第二十話 『護衛』
コデックスと話してしばらくした後、僕とリオン、ユキノの三人はこの船の甲板、それも最上階に出た。
いや、三人でと言うより、リオンが僕にこの船を案内してくれるらしいんだけど、なぜかユキノも付いてきたというのが正しい。
外に出るとあたり一面、満天の星が輝いていた。どうやら、僕は夜中に目覚めてしまったらしい。
僕たちの部屋は最も下の階層で、最上階に上がるまでエレベータに乗る必要があった。最上階といってもかなり広く、中央に巨大なプールまである。僕の中の船のイメージが覆された。
ユキノはさっきとは打って変わり、いつも通り不機嫌そうに押し黙っている。
もしかすると、珍しく少しフォーマルな服装――グレーのチェック柄のワンピースを着せられているのが不満なのかもしれない。
「――俺、人混み苦手なんだよね」
気づくと、リオンは甲板端の手すりにもたれ、夜風に綺麗な後ろ髪を靡かせていた。
「実はここ、軽く人避けしてある。……ハルト君、本当は船の案内と言うのは建前で、結構大事な話があるんだ」
唐突に神妙な面持ちになるリオン。
僕だけがその状況に追いつけていないようだった。
「俺さっき「しばらく行動を共にすると思う」っていったよね。あれ、間違ってはないんだけど、実際はもっと真剣でさ……俺達は今後、基本的にどんな時も二人で行動する。俺が君を護衛するためにね」
「護衛……?」
「そう。実は俺、協会から雇われた魔術師なんだ。君には想像もつかない額の報酬でね。協会は君にどうしても死んでほしくないらしいけど、理由は聞かない約束だ」
リオンは結構楽しそうに話していた。
彼の実力はまだわからないけど、協会から雇われるくらいなら、相当な実力者なんだろう。
「ちなみに、僕の前はユキノちゃんが護衛任務についていたらしいんだけど、まあ、おそらく敵の出方が予想外に過激だったんだろうね。それに、男同士のほうが何かと都合がいい」
ここからは俺に任せてくれ。と、リオンはユキノに握手を求めた。
しかし、ユキノが素直に応えるはずもなく、その手を無視して「ちゃん付けキモい」と呟いただけだった。
「聞いてはいたけど、少し難しい人なんだね」
リオンは僕に小声でこう言った。
「随分自信があるみたいね」
ユキノがようやく自分から口を開いた。叫ぶとまではいかなくても、かなり強い口調だ。リオンは状況を飲み込めないようで一瞬硬直していた。
リオンはそんなつもりはないだろうけど、純粋な優しさも時に相手を傷つけてしまうものだ。
「私はまだ貴方を認めてないから」
「……そう? どうすれば認めくれるの?」
「無理ね、怪しすぎるし。今まで見てきた犯罪者と同じ匂いがするわ」
さすがに言い過ぎた。と思って僕が間に入ろうとしたけど、リオンが先だった。
「――撤回してくれないかな?」
リオンは爽やかな笑顔のまま口調が少し冷たくなっていた。
「あら、図星?」
最悪な空気だ。まさに一触即発。巻き込まれないようにと少しずつ後退していった。
なんの前触れもなく……少なくとも僕は何も気づかなかったけど、突然それは始まった。
リオンが目の前に左手を出して、「……回収、時計」と小さく呟いた。
すると、彼の眼前に水平に回転する金色の魔法陣が出現し、そこから真っ黒な懐中時計が落ちてくる。
その隙にユキノは地面を蹴ってリオンすぐ真上に瞬時に飛び出し、落下しながら空中で体を捻って左足でリオンの顔面に強烈な蹴りを食らわせた。
……と思ったんだけど、そうではなかった。
ユキノの茶色のローファーがリオンの右手の甲にあたり、鞭で叩くような痛々しい音が響く。
リオンは懐中時計を左手に、何気ない顔で立っていた。
それから目で負えない程の猛攻が繰り広げられたわけだけど、リオンはそれを全て軽々と受けていた。それも右手だけで。
ユキノが素手で戦ってるのは初めて見た。無防備なリオン相手に一応手加減しているんだろう。
しかし、リオンは最初の位置から微動だにせずユキノの攻撃を片手で受け流している。凄いとしか言いようがない。
「――武器、つかっても構わないよ?」
リオンは余裕綽々という感じで、相手を煽ることも忘れない。
それを聞いたユキノは一旦下がり、首からネックレスを外す。
「後悔しても知らないから」
――その時、リオンは懐中時計を一瞬見て、「十秒……かな」と呟いた。
そこからは、あまりに速すぎてあまり見えなかったけど、大体こんな感じだ。
ユキノはクロエを武器に変形させた。
おそらく、その変形中の刹那の間の出来事だった。
リオンはその場から一瞬消え、クロエを右手に持ったまま再び現れたのである。
クロエは変形が失敗したようで、元のネックレスの形に戻った。
「これが噂のクロエリミウムか。いい武器だ」
「――クソッ! 返せ!!」
ユキノは我を忘れたようにリオンの右手に突進するが、全て華麗に躱され全く取り返せないでいる。
挙げ句の果にリオンはネックレスを宙高くに放り投げる。
その先には、微かに波立つプールの水面が――
ユキノは迷わず飛び上がり、水面数メートル上空にあるネックレスに手を伸ばした。
「――収納、クロエリミウム」
その瞬間、リオンの声と同時に、ネックレスは金色の光に照らされながら、突如現れた魔法陣の中に吸い込まれていった。
ユキノはプールの対岸に着地し、悔しそうにこちら側を睨む。
しかし、いつの間にその背後にいたリオンがユキノの肩をぽんと叩いたのである。
僕には瞬間移動したようにしか見えなかった。
「満足かい?」
そう言い、リオンは再びネックレスを取り出してユキノに差し出した。
それを奪うように受け取ったユキノは無言で船内に消えて行ってしまった。
その後、咄嗟に追いかけた僕はしばらく船内を探し回って、彼女の部屋の前に辿り着いた。
おそるおそるノックをするも……出ない。しばらく待とうかとも思ったけど、何を言えばいいか分からないことに気づく。
今はそっとしておいた方がいいかもと半分自分に言い訳をして、僕は自室に戻った。
* * *
「――どう? 結構強いでしょ、俺」
その後、自分の部屋に帰った僕にリオンが話しかけてきた。
「ああ……うん。凄すぎて引くレベルだったよ」
「まあ、ハルト君には見苦しい所を見てしまったな。一応……彼女も俺も仕事だからさ。手加減なんて逆に失礼だろ?」
「そうなのかな……。とにかく、後で謝ったほうがいいんじゃないか?」
「わかった。君がそう言うならね」
「……ところで、さっきの魔術は何? 時計みたいなのを取り出してたやつ」
「ああ、あれ? ただの収納魔術だよ。俺の実家けっこう英才教育でさ。基本的な魔術は大体できるんだよね」
「そうなんだ……。リオンっていくつ?」
「ん? 16だけど?」
またか、自信を失いそうだ。
「そんなことより、これからよろしくな」
リオンは僕にも握手を求めてきた。
ユキノは怪しいと言ってたけど、今の所いい人に見える。
「このリオン・ローゼンハイムの名に懸けて、君は死なせない」
彼は真面目な顔でそう言った。冗談とかじゃなく、本気でそう思ってるようだ。
少しでも生き残る可能性を上げるには、頼ってみるしかないのかもしれない。






