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神様の暇つぶしとか僕は知らない!  作者: ぐえんまる
第三章 《奇跡の街》
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第二十三話 『桜月』


「――私は、重力の影響を受けない体質なのですわ!」

 

 契約の後、僕はしばらくプレッタと話していた。

 何故彼女が飛べるのかを聞くと、彼女は腰に手を当てて自慢げにこう言った。仕組みは理解できないが、とりあえず周囲の空気を操ることで移動しているらしい。

 また、彼女の能力はそれだけじゃない。

 

 隠密(ステルス)能力。

 なんと、彼女が透明化する時、契約者である僕以外には彼女の魔力が一切感じられなくなるらしい。

 ちなみに、駅員さんがかけてくれた認識阻害魔術は一般人から見えなくなるだけで、魔術師同士だと簡単に感知されてしまう。


 でも、プレッタの能力は対魔術師にも有効だ、彼女は無意識にやっているみたいだけど、なんとあのリオンでも気付けないほどだった。


「確かにすごいけど……咄嗟に魔術を展開できないから俺はやらないかな」


 リオンは少し悔しそうにしていた。

 

「そうか、そういうリスクが……」

「まあ、プレッタ程完全に気配を消せる魔術師はそういない。やりたくてもできないってのが正直な所だ」


 しかし、そう言っているリオンの魔力は一切感じられなかった。なんでも、通常レベルの魔力制限は常時やっているらしい。

 

 リオンと話してわかったけど、やはりこれは僕こそ習得すべき能力だ。生き延びるために、逃げ隠れる方法は多いに越したことはない。


  * * *


 その後は、先生に誘われて船の中のレジャー施設を満喫したり、気配を隠す練習をしたりしてるうちに時間は過ぎていった。


 魔力制限は、今のところ殆ど上達していない。リオンや先生にやり方を聞いたり、ローディングで直接感覚をつかもうとしたけど、皆考えていることはバラバラで参考にならなかった。今のところ、かなり集中して数秒持続させるのがやっとだ。


 この船には見るからに裕福そうな乗客が大勢いた。船内にはコンサートホールやレストラン、カジノがあり、年配の乗客が多い。デッキや最上階のプールでは家族連れや若い乗客が遊んでいた。


 満喫と言っても、オーケストラなんて生で見るのは初めてで、その上最上階のVIP席に案内された為、緊張でほぼ楽しめなかったが……。

 演奏中、ユキノは案の定爆睡していたが、リオンは結構楽しんでいる様子だった。クラシックは嫌いじゃないようだ。


 観光客が賑わう中で、本来ならユキノとリオンは一際目立っていたと思う、それほど二人の容姿は整っている。

 しかし、僕たちはまるでそこに居ないかのように人混みの中を自由に歩くことができた。認識阻害魔法のおかげだ。


  * * *


 そんなこんなで、目覚めてから三日目の夜。

 エリア到着の数時間前。


 僕達は特にすることもなく、最上階のデッキの端で水平線に沈む夕日を眺めながら休んでいた。もちろん、一番(くつろ)いでいるのはデッキチェアでうたた寝しているユキノだ。僕はリオンと軽い世間話をしたり、これから行く場所がどんな所なのか想像を膨らませたりしていた。リオンも初めて行くらしい。


 そんな中、この船で今まで一度も無かったことが起こる。


「――楽しんでいるかね? 坊や達」


 あまりに突然だったため、三人とも驚いて声の方へ振り返る。


 プールの方から歩いてきた老夫婦が僕達に話しかけてきたのである。二人とも白髪で優しそうな顔つきだけど、来ているドレスや時計なんかから、いかにも裕福そうな印象を受けた。

 コデックスは何も言ってこない。僕は、一瞬で警戒態勢に入ったリオンとユキノを手で制止する。


「――おっと、これは申し訳ない。私達は通りすがりのただの観光客です。あなた方に害を加える気はありません」


 旦那さんが丁寧にお辞儀をして言った。


「こんばんは……。えっと、何のようですか?」

「いえ、こんな所にお若い魔術師の方がいるので、それも三人……つい気になって話しかけてしまったのです。お邪魔でしたらすぐに立ち去ります」


 ユキノがこちらに目配せして、軽く首を振っている。「怪しいから話すな」と言いたげな顔だ。


 しかし、その時ふと思い出した。この二人の老夫婦は、昨日からデッキを歩いている時に何度か見かけていた。完全に普通の一般人だと思っていたけど、今ならわかる。魔術師だ。

 

 油断していたとはいえ、近づいてくるまで誰もこの老夫婦に気づけなかった。向こうはこっちに気づいていたというのに。


 もし、この二人が敵だったら、僕は今こうして生きていたのだろうか?

 

「お二人も魔術協会に……?」


 興味が湧いた僕は、少し彼らと話してみることにした。


「いえいえ、私たちは一般人に紛れて暮らしている、いわば野良の魔術師ですよ。先祖代々微量の魔力しかありませんし、隠すのもそこまで苦労しません」


「それはご謙遜を」


 リオンだった。まだ完全に警戒を緩めていないようだ。


「とんでもない。こうして長年外で暮らしていると、嫌でも慣れてくるものです。それに、貴方こそ並の使い手ではないように見えますよ」


 すると、彼は少し目を細めて僕たちを眺めたが、すぐに笑顔に戻った。


「歳を重ねると、相手を見るだけでその人がどういう人間か、大体わかるようになります。君たちは、先ほどの警戒具合からしてなにか訳ありなのでしょう。それに関して無用な詮索は致しません。ただ、君たちを一目見て、面白い組み合わせだなと感じたのです」

 

