第0章 夢の世界へ 前編
「ん、んん」
ウラノスは宿屋で目を覚ました。ただ、眠りについた時とはまるで雰囲気が異なっていた。壁は汚く、調理場から漂う料理の匂いもきつい。ウラノスはとりあえず外に出てみることにした。
「こ、ここが、カシの村!?」
ウラノスは驚愕した。昨夜自分がいたカシの村とは比べ物にならないほど賑やかで大きな町が広がっていた。軽く3000人は超えるであろう人口に、出店の数々。ウラノスは自身のみに起きたことを全く理解できずにいた。試しに、近くを通りかかった人に質問をしてみる。
「すみません。今年って人魔対戦から何年ですか?」
ウラノスのこの質問に、通りがかった主婦は不思議そうな目を向けながら回答する。
「その、人何とかってのは知らないけど、魔王が封印されてからは昨日でちょうど1年だよ。だから今この町はこんなにも賑わいを見せているのさ」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
ウラノスはまたしても驚愕した。なんと今自分がいるのは299年前のミズガルズだというのだから。
このことが真実かどうかを知るためにも、ウラノスは少し街を見て回ることにした。
まず最初に感じたのは、現代との品揃えの違いだった。現代では芋をはじめとした様々な穀物の名産地として有名だったカシの村だが、こちらの世界の出店にはその面影は全くといっていいほど感じられなかった。それに加えて、現代には存在しない店がいくつか存在している。武器屋に防具屋、ポーションの店や集会所と呼ばれる施設まで、ウラノスの知識にはないものが点在している。
ウラノスが町をぶらついていると、この町のメイン通りと思われる大通りが騒がしくなってきた。
「王国の騎士様が来たんだわ」
「今日もあの森に魔物退治に行くんだろ?魔王がいなくなった今でも、魔物の残党がまだいるから騎士団の人たちも大変だよな」
町の人たちが彼らの姿を見てこれから行われることの憶測を立てている。そんな中、1人の騎士が声を張って町人に呼びかけた。
「ビフレストの民よ。我々王国騎士団は今から魔の森に進軍する。それに際し、決して町から出ないように。また、町の空いている施設は戦闘後、負傷者の受け入れ先として利用させていただく。それではよろしく頼む」
馬上からそう呼びかけた男は、大剣を背負い、屈強な姿をしている。町の人々は全員彼のことを知っているようだが、当然ウラノスは知らない。ただ、その男の話とその後の町人の会話からわかったことが2つある。
まず1つは、この町のこと。この町はビフレスト王国の管轄にあり、現アルグン王国領において魔物が掃討できていない地域は魔の森周辺だけらしい。その森はほかのどの場所よりも瘴気が強いらしく、より強力な魔物が残っている。そのため、王国騎士団も掃討にてこずっているというわけだ。
そして2つ目は、あの男について。馬上から町民に呼びかけていたあの男の名はセクメト。王国騎士団長として長年民の希望として前線に出ていた。もちろん人魔対戦においても目に見える功績をあげた。セクメトは国王からの信頼も厚く、軍の指揮権は彼に全て任されているため、いちいち国王に許可を取る必要はない。それだけの権力者なのだ。
だが、これからの情報を獲得したからといって右も左もわからない状況に変わりはない。ただ、まだ魔物が現存しているこの世界にいる以上、最低限戦える装備をそろえる必要はありそうだ。ただ、1度も戦いなどしたことがないウラノスとって、装備を選ぶという作業は大変なものになると予想できた。さらに、ウラノスは一文無しでこちらの世界に放り出されているため、今からすべきことは限られていた。
「とりあえず、お金を稼がないと」
