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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

佳林さんは写実主義!!

作者: 那由多

作者はたいしてリアリティとかに拘っておりません。

 締め切りが近い。

 

 せっかくいい話を思いついたのに、これじゃ台無しだわ。


 ある夏の昼間。

 鴻山佳林こうやまかりんは焦っていた。

 メインの活動場所にしている小説投稿サイトで開催されているイベントの締め切りが明日に迫っているのだ。

 なのに作品がどうしても仕上がらない。

 幸い二十三時五十九分までは受け付けてくれるらしいので、投稿の手続きを加味しても二十三時五十分ぐらいまでは考えることができる。

 

 佳林はひたすら頭を悩ませていた。

 もう何日も書いては消し、消しては書きを繰り返している。

 でも、納得のいく描写が出てこないのだ。

 大切な場面なのだ。

 作中、大男が人間の頭を棍棒で叩き潰す場面が出てくる。

 ここで読者を震え上がらせることがどうしても必要だ。

 圧倒的な怪物が主人公たちを蹂躙することで、後の逆転劇が一層爽快になるはずだ。

 だが、どうしても、どのように書いても陳腐に感じてしまう。

 書いている本人が陳腐だと思うなら、読者だってそう感じるに決まっている。

 これじゃダメだ。

 ダメな理由は分かっている。

 リアリティが無いのだ。

 なぜ、と考えて佳林は一つの結論に達する。

 

 そう言えば私、人の頭を叩き潰した事って無いわ。


 致命的な事に気付いてしまった。

 叩き潰した事も無いのに、描けるわけがないじゃないか。

 どうにかしなくちゃ。

 改めてその部分を読み直してみる。


 雪絵ゆきえの頭はまるでスイカのようにぐしゃっと叩き潰された。


 佳林はこう描いた。雪絵ってのは死ぬ係の登場人物だ。

 人の頭は同じサイズのスイカと同じ重さって話をどっかで聞いたからこういう表現にしてみた。

 書いてみたはいいけれど、そんな事可能なのか。

 本当にスイカってぐしゃっと潰れるものなのか。

 そこからもう分からない。

 考えて、また一つの致命的な気付きをしてしまう。

 

 スイカ……叩き潰した事無いわね……。


 そう、彼女はスイカすら叩き潰したことが無かったのだ。

 割った事はある。

 スイカ割りは夏の大切なイベントだ。

 けど、この場合は少し違う気がした。

 あれは割る。あるいは砕く。

 叩き潰すってのはつまり、叩いて潰さなきゃならないのだ。 

 ぺちゃんこ。

 木っ端微塵。

 そう言う結果にならなくちゃ。

 

 けど、それなら話は簡単だわ。

 だって、今は夏だもの。


 彼女はひとっ走り自転車でスーパーに行き、丸ままのスイカを一つ買った。

 後はこれを叩き潰してみれば良い。

 何かの参考になるか、と思って買った木刀を押し入れから引っ張り出し、彼女はスイカを思いきりぶっ叩いた。

 だが、スイカを叩き潰すことはできなかった。

 それどころか、佳林の腕力だと、どれだけ頑張って叩いてもひび割れを入れるのが精一杯。


 ぐしゃっ、どころか ボスッぐらいの音しか鳴っていない。


 いや、ボコッかも。


 私、大男じゃないものね。


 仕方ない。

 人の手を借りよう。

 佳林は力自慢の知り合いを呼び出した。


 ねえ、私と楽しい事しましょうよ。

 

 彼はすぐに来てくれた。

 もちろん、彼が期待していた楽しい事はスイカを叩き潰すなんて事じゃない。

 だから佳林の依頼を聞いて、目を白黒させた。

 

 ぐしゃっと潰してくれたら、別に体を一晩ぐらいなら預けても良いわ。

 ただし、小説が書きあがってからだけど。

 

 佳林がそう言うと、俄然やる気を出してくれた。

 

 やれやれ、男ってやつは……。


 呆れつつも、やる気を出してくれたことは嬉しかった。

 コイツ、使えるわね。

 経済的には痛かったけれど、スイカをいくつも購入して、何度も殴らせた。

 ゴルフクラブは砕く感じ。

 金属バットは叩き潰すというより凹ませた感じ。

 木製バットも芳しくない。

 最終的に鉄パイプに辿り着き、殴って貰ったけどスイカは潰れなかった。

 どれもこれも割れる、あるいは砕くって感じだし、ぐしゃっとも言わなかった。


 十個目ぐらいで友人は音を上げた。

 佳林も満足のいく結果にならないような気がしたので、スイカは止めることにした。

 部屋中割れたスイカだらけで甘ったるいにおいが立ち込めている。

 なかなかにグロテスクな光景だが、それを見て改めて佳林は得心した。

 スイカは人の頭じゃない。


 やっぱり生き物で試した方が良いのかな。

 

