出会い
山の麓にあるこの村には不思議な力を持った一族がいる。毎年、春祭りにその一族の一人が植物を司る龍が宿っているとされる村の御神木の前で笛を吹く。その人を村の人々は「龍神の使い」と呼んでいる。
ついに来てしまった。この日が……。
木守碧は集会場で一人うなだれていた。木守家は代々植物と一体化し、植物を操ったりすることが出来る。昔の風習なのか長子が満十五歳になると「龍神の使い」の代替わりをする。俺は今年で十五になった。
つまり今年から俺が「使い」として笛を吹かなければならない……。
「碧、まだか」
親父が襖を叩きながら急かしてくる。
……はぁ~。そろそろ着替えるか。
白衣に緑の袴を着て、笛を胸元に入れ、狐のお面を着ける。緊張もするが、俺は今年の使いが俺だとばれるのが嫌で仕方ない。使いとして笛を吹くとき力を使う。
だが植物と一体化するとき何故か俺だけ白髪になるのだ。親父も爺ちゃんも目の色が緑に変わるだけなのに何故俺だけ目が緑になるプラス白髪になるのだ。この歳から白髪なんて思われたくない。村の人は全員俺が力を持っていることを知っているが、この力の事は村の秘密とされているため他の地区の人は知らない。同じ高校に行くやつがもし見に来ていたら、俺白髪説が出るかもしれない。若白髪として悲しい目見られたりしたら最悪の三年間になる。そうなったら、立ち直れない。
憂鬱な気持ちで襖を開けた。
「遅いぞ、シャキッとせい、シャキッと」
「……っいった」
爺ちゃん、あなた本当に六十後半ですか。背中ヒリヒリしているのですが。どんだけ力強いんだよ。
顔をしかめ、背中をさすっている俺を見て、
「鍛えが足らん、明日からワシが稽古をつけてやるかのう」
「大丈夫だから。ちゃんと毎日鍛えているし、笛も練習しているよ。」
碧は手をブンブン振って焦って拒否した。
危なかった。爺ちゃんの稽古朝四時始まりだからな。高校が始まる前のこの時期ならともかく、始まったら俺、死ぬ。
俺達は、植物を操る力をより良く発揮できるよう、小さいころから稽古を受ける。もちろん師匠は自分の親だ。稽古は山道を駆け回り、木登りをして木から木へ飛び回ったりして体力向上と木と親睦を深め、横笛の練習(木々の生命力の流れなどを感じ、共鳴させなくてはならない)し、何故か剣術の練習をして終わる。言葉で言うと簡単だが走る距離などが長く、一つ一つの量が年々増える。今じゃ駆け回る距離は山往復十週分以上だ。十五歳になったら竹刀で師匠と勝負し、勝ったら一人で修行する。
稽古の時は親父からタイムを計られ遅かったら怒られたり、道を指定されたり、笛を何度も吹かされたり、剣術の時隙があったら容赦なく竹刀で叩かれるし散々だったが、爺ちゃんは親父の上をいく厳しさだった。うぅ、思い出しただけで吐き気がする。
公民館から出て、御神木まで移動するが、狐のお面を被った男が三人、ゾロゾロと歩いていると目立つので少し遠回りをしながら服を汚さないよう気を付けて木々を渡っていく。まるで忍者のようなこの光景を見た人は一年安泰なんて噂もあるからいざ自分が対象となると少し照れくさい。
御神木の少し前で木から降り御袋達がいる所へ行った。親父が木の幹を大きくしたり枝を生やしたり伸ばしたりして俺たちを囲った。
木を操るとき呪文とか動きがあったらかっこいいのだがあいにくそういうものは無い。動かしている本人は地味なんだよな。
「碧が笛を吹くなんて、ついこの間まで音が出ただけで喜んでいたと思ったのに」
「いや、御袋それ何年前の話だよ。婆ちゃんもそうそうじゃない」
御袋達の俺の小さいころの恥ずかしい話にツッコミを入れていると時間になった。