お金を稼ぐ術を探す最中、ウラノスは町の中央に設置されている地図ゾーンに来た。「カシの町」と書かれた地図を見てみる。実際に歩き回った町だが、地図で見ると現代のカシの村との大きさの違いをより鮮明に感じることができた。ただ、そんなことはすぐに忘れてしまうほど衝撃的な風景が目に飛び込んできた。
「な、なんなんだこれは・・・」
ウラノスが驚いたのも無理はない。まず、ウラノスが目にしたのは世界地図。ミズガルズの全ての国や大陸を記しているものだ。世界地図は現代でも持っていたため、ウラノスはミズガルズの世界の大陸や国の配置を完璧に覚えていた。いや、覚えたつもりだった。
「知らない名前の大陸が5つも?ここは本当にミズガルズなのか?だとしたら何で現代には存在しない大陸があるんだろう・・・」
世界地図を見ると、ウラノスも知っているアルグン王国、ナーダ王国、ユイレス王国に加えて先ほどの騎士団が属しているビフレスト王国はこちらの世界にも存在している。それに加えて、ビフレスト王国西方にあるのは水の大陸ニライカナイ。何でも魚介で有名らしい。次にユイレス王国西方にある炎の大陸プレゲトーン。あまりにも高温のマグマがある大陸中心部には、普通の人間には近寄れないため、未だに強力な魔物が残存しているのではないかと噂されている。次にユイレス王国東方にある闇の大陸ゲヘナ。この大陸には近寄ることすらできないため情報が全くない。さらにナーダ王国南方にある霧の大陸ヘルヘイム。霧を使用してくる魔物の仕業で、数多くの人間が行方をくらましてきたらしい。そして最後に、アルグン王国北部の上空に佇む空の大陸アール。この大陸を訪れるためには何かしらの条件があるらしいが、その術を知る者は世界で数えるほどしかいない。
このように、現代には存在しない大陸を目の当たりにして、本格的にウラノスは今置かれている状況を理解し始めていた。本当に過去にタイムスリップしていて、誰かが、何らかの目的のために自分を送り込んだのだろう。ただ、こちらの世界の環境も悪くはないと感じ始めていた。ただ、先ほども言ったように金銭的な問題は永続的に存在する。時間をかけてもそれに対する解決策が見つかっていないというのが現状だ。
町は一通り見て回ったので、ウラノスは本格的にすることがなくなった。
時間もわからないので何の目的もなくぶらぶらしていると突然、背後からウラノスを呼ぶ声が聞こえた。
「ねえ、ねえ君、君ってば!」
はじめは自分が話しかけられているとは気づかずに無視していたが、その声がだんだん近づいてきたので、その声の対象が自分だと気づかざるを得なかった。
振り返るとそこには同い年くらいの少女が立っていた。髪はショートで銀髪。とてもかわいらしいその子はプロポーションもとても良い。ウラノスはどこかでその少女に似た顔を見たことがあった。
「え、エマ?」
エマも自分の転移に巻き込まれてこちらに来たのか。それともこの少女はエマとは別人物なのか。ウラノスの頭の中では様々な憶測が飛び交う。
「え、エマ?誰のこと?」
どうやらウラノスの勘違いだったようだ。
「あ、いいえ。何でもありません。あなたが俺の友人に似ていたもので勘違いしてしまいました」
「なるほどね。私はエマじゃなくてルーシーっていうの。君、さっきから目的もなさそうにうろうろしてたよね?だからなんか心配で声かけちゃった」
「はぁ。まあ実際これからどうしようか迷っていたところではありますが、とりあえず一文無しは嫌なのでお金を稼げる仕事を探そうと思っています」
「仕事、ねぇ。今はどこも雇ってくれないと思うよ?」
「どうしてですか?」
「君は知らない?昨日で魔王との戦いの終結からちょうど1年だから、この町でも祭りみたいなものをやっているのよ。まあそれは雰囲気でわかるかもしれないけど、そのせいで従業員が足りない店は祭りの前に既に募集を掛けちゃったんだ。だから今人員不足の店は存在しないってわけ。納得いった?」
