☆ Familiar1☆ 無謀な挑戦でも何もしないよりはいい(前編)
【魔法使い】
それはこの世界における人権を持つ人間であり、使い魔にとっての絶対の主である。
【使い魔】
それは魔法使いの狗であり、道具であり、人権を持つことができない人外である。
★ ★ ★
「ふわあぁぁ……ブッ――」
授業があまりにも退屈で、大きく開けた口を隠そうともせずに欠伸を続けていると、何者かに後頭部を殴られた。何をするんだと、古びた椅子を軋ませながら後ろを振り返ると、にーっこりと笑ったナイスバディな美女と目が合った。
「ずいぶんと大きな欠伸ねぇ、ナタリアさん?」
ハイネックの黒いドレスに身を包み、細かく綺麗なデザインが施されたレースの黒いマントを優雅に纏った彼女は、緩やかなウェーブが印象的な長い黒髪をふわりと揺らす。心なしか漂ってくる大人の色香に思わずドキドキしてしまうが、すでに彼女が発するドス黒い怒りのオーラで心臓がドギマギしているので、自身の心臓が耐えられるか心配になる。
「私の授業はそんなにお暇かしら?」
The☆悪女という言葉がピッタリの美しくもきつめの化粧を施した彼女――ベルデアンヌ先生は、その真っ赤な唇に綺麗な弧を描かせ、流し目を送ってくる。その姿は、女の私でも息を飲むほど美しく……『めちゃくちゃこええぇぇぇ!』と全身で恐怖を感じるのに十分なほどの迫力があった。
「ナタリア=クライシス」
よく通る美しい声で自身のフルネームを呼ばれ、土下座する勢いで眠い頭をフル活動させる。
「この度の非礼は私の注意力散漫によっての出来事でして、先生の超絶綺麗なお顔に深い皺を刻みたいわけでも、美しくも思慮深い新緑の瞳に剣呑な光を灯したいわけでも決してありませぬ! とにかく、誠に反省しておりますです、はい!」
(……うん、変な言葉使いになってたような気がしないでもないけど、なんとかして先生の機嫌をよくさせなきゃね!)
「謝罪の言葉はいいわ。あなたは状況が分かっていないようだから、もう一度、確認させてもらいます」
軽くため息をついた先生が、愁いを帯びた表情で自身の大きな胸を強調するかのように両腕を組む。
(先生、現在の私の位置からだと、胸にしか目がいかないです……何をしたらそんなに大きくなるのでしょうか? 是非とも私のささやかな胸のために教えていただきたいです)
「使い魔とは――第一条!」
ぼうっとしていたところに先生の冷たい視線が突き刺さり、私は反射的に椅子から立ち上がった。あまりの勢いに椅子が後ろの机にぶつかって跳ね返り、足を強打したが、私は痛みを堪えて敬礼をした。少々涙目になりつつも、続けるのは【いつも朝礼で言っている言葉】。
「使い魔は魔法使いの狗である!」
「二条!」
先生の掛け声に、私は背筋をピンと伸ばし、さながら軍人のように答える。
「使い魔は魔法使いの道具である!」
「三条」
「使い魔は人ではない!」
そう、これがこの世界のコトワリで、私が大嫌いな三カ条。
「ええ、ええ、そうね。分かってるのならばいいのです。ナタリア=クライシス、あなたはグレイス=クライシスの使い魔――確かに、グレイス=クライシスはこの魔法学校きっての最高魔法士よ? でもね、たとえ魔法使いがどんなに優秀でもあなたは使い魔。使い魔は、魔法使いのように呆けてはいけない。魔法使いのように自由ではいけない。むしろ、仕える魔法使いが優秀であればあるほど、それ以上の仕事をしなくてはいけないもの……。魔法使いあっての【私達】使い魔は、そうして生きていくしか道がないのよ――」
ボロボロで小さな教室にギチギチに詰められた生徒達に、彼女は悲しげに目を伏せながらそう言い切った。他の生徒も、彼女に従うように目を伏せている。
(みんな――諦めてる)
魔法使いと同じ見た目なのに違う存在だと言われ、人権をもらえない使い魔――ここにいる使い魔達はみんな、今の自分達の扱いに不満を感じながら、今の扱いに甘んじている。
(そんな状況が嫌で嫌でしょうがない私は、やっぱりおかしいのかもしれない……。けど、それでも――私は諦めて何もしないでいるみんなが嫌い。使い魔ってだけで全部を諦めちゃってる根性が嫌い。何より……こうして何もできないでいる自分が――自分自身が、一番大嫌いなんだ)
私はギリリと奥歯を噛みしめ、席に着く。
(だから――切実に思ってる。この世界を変えたいって……)