表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔が巡りて人間知る  作者: 家ノ風
9/21

悪魔は悟る

家の玄関、その脇に置いてあった傘立ての中に刺さっている数本から、一本黒くて大きな傘を見つけた。

聖には合わないその大きさに、そのシックな柄に、これが男物であることはわかる。おそらく両親の、それも父親のものだろうと。だがそんなことを気にする悪魔ではなかった。外に出かける時にはこの傘を借りていこうと思った。

傘立てから抜こうとしたとき、一瞬重く感じたがきっと気のせいだ。


家のドアを開け太陽の照り付ける外の世界へと繰り出す。空に浮かぶ雲を蹴散らすかのように、光り輝くその光は人間にとっても辛いもので、それは悪魔にとってはなおさらだった。太陽の出す光は闇を浄化する力を持っているため、傘を手に取って出てきたのだ。


影から影に移動する様は、不審者のそれだっただろうが、今時日傘をさして歩く人は珍しくもない。そう考えれば心が楽になる。追い回されることもないだろうという心の余裕が、よく周りを見る時間を与えてくれた。


少し歩いただけで、たくさんの人とすれ違ったものだった。黒いスーツに身を包んだ男だったり、辺りで子供を遊ばせながら女性同士が公園で談笑していたり、動きやすそうな服装に着替えた集団が掛け声を上げながら走っていたり。


それは一言に平和というものだった。その昔に地上に召喚されたあの時、それと違うのは豊かさと、自由さ、木陰の下にあるベンチに座る。黒い傘を脇において、子供たちが喜んでいたりする顔が目に入る。国柄というものだろうかその無邪気さにしばしぼーっとしていた。


自分は悪魔だ。今まで闇の世界の住人に召喚されてこそ、その本懐を成し遂げてきたのだ。今回は特例ということで表の世界にいるわけだが。だがどうだろう、今自分の周りを見るだけで、裏の世界の住人が見当たるだろうか。それは裏の住人が姿を現さないということだけではなく、その世界自体が小さくなっているように思えた。

街中の路地の奥など、その入り口は垣間見えるが普通に生活をしている人にその入り口は無縁のものなのだ。


ここに悪魔の求める理想の環境はないのだった。


ぼーっと子供を眺めている。その無邪気さからは心の影も見当たらない。年頃の表情の豊かさによるところもあるのだろうが、おおむねは平和に過ごしている証拠だ。

これは不味いことである。この悪魔にとっては、このような環境に召喚されるということはまだ在りうる話ではあったのだが、それも一時の話、何れはほかの悪魔同様に呼び出されない日が来るのも間違いなかった。いや、既にその時はもう来ていたから、こうして困ったことになっていたのだ。

頭をかきむしる、なりふり構わないかのように頭をかかえては乱れる。どうすればいいのか、どうすれば。


「あのーちょっといいですか」

そんな時だった、その声に話しかけられたのは。

ふと顔を上げてみると薄い青色の上着に群青色のズボンを履き、鍔がついている帽子を被った、若い男が目の前に立っていた。

「ちょっと近所からね、通報を受けまして、変な男がじっと子供を眺めているって」

そういわれて自分の格好を見渡す。脇には黒い傘、青のジャージに、靴を履いた男が、子供を眺めていたかと思えば頭をかきむしり、降り乱れ始める。家を出る前には気を付けていたはずだったのに、そこには立派な不審者が出来上がっていた。


これだ、こうやって平和が築き上げられているのだ、その迅速な通報と対処、怪しいものは存在すら許さない、そんなこの国の浄化機構の前に、この子供たちの笑顔はできているのではないかと思い至ったのだった。少々やりすぎなところも感じたが、そこは幼い子供を守ると考えれば、過剰ということでもないのだろう。


「ああ、少し考え事をしてたのでね」

冷静に対処する、根本が善良であれば、誠意は通じると思ったのだ。

「ちょっと変な行動とってたかもしれませんね、以後気を付けます」

悪魔としての矜持やプライドなども、今は必要がない。力では勝てるかもしれないが、その腰に下がっているものを持ち出されては勝ち目もないだろう。なおかつ力量が分からないのだから博打を打つものではないと思ったのだ。


そして男は騙された。正しくは何も子供たちに悪事を働こうなどとしていなかったのだから、別に悪いことをしたわけではない、だが悪事は考えているのだから全くの嘘でもない。この男のように話をすれば聞いてくれる人もいる、だが中には話を聞こうともしない輩もいる、最初に遭遇した輩などは、聞く耳も持たなかった。

「そうだったのですか、よくあるんですよこういう通報って、なのであまり気にしないでくださいね。だれが悪いという話でもないんです」

そういって敬礼をしてから、その男は去って行った。

確かに変な男に移っていたかもしれない、そう考えてから公園を出ていったのだった。


一見危ない目に遭ったかのようにも見えた、だがこの出来事はそれまで頭をかきむしって悩んでいた事に、新たな閃きも生み出しもしていた。


そう、善良の仮面を被ったものは必ずいるのだと。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