☆Familiar18☆ 愛しい使い魔
(何か――何か助ける方法はないのッ――!?)
「――おい、愚鈍。私が起きたらよく分からない状態になっていたのだが、これはどういう状況なんだ」
声の方向を見ると、シリルが相変わらず縄に縛られた状態のまま床に転がっていた。
「――これだ! グレイス、シリルをバリスにぶん投げて!」
理由も聞かずに、グレイスはシリルを引っ掴む。
「おい、ちょっと待て、どういうことだ? おい、何をする、グレイス! おい、よせ、やめろおおおぉぉぉ!」
床で転がりながら苦しむバリスに向け、シリルが砲丸投げの砲丸のように飛んでいき、見事に当たる。その影響で二人とも意識がなくなったようだが、バリスの症状はなくなった。
「この縄、魔力消失の効果があるって言ってたから、効いて良かった……これからが大変だろうけど、とりあえず、命に別状はなさそうね。まあ、ちょっとした犠牲はあったけど」
グッテリしているシリルから丁寧に縄を解きつつ、バリスへと巻いていく。今思うと、別にシリルを投げなくても良かった気がする。
(……私も焦って頭が混乱してたのね。貴い犠牲だったわ)
「シリル様!」
倉庫の扉が開き、黒い髪が乱れているのも気にせず飛び込んできたのは、ベルデアンヌ先生だった。
「シリル――様?」
その後ろには、ケテルとアローナの姿もあった。首を傾げる私の横を通り抜け、先生はシリルを抱き起こして治癒魔法を使用している。
「ベルデアンヌ=ワーグナー」
呆然としていた私の横でケテルが、ため息交じりに呟いた。
「それがあの人の本名だよ。一応、先生方には守秘義務があるから、学校ではファミリーネームを名乗れないけどね」
「まさか、先生が――シリルの使い魔!」
「ご明察」
ケテルの言葉に開いた口が塞がらない。確かに、先生がシリルの使い魔であれば、彼の縄を解いたことで魔力を辿れるようになり、ここに辿り着けたのも納得できた。
「なんだ、気付かなかったのか? よくアローナが間違えて『先生』呼びではなく『様』呼びをしていたし、あの人も魔法の蛇を使っているから気付いていたかと思っていたよ」
「そんなの知らないよ!」
しかし、よくよく考えてみると、先生も首元を隠すようなハイネックを着ている。もしかしたら、アローナのように首の締め痕を隠しているのかもしれない。
(うわあ、あのシリルの使い魔だったなんて――先生、きっとすごく苦労してるんだろううなあ……。うん、いくら徹夜で研究やってて眠くても先生の授業はちゃんと起きよう)
居眠りのあれこれを思い出し、迷惑をかけた先生に手を合わせてしまう。
「ナタリア……」
遠慮がちなか細い声に呼ばれて振り返ると、リリアンが唇をかみしめながらポロポロと涙をこぼしていた。グレイスが魔力を分けたことで、だいぶ回復したようで少し安心する。
「ごめん、ごめんね……私、あなたを殺そうとした。もう、何を言ってもその事実は変わらないし、謝っても許せないって思う。でも、それなのに、こんな私のお願いを聞いてくれてありがとう。バリス様を――助けてくれてありがとう」
コートの袖口で何度も拭ったせいか、彼女の目の端が赤い。
「私は私がしたいようにしただけだよ。だから、もう泣かないで。魔力がなくなってリリアンが存在できなくなっちゃう」
使い魔は魔力で構築されているため、その涙も魔力からできており、彼女が泣く度に彼女の体内の魔力が減っていくことになる。少しだけ私よりも背が高い彼女の頭をよしよしと撫でると、彼女はさらに泣き出してしまった。
「あ、でも、リリアン。私、あなたに怒ってるのは本当よ」
ビクッと飛び上がった彼女は首の縄と呪術の痕に爪を立てた。私は彼女の手を掴み、血が滲む痕に手をかざす。
「なんで、黙ってたの……なんで、言ってくれなかったの?」
魔力を注ぎ込み、呪術を解いていく。フワフワと大気に溶けていくように消える黒い糸のような呪術は、やがて完全にリリアンの首元からなくなった。ついでに治癒魔法を使うが、彼女がつけた爪の痕は消せても、縄の痕は消せなかった。
「知ってればもっと別の方法があったかもしれない。ううん、私が気付いてれば、もっと――」
「ナタリア……ごめん――ごめんなさい」
泣き崩れたリリアンの横で、私は下を向きながら泣いた。いつの間にか隣にいたグレイスが、そっと頭を撫でてくれたことで余計に涙があふれる。
(もしものことなんて言っても始まらないのは分かってる。下を向いて泣いてても何も変わらないことも知ってる……でも、今は少しだけ、気持ちの整理をさせてほしい――)
