアがある団員はいるか?」
アイリスは裏の団員に向かって質問するが、皆そろって黙り込んでいる。しばらく静寂が続いたが、マルコがある提案をした。
「確証はあまりないですが、かつてあの協会は王国からの避難場所だったと言われていたはずです。なので地下の部屋につながる隠し通路が王宮にあるかもしれません」
「それは中々いい情報です。ありがとうございます。ですが隠し通路の有無はどのように確認すれば良いですか?」
「私が王に直接聞いてみます」
「そうですか。それではよろしくお願いします。それではこちらも、隠し通路があるという前提で作戦を練らせていただきます」
「了解です。なるべく早く伝達します」
そう言ってマルコは待機させていた騎士とともに国王の元へ向かった。
アイリスが今考えている作戦はこうだ。まず地下の隠し通路からつながる部屋に侵入し、4室同時に突入する。そうすることで姫を人質に取られて援軍を呼ばれるリスクを下げることができるからだ。侵入時に敵を発見し次第、早急に対応する。王家の者の誘拐ということで、アイリスはライフイーターズのメンバーを殺してしまうことも許可した。何よりも優先すべきは姫の救出だ。姫を保護することができたら残りの敵の捕獲に移る。うまくいけば無事に姫を救出できてかつ犯人たちを捕縛することで情報を聞き出すことが出きるという一石二鳥の作戦だ。
また、アイリスは突撃の際のペアも決めた。ルーシーとウラノス・ジェイスとメデア・アイリスとレノ・トートとナブウだ。それぞれ近接と遠距離を兼ね備えた組み合わせになっている。すべての組が男女ペアになっているのは単なる偶然だ。
1時間ほどしてマルコが騎士団本部に帰ってきた。
「どうでしたか?」
アイリスは帰ってきたマルコに聞く。
「ええ、やはり隠し通路は存在しました。しかも姫様の救出の為と言ったら好きに使ってくれて構わないとのことでした」
「それはよかった。では私たちの作戦をマルコ殿にも伝えておきます」
マルコには万が一打ち漏らしが出たときの対処に当たってもらうため、教会の正門に待機してもらうことになっている。それを伝えると、マルコは快く引き受けた。ディランの精鋭騎士10人を連れて待機するとのことだ。
「それでは、教会内の敵を捕縛し次第、私がマルコ殿に報告しに伺う。それでよろしいですか?」
「ええ」
「もし、想定外の出来事で報告に伺えない場合はそちらの判断で突入していただいて構いません」
「分かりました。それではよろしくお願いします」
夕暮れ、もうすぐで太陽が地平線に沈むという時間に、裏の8人は王宮に来ていた。アイリスは王に1度顔を見せるようにという伝言をマルコから受けていたため、メンバーを連れて玉座の間に出向いた。
「よく来てくれた。私の娘のために他国の軍を動かすなどおこがましいことは重々承知している。それでもわたしにとってはたった1人の愛娘なのだ。頼む。アレナを救い出してくれ」
ディレス王は驚くことに裏のメンバーに向かって頭を下げた。
「王よ、頭をお上げください。頼まれずとも姫はお助けいたします。ビクレストとディランは友好国でありますので助太刀することに抵抗はございません」
「そうか、感謝する」
玉座の間を後にして、アイリスたちはいよいよ隠し通路に向かった。通路には明かりがなく、ルーシーの光下位魔法“ライト”を使って進んでいく。教会までの距離は、地上の直線距離でおよそ3㎞。訓練されている裏のメンバーであれば20分も歩けば到着できるだろう。道中、突撃に際しての作戦をペア同士で話し合った。ルーシーとの作戦では、ウラノスが手前にいる敵を無力化して、後方にいるであろう残りの敵をルーシーが魔法で掃討する予定だ。ただ、ウラノスとルーシーだけでなく、裏全体としての懸念は、敵の人数である。もし、1つの部屋に10人いた場合、姫を殺されるまでに敵全員を掃討するのは困難だろう。ただ、この懸念は実際に見てみないと払拭されないため、考えるだけ無駄だと全員が判断した。
予想通り、20分程で出口に到着した。壁にかかった梯子をアイリスから順に上っていく。頭上には入り口らしき床下扉が見える。そこを開けた瞬間から戦闘になる可能性があるため、全員が戦いの覚悟を決めた。
アイリスが扉を開くと、そこは教会のある1室だった。おそらくマルコから聞いていた地下室の5室のうちの1室だろう。幸運にも、その部屋にライフイーターズはいなかったため、下から続いていたメンバーも安心して上ってくることができた。アイリスを含めたほかのメンバーはまだ、相手の人数について把握できていない。だがウラノスはケビンとの戦闘やケビンからの教えで、魔法関連の紋章保有者の魔力を察知できるようになっていた。つまりウラノスは今別の地下室でライフイーターズ計20人が待機しているということに気付いているのだ。
