第二十八話 『洗礼』
【お知らせ】
・2026/7/2
特異遺物の読み方を「アーティファクト」から「レリクト」にしました。
アーティファクトだと人工物というニュアンスが強すぎると感じたためです。言語的な正確さを優先しました。
同時に第二十六話の後書きに【用語解説】〈特異遺物〉「レリクト」を追加しました。
・25/5/25
イラストのある話のタイトルに★マークをつけました。
・25/4/8
第十五話のプレッタの初登場後の会話や流れを少し加筆しました。プレッタがこの時点でユキノに気づかないのは不自然だったため。
「――汝の司るは導果の理。薄弱なる我が武具に大いなる加護を与えん――武器強化」
言葉が発せられた直後、右手に持った紙切れの先端が静かに浮き上がりナイフのように硬直した。
よし、このまま集中。
目の前の机に目を向ける。そこにはゴム製の黒いナイフが1つ。それを左手でゆっくりと持ち上げ、紙切れを近づける……。
「——くそっ……またか」
最後の最後、両者が触れる寸前に気を抜いた。
鋭利な刃物は枯れた花のように萎れ、普通の紙切れに戻った。
あれから約1か月、リオン先生の授業は順調で、最近は基礎的な攻撃魔術を教わっている。
今やっているのはいわゆる武器強化。手順自体はとても簡単だ。駆動器を着けて手に持った武器に流し込み、実現したい事をイメージしながら呪文を唱える。それだけ。それだけだが、最初は数秒間強化を維持するのがやっとだった。
以前出された「ゴム製のナイフを強化して紙を切る」という課題は、丸一週間練習してなんとかクリアした。問題は次の課題。リオンは、紙を強化してゴムのナイフを切れと言った。
逆になると脳が混乱し、どうしても思考にノイズが入る。我ながらに頭が固すぎるな……。
「——ハルトさん、少しお疲れではないですか? 休息も、鍛錬と同じくらい大事なものですわ」
「ありがとう、プレッタ。でも今のうちに遅れを取り戻したくてさ」
「その気持ちはわかりますが、焦っても習得効率が落ちるだけですわ。いくら導と言っても、日曜に気晴らしくらいは許されますわよっ」
「まあ、そうかな――」
たしかに、プレッタの言うことも一利ある。今日も島内は平和で、特に大きなニュースはない。目下の心配事といえば、魔術学院の入学試験が一週間後に迫っているということくらいだ。 しかし、最近魔術の練習ばかりで、せっかくの新天地も全く探索できていない。
ちょうど1つ、行ってみたい所もある。
桜月図書館。
この島唯一の図書館だ。魔法学院の隣にあり、島民なら誰でも利用できる。そして最近色々と慌ただしすぎて自分でも忘れそうだったが、僕は本来読書好きなんだ。
「そうだね、少し休憩しようか」
そう言って、僕達は澄んだ青空と巨大な雲に見下ろされて歩いた。
彼女には目立たないように地面を歩いてもらってるのだが、彼女は島に来てから目に見えて明るくなった。なんでも、ここは外で感じていた空腹感が減る上に、どこか懐かしい匂いがするんだとか。
「最後にこんな綺麗な空気を吸ったのは200年以上前のことですわ。それに、どこからか美味しそうな匂いが……ハルト様!この方向です!」
「……そっちは逆だよ、プレッタ」
「ああっ、すみませんつい!」
「まあ、確かにいお匂いだ。帰りに寄ろうか」
たまに天然な一面もあるが、見ているとこっちまで癒される。
最近気づいたが、この島の風景は日本とほぼ同じだが、魔法学院のある中心部以外は少しレトロというか、一世代前の文化が残っている印象だった。大型のスーパーやコンビニはほぼ見当たらず、八百屋や屋台の並んだ昔ながらの商店街が賑わっている。さらに、魔法学院は高等部から独自の制服だが、中等部は一般的な学ランにセーラー服。鉄道はあるものの島を南北に繋ぐ一本の路線があるだけで、学院周辺に住む彼らの移動は基本徒歩か自転車だ。平日の夕方ごろは彼らが楽しく下校する様子が見える。
といっても、学院周辺には複数のコンビニ、カフェ、高級そうな住宅地があり、住むには困らなそう。ちなみに、厄対の訓練施設は住宅街を出た所にあり、さらに外れには深い森がある。
しばらく歩くうちに目的地が見えてきた。魔法学院の隣にある白い石造りのレトロな建造物で、魔法学院の三階くらいまでの高さがある。
さて、今日は何を読もうかな、佐元先生に借りた『現代魔術理論の基礎』すごく面白かった。もしかして、アステアに関する本とか置いてないかな……。
