☆ Familiar15☆ 変化と歪み
「おい、起きろ。使い魔風情がのんきに寝てる場合か!」
耳障りな声に眠りを妨げられ、私は唸り声をあげながら隣に転がっていた紫髪の男を睨みつけた。
「うるっさいなー、なんの用よ!」
「な! 貴様、使い魔の分際で――」
「ああん? 使い魔がなんだって?」
「き、貴様、その、なんだ……寝起きが悪すぎじゃあないか? 女がそんな乱暴な言葉を――」
「使い魔だとか、女だとか、さっきから小さいことでグダグダと――って、シリル? あんた、何してんの?」
「ようやくそこか! 何をしてるも何も、見て分からないのか、愚鈍! 捕まったんだよ」
暗い倉庫の床に縄でグルグル巻きにされた状態で転がっているシリルの姿に、今まで奴に対して抱いていた負の感情がどこかに吹っ飛び、プッと吹き出してしまう。
「アハハ、ダッサー」
「ダサッ――そ、そういう貴様こそ捕まってるじゃないか!」
「私はか弱い女の子だから仕方ないけど――」
「さっきは、男だとか女だとか小さいことって言ってのは貴様だよな! 貴様だったよな!」
「ええー、私寝ぼけてたからよく分かんなーい。それで? 今、どういう状況?」
「はあ…………貴様、随分と自由で落ち着いているな」
「そりゃあ、きっとグレイスが助けに来てくれるからね」
「それは無理な話だな。俺達を縛っているこの縄は魔力を打ち消す。魔法使いと使い魔は魔力で繋がってるものだから、魔力が感知できないと見つけようがない」
「たかが、そんな理由?」
「なんだ、奥の手でもあるのか?」
「私とグレイスの愛の力があればそんなもの――」
「さて、ここからどうやって抜け出すかだが」
「最後まで聞いてよ! まったくもう。ま、とりあえず、それは冗談として……たぶん、誘拐犯の狙いはグレイスだから必ずここに来るわよ。で? あんたはなんで捕まったの?」
「敵の目的がグレイスって――」
「それはもう終わった話だから、質問に答えてよ」
「貴様、本当に勝手だな! はあ――まあ、隠しても後で分かるだろうから言うが、研究所に置いていた私専用の空間移動用魔法具が盗まれたんだ」
「研究所の警備、ザルね」
「外部からの警備は完璧に近いんだがな。内部に関してはそうとしか言いようがないなって――なんで、そんなに驚いた顔をしてるんだ。アホ面がドアホ面になってるぞ」
「いちいちうるさいわね。ただ、あんたのことだからもっと反論するかと思っただけよ……まあ、それはいいや。で?」
「私が研究所で使っている魔法具には、念のため発信機を付けているんだ。騒ぎが公になる前に回収してしまおうと学校まで追って来たのだが――面倒なことになった。この間の研究のこともあるし、これでは降格確実……チッ、だから報告しなかったのに! 余計に自身の首を絞めることになるとは」
ブツブツと呟くシリルを横目に、私は起き上がる。どうやら、私は上半身しか縄で縛られていないらしい。
「じゃあ、そこからは私と同じように捕まったわけね――あ、さっきの空間移動って、もしかして……」
「ん? ああ、おそらく私の魔法具だろう。あれは空気中の魔力を使うから魔力の消費もないし、魔力の残り香でも犯人は分からないからな。それに、あれは私達だけでなく、校内に残っていた生徒達にも使用したようだ」
「そっか、そうすると私達の誘拐が分かりにくくなるもんね。そういえば、さっき、校舎で爆発があったみたいだけど、あれって魔法具が魔力を使いすぎて壊れたってこと――?」
「だろうな。ただ、魔法具は基本的に空気中の魔力を吸収しただけでは壊れないはずだから、おそらく、周囲の生徒達の魔力を吸収させる魔法を発動させたんだろう。あの時、ちょうど爆発現場の近くにいたが、魔力が抜ける感覚があった」
「空間の座標を比較的近くにすることで魔力の消費量を少なくはしたけど、人数が多くて魔力が足りなかったのね……あ、一応聞くけど、爆発現場の近くにいて怪我はなかった?」
「私は優秀だからな。怪我などするわけないだろう?」
「ああ、そうですか、それはようございましたねぇ」
「…………貴様は――私のことが嫌いなんじゃないのか?」
「は? 嫌いだけど、それが何?」
「使い魔の分際で随分とむかつく対応だな!」
「嫌いだけど、怪我してざまーみろとは言わないわよ」
「さっき捕まってダサいとは言ったがな……ああ、まったく思い出しただけでも苛立たしい。この縄さえなければすぐに貴様の首を絞めてやったものを!」
「本当に細かい男ね……ん? そう言えば、あんた、アローナの首を絞めようとした時、蛇を出してたけど――それって、いつも?」
「ああ、そうだが。それが?」
(じゃあ、やっぱり、あの【夢見】は……)
白い狐面の首にあったのは縄の痕だった。私は【夢見】で見たのがアローナだと思っていたが――間違っていたのだ。
「――はあ、それにしても、あんたって本当に悪趣味ね」
「どうとでも言え。私に従わず、私を軽んじる奴らが悪い」
「あんたって――可哀想な奴ね。自分に自信がないけど相手の優位には立ちたい……だから、恐怖によって相手を支配しようとする。でも、そうやって負の力でいくら圧力を加えても、反発して返ってくるのは負の力じゃない」
「うるさい――分かったような口をきくな」
「確かにあんた、ぶっちゃけケテルより才能なさそうだし小者っぽいけど、研究所でそこそこまで上り詰められたんだから、そこそこの自信は持ってもいいんじゃいの?」
「それは私への侮辱か?」
「私は思ったことをそのまま言っただけよ。そんなに怯えて自分よりも立場の弱い者に対してだけ吠えてても、自分の価値を下げるだけじゃない。そんなのやめて弱い者に優しくした方が尊敬できるし、カッコイイのに――」
「カッコイイ……?」
シリルの小さな呟きに被さるようにカツンカツン――という靴音が響き、白い狐面が姿を現す。薄茶色のコートに付いたフードを目深に被った狐面の首筋には、やはり痛々しい縄の痕と呪いの刻印が刻まれている。
「おい、ふざけた狐面など付けて、私達をどうする気だ?」
シリルの言葉の中に私のことも含まれていることに驚きを感じつつも、私は狐面の反応をうかがう。【彼女】は、どうやら答える気がなさそうだ。無言のまま、悲しげにこちらを見つめている。
「ねぇ――これは、あなたのご主人様の命令?」
呟きのような私の声に、狐面は一瞬だけピクリと反応した。
「あなたの苦しみに気付いてあげられなくてごめん。ごめんなさい――」