「碧、行くぞ。トイレはいいか、緊張して漏らしても知らないぞ」
「大丈夫だって」
「ホントか~」
お面で見得ないが親父絶対ニヤニヤしていやがる。本当なら笛の時に力を使うが俺は髪の色が変わってしまうため今から植物と一体化する。あ~行きたくない。
御神木の周りには大勢の人がいた。祭りといっても出店も無い、元龍神の使いが祝詞を上げ、現龍神の使いが笛を吹くだけなのに。皆暇だな。俺だったら家でゲームするのに。そんなことを思いながら親父たちについていくといつの間にか御神木の真ん前にいた。俺はその場で正座をし、親父達の祝詞が終わるのを待つ。この祭りでは、木々を操る力ではなく俺と植物を共鳴させ邪気を吸い込み浄化させる力を使う。この力は使用者の生命力(体力)を使うため使用後は相当疲れる。それに邪気は使用者にも蓄積されるため稽古で耐性が付いているといっても負担が大きい。しかし、周りから見ればこの力を使っているときは草木が淡く光り、とても神秘的な光景らしい。また、御神木から発光するように見えるため「使い」が力を使っているとわからない。そのため、村の住民以外の人も見に来る。
俺は、大変そうだな。としか思わないんだよな。というか、龍神いるなら出てきて俺の代わりに邪気を吸ってくれよ。
祝詞が終わり親父達が俺の前に座る。俺は、音を立てずに立ってゆっくりと前に出て立ち止まりお面を少し上げて左目が隠れるようにする。ゆっくりと息を吸い、笛を下唇に持っていく。優しい音を奏で、一小節吹く。
さて、やりますか。
俺は、この山の植物と共鳴した。そして、力を地面に放出する。御神木に多くの力を渡す。そこから全ての植物に均等に力を渡す。
体の力が抜ける。そろそろ、行渡ったかな。次の段階に移るか。
『……邪気を吸え』
心の中で命令すると、どんどん邪気が体に流れ込んでいる。この山の空気が浄化される。
まだ流れてくるのかよ。俺、確実に明日寝込む……。龍神いるなら出て来い。神なんだからこんなの朝飯前だろ。俺と代わってくれ。そして俺に蓄積された邪気も浄化してくれ。
奏でる音楽も終盤に差し掛かった。邪気を吸うのを止めさせ、段々力を渡す範囲を狭めていく。植物の生命力が御神木に集まっていく……。ん、おかしい。本当ならそのまま共鳴するリンクが切れるだけで何も起こらないのに。どんどん御神木に生命力が集まっている。
なんか、ヤバイ。どうしよう。とりあえず、力の譲渡を止めさせないと。
『やめろ』
いうことを聞かない。何故止めないんだ。親父と爺ちゃんに目を向けると二人ともこの異変に気付いたようで首を小さく縦に振る。また、周りに目を向けると見た目の変化がないため気付いている人は誰もいないようだった。音楽も、もうすぐ終わる。そうしたら周りの人間を逃がして御神木の周りを囲もう。多分親父達がうまく逃がしてくれるから俺は囲いを作ることに専念しよう。頼む、それまで何も起こらないでくれ。
最後の一音が鳴り終わった。あくまで周りにバレない様に冷静に例年通りの仕草で御袋達の所に戻る。ここから作戦実行だ。
「親父、爺ちゃん」
「分かっている。父さん、俺は左側の道を担当します。だから父さんは右を」
「任せい」
「碧は、御神木に一番近い木に登って人がいなくなったら覆い頼んだぞ」
「了解」
三人が一斉に移動する。二人は行き道の木を動かして歩きやすくし、根を地表に上げ、小石を転がす。土砂崩れのような音が左右から鳴り響く。碧はその音を聞いて木の枝から飛び降り、御神木と自分を覆うように木々を動かした。