そんな事を考えながら、僕達は図書館の中へ入った。
* * *
——私は、桜月魔術学院中等部三年生の千鎚知火です。
最高の魔道具職人である父——千槌一鉄に憧れて絶賛修行中なのですが……私は今、現在進行形でトラブってます。
図書館の三階奥、魔鋼関連の棚の近くの窓際の机。私の特等席で日課の魔鋼研究を進めていたのですが、いつの間にか……島で一番タチの悪いグループに見つかってしまいました。
「あら? センヅチさーん? こんな所で何をしてるのかしら?」
三、四人の女子グループ、全員名前はわかりませんが、おそらく暇なんでしょう。
彼女らはここ最近私を標的にしているようで、手こそ出さないものの、あらゆる手を使い私に恥をかかせようとしてきます。どこ世界でも女の敵は女、ということですね。
「しっかし、センズチって呼びづらいわね。いかにも外の名前って感じで滑稽だわ」
こんな時はいつも通り、穏便に切り抜けます。千鎚家の家訓は「鉄は打っても敵は打つな」、父の口癖でもあります。それに、奴らは私が手を挙げるのを待っているわけで、挑発に乗るのは無意味です。
「あ、はい……えと、あなた方こそ、こんなところにどいういった用ですか?」
このエリアの書籍を読むタイプだとは思えませんが……。
「つれない事言わないでよ、私たちはセンズチさんと遊びたいだけなんだから」
そう言い、馴れ馴れしく肩に置かれた手の感触があまりに不快で鳥肌が立ちました。以前同じことを言われた日に、制服を燃やされたことがあります。
「すみません。私は忙しいので……」
そう言って立ち去ろうとすると、彼女は「ところで、何読んでるのよ」と机に広げていた本を拾いあげた。
「ちょっと……!」
ずい、この本は私のじゃないし、それ以前にこの図書館にしかない、つまり世界に一冊しかない書籍だ。
もし万が一のことがあれば二度と読めなくなってしまう……! そう思った私はつい手を伸ばしてしまいました。
そして、背後で他の人が何をしているのか、全く注意を払えていませんでした。
私の隙をついて、背後から一人が私の腕をつかみ、もう一人は何か呪文をつぶやいたようでした。
気づくと、私の頭上一・五メートルほどの高さにバスケットボール程のサイズの水球が浮かんでおり、それが落下してきたのです。
私は一瞬、迷いました。もし引いたら本が取り戻せない、取り返せたとしても本が濡れてしまう……! どちらにしろもう、間に合わない……。
そう覚悟決めた時でした。
突如、鍵がかかっていたはずの窓がバンッと開いて、室内に突風が吹いてきたのです。
突然の事に皆が悲鳴をあげる中、落ちてきた水球が軌道を変え、本を持った彼女の顔面に——
「——ばぎゃっ!!」
彼女はこんな声を出して本から手を離しました。
なんとかそれを受け取って、全速力で逃げたのでした。すると、立ち並ぶ本棚を抜けた先に、一人の少年が立っていました。
「——大丈夫? ごめん、他に方法が思いつかなくて」
よく見ると、以前魔法店でお会いした方でした。
目撃者がいるのに気づいた女子達は「覚えてなさい!」という意味合いの捨て台詞を吐いて逃げていきました。
* * *
初めて訪れる図書館や本屋なら、まず隅々まで探索してみるのが個人的な癖だった。だから、ただ何気なく三階の奥の方の棚の難しそうな本のエリアに来てみたんだ。
『魔巧の匠 ~魔鋼錬成の全て~』『現代魔鉱図鑑』……。初めて見るジャンルの本ばかりだ。表紙をめくると、一行目に「魔巧術とは、魔鉱や魔石から魔鋼を錬成し、魔法具や武具を鋳造する技術である」とある。なるほど、と感心していると、遠くの方で声が聞こえて、本棚の端から様子をうかがう。すると、不穏な光景が繰り広げられていたわけだ。
以前の僕であれば即座にその場を離れて、関わらなかったかもしれない。しかし、赤髪の子に絡んでいる金髪ロングの少女を見ると、これまで見てきたカス魔術師達の笑顔を思い出して不快だった。
それに、絡まれている方の少女は知り合いで、さらに恩がある。助けないわけにはいかなかった。
隣にいるプレッタと目が合い、お互いに考えていることは同じだとわかった。
「——はい、あ、ありがとうございます!! なんてお礼をしたらいいか……」
「いやいや、この前は魔法具店でほんとに助けられたし、これで貸し借り無しってことにしよう」
「そ、そんな……。そんなことしたら父に怒鳴られてしまいますよ! 本当にありがとう……」
顔を赤くして頭を下げる少女を制してみたが、引き下がらなかった。
