第二十一話 『契約』一
翌日、睡眠が十分に足りていた僕は日の出と共に目が覚め、ユキノを探そうか迷っていた。
見つからないことはないと思うけど、なんて言えばいいか……。
しかし、そんな悩みはすぐに無駄になった。僕達は朝早くに全員が先生の部屋に招集されたからだ。
誰より早く来た僕に先生は、経過を見ようと言って腕のギプスを外してくれた。
「うん、いい具合だ。指は動かせるかい? そうそう、いいね。予想より少し早いが、ギプスはもういらないだろう」
「すごい……感覚もほぼ元通りです。ありがとうございます」
「いやいや、礼はいい。ただ今後は安静にして、あまり私の仕事を増やさないでくれよな」
そう言って先生は笑顔で僕の頭に手をおいた。
そんなやり取りの後、他の皆も続々と集まる。
もちろんユキノとリオンもいるが、二人共お互いを避けているようだ。少しでも話すと昨日の続きになるとわかっているのだろう。
そして、集まったのは彼らだけではなかった。
「――ご健勝のご様子、安心いたしました。ハルト様」
最後に部屋に入り一触即発の空気を変えたのは、黒いスーツを来た真面目そうな女性だった。
彼女は協会の使者、名前は……たしか紫乃森綾芽とかいったっけ。
「ありがとうございます。お陰様でなんとか生き延びています」
深々とお辞儀をする彼女に、なんとか礼儀正しく答えた。
しかし、これは一体何事だろうか。
綾芽さんだけではなく、その背後に二人の若い男女が直立不動で起立している。二人共昭和っぽい黒い制服に、車掌さんみたいな帽子に黒い手袋、目元を綺麗な模様の入った黒いマスクで覆っている。
「彼らはハルト様を無事協会本部まで送り届けるため遣わされた特別な魔術師です。我々は『駅員』と呼んでいます」
彼らは軽く会釈をしただけで、何も喋らなかった。
「ご無礼をお許しください。仕事中は素顔を隠すことが規則なのです」
綾芽さんの説明では、協会本部がある特殊なエリア――みんな単にエリアって呼んでいる、の内外を行き来するには、通称「駅」と呼ばれている転移システムを利用するらしい。そのためには駅員の助けが必要なんだとか。
「この船足だと最寄りの駅まで約2日。丁度深夜に最接近する予定ですので、我々が用意した船に乗り換えていただきます。その際の詳しい段取りを伝えに参りました――」
段取りと言っても、そう難しくはなかった。船を乗り換える時の注意事項が殆どで、「駅」についてはその時が来ればわかるということだった。
最後に、僕とユキノ、リオンの三人が前に出るように言われる。
「――念の為、この船の一般乗客が貴方達を認識できなくなる認識阻害魔法をかけておきます。ただし、触れられなくなるというわけでは無いのでお気をつけください」
綾芽さんがそう言うと、「駅員」と呼ばれた二人が掌を僕に翳し詠唱を行った。詠唱といっても「――対象、神乃木ハルト……例外、この部屋にいる者……認識阻害を付与」と呟いただけだ。彼らは魔術師として結構な上級者なんだろう。
* * *
その後、それぞれが自分の部屋に帰り始めた。
そこで、僕はこんなチャンスは他にないと思ってユキノに話しかけようとしたんだけど、彼女はゴミを見るような目を向けて早足で帰ってしまった。
「はははっ、すごい殺気だったな!」
部屋に帰る途中、リオンは楽しそうに笑っていた。全く、誰のせいでこうなったと思っているんだ。
「ユキノはリオンを見ただけで威嚇してたな。後でもう一度、リオン抜きで話すよ」
「ああ、本当は……俺は君の側にいる必要があるんだが、この際仕方ないな」
「いいのか?」
「ああ、そもそも俺が原因だしな。ただし、俺はユキノにバレない程度に距離を取って待機しておく」
「ありがとう、でも大丈夫。僕だけじゃなくてプレッタもいるしね」
――はい、護衛でも何でもお任せくださいですわ!
すると、プレッタが焦った様子で姿を現し、胸を張って答えた。護衛としてはともかく、プレッタが頼りになるのは確かである。
それより、リオンがあっさり認めてくれたのが意外だった。はっきりとは言わないけど、彼もユキノが一緒なら安全だと認めているのかもしれない。
* * *
というわけで、僕はプレッタとユキノの部屋の前まで来たのだが、作戦は思ったより難航していた。
ノックをしてみてもドアは開かず。奥から小さく声が聞こえる。
「なんの用?」
「――少しプレッタと話したんだけど、やっぱりこの銀の箱は元々ユキノのお母さんのものだ。だから返しに来たんだ」
「別にいらない。勝手に貰えばいいわ」
「なんでこれを僕の母さんが持ってたのか、気にならないのか?」
「私が? なんで?」
――ハルトさん! 頑張ってください!
プレッタの応援が脳内に響く中、どう答えるべきか必死に考えた。しかし、これまで会話スキルを磨いてこなかったせいか、自信のない声で何とか答えるのが精一杯だった。
「なんでっていうか……えっと、箱を開けた時はけっこう必死だっただろ?」
「そうね。あの時は私もバカだったわ」
「それだけじゃない。母親同士に関係があるなら、僕達だって会ったことあるかもだし……」
「……なによいきなり。もしかして口説いてる?」
「はぁ……?!」
つい暴言を吐こうとして、なんとか思いとどまる。
「……誰にでも敵対視するのやめろよ。損するぞ」
「あんたには関係ないでしょ」
語気が少しが強まった。これは、まずったか?
「ごめん。少しでしゃばった。確かに、僕が自分の母親の事を知りたいっていうのもあるし、それはエゴかもしれない。でも、だからって全く関係無いとは言えない……と思う」
「それなら、コデックスに聞けばいいじゃない」
「そうだけど、あいつ加減を知らないからさ。勝手に他人の考えとか、過去を覗きたくないんだ」
「……」
返事はない。
流石に無理か。少しでも機嫌がいい時に出直そう。
「ユキノは命の恩人だ。少しでも役に立とうと思ったんだけど……ごめん」
そう言い、帰ろうとした時だった。
鈍い金属音に続き、音もなくドアが開く。
「恩人じゃない。私は借りを返しただけ」
ユキノは、憐れむような目を向けて立っていた。「全く呆れた」とでも言いたげな表情だ。
「あ、そうか……でもありがとう。どっちかって言うと、借りがあるのは僕の方だけどな」
「あんたじゃない、あんたの母親に返してるの」
「え? どういう意味だそれ」
あまりに意外すぎる言葉に、一瞬脳がフリーズする。
「――はぁ、全く呆れたわ。何も知らないなんて。……それで、何ぼーっとしてるのよ。入らないの?」
「えっと……なんかすみません」
我に返った僕は、つい恭しく頭を下げてユキノの部屋に入ったのである。
【用語解説】
★自動連鎖転移システム。通称“駅システム”
・魔術協会員なら基本自由に使える駅が世界中に存在する。
・駅を使用すると微細な魔力の波が生じる為、一度に単独の駅を起動すると駅の位置が知られてしまう。
・駅は世界中に278945個設置されているが、1時間に一回、全ての駅が同時に魔力派を発生させ撹乱する。
・ただし、起動時刻毎に実際に使用できる駅は1000個であり、その1000個はランダムに変化する。どれが本物かは駅員のみ知ることができる。
・エリアへ転移する場合、複数の駅を経由ーー瞬時に複数回転移することで追跡をほぼ不可能にしている。