これでよし。うわぁ、もう淡い光りじゃなくて幹神々しく光っていらっしゃる。目、開けられないよ。サングラス欲しいな。親父達が来るまで何も起こらないでくれよ。というより何が起こるかな。木を切ったら美人な女の子出てくるのかな。美人が出てくるのは嬉しいけど御神木を切るのはちょっとな……気が引けるし。あれ最後、誰のものにもならず月に帰ったよな。だったら、無茶苦茶美味い実がなってくれた方がいいかも。だけど美人拝みたいし…………ま、三次元にそんなこと起こるわけがないよな。爆発とかしませんように。何事も起こりませんように。
一人で柏手を打っていると背後から風が吹いてきた。
「うわ、眩し」
振り返ると、親父達が腕で光りを遮りながら歩いてきた。
「何か、出てきそうじゃな」
「一応ここに来る前、三重にしといたけど、もう少し増やした方が良かったかな」
親父達が俺のすぐ後ろまで来たとき、御神木の前に引き寄せられるように強風が吹いた。稽古で体感を鍛えているが踏ん張っている足が引きずられそうになる。立っていることがやっとだ。何分経ちその間、何があったか分からないが急に風が止んだ。顔をガードしていた腕を下ろし、ゆっくりと顔を上げる。すると上の方に灰色の風で作られた一戸建ての家がすっぽり入りそうな大きさの球ができていた。
「何だ!あれは。でっか」
「やっぱり三重じゃ、足りなかったか。空が見える。山崩れ用の囲い作っといてよかった」
「何が起こるか分からん。何があってもいいように準備しておくのじゃ」
俺達は臨戦態勢をとった。
いや、これ俺達で太刀打ちできなくね。相打ちで終わればいいけど……どれくらい被害抑えられるかな。この時、勇者とかヒーローとかだったら必ず勝つけど、そんなやつ……いねぇ!無駄に元気な老人とがっちりとした筋肉質中年と痩せ型のゲーマーしかいない。駄目だ、勇者になれそうな条件がそろった人が一人もいない。俺、死にそう。あーあ、せっかく激レアキャラ昨日出たのに。俺今日の御褒美に初めて使おうとしていたのに。死後の世界にゲームあるかな。携帯も一緒に贈ってもらえればあの世でゲームのデータそのまま使えられるかな。いや、待てよ。異世界転生する可能性だって。俺一応変わった力持っているし、体力等も鍛えているから同世代ではある方だと思う。結構良いキャラになりそう。三次元にはあり得ないけど。
ぐるぐる回っていた風の流れが止まった。その瞬間、斜め上から強風に押された。足に力を入れ、腰を落とし何とか耐えた。また、ゆっくりと顔を上げると今度は……
「龍だ……」
四角い目に上半分隠れた木賊色の瞳、目尻にいくにつれて伸びているふさふさの白い眉、大きな口に岩もかみ砕けそうな鋭い歯、ふさふさの白い髭の中から左右一本だけ長く太く伸びた髭があり、鹿の角を大きく太くした茶色い角がある奥行きのある長い顔。背中には、たなびく毛が余裕でスカイツリーを超えるだろう胴の最後まで生えている。またライオンの牙のような黒い爪が生えている足が四本生えている。
深い緑色の龍が目の前にいた。
「吾名は緑。この木に宿る龍である」
ゆったりとした威厳ある声が響いた。俺達はただ茫然と立ち尽くしていた。
伝承は本当だったのか……。襲ってこないよな。自分の宿っている木のある村を壊さないよな。味方でありますように、味方でありますように。息吹とか咆哮とか撃たれたら絶対耐えきれない。
「吾を呼び出したのは誰だ」
緑という龍は俺達をジッロと睨んだ。
ひぃ。俺……だよな。親父達の祝詞は例年通りだった。力使ったのは俺だけ。俺が笛を吹いているときに異変が起きた。……呼び出し人は、俺しかいない。おっ、おれ封印解いちゃった。狙い、俺。駄目だ、終わった。俺の人生今日でジ・エンド……。いや、待てよ。誰が力使ったなんて分かるはずない。そうだ、こんなヒョロ人間ではなく筋骨隆々の親父だと思うはずだ。