(まずいな。おそらくアイリスさんはこれほどの人数を想定していないだろう。どうしたものか)
魔力の濃さから考えると、一番手前の部屋に最も多くの敵が潜伏していると考えられる。ウラノスは悩んだ末に、自分たちがその部屋を担当できるように誘導することにした。
「情報通り、この部屋を除いて4つの部屋が確認できた。そこでどの部屋にどのペアが突入するかを決めたいと思う。何か言いたいことがある者はいるか?」
アイリスは常に仲間の意見を取り入れようとする。これはとてもいい姿勢だとウラノスは感じた。そして待ってましたとばかりにウラノスは挙手する。
「ウラノスか、なんだ?」
「はい。よろしければ俺とルーシーのペアを一番手前の部屋の担当にしていただけませんか?」
「それはどうしてだ?理由もなく提案したわけではあるまい」
「はい。個人的な理由なので聞いていただけなくても構わないのですが、単純に逃げ道が近い部屋を担当することで万が一力が及ばなかった場合でも逃げ込めると思ったのです。対人戦は初めてであまり自身がないので」
「なるほどな。お前の考えは一理ある。まあいいだろう。それじゃあ手前の部屋から、ウラノス・ルーシーペア、ジェイスとメデアペア・私とレノペア・トートとナブウペアとする。異論がある者はいるか?」
異を唱える人は誰もいない。裏は決行の準備に取り掛かった。
各員が担当の部屋の扉の前に着き、突入の合図を待つ。
(もっと集中して魔力を感じるんだ。・・・これは、14人!?それに綺麗な魔力も感じる。これは姫様か。よりによってこの部屋に。安全に救助するにはあれを使うしかなさそうか。ルーシー以外は見ていないだろうし、彼女にさえ黙っててもらえれば何とでもなる)
「ルーシー、ちょっといい?」
「どうしたのウラノス?」
「ちょっと相談なんだが、これから俺がすることを他の裏のメンバーには秘密にしておいてくれないか?」
「んー、まあいいけど。何をするつもりなの?」
「魔法を使う」
「え?でもウラノスに魔法の適性はなかったはずじゃ・・・」
「うん、でも実は1つだけ使える魔法があるんだ。基本魔法は仕えないから俺が使うのは特異魔法。ルーシーも知っているように、俺は魔法を使えないことになっているから、そのまま知らせないでほしいってこと」
「うん、分かった。私たちだけの秘密ってなんかいいよね」
「そうだね」
ウラノスは基本属性魔法も使えることは隠したまま、ルーシーに1つの秘密を暴露した。ただ、振り返ろうとした時、ルーシーの顔が一瞬険しくなったように感じた。
アイリスが腕を上げたことで、突入の合図が下された。
ウラノスが正面の部屋に突入すると、予想通り14人のライフイーターズと人質となっているアレナ姫がいた。姫がいたのは一番奥で、その手前にはライフイーターズの団員が固まって酒を飲んでいた。酒のおかげでウラノスたちの突入に対してのライフイーターズの反応は遅かったため、ウラノスは躊躇なく魔法を発動する。
「特異闇魔法、シャドウ・ムーブ!」
魔法を唱えるとウラノスの体は地中に沈む。次にウラノスが現れたのはアレナ姫の正面で、誰1人その出現に気付かなかった。
「アレナ様、救助に来ました。我々はビクレスト騎士団の者です。それでは早速ですが、ここから脱出するので立ち上がっていただけますか?」
ウラノスはアレナの耳元で囁く。それでもライフイーターズはウラノスに気付かずに、後方から突入したルーシーの魔法に翻弄されている。
「ビクレストの騎士様、助けに来ていただいてありがとうございます。・・・あの、大変申し上げにくいのですが、長い間座っていたせいでうまく立ち上がることができないのです」
「そうですか、では失礼して」
そう言ってウラノスはアレナの膝を抱えた。
「きゃあ!」
アレナは慣れないことをされた反動で声を出してしまう。その声に反応して敵の団員が一斉にウラノスたちの方に振り向いた。
「おい!いつの間に後ろを取られた?」
「知るか!でも姫を取り戻されるわけにはいかねえ。あのガキに一斉にかかれ!」
動揺を見せたのも束の間、ウラノスたちに対して10人の刃が向けられた。
「姫様、少し暗くなりますが俺を信用していただけますか?」
「は、はい。ここから逃げられるのなら私は我慢も厭いません。よろしくお願いします」
アレナの返事にウラノスは頷き、再びシャドウ・ムーブを発動した。再出現したのは部屋の入口。すでに他の部屋の団員を討伐して、裏のメンバーがこちらに向かってきていた。その安心感が油断を生んだ。ウラノスとアレナが部屋を出ようとした時、彼らに気付いた敵の団員がすでに矢を放っていた。矢はアレナの足に向かっていた。ウラノスは矢に込められた魔力を察知してその矢を自分の体でとっさに受ける。
「いったっっっっ!」
ウラノスは反射的に声を出してしまう。矢はウラノスの脇腹を貫通していて、抜けば大量出血になることは避けられないだろう。それでもウラノスは歯を食いしばってその痛みに耐え、部屋の外までアレナを運んだ。それと入れ替わるように、既に掃討を終えたアイリスたちが突入する。
