~6月27日その4~
代数80点…最高記録
ドアの隙間から街灯の光が流れ込み倉庫内がほのかに照らされる。もうすっかり夜だ。7時半頃だろうか。そして少女はドアの前に立ち後ろから流れ込む酸素に髪をなびかせその2つの目で惨状を見た。こちら側からでは黒い影が邪魔で顔をよく見ることができない。路地裏の黒猫の様にその目だけがギラリと光っていた。
誰であろうか、あっけにとられた私と、手を緩めたβは少女の方へ顔を向けた。
雲の切れ目から月光が蛍光灯の光の様に眩しく照らし、少女の顔を映し出す。
その月明かりに照らされたのは魔法少女でも、警察官のお姉さんでもなく、百鬼だった。
水も滴るのをやめそうなほど凍り付いた空気は百鬼の一言で一気にシリアスな、百鬼の言っていた秘密の核心をつく発言によって流れた。
「国家特別組織対noise犯罪取締局遊撃部隊第二部隊隊長の百鬼流華よ、おとなしく茜君を離し投降しなさい。でなければ我々はnoiserに対し殺害を許可されている。どういう意味か解るわよね?」
いつもの百鬼とは違い表情がない、本当に百鬼本人なのかと疑いたくなるほどの気迫であった。しかしβはそんなことお構いなしな様子で私から手を離し百鬼に視線を向ける。
「へぇ、嬢ちゃんが対noise遊撃部隊、nyさんってわけなのね。にしても舐められたもんだねぇ俺。まさかこんな弱そうな嬢ちゃんを送り込んでくるとはねぇ。」
そう言うとβは思いっきり跳躍した。
「俺を殺すだってぇ!?殺れるものならやってみやがれぇぇ‼‼」
奇声を発して右手を手刀の形にして思いっきり振りかぶる。
しかし百鬼は微動だにすることなくβの顔を睨みつけていた。
私は出せる声を振り絞った。
「…百鬼、に、逃げろ…!奴は…強い!逃げろ、逃げてくれ…!」
上手く…喋れない。ヒューヒューと風を切るような音しか鳴らない。畜生、逃げろ百鬼…逃げてくれ…!
しかし百鬼は次に、とんでもないことを言い出したのであった。それはまるでダイアモンドより石炭の方が高価であるとかダイアモンドは柔らかいとかいう頓珍漢なこと、いや頓珍漢というより気でも触れたんじゃないのかというような一言であった。
「はぁ、警告したのに。もういいや。茜君をここまで痛めつけた借りもあるしね。じゃあ…あなたを、排除対象とみなし抹消します。」
排除!?抹消!?百鬼お前マジに言ってんのか‼‼無理だ無理無理!確かにお前の能力は強い!なんせ骨を硬化させたり骨で塔作ったりって超人じみたことはしてるよ。認めるよ私より強い!だがな、奴はここに転がってるコンクリートを貫通するくらいのパンチを普通に撃ってくるんだぜ!?いくらお前でも流石に…
「noise解放。」
少し低めの声でそう言うと百鬼の目の前に白く大きな板、いや盾か。盾が現れる。しかし百鬼、その盾は所詮骨、駄目だ、壊されて終わりだ…。と半分、いやそれ以上に絶望した私はもう現実に目を向けるのが怖くなり目を逸らした。
「そんな盾でこの攻撃を耐えられるのかぁ!?そんなもんで防衛したつもりかぁ!?いいだろうその自信をいま、この手で打ち砕いてやるぜぇぇ!」
嗚呼、いまその手刀が百鬼の盾に…届…いて…手がめり込んで…ん?めり込んで?
めり込んで!?どういうこと!?
「な!?俺の…しゅ、手刀が‼‼何故だ!?」
矢張りβも動揺を隠せていない。、私が戸惑うから奴が戸惑うのも必然である。
そして私は百鬼が夕方言っていたことを思い出す。
「今日使ったのは骨硬度強化式1-1セグアっていう骨の硬度を高めるnoise。ちなみに応用すれば…」
柔らかくもできる…!!
確かにそう言っていた。そうか、柔らかければより強度は増す。引きちぎれなければ何よりも強い。いくらコンクリートに穴をあけるような拳でも力が分散されてはどうしようもない。
「骨硬度強化式応用目A-1ディスセグアっ!!」
目を猛獣の様に見開き百鬼は技名を叫ぶ。その表情は冗談とか言ったものでは一切なく、その殺気に満ちた表情は
βを遥かに超えた恐怖を私に与えた。
「茜君をこんなにして…許さない…!殺す殺す殺す殺す」
と百鬼が呪文のように殺すを連呼している。朝、アッパーカットをかましてやった奴に言っていたことは本当だったんだと痛感するとともに私は更に恐ろしいことに気づいてしまったのである。
こいつまさか、巷で噂になってる何とかデレ…こんな言い方をすると相当おじさん臭いので言い直す。●●デレとかのうちの破壊系デレに分類するんじゃないかということに気づいてしまった。破壊系デレということに気づいてしまった!