後から後から出てくる涙と嗚咽に全てを乗せて、気持ちを押しやろうとする。本当は『リリアンは私のことなんかどうでも良かったの? 私が死んでも良かったの?』なんていう悲しい感情が溢れてしまっている。
命令されて仕方なくでも、やっぱり、胸が痛くて痛くてしょうがなかった。でも、私も激情に駆られてバリスを殺そうとした。それは彼女を殺そうとしたことと同じで、彼女はそれを受け入れて寂しげな顔で笑った。後悔――心を支配しているのはその気持ちだ。
「ナタリア――俺達はみんな生きている。生きている限り、どうとでもできる」
グレイスの言葉に、私はただ頷くことしか出来なかった。
★ ★ ★
あの事件の責任はシリルが自分から率先して取ってくれたため(理由がさっぱり分からないが)、バリス達は研究という名目を掲げた治療に協力するだけでいいことになった。現在はリリアンがバリスの世話をかいがいしく行っているため、バリスにも少し心境の変化があったようだ。今では、使い魔との魔力の分断により身体を張って知った『使い魔の大切さ』を世間にアピールしてくれている。
まあ、心境の変化と言えば、シリルもそうだ。あの事件での責任問題で結局降格された彼は、今、私とグレイスの下で働いている。あれこれと口うるさいが、何かと役に立つ存在で、最近は使い魔を擁護する側に回っているようだ……もしかして、弱い者に優しくした方がカッコイイという言葉のおかげだろうか? 真相は彼にしか分からないが、とりあえず、良い変化であることには変わりないので、そっとしている。
そして、今、私はというと……
「来てくれて本当に嬉しいわあ!」
テンションが高いアルテナにフリフリのドレスを着せられて、お茶会に出席中だ。そう、アルテナの告白とやら、実はグレイスに向けてではなく、私に対するものだったのだ。
(まさか、私を一日貸し出ししてほしいなんて――)
ニコニコと目の前で微笑むアルテナに、苦い微笑みを返す。コレクターと言われるだけあって、彼女の屋敷にはたくさんの可愛らしい人形達と愛らしい使い魔の使用人達がいた。おそらく、どこかの魔法使いからパートナーの使い魔を買ったのだろう。見たところ、どの使い魔も大事にされているようなので、案外、アルテナに買われて良かったのかもしれない。
「ナタリアちゃんだけだったらもっと嬉しかったんだけど」
チラリとアルテナの視線の先を見ると、私の保護者としてやってきたグレイスとそれ以外の参加者としてお呼ばれしたらしいケテルとアローナが優雅にお茶を飲んでいた。その横では、燕尾服を着たケインが落ち着かない様子で給仕を行っているが、私もこの異様な状況に落ち着けないでいた。
「おい、そろそろ僕まで呼んだ理由を教えろ、グレイス」
「ああ、そうだな。では――【イフ】の小定例会を始めよう」
「「は――?」」
ケテルとハモってしまい、少しだけ複雑な気分になる。どうやら、ここに集まった理由を知らなかったのは私とケテルだけだったらしい。当たり前のように、他のみんなが頷く。
「ふふ、ナタリアちゃんは知らなかったのね。ワタクシは【フェイ】、ケテル様は【ミニック】。共に【イフ】のメンバーよ」
アルテナの言葉に驚きが隠せない。
(そういえば、アルテナの使用人はみんな使い魔で、自身の使い魔のカインは屋敷から出さない【束縛気質】……フェイの特徴と一致してる。ケテルは上流階級だし、ちょうどシリルが来た日に【ミニック】は定例会を欠席してたけど!)
「じゃあ、グレイスが【イフ】のリーダーってことか……?」
「いいや、リーダーはナタリアで、副リーダーが俺だ」
私と同様に驚いていたケテルに、グレイスがトドメを刺す。
「はあ……チンチクリンがトップだなんて、世も末だな」
「ちょっと、どういうことよ!」
「そうよそうよ、ナタリアちゃんはチンチクリンなところが可愛いんじゃない!」
アルテナの意味不明なフォロー(?)に頭を抱えながら、私はアローナとカインを見た。
「今後とも、ケテル様共々よろしくお願いいたします」
「ご主人様と一緒に、よよよ、よろしくお願いします」
多少の食い違いはありそうだが、志を同じくする仲間達に囲まれ、胸が熱くなる。
きっとこれからも上手くいかないことの方が多いだろう。後悔だって何度もしてしまうと思う。でも、それにへこたれず、言い訳せず、私は私が目指すなりたい自分になれるよう、目指す世界を作れるよう頑張りたい。
私は決意を固め、この温かな想いを忘れないよう、愛しい愛しい使い魔の手をギュッと握った。