 可哀想だけれど、野良猫とか捕まえてきて試してみてはどうか、と佳林が言うと彼は激昂した。

 どうやら愛猫家らしい。

 佳林だって猫は好きだ。

 ちょっと作中に出して可愛く描けば、それだけで結構ウケるもの。

 実際の猫はどうでも良い。

 執筆の邪魔だし。

 

 彼が帰ると言い出したので、慌てて引き留めた。

 佳林の腕力では、猫の頭をちゃんと叩き潰せるか分からない。

 でも、彼はちっとも首を縦に振ってくれなかった。

 やっぱり生き物を手にかけさせるなら、それなりの対価が必要よね。

 佳林さんは来ていたシャツを脱いで、ブラもとった。

 

 じゃあ、一部前払いでどうかしら?

 ほら、胸なら好きにしてくれて良いよ。

 

 小ぶりだけど、形は良いと自負している。

 言わば自慢のおっぱいだ。

 彼が二つ返事で飛びついてくるはず。

 けど、彼は寧ろ怒り出した。

 巨乳ずきなのかと聞いたら更に怒り、佳林を罵倒し始めた。

 猫殺しの痴女とスイカ塗れの部屋でやるような変態ではない、だそうだ。


 佳林は憤慨した。

 彼の言い方だと、佳林が気の狂った女みたいだ。

 彼女自身の手で猫を殺した事は無いし、胸を出したのも単なる報酬の前払いで性的な何かを求めているわけじゃない。

 それを変態だの猫殺しだの、見当違いも甚だしい。

 

 そもそも、体で支払う事に彼は同意したじゃないか。

 一部前払いなんだから、胸を触らせるってのは正しい選択のはずだ。

 メインディッシュは下側の結合かもしれないが、それに先だって乳を弄ったりもするだろう。

 その部分をお先にどうぞ。

 一部前払いの手続きとしては間違っていない。 

 それを痴女呼ばわりは、いくら佳林でも傷付く。

 あんまりだ。


 前払いの内容が気に入らなくてクレームをつけているのかも。

 私の弱みにつけ込んで、彼の方がよっぽど悪質だ。

 そう思ってスカートを脱ぎ、最終的にパンツまで脱いで見せた。

 けど、彼は協力するのを頑なに拒んだ。


 諦めるしかないか。

 凄く損した気分。

 

 彼は背を向け、部屋を出て行こうとしている。

 止める理由は無い。

 だって、スイカも猫も叩き潰せないとなると、彼はもう用済みだもの。


 佳林の腕力でも、大の男を一人撲殺することが不可能じゃないと分かったのは数少ない収穫だ。

 鉄パイプ、恐るべし。

 不意を打たなきゃいけないし、一撃目がほんとに重要だけど。

 主人公が死地を切り抜けるときに、今のって使えるんじゃないかしら。

 うん、きっと使える。

 ありがとう。持つべきものは友達だわ。

 倒れ伏す彼に感謝して、佳林は靴下を履いただけの素っ裸で一生懸命メモを取った。

 飛び散った血がこすれて、メモが赤黒くなるのには辟易した。


 スイカの果汁と血を始めとする友人の体から流れ出したものの臭いが入り混じって漂う部屋の中で、佳林は原稿の手直しをしていた。

 十何個も転がったスイカのおかげで、友人が流した血の臭いは多少緩和されている。

 きつくないと言えば嘘になるけど、そろそろ鼻もマヒしてきそうだ。

 寧ろ、早くそうなって欲しい。

 原稿に集中したいのだ、

 始末は原稿を書き上げてから考えれば良い。


 大男との最終決戦に入る手前。

 大男の不意を打って仲間の危機を救う場面に、先ほど彼で学んだことを書き加えていく。

 武器を握り締めた時の心持、力の込め具合、感触、音、次々と表現が溢れだしてくる。

 

 これよ、こうでなくっちゃ。


 ここは素晴らしい場面になるに違いない。


 けど、叩き潰す場面はやっぱりダメだ。

 スイカで得た擬音を試してみたが、やっぱりしっくりこない。

 それどころか、場面が一層陳腐にすらなった。


 これじゃあダメなのよ。

 素晴らしいクライマックスを、より素晴らしくするためには大男が読者に恐怖を与えねば。

 

