☆ Familiar11☆ 金髪美女現る
なんやかんやと一日が過ぎ、放課後のホームルームが終わった私は、猛ダッシュで玄関へと向かう。
(くっそう――グレイスめ、なんで告白されて黙ってたんだ! あの、むっつりスケベがあぁ!)
バッと下駄箱の扉を乱暴に開けると、そこには大量の紙が入っていた。
「ヒッ――何これ!」
もちろん、ラブレターなどという可愛らしい物ではない。黒地に赤い文字で書かれたそれらは、まるで呪いの品のようだった。そのうちの一枚を手に取り、文字を目で追う。
「グレイスに――近づくな?」
大量の紙には、ただそれだけが綴られていた。
「何よ、これ……」
クシャリと紙を握りしめ、ゴミ箱へと放る。
「ナタリアッ――どうしたの、それ!」
大量の紙を見つめ、リリアンが驚きの表情で固まっている。彼女は私を心配して急いできてくれたのかもしれない。額に汗を光らせながら、顔を蒼くしている。
「ただの嫌がらせみたい。まったく、暇な人もいるものね」
靴だけ取り出し、紙の処理は明日の朝にでもしようと思った時、リリアンが私を呼んだ。
「ね、ねぇ、ナタリア――これだけ、なんか違わない?」
彼女が指差した所には、白い封筒があった。黒い紙の中で、一際目立つ色合いに不気味さを感じつつも、私はその封筒の中身を取り出す。
「グレイス=クライシスが現在進行中の研究をやめなければ、手始めにお前に痛い目を見てもらう――って、アッツ!」
文章を読んだ途端に紙が燃えだし、思わず紙を放る。
「ナナナ、ナタリアッ! これ、さすがに嫌がらせにしてはヤバイんじゃ――」
「大丈夫よ、リリアン――私、こんなことする奴らになんか、絶対負けないんだから!」
特殊な魔法の炎らしく、周囲の物には引火せず、青い炎を出しながら白い紙が燃えていく様子を睨みつける。
「え――でも、危ないからグレイス様に話した方が……」
「いいえ、リリアン、これは私とこの手紙をよこした人物との戦いよ、グレイスなんかには絶対に頼まないんだから!」
私はグシャリと紙を踏んづけ、意気込みを新たにする。
「このナタリア=クライシス様をなめるんじゃねえぇ!」
「ナタリア、何を吠えている」
「ギャッ――ってグレイス! なんでここに!」
慌てて下駄箱の扉を閉め、ワタワタと吠えていた理由を考えるが、慌てていたのは私だけではなかったらしい。グレイスが私の腕を掴み、早口にまくし立てる。
「話は後だ。とりあえず、行くぞ」
「は? 行くってどこ――」
「グ、グレイス様!」
いつも大きな声など出さないリリアンが、プルプルと震えながら真摯な瞳でこちらを見つめている。急に横で張り上げられた声に、私もグレイスも驚きで動作が止まる。
「あ、あの……さささ、先程、げげげ、下駄箱に――」
「グレイス様あああぁぁぁ!」
リリアンの言葉を遮り、鼻にかかる甘い声を響かせたのは、私の目の前でグレイスに抱き着いた金髪美女だった。私はというと、彼女がぶつかってきた反動でグレイスにぶつかり、カエルが潰れたような無様な声をあげた。
「まったくもう、ホームルームを抜け出して先に行ってしまうなんて酷いですわ!」
「離れろ、アルテナ=ロマグレン」
グレイスがグイグイと黒いローブを纏っている金髪美女を引き離そうとするが、彼女は堪えた様子がない。
「まったくもう、照れなくていいではありませんか。ワタクシとアナタの仲ではありませんか」
グレイスの肩にしなだれかかる彼女の姿を見た瞬間、私の頭の中でプツリと何かが切れた。
「グレイスウゥゥゥ! この美女とどんな仲なのようぅ!」
「あらまあ、美女だなんて、グレイス様はなんて可愛らしくて素直な使い魔を持ったのかしら。羨ましいわ」
「え、可愛いだなんてそんな――じゃなくて、わ、私はあんたなんて認めないんだからね! グレイスから離れーろー」
思わず美女の腕を引っ張ると、あっさりと離れてくれる。
「まあまあまあまあ! 本当に可愛らしいこと! ワタクシとお揃いのこの金色の瞳に、綺麗なプラチナ色の髪!」
「え、わわわ!」
グリグリと頭を撫でられ、ギュムギュムと抱きしめられる。美女の方が私よりも背が高く、胸が大きいためか、なぜだか胸に顔をうずめているようになってしまい、居たたまれない。
「おい、アルテナ、それ以上ナタリアを振り回すな」
「あらあら、そんなに怖い顔をなさらないでくださいな。何もしませんよ。今は……」
含みのある言い方をして、パッと美女が私を離す。
「行くぞ、ナタリア」
意味が分からないまま、私はニコニコと笑う美女と困った顔でオドオドと私を見つめるリリアンに、見送られるままその場を後にした。
★ ★ ★
「グレイス、なんであのアルテナって人のこと隠してたの! 私、今日リリアンから聞いて初めて知ったんだけど!」
家に帰って早々彼に食って掛かると、彼は苦い顔をした。
「ああ、聞いたのか」
「ちょっと、何よその言い方!」
「ちゃんと断ったから安心しろ」
「うぅ、それは良かったんだけど、そうじゃなくて! グレイスは『ナタリアが心配するようなことは何もないから、気にするな』って言ったけど、何も言ってくれないのは、やっぱり嫌なの。いっつも私は何もできてなくて蚊帳の外で……」
俯く私の頭に、グレイスは軽くあやすように手を乗せる。ポンポンという慣れたリズムが少しくすぐったい。
「ナタリア……今日は何が食べたい? 今日は何でも好きな物を作ってやる」
「怪鳥のから揚げ……」
心配させないように隠し事をするのは、私だってやっている。それなのに、グレイスにだけ隠し事はなしだと言うのは間違っているのだろう。だからこそ、彼も私も互いの意見を言うだけ言って、あとは自分なりに考えて行動する。今後、私達はそれが相手のためになるならば、いくらでも隠し事を繰り返すのだろう。
(たとえば、今日の脅迫状もどきのあれに関しても……)
あの紙の存在を知れば、彼はおそらく暴走する。まあ、私も彼に同じような物が届いたら暴走すると胸を張って言えるので、これに関しては相手を責めることができない。私達はそれほどまでに互いに依存し、大切に想い合っているのだ。
これは私にとって非常に喜ばしいことなのだが、それでは、せっかく築き上げてきた今までの土台を崩しかねない。そして、それは……グレイスに危険が及ぶ可能性を跳ね上げる。
(だから、私が解決しなくてはいけない。自分の力で……)
私は決意を胸に秘め、紫色の魔法薬を睨んだ。