「そこの白髪か」
バレてる。目が合った。サヨナラ、俺の人生。
「何の用だ」
へぇ、なんの……よう。こうげき、されない。おれ、しなない?良かった~。
「碧、お前何かしたか」
「いや、俺は何もしてな……」
ん、待てよ。確か、あの時―龍神いるなら出て来いーとか言った気が……。もしかして、あれか。俺の八つ当たりで龍神出てきちゃった?多分違うよな。笛を間違えたかな。
「親父、俺の笛間違ってなかったよな」
「多分、間違ってはいなかった」
「じゃあ、何もしてない」
「だったら、何が原因だ」
考えるが何も思いつかない。
「碧、共鳴しているとき何か強く思わなかったかのう」
「え、何で」
「共鳴した時は、強く思ったことを命令として植物にやらせるじゃろ。御神木に龍神を出してくれ。みたいな事を強く思ったら、お前と共鳴していた御神木を含む植物は龍神を出現させようと動く。自惚れぬよう言わんどいたのじゃが、お前は力が強い。ほれ、その白髪がその証拠じゃ。じゃから、龍神が呼び出せたかもしれんのう」
「確かに、俺『龍神いるなら出て来い』て、思ったけど。まさか本当にそれで」
俺、力強かったのか。力が強いと白髪になるのは少し迷惑だな。それより、八つ当たりで龍神を呼び出しちゃった。用事なんて何も無いけど、どうしよう。
「まず、そうじゃ」
「そうか。お前はたまに俺達を驚かせる事をしでかしたが、まさか龍神を呼びだすとは」
親父、何頭抱えているんだ、俺そんなに変なことした覚えないぜ。
「何をごたごた言っているのだ。用は何だ」
無いです!って言えね~。
「じゃ、じゃあ、植物が吸い込んだ邪気を浄化して下さい」
邪気が蓄積されるのは植物も同じだからな。いつも祭りが終わった後元気ないからな。
「分かった。浄化させよう」
龍神の体が淡く光る。段々光が強くなっていく。龍神の体が白くなり、光がカッと急に強くなり辺りを照らした。
「眩し」
俺は思わず、目をつぶった。
ん、暖かい。心地良い。
龍神が放った光は心地良さを感じられた。俺に蓄積された邪気まで浄化されたようだ。
「身体が軽い。怠さが取れた」
「あの、一瞬で碧たちが吸収した邪気を浄化したのか」
「さすがじゃのう」
凄い、周りの植物達が元気になっている。
「他に用は無いのか」
「ございません。ありがとうございます」
「分かった。では、また用があったら呼べ」
え、また呼べ。また呼んでいいってことだよな。
「また、呼んでもいいのですか」
「ああ」
「用が無くても呼んでもいいですか」
「ああ、人と話すのは嫌いで無い」
「では、また近い内に呼びます」
「分かった。楽しみにしておる。またな」
龍神は白い風を纏い、大きな風の球を作った。そして、御神木が光ると同時に風が放たれた。そこにはもう龍神はいなかった。
は~、緊張した。最後、興奮して色々言ってしまった。また呼ぶって……あー、また囲ったり、覆い作ったりしなくてはならないよな。あの風にまた耐えないといけない。共鳴もさせなくてはならない。近い内って言ってしまった。大変だ。……頑張ろう。龍神と話すのは緊張したが、かなり興味がある。まず、いつものメニューを増やして体力付けないと、いや、そうなると俺の至福のひと時(ゲーム時間)が削られてしまう。毎日続けるから睡眠時間は削ることはできない。爺ちゃんと親父と時間合わせれば今の生活でもいいが、それだと色々面倒だからな。仕方ない、俺の至福のひと時を削るか。
「碧、帰るぞ」
一人で考え込んでいたら爺ちゃんの声がした。振り返ると親父と爺ちゃんが動かした木々を戻しながらゆっくりと歩いていた。
一週間以内に呼ぶからな。緑。
俺は御神木に背を向け、親父と爺ちゃんの後を追った。