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第八話 『奇跡』


 僕の目の前に突如現れた、自らを神と名告(なの)る男の様相は、神と言うにはあまりに平凡だった。


 黒いスーツ。軽いパーマの黒髪。歳は三十前後といったところだと思う。顔は普通以上に整っているけど、細い目とその下の(くま)。疲れたサラリーマンって感じだ。


 笑顔で足を組んでいる彼は、明らかに人ではなかった。


 彼の出現に驚いた僕が手を離したリモコンは、床上十センチ程の位置に音もなく静止し、窓の外で、満月に照らされた雲の動きと星々の(またた)きが止まった。


「――僕達以外の時間を止めたんだ。これでゆっくり話せるだろ?」


 思考停止中の僕にかまわず、彼は悠々と話し始める。


「僕がここに来たのは、ゲームを始めるにあたっての挨拶……というか、社交辞令みたいなもんかな。まあ、一応同意を得る事になってるんだよねぇ」


「同意……?」


 僕は、なんとか理解できた言葉を繰り返す。


「そうそう。ゲームに参加しますっていう同意。……て言っても、説明不足で混乱するのも無理はない。実は、このゲームは俗に言う「かくれんぼ」みたいなもんなんだが、まだ始まってもない。かくれんぼなら、互いを知ってないとゲームにならないだろ?」

「はあ……。でも、なんで僕なんですか……?」

「まあ、特に理由は無いが、言うなれば偶然の積み重ねかな。アカシックレコードによれば、偶然、君と君の友達は二人の魔術師に襲われて、君だけが死ぬ事になっていた。二人を(かば)ってね。つまり、コデックスは君を助けたわけだ」

「光人と引き換えにか……」

「まあ、そういうことになるね。……あ、そういやコデックスの紹介がまだだった。あれに本来実体はないんだけど、性格から想像すると、こんな感じかな」


 彼は、その眼前に手をかざした。


 二人の間、ローテーブルの上の空間に現れたのは、鮮やかなオーラのような光の束。それらが収束し、何かが形作られていく。


――人だ。


 足先から始まり、腰、肩、首……そして頭まで、人体が徐々に形成される様子が鮮明に目に映る。

 

 現れたのは、たぶん僕より少し幼い、銀髪に碧い瞳の少年だった。神話に出てきそうな美少年で、白い一枚布の服を着ている。


 少年はその素足で、テーブルの上にそっと降り立った。そしてなぜか、とても不機嫌そうだった。僕を睨みつけているのかと思うと、自分を作り出した男の方へ振り返る。


「この姿は嫌いだと言ったはずだ……」

「うーむ……。我ながら悪くないと思うんだけどな。似合ってるよっ☆」

「クソッ……そもそも僕を人間等と一緒にするな。早くここから出せ!」

「うーん……。『僕を子供扱いするな!』って言ってくれたら考えようかなー」


 神を自称する男、カレトリアス。

 彼は、尋常ならざる感性の持ち主だった。


 その後コデックスは食い下ったけど、「僕は玩具じゃないんだぞ!!」で一応の解決を見たようで、光の粒子となって消えていった。




 どうやら、〈コデックスは僕を助けた、よって僕の命をどう使おうと勝手〉という理屈らしい。


 確かに僕としては、今生きてる事を喜しいけど、それでも、急に怪しい男の言葉を鵜呑みにしてはい同意しますとはならない。



「僕が同意しなかったら……?」

「ははっ。そう言うと思ったよ。でも、君は確実にイエスと言う」

「つまり、拒否権はないと……」

「いや、無理やり参加させることも簡単なんだが、面白くないだろ?」


 その真意は分からないけど、彼はゲームを楽しみたいらしい。


「そのために、君が参加するメリットが必要だ」


 胡散臭い文句に警戒していると、彼は好きな食べ物でも尋ねるかのようにこう言った。


「誰か一人を生き返らせるなら、誰がいい?」

 

  * * *


――それ以降の会話は、特に意外性も無いものだから、省略しようと思う。


 あまりの驚きに、何か裏があるのかと勘ぐる余裕も無かった。ただ、突如降ってきた一縷(いちる)の望みを信じない分けにはいかない。


 彼が満面の笑みで差し出す手を握った瞬間、僕達は別の場所にいた。


 満月に照らされた森の、木々に囲まれた空間。中央に巨大な木の幹が横たわっている。



 その上に寝ていた一人の青年が、ゆっくりと起き上がって、首を傾げ、辺りを見渡し、着ている制服に付いた土汚れを落とすのを、僕はただ傍観していた。


 後で困らないように、彼には僕達を認識できないようにしていたからだ。



 一度死んだ僕の親友、光人(あきと)は、次第に落ち着いて、月灯りを頼りに元来た道を辿っていく。僕達はその周囲を見守るだけだ。


 無事近くの交番まで辿り着くのに、一時間程かかった。

 警官は驚いたけど、どこかに電話をかけ、光人を安心させる。その様子を、霞んでいく視界の中、つっ立って眺めていた。



 あれ? ……おかしいな。


 光人が死んでも、自分が死にそうな時も、涙は出なかったのに。


 なぜ自分が泣いてるのか分からなかった。


 親友に会えた喜び。人智を越える奇跡に触れた感動。罪の意識からの開放……。まあ、たぶん全部なんだろう。


 こんな感覚は初めてで、今までのどんな感情よりも抑え難かった。

 