 佳林は頭を抱えた。

 締め切りまで残すところ三十六時間を切っている。

 彼の協力が無くなったのは実に不運な痛手だった。

 

 こうなったらやるしかない。

 

 佳林は決心した。

 野良猫の頭をこの手で叩き潰すのだ。

 そうだ。何でも自分でやってみるのは良い事だ。

 頭を叩き潰すという感触。

 それを知っておくことは、決して将来的に無駄にはならない。

 少なくとも、成人男性を後ろから不意打ちした時の描写は克明にできる。

 小動物との書き分けも出来るようになるわけだ。

 頭を潰す描写をさせたら日本一、何て称えられる可能性すら出て来た。

 ネットで絶賛される姿を思い描くだけでワクワクしてくる。

 

 よし、頑張って叩き潰すぞ。


 動きやすい格好が良いはずなので、上下をジャージに着替える。

 ウエストバッグに財布とスマートフォン。

 それをバッグに入れようとしてハタと気付く。

 やっぱり焦っているようだ。

 こういう時こそ落ち着かなくては。

 

 資料写真撮らなきゃ。

 

 とりあえず、横たわる友人と、様々に損壊されたスイカを撮影。

 こういう細かい気遣いが、後々効いてくるのだ。

 もちろん、猫を叩き潰した後もとらなくちゃ。

 改めてウエストバッグにスマートフォンを入れる。

 それにメモ帳とペン。常に持ち歩くのは作家としての嗜みだ。


 肝心の武器は何にしよう。

 佳林としては、出来ればいろいろ試してみたい。

 だが、時間が無いのだ。

 棍棒のイメージに一番近いのはどれだろう。

 

 自転車が夜の住宅街を駆け抜ける。

 上下ジャージでウエストバッグをつけた女性が跨り、カゴには鉄パイプが一本。

 言うまでも無く佳林だ。

 彼女は、最終的に鉄パイプを選んだ。

 自分の腕力が、やや貧弱であると自覚した上でのチョイスだ。

 後は良いサイズの野良猫さえいれば。

 自転車を漕ぎながら、あちこちに注意を払う。

 ブロック塀の上、ポストの上、電柱の影、道の片隅。

 そんなところにいるはずなのに。


 時間はあまりない。

 小説の神様。

 私に猫を与えたまえ。

 

 そんな祈りが通じたのか、道を横切る猫が視線の先に見えた。

 佳林はその足に力を込めてペダルを漕ぐ。

 それに気付いた猫は、通りを慌てて走り出した。

 見失うまいと、更に速度を上げる佳林。

 猫は必死で走り、道沿いにあった建設現場に逃げ込んだ。

 慌ててそこの前に自転車を横づける。相当杜撰な業者が手掛けているようで、本来ならば閉ざされているはずのフェンスが開いていた。

 おお、神様。この奇跡に感謝します。

 自転車のカゴから鉄パイプを取り出し、佳林は意気揚々中へと踏み込んだ。


 だが、開いていたのは奇跡ではなかった。

 中に人がいたのだ。

 工期の前倒しがあって、作業が長引いていた。

 それを終わらせ、全員が帰るのを見届た現場監督が、最後に見回りをしていたのだ。

 いくつか足場がぐらついているところがあってそれのメンテナンスをしているうちにこんな時間になってしまったのだ。それでも全てはチェックできていない。

 明日はまず安全点検からだなぁ。

 そんな事を考えていた時、それとは出会った。

 それを見た時、何の冗談かと思った。

 上下ジャージにウエストバッグと言う出で立ちの女が、鉄パイプ片手に暗がりでオロオロしていたのだ。

 明かりを貸してください、と言われたが貸せるはずがない。 

 寧ろ警察を呼ばないと。

 そう思い、彼は自分の持っている携帯電話を手に取った。


 どうやら発信はされなかったらしい。

 佳林は胸をなでおろした。

 警察は不味い。

 まだ、上にある死体だって処分できていないのに。

 どいつもこいつも、どうしてこう私の執筆を邪魔するのだ。

 まあでも一つ良かったことがある。

 建設業のおっさんも、不意さえ打てば殺せるのだ。

 スマートフォンで写真を撮り、メモに手ごたえなどを書き置く。

 また一つ成長できた。

 

 さて、猫はどこかな?

