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第一話 『頭痛』

時々誤字を修正しています。


大きな改稿をした場合は最新話の前書きに書きます。





 誰にでも苦手なものがあると思うけど、僕は病院が苦手だ。

 長い待ち時間。

 無意味な診察。

 用をなさない薬。

 金と時間を無駄にしているような気分になる。


 だけどそれ以前に、病院というのは純粋に居心地の悪い場所なんだよね。


 なぜなら、今も僕の人生を壊してくれている()()()()()()は、病院の中では更に強まり、頻度も増すからだ。


 僕はここに頭痛を治してもらいに来たはずなのに、むしろ苦しむなんて――本末転倒とはまさにこのことだ。

 ここでだめだったら、もう諦めよう。


「――もう一度、特徴を詳しく話してくれないかい?」


 小綺麗な診察室で、時折生返事しながら考え事をしていた僕はその声に我に返った。


 声の主は、佐元(さもと)脳神経医院の院長、佐元(さもと)先生だ。奇麗なグレーの髪色で、軽くウェーブがかった前髪を左右に分けている。髭の似合う渋い顔をしているけど、いつも優しい笑顔が張り付いていて、第一印象も気さくな人だった。


「はい、特徴といっても解っていることはほとんどありませんが……」


 もう何度も繰り返した説明をまた始める。といっても、(まと)めると一行で済むんだけどね。


――『何かの間違いを犯した時に頭痛が起こり、全くコントロールできない』


 これが、僕が病院に通う理由だ。


「他に何か気づいたことは?」

「いえ、とくには」

「うーむ、ハルト君、君は『共時性(シンクロニシティ)』という言葉を知っているかい?」

「いえ……」

「虫の知らせ。第六感。様々な呼び方がある。私達の身の回りでは、あり得ないような偶然の出来事が同時に起こる。例えば、仕事や学校に遅刻する夢を見て、起きたら実際に寝坊しているとか。でも、因果関係を説明するのは難しい」


「つまり、この頭痛は偶然だってことですか?」


「……つまりね、君は無意識のうちに、無関係の二つの事柄に因果関係があると思い込んでいるのかもしれない」


 いつもこのあたりで頭痛が酷くなる。人の間違いにまでこんなに反応するのは病院くらいだ。


「まあ、一応鎮痛剤とストレスを軽減する薬を出しておくから、辛くなったら――」

「すみません……全然ハズレみたいです」


 僕は耐えきれず先生の言葉を遮ってしまった。


「それと、薬は殆ど効果ないと思います」

「ははっ、また頭痛かい? まぁ焦らないでよく聞いてくれ、ここからが本番なんだ……」


 先生は軽く笑ってそう言い、デスク上のパソコンをしばらく操作していた。


「まぁ、普通の医者ならあんな風に言うだろうね」


 そう言って、画面を僕の方に向ける。

 画面に映っているのは、とある辞書サイトの一ページだった。上の方に大きく『アカシックレコード』と書かれている。


「元始から未来のすべての事象、想念、感情が記録されているという世界記憶の概念だ。恐らく君は、これに何らかの方法でアクセスしていると思われる」

「え……?」


 先生の言葉を飲み込むまでやや時間がかかった。しかし次の瞬間、あの酷い頭痛が何事も無かったかのように止んだのだ。


「当たってる……。なんで……」

「その()()とやらは、君ですら知り得ない事まで知っているらしいからね。うん……これは面白い事になった」


 狼狽える僕に構わず話を続ける先生。なぜか、凄く楽しそうだった。


「まだ確証は無いし、しばらくは様子を見よう。実は、僕も少し思い当たる節があってね。できる限りは調べておこう」


 明るい人だなぁ。

 満面の笑み浮かべる先生を見てそう思った。

 

 今まで、この頭痛が超自然的な現象だと指摘する人は何人かいた。ただ、その殆どが怪しい団体の勧誘や詐欺が目的だった。

 

 僕は新しい病院に行く度に、一からこの現象について説明していた。

 その時、僕の知っている事は殆ど話しているけど、一つだけ、どの先生にも言っていない事がある。


 その()()には名前があると言うことだ。


 かなり昔の事だけど、何かしらの本で『コデックス』と言う言葉を見聞きしたあと、しばらく頭痛がぱったりと消える事があった。


 コデックス――写本、巻物というような意味だ。


 それが頭痛を引き起こしている何かの名前である事は直ぐにわかった。心のなかでコデックスと呼び捨てても頭痛がなかったからだ。

 でも、気が触れたと思われるのが怖くて、医者にも言えなかった。


 ただ、佐元先生もこの何かに意思があるかのように話していた。

 ここまで確信に近づいていると思えたのは初めてだった。


 * * *


 家に帰ると、制服を着たままの妹がスマホをいじりながら、リビングのソファーを占領していた。僕はその肩を軽く叩き、小声で言う。


恵理(えり)さんは?」


 ゲームを邪魔された妹は煩わしそうに唸り、奥にある扉を指差した。


 どうやら来ているらしい。本当は早く二階にある自分の砦に戻りたいけど、残念ながらその前に会うべき人がいる。


 * * *


 一階の一番奥の扉を開けると、真っ先に目に入るのは巨大な本棚に整列する本達だ。その本棚はまるで外部からの侵入を防ぐ城壁のようだと思う。それらを抜けると隅の小さなスペースに作業用デスクが一つ。


 そして部屋の主は今、スーツ姿でデスクに座り、パソコンのキーボードを高速で叩いている。


 物凄く気まずい。


恵理(えり)さん……ただいま」

「…………」


 彼女は無言で僅かにこちら目を遣り、軽く頷いたかと思うと、すぐさま視線がスクリーンに戻される。


「……お釣りは、ここに置いときます」

 

 その後、そろそろと部屋を出て、階段を駆け足で登り、ようやく自分の部屋に入ると、ベッドに倒れ込みほっと息を吐いた。


 * * *


 うちの家庭は少し複雑で、過ぎた放任主義と言えばいいのかもしれない。

 八年前、母さんが死んでから、父さんはほとんど家に帰らず仕事に没頭している。それだけと言ってしまえばそれだけだ。


 恵理(えり)さんは本当の母親ではなくて、色々あって、父さんが二年前に再婚した相手だ。

 その「色々」というのは僕も詳しくは知らない。でも、あの二人がごく普通の夫婦とは違うのは、幼かった僕達兄妹にも簡単に気づく事ができた。


 それでも僕は自暴自棄になることはなかった。友達も多くはないがゼロではないし、学校に行けば僅かながら楽しみはあるわけだから。


 さらに嬉しい事に、最近はコデックスもかなり大人しい。僕の想像できる最も良いパターンは、これがただの奇病で、症状が改善されたという事だ。


 そして、最悪なパターンは……。


 いや、それを考えるのは止めよう。


 病苦、貧困、紛争、いじめ、虐待……。この世界には多くの地獄が存在する。僕の人生の中での最悪なんて、それらと比べるとまだ優しいはずだ。


 その時、ふと死んだ母さんの言葉を思い出して、少し気分が軽くなった。


『――この世界に地獄なんて存在しないのよ。終わりのある地獄なんて地獄とは言えないもの』


【登場人物紹介】〈神之木かみのぎハルト〉


役職:この物語の主人公


年齢 : 15才(中三)

血液型 : A

身長 : 157cm

体重 : 50kg


性格

基本的に冷静でまず考えて行動することが多い。読書好き。


個性

友達が本当に少ない。無表情。頭痛に悩んでいる。


能力・スキル

今のところは無し。




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