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冥土さんが往く  作者: セフィール
悪役令嬢のお嬢様
16/20

誘拐

 私が4歳になってから、二ヶ月程たった頃。

 その日は、なんのへんてつもない、いつもと変わらない日だった。

 特に不吉な予兆や、前触れの類いもなかった。

 朝起きて、ご飯を食べる。

 そして魔法の練習。

 昼食を食べて、また魔法の練習。

 使用人達には、何か異変が起きたら、とにかく隠れてじっとしているように言う。

 特別親しい三人の使用人は、今日もお礼を言いながら、頷いてくれる。

 けれど、ほとんどの使用人は、少し呆れを含んだ様子で、形だけ頷いて見せる。

 この行為は、私が4歳になってから続いている。

 特別親しい使用人以外は、私達親子のことを、被害妄想の激しい厄介者か、公爵様の気をひくことに執心している愚者ぐらいに思っている。

 誰も、公爵家が襲撃されるとすら思っていない。

 まあ、仕方ない。そう思うのが普通だ。むしろ、こんな荒唐無稽と言ってもいいことを信じている、お母さん達の方が稀な存在だ。

 だから信じない人達に、特別言い含めたりもしない。

 私は無力だ。できることとできないことの、区別ぐらいはつくつもりだ。

 そんな、誰もかもを救うつもりはない。できもしないのだから。

 今はとにかく、備えるしかない。

 お母さんや、親しい三人の使用人達。

 この四人は、どうにか生き残ってほしい。


 日が暮れると、夕食を食べ、また軽く魔法の練習をする。そして今日も、不安を抱えながら、眠りにつく。できれば、ずっと平穏無事に暮らしたいと願いながら。しかし、その願いは叶わない。この日の夜。だいたい深夜を過ぎたぐらい。

 ついに、それは起きた。



 ズカアァン!

 本邸の、正門の方。

 そこから、爆音が轟いた。

 少しすると、闇夜を照らす、炎の光りが見えた。

 使用人達には隠れているように言う。幸いなことに、この時は素直にしたがってくれた。

 襲われているのが、本邸の方だからだろう。こちらに近い方が先に襲われていたら、我先にと逃げ出していたかもしれない。

 そうなれば、間違いなく殺されていただろう。

 何せ、爆音が聞こえてすぐに張り巡らした魔力感知に、使用人以外の魔力が、いくつもひっかかっているのだから。

 この邸、回りを森に囲まれている。潜む場所は、いくらでもあるだろう。しかし、巡回の兵士もいるし、本邸からもそう遠いわけでもない。ことを起こせば、すぐに気取られる。平時ならば。

 だから、本邸の正門で、あんな目立つ行いをした。

 私が魔力感知を張り巡らした時には、もうすでに、この邸は包囲されていた。

 その反応は、多少距離はあるものの、一気に距離を詰めて来ている。

 速くしなければ。

「お母さん!」

「ええ。やりましょう。」


 私達がやること。それは、とにかく時間を稼ぎながら、目立つこと。

 まず私達は、できるだけ急いで、準備していた大量の燃えやすい布と、ランプ用の油を持って、外に出る。

 外に出た私達は、布と油を着火材に、森に火を着ける。ここ二、三日は晴れだったのが幸いした。本邸から見ると、別邸の横の森から、火の手が上がっているように見えるだろう。これで、応援が来るはずだ。

 そして次に、別邸の、本邸側にある開けた場所で、魔法障壁を張る。今の私の知力はだいたい1200ぐらい。お母さんは、700いかないくらい。上級魔法までなら、耐えられるはず。

 ちなみに魔法障壁は光るから、暗闇ではけっこう目立つ。


 そしてちょうどその時、暗闇から多数の人影を出てきた。

 不気味な紋様の入った面をしていて、顔はわからない。全体的に、黒い服を着ている。

 ぱっと見えるだけでも、10人はいる。でも、それだけじゃない。私の魔力感知が、まだ森に何人も潜んでいることを教えてくれる。

 そしてもっと悪いことに、目に見えている何人かから、魔力を感じない。しかし、『異世界転生者』の効果でステータスを見ると、万近いMPを持っていることがわかる。そして、ステータス欄には、『魔力遮断』の文字。これらがを示すことは、すなわち、『魔力遮断』や、『隠密』などの、感知系統のスキルを掻い潜るスキルを持って、隠れている者がいる可能性が高いということ。

 完全に多勢に無勢。

 けれど、持久戦なら負けない。私達は、ただ時間を稼げばいい。

 海のような私の魔力で、上級魔法すら弾く魔法障壁を張り続けてやる。

 覚悟を決めた私の前で、賊達は、森に火を着けた。

 そこは本邸に繋がる道がある場所。

 それに、いくつか木も切り倒して、道を塞いだらしい。

 そして、悠然と近づいてくる者が一人。

 そのステータスを見たとき、私は絶句した。



 _____________

 ウィルクス


 人間


 男


 LV.79


 体力 987/987

 魔力 213037/213037

 筋力 109

 耐久 95

 精神 7086

 知力 19106

 器用 3042

 敏捷 382


 スキル

【ヴィクトリア王国言語:上級】【魔力感知:特級】【魔力操作:特級】【水魔法:上級】【風魔法:上級】【炎魔法:上級】【地魔法:上級】【闇魔法:特級】【魔法技能:特級】【邪法:特級】【呪術:特級】【扇動:上級】【詐欺:上級】【話術:上級】


 エクストラスキル

【幽鳴感】


 称号

【悪魔に魅入られし者】


  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 こんなのがいるなんて、聞いてない。

 魔力が20万超えなんて、宮廷魔導師のなかでもエリート中のエリート。特急魔法なんて、最低でも魔力を千は必要とする。なかには、万以上の魔力を使うものもある。まず、個人で使えるものじゃない。

 今の私じゃ、防ぐなんてとうてい無理。

 このままじゃ…

 そう絶望しかけた時、ぎゅっと、お母さんが手を握る力が強まった。

 ハッとして、お母さんを見る。よく見ると、肩が震えて、目には涙も浮かんでいる。でも、必死に強がってる。それを見ると、なぜか少し、落ち着いた。

 状況は何も好転していない。けれど、できることはこれまで全てやってきた。

 なら、一か八か、助けが来るまで、なんとしてでも粘る!

 そう、改めて覚悟を決めた。

 けれどその覚悟空しく、私達の障壁は、闇魔法の【マジックブレイク】であっさりと消され、私達は闇魔法【ヒュプシス】で眠らされてしまった。



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