 

 懐中電灯で辺りを照らす。

 あちこちに資材が積んであり、見通しは悪い。

 鉄製の足場が何層にも渡って組み上げられている。

 作業員はここを上り下りして建物を作っていくのだろう。

 

 これじゃあ隠れるところは無数にあるって事だわ。


 意外と絶望的かもという考えが佳林の頭を過った。

 だが、それをすぐに振り払う。

 きっとどこかにいるはずだ。

 大丈夫。

 まだ二十四時間以上ある。

 二十三時間以内に猫の頭を潰して、小説を仕上げて投稿すれば間に合う。

 佳林は若干焦りつつも、落ち着いて現場内の捜索を始めた。

 

 にゃー。


 どこかで声が聞こえた。

 上だ、と気づくのに時間はかからなかった。

 足場の上から猫がこっちを見下ろしている。

 懐中電灯の光を反射して、目が光って見えた。

 

 化け猫!!


 佳林は少しだけおののいた。

 そう言えば、猫は祟ると聞いたことがある。

 でも、すぐに自分を奮い立たせた。

 猫の祟りなんて恐れてどうする。

 猫の頭を叩き潰してみることは、私にとってすごく意義のある事だ。

 祟りなんて怖くない。

 締め切りに間に合わない方がよっぽど怖い。

 

 ねっこのあたまをねっこねこー!!


 佳林は自分を奮い立たせるために歌った。

 たった今思いついた猫の頭の歌だ。

 歌いながら、足場の上によじ登る。

 猫はそんな佳林を馬鹿にするように、足場の上を走って遠ざかっていく。

 佳林はもちろん追いかけた。

 鉄パイプを握り締め、さっき思いついた歌を歌いながら。


 ねっこのあたまをねっこねこー!!

 ねっこのあたまをねっこねこー!!


 猫はさらに上にある足場へと、器用に駆け上って逃げて行く。 

 佳林ももちろん追いかける。

 走る猫。

 走る佳林。

 駆け上る猫。

 よじ登る佳林。

 

 気が付くと高いところにまで来ていた。

 何となく足元が不安定なように思えて一瞬足がすくむ。

 

 だが、ここで足を止めたら猫に追いつけない。

 

 ねっこのあたまをねっこねこー!!


 まるで勇気の出るお呪いのようにその歌を繰り返しながら、佳林は猫を追いかけた。

 

 そんな佳林に、小説の神様はまたもや贈り物をくれた。

 猫が行き止まりに座っている。

 足場の板が一枚抜けている。

 今、猫の背後にあるのはただの空間だ。

 千載一遇。

 佳林は鉄パイプを握る手に力を込めた。

 

 お願いだからそこを動かないでね。

 大丈夫。

 あっという間だから。

 

 佳林はゆっくりと、鉄パイプを振り上げる。

 猫の体がびくっと震え、少し腰を引いて姿勢を低くした。

 牙をむき出しにして佳林を睨みつけている。

 

 そんな顔しないで。

 大丈夫。

 あなたは世紀の大傑作を支える、いわば縁の下の力持ちになるんだから。

 私はあなたの事を忘れない。

 あなたの頭を叩き潰した感触は、私を大きく飛躍させるきっかけの感触となるのよ。


 逃げ場を塞ぐように、体を正面に向けたまま猫に近づいていく。

 猫が威嚇の声を上げた。

 構わず猫に近づき、佳林は思いきりパイプを振り下ろす。

 

 次の瞬間。

 猫は前に走り出していた。

 踏み込んだ佳林の足元を駆け抜けていく。

 

 あわわっ。


 バランスを崩し、思わず数歩たたらを踏む。

 何か掴もうと差し出した手は空を切り、佳林は宙に投げ出された。

 

 え、嘘……。


 呆然とする間もなく襲い来る強烈な落下。


 そして彼女は積み上げられていた資材の上に思いきりたたきつけられた。

 それでも、地面まで落下しなかったおかげで、彼女は死ななかった。

 死ななかったが動くこともできなかった。

 

 衝撃を加えられた資材の山が、書けられていたシートを突き破って崩れる。

 中身は大量のコンクリートブロックだった。

 傾いた資材の頂上から、彼女は地面へと再び落下した。

 地面に寝転がり、仰向けになった彼女の目に映ったのは、自分に襲い掛かってくるコンクリートブロックの雨と、足場の上からそれを見下ろす猫の顔だった。


 そして彼女は確かに聞いた。

 人の頭が叩き潰される音を。


 その音ときたらもう……。

 

作者は猫好きです。


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