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悪魔が巡りて人間知る  作者: 家ノ風
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悪魔は動き出す

日が昇ると同じくらいの時間、悪魔は目を覚ました。

本来寝る必要はないのだが、人間に近しい状態になっているためか、また無駄な魔力の消費を避けるためか、目を閉じゆったりとしていたら眠ってしまっていたのだった。夢は見ていない。

鳥の鳴き声もまだ聞こえていない時間、リビングのソファーの上、起きてすぐはまだ頭が働いていなかった。

少しぼーっとしていたかと思うと、頭がさえ始めたのか、今いる状況を考え始めた。


寝る時に勧められたソファーの上から、体にかけてあった毛布をはがしては二本の足で立つ。

その頭の中で考えていることは、これからどうしようかというものだった。魔力は定期的に送られている。どうやら友達とやらを続けている間は微弱ながらも続くようで、新しく契約する人間を探す必要はないようだ。

今回この国に召喚されたのは、本来は悪魔の存続をかけた話だったのだが、初めからとてつもない危機に襲われていた。思っていたよりもこの話は簡単なものではないのだ。

一時は自らの存在すら危うかったため考える余地がなかったのだが、目的を忘れたというわけではない。


聖には貸しがある。だが悪魔の、同志たちへの義理もある。どちらも果たさなければならなかった。

悪魔としてこの考えはどうだろうかとか、悪魔らしくないんじゃないかという考えはない。これがもともとこの悪魔の考え方だった。

「そうだな、ひとまずは」

そう溢しながら、これからのことに頭を働かせようとする。

だが使命の他に考えることも多い、むしろ頭を空っぽにしてしまいたいくらいだった。

そう思ってまだ薄暗い外を見てみると、伸び放題荒れ放題の草木、絡まりまるで塀と共生しているかのような蔓にと、その庭の惨状が目に飛び込んできた。


「よし、とりあえずやれることからやるか」

そう思って外に出るのだった。自主的に。



聖が起きてきたのはその数時間後だった。、寝間着に身を包んだ彼女はその眠たそうな目をこすり、ゆっくりと階段を下りてくる。

自称悪魔な男を家に泊めたことを思い返し、リビングに目を向ける。そこには丁寧にたたまれた毛布だけがあり、男の姿はなかった。

ひょっとしてもう家から出て行ってしまったのだろうか、別れの挨拶もしていないという唐突な別れが、その心に悲しみをもたらそうとしていた。


ふと窓から外が見え、そこには草を握ってはその辺りに投げる、顔が少し泥で汚れた男の姿があった。


「おはようございます、あの、何してるんですか」

「一宿一飯のお礼をと思って草を刈っていた」

「大丈夫ですよそんなことしなくても。でもありがとうございます」

そう言って一度家の中に戻っていったかと思ったら、その手に軍手を嵌めて外に出てきた。

「折角だし私もやります」

そう言いながら草を抜き始めたのだった。


辺りを見渡しても今日中に終わることはないだろう、だが問題というのは取り掛からなければ解決することも決してないのだ。目の前に立ちふさがる壁から逃れたところで、その障害は消えはしない。

今でいうならまさにこの庭がそうだ。問題にはしていたのかもしれない、だが聖の場合は手が出せなかったのだろう。学生という身分、現在身寄りがないという立場、その全てが壁となっていたのだ。だからそのきっかけを自分が作ったということに悪魔自身は自覚がない。

ただやりたかっただけだった、しかしその理由もまた特に浮かばない。


(どうして自分はこんなことをしているのだろうか)

よくわからない、だが悪い気分もしなかった。この心境の変化がどうしても分からなかった。

しばらく聖と一緒に草を抜いていた。まだまだ庭はきれいにはならないし、蔓も伸び放題、木も荒れ放題、だが時間は有限だった。


「そろそろ終わりましょう」

聖は少し強い口調で切り出してきた。

「こういうことは勝手にしないでくださいね」

そして少し怒ったような口調だった。喜ばれたいからやっていたわけではない、だがまさか怒られるとは思いもしなかった。その理由が悪魔にはわからない。理解に苦しんでいた。

「友達に何の相談もなくさせてしまったことに怒っていたんですよ」

顔に出てしまっていたのか、なぜ怒っていたのかを教えてくれた。

「そういうものなのか」

「そういうものなんです」

心の奥底から納得したわけではなかった。だが友達とはこういうものなのだろうかという、感覚だけは少し感じ取れた気がしていた。


それから家に入っていった聖は、庭掃除で汚れたのか、すこしシャワーを浴び、リビングに出てくる頃には昨日来ていたものと同じ制服を身にまとっていた。


食卓にあるトースターにセットしたパンから、香ばしい香りが出てくるころ

「それで、これからどうするんですか」

聖は切り出してきた。これからの彼の処遇を。先日行くところもなく、死にかけていた姿をみても、やはり心配になったのだろう。だがその口から出てきた提案というものは予想をはるかに超えたもので

「私は見てのとおり、身寄りがいません。もし行く宛てがないというなら、この家にいてもらっても構いませんが」

そんなことを言い出した。

「どうしてそこまで信用してもらえるんだ」

昨日会ったばかりの男に、まるで全幅の信頼を置いているかのような行動に、考えに、もはや怖さすら覚えていた。昔は宗教といいながら、人の世界から逸脱しているかのような人間たちをたくさん見たものだが、それに近いものを見た気もした。

だがその目が彼らと聖とでは違う、目つきの定まらない、嘘と欺瞞に満ちた、何か良くないものが溶けたかのようにどろどろと濁ったような彼らの目つきと違う。

まっすぐこちらを見る目は、やましいものに特有の、目の泳ぎもない、一本芯の通った目だった。


「信じるって決めましたから」

「信じてもらうためには、自分が信じなければいけないと思ったから」

「これが私の、精一杯の誠意です」


そこに打算はなかった。あったのは信頼という最も悪魔にとってほど遠いもの。概念としては理解しているが、それでもあるものとして考えてはいけないと思われていたそれに、心地よさを覚えていた。

だからでこそ、その関係に心惹かれていた。普通に考えれば一人の人間に入れ込むなど危うい事なのだろうが、気づけば

「住まわせてくれるなら助かる、この恩は必ず返そう」

そう口に出していた。

そして

「ところで聖は体調が悪くなったりはしていないか」

そんなことを聞いていた。

「特に不調とかではないですが」

「そうか、ならばよかった」

契約を結び、魔力を貰うというのはすなわち、人間の生命力を分けることと同じことで、今までに前例のない願いを前に、魔力が人間の体に与える影響が分からない以上、どのような効果が表れるかわからない。ある者は多少の体調不良を訴え、ある者は常に全身に倦怠感を覚え、またある者は命を落とす、悪魔の契約がそういうものであったためにこの関係に恐れを抱いていた

(いや、この私がどうして恐れを抱く)

その感情が理解できない。人間なんて使い捨てればよい、それが大部分の悪魔の考えだろう。

だが明らかにこの悪魔の中で、聖という存在は何か別種のものに変わっていたのだった。


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