「なるほど。よくよく考えればそうですね。わざわざ教えていただいてありがとうございます。それでは俺はこれで」
ウラノスは参考になるありがたい情報を入手できて満足したため、その場を去って今後の方針について再び考えようとしていた。だが、反転してその場を去ろうとした時。ウラノスの手首をルーシーが掴んだ。
「ちょっっっと待てい。私がそれだけを言うために君を呼び止めたと思うのかい?」
せっかく見つけた人物に逃げられそうになったルーシーは、慌てて話を本題へと移す。
「君はどうやら何をすればいいか迷っているようだから、1つ仕事の斡旋をしようと思うんだ。どうかな?」
「なるほど、それはありがたいですが、受けるかどうかは内容次第です」
「うん、もちろんそうだよね。内容が合わないようだったら受けなくても構わないわよ。それでその内容なんだけど、仕事、というよりは治験といったほうがより近いかもしれない。ただ、薬の実験台になってくれなんて言いたいわけじゃなくて、王国騎士団特殊訓練部隊に加入してほしいんだ」
突然聞き覚えのない単語にウラノスは戸惑いを隠せない。そこでいったいどんなことをされるのか、もしくはさせられるのか。名前からはあまり想像できないが、金銭面で困窮しているウラノスにとっては、話を聞く価値はありそうだった。
「王国騎士団特殊訓練部隊って何ですか?」
当然のごとくウラノスはルーシーに聞き返す。
「王国騎士団は主に国王に認可された組織で構成されている。ただ、騎士団長のセクメトにはある程度自由にする権利が与えられている。つまり彼は、騎士団の舞台を1つや2つ増やしてもおとがめを受けることはない。そこで彼は実際に特殊訓練部隊というものを設立したんだ。主にその部隊に推薦される条件は2つある。1つはまだ軍での戦闘経験がない人物であること。もう1つは、紋章力だ。申し訳ないが、君の紋章力も私の仲間が勝手に測定させてもらったんだ。そしたらなんとびっくり、君の紋章力は彼女にも図れなかったらしい。紋章力が測れない理由は、まったく紋章力がないか、紋章力が強すぎて測定師の技量を超越しているかのどちらかなのだ。もし君が後者だった場合、騎士団としては見過ごすわけにはいかないからね」
ウラノスはルーシーが自分に声をかけてきた理由を聞いて少し納得した。おそらく彼女自身も特殊訓練部隊の諜報員なのだろう。騎士団が優秀な人材を逃さないのも世の条理である。
「どうして戦闘に関する知識が全くない人材を求めているんですか?それに関しては騎士団にとっても損だと思うのですが」
「うん、これには深い理由があるんだ。1度騎士団で戦闘訓練を受けてしまった兵士は、最初に習った癖や動きを抜くことができない。そこでこの国最強と呼び声が高いセクメト団長自身が教えようということになった。まだ何の知識も持たない人には、団長の戦い方や意志が深く根付きやすいからな」
「なるほど。ちなみにルーシーさんはいつからそこに入団されているんですか?」
「私はだいたい1年前くらいからだよ。私が入団するときも君と同じようにいく先も分からない状態だったんだ。そんな時に特殊訓練部隊の人に声をかけてもらったんだ」
「そうなんですね」
(入団して1年経っても見放されることはなさそうだし、とりあえず安定した職を確保するために入団しておくのも悪くはない。ただ、1つだけ聞いておきたいことがある)
「もし入団したとして、退団したくなったらいつでもできるんでしょうか?」
「うん、この部隊に強制力はないからね。そういう自由奔放なところも含めて“特殊”なわけだから」
「そうですか。それなら是非入団させてください」
「本当にいいんだね?」
「はい」