 僕達が呆気に取られる中、彼はユキノをまっすぐ見て続けた。


「中でも、貴方は一際目立っていますね。魔力量もですが、その綺麗な赤い目。不思議な色だ」

「これは……カラコンです」

「ははは、そうでしたか。やはり、貴方は絶対的な自信を感じます。心に何か強い軸を持って生きているようだ。すばらしいと思いますよ」


 そして、今度はリオンに向き直り続ける。


「君は、この中で最も魔術の技量は上のようだ」

「まあ、そうかもね」

「しかし、その若さに似合わない暗い経験もしてきたようだ……。覚えておいてください。何かあったら、仲間に頼ってみるという選択肢もある」


 最後に、君は――。

 彼は僕の方へ視線を動かしながら言った。


「この中では最も警戒心が緩く、相手を信じてしまう質のようだ。もしかしたら、魔術師としての生活に慣れていないのか……。しかし、お仲間には恵まれたようでよかった。そして、ご自身では自覚がないかもしれませんが、最初に見た時と比べ雰囲気が変わっている。魔力を無駄に浪費せず普段は制限することを覚えたようですね。すばらしい成長速度です」


 もしかしたら、プレッタと契約したせいで魔力量が減っているだけなのでは……とも思ったけど、口を挟めなかった。


「最後に一つ、近頃はなにかと物騒な事件も多い。噂ではいつぞの京都での高校生拉致事件も魔術師の犯行だとか……。外を出歩く時はくれぐれもお気をつけて」


 アキトの事件だ。まさか、ここまで広まっているとは。 

 僕が呆気に取られていると、二人は「では、私達はこれで」とお辞儀をして去っていった。


 あとで聞いた話だと、彼らは業界では有名な実業家で、神業と称される目利き能力で成り上がったとかなんとか。

 彼らのように、魔術師がその能力を用いて社会的に成功を収めるのも珍しく無いらしい。

  

  * * *


  七月二十六日、午後十一時。

  殆ど風のない、静かな夜だ。

  僕達は、何処からともなく現れた二隻の小さなモーターボートに乗り換え――駅員さんが全員を一瞬でボートに転移させてくれた。その後、クルーズ船が見えなくなるまで三十分ほど移動した所にいる。


 ボートが停止すると駅員さん二人は立ち上がり、身軽な所作で船から飛び降りてしまった。

 二人はさも当たり前のように水面に音もなく着地し、何かを探すように少し歩いていた。


「――ここだ」

 

その声を合図に二人は屈んで、水面に手を翳す。丁度、互いが数メートル離れて向かいあった関係だ。


「自動連鎖移転システム、起動」


 すると、丁度二人の駅員が入るくらいの大きさの魔法陣が水面に現れ、淡い青色の光が辺りを照らした。


「移転先、海上第一エリア――」


 その声が聞こえたと思った瞬間、魔法陣の輝きが急速に増していき、あたりが真っ白な光に包まれる。


 咄嗟に目を瞑り、再び開いた。


「ここは――」


 海の上だった。それは変わっていない。ただ、あまりにも大きな変化があった。


 上を見上げると、さっきまで星が輝いていたのに、雲一つない快晴の青空が広がっている。かなりの長距離移転したらしい。

 感動するのも束の間、急に気分が悪くなって、船縁に駆け込む。強烈な吐き気が湧き上がってくる。


「ゔぇぇ……気持ちわる――」

「移転酔いだね。大丈夫、しばらくすると治る」

 

 一緒にいた先生が教えてくれたが、駅システムは長距離転移を連続で行う為、慣れていないと直後に酔ったりするらしい。乗り物酔いはあまりしない方だけど、今までにない酷い酔い方だ。


 僕以外の皆は平気そう……と思っていたが、もう一つの船にいるリオンも吐いていた。なんか安心する。


「ありがとうございます。少し落ち着きました」


 数分後、駅員さんは僕達の回復を待っていたらしく、僕がこう言うと動き始めた。


 今度は何もない空中に手を翳し、凛とした声で唱える。

 

「――鏡界領域、開門せよ」


 すると、(さざなみ)一つなかった水面から音もなくゆっくりと、何かが浮かび上がってきた。


 それは、門――と言うより赤く巨大な鳥居だった。

 鳥居全体が水上に微動だにせず浮かんでいる。

 つまり、鳥居を潜れという事か、わかりやすい。


「長かったね、ハルト君。あれを潜れば遂に到着だ。やっと安心できる」


 先生のこの言葉にはっとさせられた。

 

 確かに色んな事があったな。

 船がゆっくりと進む中、僕はそんな事を考えていた。


 そして――


 息を呑んだ。

 視界に突然飛び込んできたのは、巨大な島だった。


 数百メートル先、視界の端から端一面に緑色の山と白い砂浜が見える。

 そして、島中央。山の頂上に強大な白い建造物が三つほど並んでいる。直方体の白いビルのような建造物で、豪華な飾り付けがあるわけではない。しかし、真ん中の一番大きな建物の最上階付近に、特徴的な紋章が刻印されている。


 木の枝と、三日月、桜の花を組み合わせたデザインみたいだ。


「ようこそ、ここが魔術協会海上第一本部エリア、『桜月島(おうげつとう)』だ」


 


【用語解説】〈鏡界領域〉

 鏡面結界と呼ばれる一般人に視認・感知不可の結界に囲まれた異空間を作り出す技術。

 内から外へ出るのは容易だが、入るには駅員に「鏡界門」を開いてもらう必要があり、一方通行の結界となっている。領域は現実空間と重なるように存在しているため、その広さは結界の大きさに依存する。


【用語解説】〈桜月島〉


 魔術協会本部が存在する直径28kmの円が欠けた三日月型の島。

 位置情報が極秘事項であり、協会のごく一部と駅員しか知らされていない。


・場所:重要機密

・面積:100km^2

・人口:2000人

・地質:石灰岩



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