破壊系デレ、我ながらえげつないパワーワードだと思うのはこの勝負が終わってからにしよう。きっと共有者がいるはずだ。…多分。
さて、一体どうなったかというとディスセグアとかいう防御は成功したみたいで、そのまま防衛だけするものと思っていたのだが実際はそうではなかった、ディスセグアは私が思っていたより合理的、より複雑であったのだ。
ディスセグア。
骨強度を自由に操り骨をゴムの様に柔らかくすることができるもの。
しかし百鬼は見た目や言動にも反し戦闘面では破壊系デレと言われるほどのある戦闘本能を発揮したのである。柔らかい、つまり力を分散してダメージを0にする。しかしそのエネルギーはどこかで放出されなくてはいけない。大半は空気中へと逃げてしまうのであるが百鬼はそんな無駄遣いをしなかった。百鬼、つまりあの破壊系デレはエネルギーを一度分散させた後その長方形に近い盾の4辺にエネルギーを反射させもう一度中心へ集中。エネルギーは全くロスすることなくβの拳の正面へと集中する。百鬼はその瞬間を見逃さなかった。
「骨状爆裂変形加算式メデューサ。この攻撃はあなたの攻撃値をマイナスへと誘う。」
盾の中心、つまりエネルギーの集束地帯に百鬼は思いっきり拳を叩き込んだ。
まるで風船が割れたのかのような破裂音が響きわたりβは手刀を作っていた右腕がまるで岩にでも押しつぶされたかのようにぺっちゃんこになっていることを目視した。
「あぁぁぁああああああ!!!俺の、俺の右腕がぁああああ!い、痛ぇ!痛ぇよぉおおお!」
βは金切り音にも似た悲痛の叫びをあげる。百鬼はそれに一切構うことなくβへと近づく。
しかし意外であった。百鬼には、実際のところβとかいう脳味噌にまで脳筋とかいう筋肉があるんじゃないかという程の筋肉野郎、その上戦闘においては立ち回りを見る限りプロフェッショナルに勝てる筈はないと思っていた。ましてや一発でもダメージを入れるなんて不可能かと思っていた。
これで私は完全に理解した。百鬼を怒らせたら、もし何らかの原因で怒らせたら
命はない。気を付けよう…
流石破壊系デレと言ったとこである。っていや萌え要素どこ行った!?これじゃあ萌えじゃなくて燃えになっちまうよ!怒らせたら頭からガソリンコールの大炎上だよ!!やべぇな‼‼‼
まあ、ないとは思うが…
βは百鬼を恨めしそうに睨む、だが百鬼は家畜でも見るかのような、まるで金の為に育てている家畜を見るかのような冷えついた視線を向けた。
睨まれている本人でもないのに本当に心臓が凍り付くかもしれないという恐怖感があった。初めてこんな恐怖を体感した。本当に前例はない。というかここまでの恐怖はそうそう体験できるもんじゃない。ラッキーなのかアンラッキーなのか…
しかしβ、そう簡単に諦めるわけもなくふらりと立ち上がる。
依然やる気である。
「ぜぇ、はぁ。ふふふ、ふはははははは!いやいやいいねいいねぇ!ほら、来いよ。もっと来いよぉ!俺は強い奴とやるのが好きなんだぜぇ。はぁはぁ、理由は簡単だぁ。それに打ち勝てば俺はそいつより強いことが示されるんだからなぁ。ほら、はぁはぁ来いよ!」
挑発…である。しかし百鬼は眉一つ動かさずにβに近づく。
次の瞬間βは思いっきり左拳を振り上げ、攻撃準備態勢に入る。百鬼はというとまた防衛するのかと思えば今度は棒立ちのまま動こうとしない。
な、何をしてるんだ百鬼!こんなところでデレ成分は発揮しなくていいんだぞ!?