「分かった。それじゃあまずは団長に挨拶を、と言いたいところだけど君も知っている通り団長は今魔物狩りに出向いていて不在なんだ。帰還までだいたい3日くらいかかると思うからそれまで自由に過ごしてもらっていいよ」
「あ、あの。俺は一文無しだから入団を希望したんです。自由にしろと言われてもお金がないのでどうすることもできません」
「あ、そっか。お金なら私が貸してあげる」
そう言ってルーシーは腰に掛けているポーチから袋を取り出した。見たところなかなかの重量がありそうだ。しかもじゃらじゃらという音を立てているので、中身はおそらくお金だろう。それをウラノスめがけて投げた。
「その中に金貨3枚分入ってる。好きなように使っていいから余った分は返してね。君なら無駄なことには使わないと思うけど、なるべく消費しないようにね。それじゃあ、団長が返ってきた日の午後3時に中央広場の地図の前で集合しようか。たぶん君も団長の帰還に気付くだろう。というかさ、まだ名前を教えてもらってないんだけど」
「そういえばそうですね。俺はウラノスって言います。年齢は16です」
「16?私と同い年じゃん!それなら敬語はいらないよ、これからもよろしくねウラノス」
「よ、よろしく、ルーシー」
話を終えてルーシーは特殊訓練部隊の拠点があると思われる方向に走っていった。いきなり騒々しい展開になったが、ルーシーに助けられたのも事実。ウラノスは彼女との関係を大切にしておこうと密かに決意したのだった。
ルーシーと別れてしばらく時間が経った。ウラノスは今晩泊まる宿を探している。ただ驚いたのは、どこの宿でも3日の宿泊では銀貨10枚ほどしかかからないということだ。ちなみに金貨1枚は銀貨100枚分の価値があるらしく、ルーシーは約3か月分の宿代に匹敵するほどの金をポーチから取り出したということになる。その資金力にウラノスは驚愕していたのだ。
時間をかけてウラノスは3日間宿泊する宿を見つけた。名は白鳥亭。美味しい食事を提供してくれることで有名な宿らしい。魔王封印から1年の祭りの最中にもかかわらず部屋を確保することができたのは奇跡といっても過言ではない。
夕食を終えて、水浴びも済ませたウラノスは少し早いが睡眠をとることにした。ウラノスは心の中である不安を覚えていた。
(今から寝て次起きたときはいったいどっちの世界なんだ?過去と現代を行き来するためには何か条件があるのか?分からないことが多すぎる・・・。分からないことをいくら考えても仕方ないか。明日のことは明日の自分に任せよう!)
ウラノスは一抹の不安を抱きながら眠りにつくことにした。
翌朝、鳥のさえずりとともにウラノスは目を覚ました。身の回りの家具や窓の外の景色を鑑みると、今いるのは過去の世界だろう。
宿のマスターに聞いたところ、しっかりと日付は変わっていた。あくまでも推測だが、きっと俺は条件を満たすまで現代に変えることができないのだろう。そして考えられるその条件は3つ。1つは現代で俺に何かしらの術を掛けた術者が期間を決めている場合。その期間をこちらの世界で過ごすと現代に戻れるという最も簡単な条件。2つ目は何かしらの目的を達成するという条件。それが一体何なのか、今の段階では何も分からない。そして3つ目、もしこれが条件だった場合、個人的には1番精神的なダメージが大きい。それは“死”だ。死をトリガーにして現実世界に戻るという条件。今の段階で考えられる条件はこれが限界だ。この中に正解があることを願いたいが、それを確認する術もまた無い。
セクメトが帰還するまでの残り2日間、ウラノスは町が運営している図書館でこの町やこの世界について詳しく学ぶことにした。