彼女は今日もセーラー服だったが、以前の黒セーラーと違い上は白、スカートは紺色で丈は膝上まで。白のソックスにスニーカー。セーラー服は胸当てを外し、中に薄手のインナーを着ている。そして、白セーラーの胸元に金槌と炎を模した刺繍があった。いわゆる改造制服というやつかな……。
「お礼なら、僕より彼女に言ってくれ。僕は窓のカギを開けただけで、実際に風を起こしたのは彼女なんだ」
いつの間に僕の頭上に浮かんでいるプレッタを見て、彼女は目を丸くした。しかし、プレッタはすぐにまた消えてしまった。
「えっと、その子は……?」
「彼女はプレッタ。話すと長くなるけど、僕の護衛みたいなものかな。異世界から来た風の妖精で、ちょっと人見知りなんだ」
「ふふっ、妖精だなんて面白いことを言いますね」
彼女は信じていないようだった。無理もない、逆の立場なら僕でも信じない。
「しかし、あいつら何なんだ?」
「よくあることです。私が外の文化に憧れてるのを馬鹿にしてるんですよ。いつまでも時代遅れのセンスに囚われてるといいんです」
「そうだね。君は……センヅチさんはなんでそんなに外に興味があるの?」
「それは、私の母が外出身ということもありますが、単純に外の文化が好きなんです!」
そして、「今度家に来てください、改めてお礼がしたいんです!」と熱心に言われ、連絡先を交換することになった。
彼女は佐元先生とユキノに続いて、僕のスマートキューブに登録された三人目となった。
その後、騒音を聞いて図書館のスタッフ様子を見に来たため、僕たちは事情を説明して別々に図書館を後にした。
* * *
良い事をした後は気分が良いな。そう思って、厄対の施設へ戻った。今日は食堂に行って普段より少し奮発しよう。
そう思って入口を通ると、背後か誰かに呼び止められる。
「神之木君! おつかれ!」
「はい? あなたは、えっと確か……」
「染川蓮だ。魔術学院の高等部二年。そして、厄災対策実行部隊、一番隊隊長でもある」
サラサラとした金髪に整った顔立ちの長身の男だ。そういえば、校長先生探索の時にもいた人だ。
そういえば、ユキノも一番隊だと聞いたきがする。つまり目の前の男は、ユキノの直属の上司なのか。
「はい、それで、何か用ですか?」
「いや、もっと早く挨拶すべきだったんだが、申し訳ない。それと。今日はただ君にお礼が言いたくてね。知ってると思うがユキノは昔から扱いが難しくて、隊長の俺としても困ってたんだ。ただそれが、最近はかなり大人しい。聞いた話によると、ここまで来るのに色々あったみたいだね。その経験も含めて、ユキノにいい影響を与えていると思う。今後もあいつと仲良くしてやってくれ」
「は、はあ……ユキノが何か言ってたんですか?」
「君の覚悟はかなり評価してたよ。君はなかなかのナイスガイみたいだ」
「そうなんですね……意外でしたけど嬉しいです、ありがとうございます」
「それに、あいつ性格もだが、外出身ってのもあってさ、わかるだろ? その、あれだ……」
先輩は耳元に口を寄せて気まずそうに「友達少ねーんだよ」と呟いた。
なんでも、ユキノの唯一の同年代の友達は島内有数の魔術家系の一つ、ミリオンベル家のお嬢様一人だけらしい。
しかし、同じ外出身で同世代の僕になら心を開くはずだという話だった。
ユキノは僕より強いのは確かだが、案外この世界で孤独なのかもしれない。両親と別れ、幼くしてエリアに来て中でも忌み嫌われる彼女の心境は穏やかではないだろう。
【用語解説】桜月島
面積約100平方km。直径約28kmの円が欠けた大きさの三日月型の島である。人口約二千人。一般住民には地理情報は一切非公開。
地質は石灰質で年中温暖な気候から、現実なら亜熱帯から熱帯領域に位置すると考えられる。
島は大きく北区、中区、南区に分けられる。北区の大部分が森に、南区には低活動性の火山があるため、中区に居住区の大半が集中している。
各区域の主な施設は以下の通りだ。各区域に魔術学院のキャンパスと寮が配置され、生徒の多くは実家から離れ寮生活をしている。
――北区:普通科キャンパス、厄対の研究所、管制室。
――中区:魔法科キャンパス、図書館、南部の森に華月院神社。
――南区:武術科キャンパス、住宅地。
ここまで読んでくれた皆さん、本当にありがとうございます!
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