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第七話 『選択』



 事務室のような小さな部屋で、警察の人達からの質問はなんなく終わった。と僕も一瞬思ったんだけど、そんなことは無かった。


「――ハルト……」


 という、少し迷うような呼び声に振り返ると、部屋の入口には、白髪混じりの頭に眼鏡をかけた、豪華な制服の中年男性が立っていた。


 彼は警察のものすごく偉い人で、一応僕の父親もしている人間、神之木(かみのぎ)成久(なりひさ)だ。

 

 * * *


 殆ど一月ぶりに会話する父さんは、「ちょっと……よければ二人で話したいんだけど。いいかな……?」とやけに(うやうや)しく尋ねた。



 僕と父さんは今、取り調べ室的な部屋に二人で向かい合って座っている。互いの顔色を伺い合う気まずい沈黙を破ったのは、父さんの意外な言葉だった。


「怪我とかは、無かったんだよな……?」

「……うん」

「よかった。……いろいろあって、疲れただろ?」

「うん。まあ」


 普通の父親らしい言葉が出て僕が驚いていると、父さんは急に真剣な顔になる。


「その……今度、気分転換に皆で……旅行にでも行かないか?」

「……」


 またも意外なセリフに言葉を失った。


「嬉しいけど、僕は大丈夫だよ」


「……いや、言い方が間違っていた」


 父さんは僕に頭を下げた。


「ここでの会話は誰にも聞かれない。お前の思ったままに答えてくれ。……私を信じて、一緒に逃げてくれないか」


 父さんのあまりの必死さに、ようやく何か普通じゃない事が分かった。


「逃げるって……何から?」

「それは……」


 父さんがこんなに焦りを見せるのも久々だった。


「……実は、私も良く分かってはいないんだ……」

「散々放任しといて今更、何も言わず信じろって……?」


「……すまない。謝っても謝りきれないのは分かっている。信じられないのも無理はないが、ただ……」


――お前に、一つだけ渡しておきたいものがある。


 そう言って父さんは、制服のポケットから何かを取り出した。


 銀色に光る小さな金属製の箱。傷や汚れは一つもなく、見たこともない美しい模様が装飾されている。そして正面には小さな鍵穴がある。



「……これは、母さんの部屋にあったものだ。何とかして開けようとしたが、やけに頑丈でね」


 僕はそれを受け取った。


「私は……母さんの死と関わりがあると考えている」

「でも母さんは、交通事故で……」

「ああ、そのはずだ。だが考えてもみろ。母さんは私より何倍も安全運転だったろ? 私は身内という理由で捜査に関われなかったんだが、ある筋から独自で調べていた。そうせずにはいられなかった……。詳しいことは言えないが、その過程で……ハルトが何か危険なことに巻き込まれている可能性があると聞いてな――」


 ここまで興奮して話す父さんは初めて見た。それほどの覚悟でやって来た事なんだろう。僕達の事を忘れてしまうほどに。


 しかし、父さんの話の中に気になる言葉があった。

 

「――()()()ってのは……?」

「それは……すまない、今は言えるのは……警察とは別の組織というだけだ」


 別の組織?

 どういうことだろう。現在僕の状況を把握できて、警察と同等以上の捜査能力を持った組織なんてあるんだろうか。

 

 僕はどうすべきなんだろう。


「――確かに、父さんの話は一理ある」


 少しの間の後、何とか纏めた考えを少しずつ言葉にしていった。

 

「母さんは僕らなんかよりずっと強かったし、事故なんて今でも信じられないよ。ただ、実は僕も最近色々あってさ。人って、やっぱり生きてると家族にすら言えないことってあるもんだよね……。詳しくは言えないけど、一時はもう終わりかと思った。それで、その経験から学んだんだけど、やっぱり復讐って何も産まないと思う。だから……もしあれが事故でなくても、何かしようとは思わないよ」

「そうか……」


 今度は、父さんが考え込む番だった。


「本当に色々あったんだな……私が見ない間に」

「うん。それに、その時助けてくれた人たちがいてさ……。その人達に恩を返したいんだ」


 父さんは表情を曇らせてしばらく黙っていた。

 そしてそのまま立ち上がると、小さく「わかった……まあ、考えておいてくれ」と言って部屋を出ていった。


 正直な所、かなり迷っていた。

 今ならこの父親を信じてみても悪くはないのかもしれないと思った。

 ただ、ここが人生に関わる大きな選択なのではないかと思えて仕方なくて、自分の直感に従ったわけだ。

 