まず、この世界で用いられている戦闘手段は主に“紋章”と呼ばれるものらしい。紋章には様々な種類が存在する。主に魔法を使用することができる紋章は6つ。火紋章・氷紋章・風紋章・光紋章・闇紋章・回復紋章、これらの他に特殊格闘紋や弓術紋といったある特定の分野に特化している紋章も存在する。また、紋章が出現する場所は人によって異なるが、自身が保有する紋章適正の数に応じて形が変化する。1つしかない場合は三角形が浮かび上がり、2つの場合は三角形の底辺が向かい合ったひし形が浮かび上がる。紋章適正の個数が多いと、この三角形の個数も増加するのだ。そして紋章適正は1人当たり1~2個が普通である。今までで最も紋章適正を持っていた人でも5つだったらしい。
また、ウラノスがこちらの世界に来るまで知らなかった5つの大陸には、未だに凶暴な魔物が沢山蔓延っているらしい。その理由として、魔王の残滓があることらしい。今もなお行われている祭りは魔王封印を祝した記念祭。あくまでも封印であり、魔王を跡形もなく消滅されることはできなかったらしい。そのため、魔王は封印される直前、自身を分解して世界中に散らそうとした。だが、散らすことができたのは全部で7つ。そのうちの5つが先の大陸で再び封印された。ただ、残りの2つが封印されていないのは騎士団にとっても気がかりらしく、今でもその捜索が行われているらしい。
翌日にセクメトが帰還するだろうという中、図書館にいたウラノスは閉館時間を迎えて、今手に持つ本を本棚に戻した。去り際、横の本の題名に目を奪われた。
【精神分割について】
「メンタル・ディヴィジョン?もしかして今の俺の状態にも何か関係があるんじゃ・・・」
そう思い、ウラノスはその本に手を伸ばそうとした。
「あの、すみません。もう閉館の時間なので退館をお願いします」
「あ、そうでした。ごめんなさい。わざわざありがとうございます」
「いえ、これが私の仕事ですので」
ウラノスはその本のことなど忘れて宿に戻った。
翌日、正午になる前に王国騎士団は帰還した。彼らの帰還を確認したウラノスは、ルーシーとの約束通り中央広場に来ていた。10分前に到着していたウラノスだが、、あまり待たずしてルーシーが来た。
「ごめんお待たせ―。来るの早かったね」
「うん。一応早めに来ておいたほうがいいと思って。道に迷ったり、何か起きるかもしれないしさ」
「ウラノスは心配性だね」
「そうかも」
「まあ遅れてくるよりはありがたいよ。それじゃあ行こうか。セクメト王国騎士団長兼特殊訓練部隊隊長の所へ」
ルーシーに付いていくと、町で一番広い建物に行き着いた。町を3日ほど探索していたウラノスだが、この建物の方までは来ていなかったため、周りにも知らない建物や露店、お店が点在している。
建物に入ると、騎士団の精鋭たちが待機していた。その一番奥にいる男が、騎士団長セクメトだ。
「隊長―。“裏”の入団希望者を連れてきました!」
ルーシーは俺と話す時と変わらないテンションで団長に話しかける。
「声がでかいぞルー。俺は遠征帰りで疲れているんだ。無駄な体力を使わせるな」
「あ、そうでしたね、ごめんなさい」
本当に嫌そうな顔をして言うセクメトを見て、ルーシーは一応謝罪をしておくことにした。
「で、そいつが入団希望か。俺はセクメト。もう知っていると思うが、王国騎士団団長兼裏の隊長だ。団長、とでも呼んでくれ」
「初めまして。俺はウラノスといいます。活動内容に関して、少しならルーシーから聞いています」
「そうか、これからよろしくな」
「はい、お願いします。ところで、裏って何のことですか?」
「ああ、裏ってのは特殊訓練部隊の呼び名のことだ。いちいちそんなに長い名前を言ってるのが面倒だからってうちの者が考えたんだぜ。なかなかいいだろ」
「は、はあ。なるほど」
いい名前かどうかはさておいて、呼びやすい名前があるのはありがたい。それにセクメト団長が話しやすい人で良かった。
