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神様の暇つぶしとか僕は知らない!  作者: ぐえんまる
第三章 《奇跡の街》
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第二十六話 『校長』三


「――まさかこーんなもんが入荷されてるとはなぁ……。フフフッ……やっばい、ニヤニヤが止まらん……」

 

 深緑の森と碧い海に囲まれた美しい入り江。桜月島の中でも知る人ぞ知る文字通りの「秘境」――。

 そこでとある女性――華月院イブキは(くつろ)いでいた。心地よい海風の中、黒ビキニ姿でブルーのビーチチェアに寝そべり、ココナッツジュースを飲みながら……。

 白く輝く砂浜に引けを取らない綺麗な白い肌。黒曜石のような艶のある黒髪は自然なパーマの入った中分けショートヘアで、暗めの丸サングラスを掛けている。

 大自然の恵みを我が物顔で享受するその姿は、人の到底及ばぬ高みを自由に飛ぶ鷹のような優雅さを体現していた。


 その時、彼女はつい先程手に入れたばかりの指輪を右手に嵌め、その美しい装飾に見惚れていた。


「こりゃあやっぱ、元々よくわからん古代遺物を駆動器として改造したもんだな。こーんなやべぇオーラ出してるもんを……ククッ……研究所の連中も物好きだねぇ」


 ま、嫌いじゃないけどね、そういうの――と、彼女は心の中で思った。

 

 「桜月魔法店の上級駆動器」と言えば、世界中に多く存在する裕福な協会会員が入荷を待ち望む垂涎(すいぜん)の品なのである。

 彼女がこの指輪を手に入れたのは、ほぼ偶然だった。

 いつものサボりスポットで適当に魔法店の在庫をチェックしていた際、数日前には無かった謎の指輪を発見する。その値段を見て一瞬躊躇したものの、その上の『昂魔炎の手袋』が突然購入されたのを見て、焦って購入したのである。


 そんな中、校長の捜索を依頼されたハルト一行が今、入り江に到着する。


  * * *


 エリア内時刻――七月二十七日、午後一時。


 僕達が鬱蒼と茂る草木をかき分けて砂浜に辿り着くと、青いビーチチェアが一つ、ポツンと置いてあるのが見えた。


 しかし、見えるのはそれだけで、特に人の気配は無い。


「確かにここのはずなんだけどな。何かわかる? リオン」

「ん? 特に誰も……。いや待てよ――」


「――わざわざこんな所に来るとは、冒険好きだねえ、少年達」


 真の通った綺麗な声。

 リオンが突然表情を変えて振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。

 黒髪に丸いサングラス、黒いタンクトップに黒のショートパンツという少し目立つ服装。何も知らなければ、海外セレブだと言われても信じてしまうだろう。

 

「見ない顔だなー。初めまして、華月院イブキだ。周りからは『校長』と呼ばれている」

「はい、えっと……初めまして、神之木ハルトと申します……」

「リオン・ローゼンハイムです」

「ローゼンハイム……? もしかして、あのローゼンハイムか?」

「まあ、多分そうだと思います」

  

 後で聞いた話だと、魔術師でローゼンハイムと言えば知る人ぞ知るドイツの名門なんだとか。


「ははん……。なるほどわかった。君達が姉貴の言ってた標とその護衛だね。聞いてはいたけど、ずいぶん可愛い標だなあ。標であればこの場所も分かるだろうが、私がここにいるという事はくれぐれも口外しないでいただきたい」


 校長は悪戯な笑みでウインクしていた。


「えーっと、残念ですが、いくら校長先生のお願いでもそういう訳には」

「ほほう、さては君達……生意気にもこの私を嵌めたね?」


 その瞬間、気づくと背後から校長の声がしていた。そして、右手を掴まれた感覚がある。


「ちょっと失礼……やっぱり、手袋買ったの君だったのか」


 校長は僕の右手を勝手に高く掲げていた。

 手袋というのは、さっき買った上級駆動器『昂魔炎の手袋』――黒い革製の手袋で、甲には深緋色の魔鋼で、金槌を象った装飾が施されている。なんとなく、役に立つかもと思って右だけ装備していた。


「いや、驚かせてすまなかった。なかなか渋いチョイスだ、嫌いじゃないよ」


 そいういうと、何事もなかったかのように僕達の前にでる。

 

「標に場所を特定させるなんて、こんな事をするのは一人しかいない。どうせ()()の差金だろう? あいつ私の事なんて言ってた?」

「紫乃森さんですか? それなら、サボり癖はあるけど、実力は確かだと……」

「心外だなぁ、私だって何も考えずサボってるわけじゃないんだけどなぁ。とにかく、あいつの仕組んだ事ならすでにこの場所は共有済みで、今頃厄対の連中が向かってるってとこかな」