  * * *


 その後は、佐元(さもと)先生に言われるがまま車に乗って、とある場所へと向かった。


「ハルト君。私達が初めて会った時の事を覚えているかい?」


 その道中、先生は助手席の僕に色々と話してくれた。


「覚えてます」

「あの時は、まあ、私も確信が無かったのもでね。何も教えてあげられなくてすまなかった。色々聞きたいことがあるだろうが、私に教えられる事なら何でも答えよう」

「……」

「……って、いきなり言われても困るよな。君が置かれた状況を簡単に説明する必要があるが、まあ、厄介な災厄にでも巻き込まれたと思ってくれ。最悪の場合、君は死ぬことになる。そして運が良ければ、この世界の全てを手にできる。そんなとこかな」


 先生は巫山戯(ふざけ)ているようには見えなかった。


「僕は、これから何をすればいいんですか?」


「残念なことに君は、(シルベ)に選ばれてしまった。(シルベ)は敵にとっての標的であり、我々にとっての道標となる。というのが表向きのルールなんだが、君がすべき事はまず「生き残ること」。それだけだ。まあ、私達に付いてこればそう簡単に死ぬことはないから、安心してくれ」


 その後、先生から色々な事を教わった。僕はラノベみたいなデスゲームに巻き込まれている最中で、先に敵の大将を倒さなければ殺されるらしい。


 そして敵の大将というのが、この世界の神と呼ばれる存在なんだとか。


 ん? 神? と僕も思った。

 まさか、人間と神様が殺し合うなんて馬鹿げてると。

 そもそも神なんているのかと。


「――カレトリアス。なぜかは知らないが、彼はそう呼ばれている。神だなんて言われているが、元々は人間だった事が判明してる。まあ、この世界では神と同等の力を持つと言っても過言ではないね。そして……アカシックレコード。なぜこんなものがあるのか、誰が作ったのかは分からない。人としては君だけが――コデックスを通してだが、アクセスを許されている。但し、未来に関する情報は引き出せない。大まかなルールとしては、こんなものかな」


 アカシックレコードがデータサーバーなら、コデックスは検索エンジンみたいなものらしい。


 最後に、日本魔術協会と呼ばれる厨二感満載の組織の存在。先生もこの協会の一般会員みたいなものらしい。


「なんで先生達は、僕を助けてくれるんですか?」

「ははっ! 協会が(シルベ)を助けるのは、単にコデックスを利用したいからだよ。アカシックレコードは、現代の情報戦争における核兵器だからね。厄災(ゲーム)が続いている間、君にはある程度協会に協力してもらう事になるが……。命を守ってもらえるんだから、相応の対価だろ? それと私は、基本的には協会の指示で動いているんだが……まあ、君みたいな子供が死ぬのを黙って見てられないからね」

 

 * * *


 長いドライブを終えて到着した場所は、都内の豪華なホテルだった。時刻は夜中のニ時をまわっていた。


 一階の広大なロビーにはお洒落なカフェやレストランがあり、壁はガラス張りで、外の風情ある池が一望できる。


 天井の巨大なシャンデリアに思わず見蕩れていると、受付の方から先生が歩いてきた。


「ラッキーだったね、ハルト君。最上階のVIPルームが空いてるらしい」

「……?」


 驚く間もなく、僕は最上階の、壁一面ガラス張りの部屋に案内された。巨大なソファやテレビ、プールみたいな風呂がついている。


「ここは君一人で自由に使ってくれていい。このホテルは協会が所有していてね。私達にとって君は最高級のVIP。もちろん、全て無料だから安心してくれ」


 そう言って先生は去っていった。確かに、少し一人で考える時間が欲しいと思ってたから、都合はよかった。


 ふかふかのソファに座り、視界一面に広がる明るい夜の街を眺める。体中疲れているはずなのに、興奮しすぎて眠気は全く無かった。








 そして、テレビでもつけようかと思った、その時だった。







 凍りついたかのような静寂が訪れた。







――次の瞬間、美しい輝きと共に出現した一人の男が、僕の向いのソファに座っていたんだ。



「やあ、ハルト君。僕はカレトリアス。この世界の神ってやつだ」



 六月二十ニ日、こうして僕は、神と遭遇した。


【登場人物紹介】〈神之木成久なりひさ〉 


 ハルトの父親。職場では優秀。家庭はダメダメの仕事人間。


職業:警視庁刑事総務課課長

年齢:46才

身長:168cm

体重:65kg


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