「じゃあ、ウラノス。早速だが補助隊のナブウの所に行ってくれ。彼からより詳しい活動内容を聞いた後、魔法適正の調査をするんだ。それが終わったら今日の所は帰ってもらって構わない。ああそれと、明日には王都に帰還する予定だ。もうお前にも同行してもらう。王都での生活に関しては騎士団側が保証しているから安心しろ。それじゃあルー、ウラノスをナブウの所に連れて行ってくれ」
「分かりましたー。行こうウラノス」
「うん、ありがと」
この建物には地下があって、その一番奥の部屋に入った。中は綺麗に整理されていて、2人の人間が部屋に入ってきたウラノスを見てきた。
「お疲れ様です。ナブさん、入団希望者を連れてきました。いつもの適性検査をお願いします」
ウラノスの前にいる男、おそらく彼がナブウと呼ばれていた人物だろう。男にしては小柄な体つきで繊細な作業に適していそうな見た目をしている。
「おう、お疲れルーシー。あとは任せろ」
「じゃあ、お願いしまーす」
ルーシーは心配する様子もなく部屋を出ていく。ウラノスは1人取り残されて少し不安になってきた。
「入団希望のウラノスです。よろしくお願いします」
「おう、よろしくウラノス。俺はナブウ。で、こいつはトートだ」
「トートです。よろしくウラノス君」
「よろしくお願いします、ナブウさん、トートさん」
トートさんは見た目通り優しい人で、話しやすい雰囲気が溢れていた。
「それじゃあ適性検査をする前に裏についてもう少し詳しく説明するとしよう。すでに聞いている通り裏は騎士団の本筋から少し異なる組織である。また、君もルーシーも含めてこの組織に属しているメンツは珍しい紋章の持ち主が多い。俺も“知恵特化紋”というレア紋章だし、隊長も“特殊格闘紋”だ。お前もレア紋章だといいな」
どうやら珍しいらしい紋章の名前を聞いたがウラノスはいまいちピンと来ていない。そもそも基本的な紋章の種類について知ったのも数日前のことだ。知らないのにも無理は無い。
「紋章についてももちろん大切だが、裏の組織詳細についても詳しく説明しておく。裏には部隊が4つ存在する。第1隊・第2隊・第3隊に加えて俺とトートのみが所属している補助隊がある。おそらくお前は第2隊の配属になるだろう。ルーシーと同じ部隊だ。ただ、第1隊の姿を見ることはなかなかない。俺も今までで2回ほどしか会えていないからな。まあ、裏についての説明はこんなところだ。何か聞いておきたいことはあるか?」
「いえ、今していただいた説明で十分分かりました。ありがとうございます」
「気にするな。それじゃあ、適性検査に移るか。ついてこい」
そう言ってナブウは最奥の部屋のさらに奥へとウラノスを誘導する。黙ってついていくと真っ白で何も置かれていない部屋に着いた。
「今からお前に魔法の詠唱を行ってもらう。行うのは最大で6つ。基礎魔法と呼ばれる属性のみだ。もしその中に適性があった場合、魔法を初めて発動した翌日に体のどこかに紋章が出現する。これに例外はないと言われている。ただ、注意してほしいこともあって、適性がなくても魔法が発動することはある。あくまでも適性なだけで、最低限の出力でその属性の魔法を使えることもあるってことだ。何が言いたいかというと、紋章が発現するまでは確実な適性を知ることができないってことだ。まあ、適性がなくても生きていくうえで支障はないだろうからどんな結果が出ても気にすることはない。気楽に行こうぜ」
「分かりました。それでは早速お願いします」
ウラノスは長時間拘束されたくはないと思い、早めに適性検査を終わらせるようナブウを催促した。
「オーケー。それじゃあまずは火属性から。俺が試しに打ってみるから真似してくれ」
そう言ってナブウは10メートルほど前に案山子のようなものを作り出した。