 まさにその通りだった。校長先生なだけあって、かなり頭はキレるみたいだ。


「それなら、君達にとやかく言っても仕方ない。やるべき事は一つだ」


 すると、校長は左手を胸の前に出して、中指に嵌められた黒い指輪――『暗黒飛竜の指輪』を愛でるように軽く撫でた。

 そして、今度は僕の方をまっすぐに見る。


「――少年、君はこれからどうするんだ? 何もせず厄災が過ぎるのを待つのも、自分から強敵に立ち向かうのも、どちらも君の自由だ」


 急な先生らしい質問に少し焦って、一瞬声がつまった。


「……分からないけど、もう、何もできずに守られるだけなのは嫌だ……今言えるのはそれだけです」

「素晴らしい。それなら桜月(うち)に入といい。学校ってのは迷える少年少女を導くためにある」


 その瞬間、僕たちの周りに眩しい光が現れる。

 それは、地面に輝く二つの魔法陣だった。

 次の瞬間には、光の中から数人の人間が現れた。

 一人は、エリアに来る時にいた二人の駅員さんの、男性の方。そして長身の金髪マッシュ、小柄な銀髪パーマの二人組の男。

 

「――校長〜。今日は流石に諦めましょうやー。こっちは駅員もいるんで鬼ごっこじゃ勝ち目ないですよー」

「なーんだ、姉貴いないのか。お前達、シノに伝えとけよ。『爪が甘い』ってな」


  * * *


 特殊スキル――「天空飛翔」。

 指輪の装着者は人には本来到達し得ない速度と、飛行高度の限界を超えての飛行が可能となる。

 

 華月院イブキは、その場にいる全員が認識できない速度で地面から遥か上空へ飛び立った。

 すぐ側にいたハルトの右腕をしっかりと掴んだまま――

 

 急速に地面が遠ざかり、人間が米粒程の大きさになってから校長は楽しそうに笑った。


「ははははっ! 見たか? アイツらの驚いた顔!」

「ななななんで僕もなんですか!?」

「だって君がいたら何処に逃げるかばれちゃうじゃん」


 図星だった。紫乃森さんと僕の計画では、校長が指輪のスキルを使って逃げる事も想定しており、行き先を予想して駅員に転移させてもらう算段だった。

 ただでさえ人手不足の駅員の空きが見つかるかだけが不安要素だった。

 しかし、僕を連れて逃げるなんて完全に想定外。これは負けを認めるしかない。

 

「いいから早くおろしてください!!」

「マジで? おろしていいの? その手袋のおかげでなんとか耐えられてるけど、ここから落ちらた多分死ぬよ?」

「そういう事じゃないよ!」

「まあまあ、もうすぐだから少し我慢しなー。それに、身体強化のお陰でそんなに辛くは無いはずだよ?」

  

 言われてみたら、確かにそこまで辛くはない。本来なら腕が血切れてもおかしくない速度なのに、掴まれた手首が少し痛いくらいだ。


「君が手袋を左手に装備してたらこの手は使えなかった。君の体がバラバラになっちゃうからね。いや本当にツイてたよ」

「ふざけた事を言わないでください……!」

「今丁度半分くらいだけど、最高速度も試してみる? 多分五百キロは出ると思うけど」

「馬鹿なんですか? 早く減速してください!」

 

 すると、校長は徐々に速度を落として、バイクで走るくらいの速さになった。


「風が気持ち良いな!」

 

 校長のあまりの勝手さには驚いたけど、正直、上空から桜月島を一望するのは悪くなかった。


「あの……どこに向かってるんですか?」

「ん? 私の部屋」


 その数十秒後、僕達は魔法学院の屋上に着地した。

 無限とも思えるコバルトブルーの海と広大な森、ここから見ると、この島はかなり大きく、学校の敷地もその一部だと分かる。

 圧巻の景色を背に、校長先生は僕を見ていた。

 

「改めて、ハルト君。ようこそ桜月島へ。ここは魔術師による魔術師の為の魔術都市。殺伐とした魔術師界の最後の砦。通称『奇跡の街』だ。誰でも入れる訳じゃ無いんだ。幸運に感謝したまえよ、少年」

「はい、それはもう……感謝しています。でも『奇跡の街』というのは……良い表現ですね」

「そう思うかい?」


――奇跡ってのはね、いつだって儚いもんだよ。


 神妙な面持ちでそう言った校長は、さっきまでの奇行が嘘だったかのように格好良かった。

 