しかし百鬼は一向に動こうとしない。と思っていたのだが、百鬼は私が思っていたよりも最善の、そして勇敢で美しい迎撃体制へと身を、まるで白い蝶が羽ばたくかのように一気にβの懐へと入り込む。そしてそれは同時に百鬼の死の同心円の範囲内にβを引き込んだということであった。
βの目が大きく見開かれる。いくらβがプロとはいえいきなり、本当に刹那に思いっきり死角に動かれては対応が一瞬追いつかないようであった。
百鬼はその一瞬の隙、コンマ零々壱にも満たないその隙を見逃さなかった。
まあ、このように述べられるということは私にも見えているのかと思われてしまうかもしれないので一応言っておく。全部推測と直感と適当を足して3で割ったくらいのものだ。あてにしては欲しくない。もう一度言う、あてにはしては欲しくない。
そして私がそんな下るかくだらないかぎりぎりのことを考えている時、百鬼はβに思いきり鳩尾一点にその小さな拳を叩き込んだ。
「がふっ!!」とβが唾と血が入り混じった液体を口から吐き出す。
そう百鬼はβが腹直筋を硬化させるよりも早く内臓が破裂するレベルの、今日学校で朝ぶちかましたあのアッパーカットよりも強い一撃をβにお見舞いした。
βが、身長2メートル、体重も100キロ以上あろうかという筋肉の塊が後方へ吹き飛ぶ。
凄ぇ…!百鬼がこんなにも強かったなんて、こんなにも美しく戦えたなんて。
私はただただ感心していた。いや肋骨と腕の骨をべっきべきにへし折られている私には感心するとこくらいしかできなかった。
そして百鬼は吹き飛ぶβの後を追うように左足で思いっきり地面を踏み蹴り左拳をこれでもかといったほどに後ろへと引く。弓を引くようにぎりぎりという音が聞こえそうである。
「骨状変形武器式1-5 シェバルナイフっ!noise解放‼‼」
と百鬼が声を張り上げる。と手の甲側の手首辺りから白く煌びやかに光を乱反射させる短剣が伸びる。無論これも百鬼の能力、骨である。しかし骨にしてはそこらの包丁より、いやそこらの日本刀より切れ味がよさそうなほどの光沢であった。
料理便利そうだな、おい。羨ましいじゃないかよ。
「茜君、今終わるからね。」
そして百鬼はβの心の臓、心臓あたりにその包丁より良く切れそうなナイフを桐で穴を空けるかのように突き立てた。
βは声を上げることなく口から血を吹き出しその場に倒れる。
どさりと大きな荷物を置くような音とともにβはピクリとも動かなくなった。
百鬼はふぅとため息をついた。目から険しさが引いていきいつもの、普段の眼もとへと戻っていく。
そして百鬼は私の方へ歩み寄る、と思ったら歩み寄るのではなく駆け寄ってきた。
「茜くぅぅううううん‼‼‼」
と両手を広げて百鬼が飛びかかてきた。
「な、ば、ばかやろ!今抱きつかれたら大変なことにぃいいいいってぇぇぇええええ!!!!」
私の悲痛な叫びが届くはずもなく百鬼は地面に寝そべっている私を下に抱き着いてきた。
「よかった無事でぇ!茜君、私が、私がずっと一緒にいて守ってあげるからね!」
「痛い痛い痛い!し、死ぬ死ぬ!このままじゃ死ぬから一回どけぇ!」
「えぇ、私に抱き着かれても死なないよぉ。私に毒はないよ?茜君。」
「あってもなくても害悪だコノヤロー!お前は、毒はないけどやたらと噛みついてくる蛇か!?」
「えぇ、蛇可愛いじゃん。」
そういう問題ではなく!
百鬼はしょうがないなぁといった風に抱き着くのをやめ立ち上がる。
そして手を私の方へ伸ばす。私は、百鬼の手を取る前に一つ質問をした。
「なあ百鬼、お前ってさ、やっぱり破壊系デレの分類なのか?」
百鬼は一瞬きょとんとした顔で私を見る。
「ああ、いやいやそんな複雑に考えなくていいんだ。ただお前が戦ってるときずっと思ってたんだ。実は百鬼破壊系なんじゃないかなと思ってさ。ならいっつも僕の前ではデレ成分の方を見せちゃってるわけだろ?それは申し訳ないなぁと思ってさ。」
ああ、成程と百鬼は手をたたく。
「いやいや茜君、私の場合はどっちかって言うと破壊系破壊系だよ。」
「破壊系破壊系!?デレ要素はどこに消えたぁ‼‼」
えへへと百鬼が笑う。
全く、ボケるセンスだけは一流なんだよなぁ。そのセンス、勉強にも活かせないかなぁ?
「じゃ、帰ろ。」
「ああ」
と私は百鬼の伸ばした手を取ろうとしててを伸ばす。
これでやっとこの最悪の日6月27日の悪夢は終わると思ていた。
しかしここからが本当の悪夢の始まりだった。
百鬼の手を取ろうとした瞬間、本当に瞬間であった。
百鬼がグハッ…と目を見開いた。
口からは血が垂れている。
何が起こったのかを理解するのに少し掛かったが、私は直ぐに全てを理解した。いや理解せざるを得なかった。
百鬼の腹部を見ると、そこにはあるはずのない右拳と大きな穴があった。
百鬼ちゃぁぁああああん‼‼