部屋を出てアレナを安全な部屋に降ろすと、ウラノスは突然のめまいに襲われた。立っていることもままならず、その場に倒れこんでしまう。
「ウラノス大丈夫!?」
ルーシーが駆け寄ってくるがその姿は霞んで見える。
「あ、ああ。心配するな。俺は大丈夫。それよりも姫様を頼む」
そこまで行ってウラノスの意識は途絶えた。
アイリスたちは残党を掃討してマルコに報告をした。それに伴ってディランの騎士団員は王都に帰還した。
一方、地下では意識を失っているウラノスの容体についてトートが診察していた。
「おそらくウラノスの意識がないのはこの矢に塗られた毒のせいだろう。このまま放っておくと命の危険もある。とりあえずウラノスの体力を回復しながら王都に帰還。帰還後に解毒薬を作って飲ませよう。ルーシー、事情を説明して、至急帰還するようアイリスに伝えてくれ」
「分かりました」
言われた通りルーシーはアイリスのもとに急いだ。
ディランに戻り、ウラノスは騎士団本部の医療室に運ばれた。ナブウが製作紋で解毒薬を作っている間、トートが回復紋で継続的に回復を行う。帰還から1時間ほど経過した頃に解毒薬が完成した。ナブウはそれをウラノスに飲ませる。しばらくすると、ウラノスの呼吸は落ち着いてきたが一向に目を覚ます気配がなかった。
「2~3日は目を覚まさないかもな」
トートはウラノスの症状を分析して言う。裏のメンバーが全員いる部屋に突然ドアを叩く音が響き渡った。
「何だ?」
「はい、アイリス様。ディラン国王女のアレナ様が面会をお望みでこの本部までお越しになっています」
「どうしてわざわざ・・・。ウラノスのことは気にするなとあれほど言ったのに。まあ、とりあえず私が話を聞くから面会室に通しておいてくれ。すぐに向かう」
「了解しました」
アイリスが面会室に到着すると、アレナが護衛を連れて座っていた。
「アレナ姫、わざわざご足労いただき感謝いたします。それで、どういったご用件でしょうか」
「ええ。アイリス様にいくら言われたとはいえ、やはり私のために負傷した騎士様のことが気になりまして。できることなら私も看病して差し上げたいなと思ったのです」
「そうですか。でも一国の姫様に一介の騎士の面倒を見させるなど」
「いえ、気にしなくていいのです。彼が身を挺して助けてくれなければ床に臥せていたのは私ですから。それくらいのことはさせていただきたいのです」
「・・・そうですか。分かりました。それでは明日以降お時間のある時にお越しいただければ我々の看護班とともに看病していただいて構いません。看護班にもそのように伝えておきますので」
「ありがとうございます。それでは明日から参りますのでよろしくお願いします」
アレナは目的を終えて王城に帰還した。
翌日以降、アレナは毎日ウラノスの元を訪れた。額のタオルを交換したり、ウラノスの体の向きを変えたりと、様々な面で看病に徹した。
ウラノスが矢を喰らって3日経った。その晩ウラノスは目を覚ました。その際、アレナが自分の寝ていたベッドに横たわって寝ているのを見て自分が置かれている状況がつかめずにいた。
「おう、やっと起きたか」
部屋に入ってきたセクメトがウラノスに話しかける。セクメト達本隊も昨日帰還したばかりだ。
「ええ、今ちょうど起きたところです。・・・それで、これは一体」
ウラノスはアレナに目を向けながら聞く。
「姫様はここ2日間ほとんどの時間をお前の看病に費やしていたんだぞ。礼くらい言っておけよ」
セクメトはアレナが目を覚ますのを確認して部屋を出た。
「あ、姫様起きたんですね。看病していただいてありがとうございます」
「ウラノス様、とお呼びしますね。こちらこそありがとうございます。ウラノス様が救ってくれたおかげで私は無傷で帰還することができました」
「いえ、気にしないでください。それが我々の仕事なので」
「謙虚な方なんですね」
「いえいえ、本当のことですから」
そんな会話をしていると、ルーシーとジェイスが入ってきた。
「やっと起きたのか、心配したぞ」
ジェイスがウラノスのベッドに腰かけながら言う。
「はい。ご心配をおかけしました。ルーシーもありがとう」
「別にいいのよ。姫様がほとんどやってくれたんだから。私たちにはそこまで負担はなかったのよ」
「そうなんだ。本当にありがとうございます。これで姫様の負担を減らせますね」
「は、はい」
アレナは俯きながら答える。
「ウラノス、あなた謙虚なのは良いけど女性の扱いを知らないのはどうかと思うよ」
「まったくだ」
ルーシーとジェイスがウラノスの受け答えに対してヤジを飛ばす。
「俺何かまずいこと言いましたか?」
女心の1つも分からないウラノスに、2人はため息をつくことしかできなかった。