「どんな場所でも不足の自体は起こり得る。君なら大丈夫だろうが、常に備え、向上するのを忘れるなよ」

「はい……でも、どうすれば強くなれるんですか?」

「まずは駆動器を使いこなす所からだな。さっきも、あと少しそいつに慣れていれば私に捕まらなかったはずだ……たぶんな」

「……精進します」

「はっはっは。まあ誰でも最初はそんなもんだ。……そうだな、せっかくだしここは先生らしく、一つ授業でもしようか」


 そう言って、校長は指輪をはめた左手を僕に見せた。


「まず、人の魔力には量と質という概念がある。基本的にどちらも遺伝で決まるものだ。量はガキの頃から頑張れば少しづつ上がるが、質は人それぞれ固有のもので変わらない。そして、それはオーラの色に現れる」


 その瞬間、校長の左手は暗い赤色の光――まさにオーラとしか名状しがたいものを纏っていた。


「まあ、これは私がそれっぽいイメージを投影しているだけで、初心者にはまず見えないけどな。そして面白い事に、ほぼ全ての魔術師が赤系統のオーラを持っている。何故だか分かるかい?」

「えっと、それは……ユキノ……じゃなくて、この世界に魔力をもたらしたのがユキノの祖先だから……」


 僕は佐元先生の授業を必死に思い出した。

 

「すばらしい、ほぼ正解だ。何百年も前にこの世界にやってきた桜屋小雪……ユキノの母親は赤いオーラを持っていた。しかし、この世界に来たのは彼女だけじゃない。同時に彼女の敵――膨大な魔力と黒いオーラを持ち、人々から「黒鬼」と畏れられた奴が来たんだ。これは言い伝えなんて生易しいものじゃない。多くの命が犠牲になった争いは、現に数十年前まで続いていた。一般人が知らないだけでな」


 なんでも、桜屋小雪の方は「白鬼様」と呼ばれ一部の人々から崇められていたとか。


「――話を戻そう。私が思うに、この指輪はその黒鬼の持っていた物じゃないかと思う」

「え、そんなものがここに……?」

「ああ、不思議だろうが、魔力の質ってのは、並の魔術師には気付けない。ただの上質な魔道具だと思われても仕方ない。ただ、私にはこう見えているんだ」 


 校長が指輪を軽く撫でると、その周囲に禍々しい黒いオーラが浮かび上がった。


「私もこんな色初めてだよ。この世界に魔力は二種類しかないと考えれば、この黒いオーラは黒鬼由来だと思うのが自然だ。どうだい? この仮説。案外悪くないだろう?」

「そうですね……確かに」


 コデックスも何も言ってこないしな……。

 その時、プレッタがこの指輪を見て、邪悪なイドを感じると言っていたのを思い出した。


 これまで点だった漠然とした何かが繋がっていくのを感じた。


「――少年、よく聞いてくれ。君がこの厄災の元凶、文字通り世界最強のカレトリアスに立ち向かえる方法が一つだけある」

「あるんですか? そんな方法が……」 

「ああ、それは――この指輪みたいな『手にするだけで強くなれるチートアイテムを集める』事だ。この世界の人間はそもそも魔術に適正があるわけじゃない。だからこそ駆動器に頼るわけだが……私は異世界由来の武器や魔法具が他にもあると考えている。そうでなければカレトリアスの存在が説明できないからな。私はそれらを『特異遺物(アーティファクト)』と呼んでいる」


 つまり、ユキノのクロエリミウムや不滅の宝蔵(アステアルクレオス)もそれらの一つだと言う。


「あ、ちなみにこの指輪は私のだからな? これは今の君の手には余る」

「そんな事分かってますよ」

「まあ、自慢げに語りはしたが、どうするかは君次第だ。アーティファクトを探すなんてそれだけで大変だし、むしろ命を危険に晒すこともあるかもしれない。ここで平穏に暮らしたとしても誰も責めはしない。よく考えてくれ」

「はい。分かりました……」


 その後、僕は校長に続いて学校内へ降りていった。膨大な新情報に脳の疲労を感じながら。


 少なくとも、校長先生は僕の事を心配してくれてこんな話をしてくれたようだった。

 最初はかなりの変人だと思ったけど、今まであった大人の中でもかなり尊敬できる方だと思った。

 まあ、サボり癖を除けばだけど。


【登場人物紹介】〈華月院衣舞紀イブキ


役職:桜月魔術学院の校長

年齢:24

身長:163

体重:48

髪型:目元にかかるくらいの黒髪センター分け、後ろはベリーショート。

服装:袖なし&へそ出しトップス

   ※魔法で瞬時に着替えられます。


【登場人物紹介】〈華月院安律紗アリサ


役職:厄対実行部隊総司令官

年齢:25

身長:170

体重:56

肌の色:褐色

髪型:黒髪ポニーテール。前髪なし。後ろは肩くらいまで。団子にすることもある。




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