世界は妹の名の下に
この世界はフィクションです。
「ねえお兄ちゃん。人がみんな幸せになるには、どうしたらいいの?」
ある晴れた日、妹は僕に問いかけた。
どうしてそんな難しいことを僕に聞くのだろう。
僕に分かるわけがないじゃないか。
「さぁ、分からないな」
「じゃあお兄ちゃん。私がみんなの幸せの為にできることって、何かあるのかな」
どうしたんだろう、今日に限って。いつもはほんわかとした、悪く言えば頭のネジが緩んだ妹なのに。
だから僕は、1つの冗談として言ったんだ。
「お前が、世界を率いて進めばみんな幸せになるんじゃないか?」
ってね。もちろん本気じゃなかった。当たり前だ。たかだか13歳の妹が、不意に思いついた素朴な疑問。そういう時期は誰にでもあるし、僕は全然深刻に考えていなかった。
でも、妹は違ったんだ。
「お兄ちゃん、やったよ!日本の全権力が私に集まった!」
嘘だろ。嘘だと言ってよ。
あの日から約3ヶ月。妹は日本の全権力を掌握した。
最初の日に行われた、『妹による全人類幸福宣言☆』によって日本国民の大半を懐柔してしまった。
とある1つの動画サイトによって突発的に行われたそれは、15分後にはすべての掲示板、動画サイト、個人ブログなどありとあらゆるSNSに爆発的に広がった。
「妹」「妹かわいい」「兄貴死ね」などのキーワードが検索エンジンを埋め尽くし、一種ウイルス的な流行で人々を覆い尽くした。
その事態に乗っかるように、テレビ局、新聞社なども緊急的に報道を開始。なんとあの東のテレビ局でさえ、1時間後には臨時ニュースを流す事態に発展した。
一部の専門家、評論家はこの事態をテロと評し、警告を発するも最早手遅れ。日本国民は妹1人の、わずか4分のスピーチに支配されていた。日本の終わり。
「でもお前、これからどうする気なんだよ……」
「簡単だよっ。次は世界。みんなが幸せに生きられる社会をつくるんだから」
もうダメだ。もう止められない。僕のせいだ。
「明日には、世界に向けて私の言葉を伝えるの。みんな聞いてくれるといいんだけど……」
聞けば、有志の通訳が何千何万と集まったとか。
「明日は、こっかいぎじどーってとこで話すんだって。テレビの人とか、いっぱいくるみたい!」
無い胸を張って、妹は嬉しそうに話している。
その無垢な瞳が、人を狂わせるのだろうか。
ああ世界の皆様、この愚かな僕と、その妹をお許しください。
「やったよお兄ちゃん!世界のみんなも、私についてきてくれるって!」
悪夢かな。悪夢じゃ無いな。悪夢だな。
辞世の句はしたためた、最早思い残すことはない。だから早く、早く誰か僕を介錯してくれ。
今やすべてのメディアが、新たな地球の指導者を歓迎し、賛美し、崇め奉っている。こんなの異常だ。これまでのどんな独裁者よりも異常だ。異を唱えるものが1人だっていやしない。僕ぐらいだ。両親さえ今は、妹に万歳三唱だ。世界中が妹に歓声をあげている。
確かにかわいいし、素直でいい子だ。でもだからって、地球を統治するなんて間違ってる。どこにでもいる普通の中学生だ。いや、だった。元凶は僕なのだろうか。僕が悪いのか。こんなことになるなんて、誰が予想したことか。
……それとも、この現実を受け入れていない僕が間違っているのかもしれない。そうだ、妹は世界を支配するのに十分な逸材かもしれない。ちょっと胸が薄くて天然だけど、それ以外は確かに完璧に近い。とにかくかわいい。しかも妹だ。もしかしたら世界征服なんて当然のことかもしれない。
妹が世界に名を上げたその日から、世界中で起こっていた闘争が消えつつある。声が届いた地域では、民族差別も、経済格差も、領土問題も、宗教闘争も、みんな無くなってしまった。みんなが妹を信じ、妹の下で生きていくことを喜んでいる。人類が長年苦しめられた問題は、「IMOUTO KAWAII」の前にあっけなく敗れ去ったのだ。
不自然すぎる世界平和の訪れから、半年たった。
妹は今度は、NA◯Aの力を借りて宇宙に発信するらしい。宇宙まで妹色に染め上げるつもりなのか。
結果から言うと、あっさりと宇宙は妹色に染まった。地球がようやく1つの統一を成し遂げたことを知った宇宙人たちは、あちらから接触してきたのだ。
そこで、地球唯一の文化となった「IMOUTO KAWAII」を、刷り込まれて母星に帰った。次の日から、妹を国賓として迎えたい、と言う問い合わせが殺到したことは言うまでもない。
かくして、妹による宇宙の平和は成し遂げられたのだ。
思えば、僕がきっかけをつくり、妹は宇宙を平和にした。
人々は多様性を棄て、平和を得た。誰も異を唱える者はいない。
昔の僕たちから見たら、それはきっと不自然で、よくない光景に見えたかもしれない。他者との差異を気にしながらも、それを認め合うことが美徳とされた時代は終わりを迎えた。人々の意識に最早差異は存在せず、『妹』という1つの、宇宙一かわいい存在のみを拠り所とするようになった。
僕たちは、ユートピアに辿り着いた。