悪魔は知る
仄かな月明かりと、街灯の自己主張が歩く道を照らしだす。
暗く静寂な夜の中に、さらに沈黙を上塗りするかのように二人は歩いていた。
辺りは沢山の家が中から生活の光を漏らしている。その中には親子の騒ぐ声が聞こえてくる物もあるがそこまで大きな音でもない、そんな生活感のある空間といまの二人とはまるで正反対のようだ。
そしてたどり着いたのはこれまたどこにでもあるような一軒家で、ただ少し周りに比べればそこまで大きいというわけでもない、こじんまりとした家がそこに建っていた。
ただほかの家と違ったのは、その家に明かりが灯っていないことだった。
「ただいま」
その短く切るような声に返ってくる声もない。ただ闇の中に聖の声が溶け込んでいくだけだった。
悪魔はここへ来る途中で、どうやって親を説得するのだろうと考えていた。
考えてみればこんな得体のしれない者を泊めてくれるのだろうかと。そして家の持ち主に拒否された場合、悪魔には侵入するすべはないのだ。それは物理的にせよ、ルールにせよ、仮に家の裏側から手招きされても、入れなくなってしまう。こういう領域に悪魔ははいることができないのだ。
だが家についてからその懸念は消え失せた。聖が家の所有者だったのだから。
あの場でうちに来ないかといわれた時に、すでに入る了承は出来上がっていた。
それが意図的にしろ、無意識であったにせよだ。
「ひょっとして君の親は……」
疑問に思っていたことをぶつけてみる、ぶしつけな質問だがもしそうでなかった場合、あとあと問題が起こりかねないからだ。
「昔にちょっと」
それは予想通りの返事で、なるほどこのくらいの年で、夜に、出会ったばかりの男を家に招き入れることができるわけだと。
家に明かりが灯る。靴を丁寧に揃えて仕舞い、スリッパに足を入れて歩き出す。閑静な家の中にフローリング張りの床の軋む音が響き、生気のなかった家に息吹を与えていた。二階建ての建物だったが、上がる気配はなく、奥のリビングにまっすぐ向かい、脇に抱えていたカバンをテーブルの上に置いて
「何か食べますか」
そんなことを聞いてきた。
「いや、私は何も食べなくても大丈夫だ」
「それは食べられないってことですか」
「そういうわけではないが」
「じゃあ用意しますね」
強引に押し切られた。確かに食事で魔力の代わりを僅かながら抑えることもできるが、そのことに大した意味はない。食べる悪魔もいるが、生きるためではなく楽しむ為であることがほとんどだ。
少しの時間をかけて最初に出てきたものは簡単なサラダ、スープ、ごはんだった。当然二人分であって、それより多くも、未満でもなかった。
「いただきます」
「いただき、ます」
小さなテーブルに備え付けられた椅子に腰かけ、相対するように座る。椅子の数は3つあった。
聖の声が聞こえる、つられるように言ったが、悪魔が感謝をしてどうするのだろうか、そんな不思議な気分になっていた。
食器の音だけが部屋の中に響く。少し薄暗い部屋の中黙々と飯を食べる。湯にさっと通した温野菜はまだ湯気も湧き続けていた、野菜に上から乗せられた半熟な卵がドレッシングと絡み合っている、そんな簡単なものだった。パキリという子気味いい音が野菜の新鮮さを表しているようで、崩した卵が絡み合う事で一層おいしさを引き立てていた。
ほくほくなご飯とスープが体に染み渡る、ちょっとピリッと来るのは唐辛子が入っているのだろうか、そのワンポイントが体を温める。
魔力も低い今、人間に近い体質になっているとはいえ、自分の体温がここまで下がっていたことに今ようやく気付いたのだ。
「どうですか」
「ああ、体が温まるよ」
味も美味しいが、暖かい料理ばかりを用意してくれていた。この気遣いが何よりも気に入っていた。
だがこの感情が悪魔にはよくわからなかった。それがどうしてもわからないことを知ったのだった。
食事を終えると風呂を勧められた。客人を先に入れるところといい、どうもこの少女は相手を第一に考えて行動するようだ。
暖かい湯船につかりながらそんなことを考えていた。食事で体を内側から温め、風呂で外側から温められ、体が十分な熱を蓄えているのを実感していた。
どうやら人間らしい生活をしないと今の自分では無駄な魔力を消費してしまうようだ。そしてこの事実は悪魔にとっては制限が掛けられたこととも同義だった。
これからのことを考えても不安の多いことばかりだが、とりあえず明日かんがえよう、そうして進められたソファーに体を横にすると、目をつむるのだった。