  * * *


 気づくと、僕達は元の部屋に戻っていた。


「……まあ、挨拶はこんなもんかな」


 彼はすぐに口を開いて、少し寂しそうに話し始めた。


「僕くらいになってくると、本気を出せる機会は一切無いんだ……」

「はぁ」

「しかし、僕の力を限りなく制限すれば、人間と争う事もできる。君と同じ、命がけでね。つまりゲームの中で僕は、神としての力は使えない。この世界で得た知識と能力のみで戦い、この肉体も人間と同じ脆さだ」


 彼は優しく笑うが、その全てを見透かすような目を見ると鳥肌が立った。


「最後に一つ、(シルベ)の候補者は他にもいたんだが、コデックスをここまで使いこなせたのは君だけだった。君とのゲームは楽しめそうだよ、ハルト君」


 そう言い残して、彼は消えていった。


  * * *


 次の日、ソファーの上で目覚めて時計を見ると、朝十時だった。


 一瞬寝坊したかと焦ったけど、すぐに昨日の出来事を思い出した。


 その後、眠気覚ましに風呂にでも入ろうと、脱衣所の方へゆっくり歩き、木製の扉を開けた。脱衣所と言っても、巨大な鏡のあるただっ広い部屋だ。


――するとそこには、いる筈の無い一人の少女。


 その瞬間、僕等は互いを目に捉えたまま静止した。再び時間が止まったかとさえ思った。


 少女が身に付けていたのは、猫のイラストの白いTシャツと、パンツだけだった。シャツのサイズが大きいためギリギリ見えそうで、実際ギリ見える。見えてしまっていた。ピンクと白の縞パンが……。


 赤銅(しゃくどう)色に輝く瞳を見て、彼女は昨日のパーカー少女だと気付いた。


 彼女は、美しい濡烏(ぬれがらす)色の髪をタオルで拭いていた。


 垂直に垂れた黒髪は喉元あたりの高さで綺麗に揃えられ、先端が軽く内側にカーブしている。


 濡れた黒髪と、雪のように白く(つや)やかな肌、透き通るようなピンク色の唇。風呂上がりでやや上気した頬。小ぶりの鼻。それらが収まる丸く小さな顔。程よく引き締まった細い太ももや二の腕のライン。タオルに触れる手や指の動きまで、それらが完璧に調和しているのが一瞬で捉えられた。


 しかし、やはり彼女の顔は険しくなっていく。


 僕はとっさに脱衣所の扉を閉めた。

 

「……いや、違う! これは何かの間違いだ! ハメられたんだ!!」


「…………はぁ。……最低」


 小さい溜息と罵り声が聞こえたと思った時である。


 耳を(つんざ)く轟音と共に扉を貫通した漆黒の槍が、僕の左耳を掠めて背後の壁に突き刺さった。


 怖ええええ……!!

 

 あまりの驚きに尻から倒れ込んだけど、即座に立ち上り逃亡を試みる。


「ハルト君……だったよね。……最後に、何か言いたいことはある?」



 ただ、僕を追う彼女にとって不運だったのは、このVIPルームが高級すぎる事だった。


 ツルツルに仕上げられた大理石の床が濡れると、摩擦が限りなく減少する。


 そう、風呂場からの湿気によるものか、はたまた彼女の体から滴り落ちたのか分からない。

 とにかく、僕が振り返った瞬間、彼女は、なぜか都合よく濡れていた床に滑り、「――きゃっ!!」という短い悲鳴と共に、盛大にバランスを崩したのである。


「え……? ちょっ――」


 反応する暇も無く、僕は降ってきた少女に押し倒されて、背中を硬い床に強打した。かなり痛かった。


 睫毛が触れそうな程の距離に、瞼を閉じた彼女の顔。


 勢いでTシャツがはだけて肩が見える。

 そして重力に従い押し付けられる、申し訳程度の柔らかい膨らみ。


「――あの、ちょっと、重いです……」



 目を開けた彼女は眉を顰めて僕を睨むが、さっきより更に顔を赤くしている。


 そして一瞬で立ち上がると、僕を睨みながら震えた声で「……次は許さないから」と言い捨てて消えていった。


 いや、そんなこと言われてもなあ。


 今までの人生でも最高レベルの不条理に僕はどうすることもできなかった。



  * * *



 彼女の名前は、桜屋(さくらや)雪乃というらしい。


 彼女は普段このホテルに泊まる際はVIPルームを使っていたけど、ここ最近、急に使わないように言われて不満だったらしい。

 特に、巨大な風呂とジャグジーが恋しくなり、しばしば朝に忍び込んで利用していたとか。


 つまり、完全に彼女の自業自得なわけだ。


「いやあ、私としたことが、うっかりしてたよ! ハルト君がいる事を伝え忘れていた。ま、これから長い付き合いになるわけだし、嫌でも仲良くなってくもんさっ」


「こんなガキは嫌です」



 ()()()()に集まり先生が仲介しても、彼女はまだ不機嫌そうだ。


「僕もこんな我儘(わがまま)な女には付き合えないね」


 命の恩人と言えど、あまりに失礼な態度を取られては黙っていられない。


「……プッ。何その口調。子供が背伸びしちゃって」

「子供はそっちですよね」

「私16。あんたは?」

 

――く……!! 一歳年上か!


「16にしてはいい服のセンスですね」

「え……?」

「皮肉だよバーカ」

「○ね」


 この喧嘩は、その後一時間ほど続いたそうだ。


 まったく、快適なホテル暮らしが始まると思ってたら一気に先行きが不安だよ。

【登場キャラ紹介】〈カレトリアス〉


 神を名告る者。いつから存在しているのか、何のためにいるのか不明。

 普段は人間に擬態し一般人として生活していると考えられている。


役職:神様?

年齢:???

性別:???

能力:???




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