「あ、言ってなかったが、俺は製作紋でもあるんだ。それじゃあ行くぜ。“我、求めるは赤。燃えろ、ファイアーボール!”」
ナブウの詠唱終了と同時に火の玉が放たれた。そして見事に案山子に命中し、案山子からは小さめの火が上がっていた。魔法を初めて見たウラノスにとって、目の前で起きた不可解な現象に驚かざるを得なかった。
「す、すごいですね・・・」
「ん、そうか?俺は火属性に適性がないからあの程度の火しか出ないがもし適性があったら火事かと思うくらい大きな火が出るぞ」
実際に魔法を発動したことがない段階では、ナブウの言葉は何1つ信用に至らなかった。
「じゃあ次はお前の番だ。俺がやったみたいにやってみろ」
ウラノスは軽くうなずいてから、先ほどナブウが行った詠唱を思い出す。
(確か、こうだったよな)
「我、求めるは赤。燃えろ、ファイアーボール!」
詠唱の途中から、ウラノスは体の異変を感じていた。何かが込み上げてきて、手の先に集まってくる感じがする。そして詠唱が終わるとそれが手の先から放たれた。
「な、なんて威力だ・・・」
ナブウは目の前の状況をすぐには理解できず、思わず思っていたことを口に出してしまった。それもそのはず。目の前の案山子は激しく炎上して、今となっては跡形もなく消え去っている。始めて魔法を使ってこれほどの威力を出した人をナブウは今まで見たことがなかった。それが勘違いを引き起こしてしまったのだろう。
「すごいじゃねーか。お前の魔法適正は火属性で確定だろう。それにしてもなんて威力だ。頼れる仲間が加入しそうだな」
「自分でも驚いてます。まさか魔法を使えたとは。それはそうと、適性検査は終わりですか?」
「そうだな。これだけの威力があるとなると他の属性に適性があるとは考え難い。今日は終わりでいいぞ。また明日紋章がどんな形をしていたか教えてくれ」
「分かりました。今日はありがとうございます」
ウラノスはナブウと、先ほどの部屋にいたトートに別れを告げて上の階、すなわちセクメトやルーシーがいる場所に戻った。
「お、お疲れ様ウラノス」
階段から顔をのぞかせた途端ルーシーが元気そうに言ってきた。
「う、うん。早めに終わってよかったよ」
「そうだね。思ったよりも早くて驚いたよ。それで、今日は私たち裏がこの町に保有している宿に宿泊するよう案内しろって団長に言われたからついてきて」
ウラノスは、騎士団員が集まっていた場所から10メートルほど離れた宿舎に来た。どうやらこの宿舎には臨時のコックや職員を町が派遣してくれるらしく、夕食には、ちゃんとした料理が出てきた。
裏の施設を初めて訪れて、初めての体験をいくつもしたウラノスは、いつもの比にならないほどの疲労を感じていたため、すぐに眠りについてしまった。
ここは霧の大陸ヘルヘイムにある王都ラインハートの教会。そんな協会の大神官イシスは突然の威圧感に見舞われていた。
「いったい何なの?この膨大すぎる紋章力は・・・」
紋章力は普通の人に感じることはできない。その例外として、回復魔法への適性が強ければ強いほど紋章力を感じ取る力に秀でているのだ。ただ、なぜ回復魔法への適性者のみがそうなるのかについては未だ分かっていない。また、紋章力は、その力の持ち主が魔法を行使した時のみ感じることができる。
彼女の回復魔法への適性は世界最高峰といっても過言ではない。そんな彼女にとって、魔王と相対した時に感じた紋章力に匹敵するほどの紋章力を突然感じたのは驚き以外の何物でもなかった。
「魔王が復活した?・・・いやそんなはずはない。分散体はまだこの国に封印されているし。確か紋章力はビクレストの方向から感じた。・・・少し調査してみるか。おい!」
そう言ってイシスは近くにいた部下を呼び出し、ビクレスト周辺で莫大な紋章力を発揮したものの正体についての捜索を命じた。