エピローグ
部屋に生き物の気配はあれど、静寂な闇が支配していた。
息吹、存在感、オーラといったものなど、それら全てが闇に溶け込んでいくからだ。
人の目には自分の足元すら見えない闇がそこに広がっているように映るだろう、だがここにいる者たちにとって闇とは慣れ親しんだ友のような存在だ。
彼らは悪魔である。
悪魔とは基本群れない、だがこの時限りではあるがそこには犇めくといってもいいくらいには集まっていた。
「これはわれら悪魔の一大事である」
そんな異常事態を差し置いてなお、その声の主が語るには非常事態であるらしい。
「気づいているものも多いだろう、我らを召喚する人間の存在が減ってきている……いや、もはや皆無とといっていいだろう」
悪魔は人間と契約をすることで願いを聞き入れ、力を手に入れ、その代償を得ることを糧としている。
だが召喚自体がなくなっているというのは、つまり存在意義が危ぶまれる事態であることを意味していた。
「現に下級悪魔の中には姿を消得始めている者がいる、私のところも消え始めている」
集まった上級悪魔は頷く、それは一か所で起こっていることではないのだと。魔力を与えれば生きながらえるかもしれないが、減り続ける魔力を今にも消えるものに分けて自分の力を弱める義理もない。
だがその存在自体が消えるということが事の大きさをよく表していた。上級悪魔ほどではないにせよ、下級悪魔も召喚されることでその糧を得ていたのだから。
その次が自分たち上級悪魔であることに気づかないものはいなかった。
「そう、このままいくと遠くない未来に我らも消えるのではないかと」
その衝撃は計り知れない。その事実は悪魔にすら恐怖を与える。動揺が空気を変貌させる。だがだからと、どうにもできない事態なのではないのかとあきらめかけたとき
「だが、このような事態もすでに予想していた。そしてその対策も準備をしておいたのだ、そこで頼みがある」
そんな湧いて降ったような話が出てきた。おそらくこれが本題であるだろうが、この悪魔には用意があるのだという、その真偽を別としても息を呑む雰囲気が伝わってくる、そのうえでいったい何を頼まれるのかと。とんでもないことを頼まれるのではないのかと。
上級悪魔にもさらに上下関係がある中【協力】を求めることにも得体のしれなさを感じていただろう。
自分の欲求を満たすなら命令すればいい、中には命令に背く自分より下のものを殺してしまうものもいるが、この悪魔は対談をえらんだというのだから。
「私は人間界に繋がる召喚陣を用意してある、しかしはるか昔から用意してあるものゆえ、想定では私だと一回しか通ることはできない。しかし人間側に悪魔を求める気持ち、行動がない以上この陣はただでは開けない。その門をこじ開ける魔力を提供してほしいのだ」
曰く人間の悪魔を求める思いは純粋であるため、魔力の波長を合わせる必要があること、つまり命令では意味をなさないということ。
そんな核心に迫るような説明をしている中一人の悪魔からの質問があった。
「発言させてもらう、召喚が減ったことはわかった、だがなぜ無理やりにでも人間界に行く必要があるのか」
ひとりの悪魔が横から口を挟んできた。ただ人間界に行ったところでこの問題に解決は見つかるのかと、そういう意図があったのだろう。
その疑問に答えるように悪魔は答えた。
「どうすればまた悪魔が召喚されるようになるか、それを探ってもらうためだ。このような場では頭で考えることができても現場はわからない、我々には情報が足りなさすぎるのだ」
悪魔とは基本勤勉である。この悪魔は人間について学ぶ必要があるのだと考えたのだ。
しかし人間をこの世界に連れてくることはできない、ましてや召喚されなくなって幾百年とたっている、もはや今の人間がどのようになっているか欠片もわかっていないのだ。
道理にかなっているし、目的がはっきりとした行動に、納得するものも少なくはなかった。
ましてや自身の存在がかかっているのだ、我こそはと賛同の声すら出始めてきた。
「何度も割って言ってしまうが、誰を送るのか聞いてもよろしいだろうか」
先ほどの悪魔が尋ねる、これも当然の疑問であった。
「それについては提案がある。この者に任せようと思っている」
そういわれた者は上級悪魔の中でも魔力が最低レベルな者だった。
「理由をお聞きしてもよろしいか」
まるで額に筋でも走っているかのような声色、このような大事に魔力が最低限のものを送るのだ、その信用のなさに疑問を抱いた。
「下級悪魔を送っても、みな知っての通り知性が低い。目的も果たせず消滅してしまうのが関の山だろう。だがだからといって、私がこのゲートを通れば地上に対する影響は計り知れない。ひょっとすると天変地異の一片でも見せてしまう可能性もあるし、変なのも呼び込むだろう。その点この者は上級悪魔では魔力が少ないゆえに影響力が低いと考えたのだ」
地上に長く居座るには魔力が多いのではなく、変に目立たないことが大事だと考えたうえでのものだった。
「さらに人間界での情報を集めるとなれば、人間に接しやすいほうが良いことも考えたのだ。その点この者はその性質上人間の中に溶け込みやすい」
言葉を鵜吞みにするわけではないが、この情報が本当であればまさに適任だといえたであろう。
ほとんどの悪魔はこの提案に賛同し、魔力の提供を始めてくれた。
推薦され、本決まりになった代表の悪魔は考えていた。
その胸には使命感に満ちており、とても悪魔とはいいがたいような考えをしていたのだった。