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神様の暇つぶしとか僕は知らない!  作者: ぐえんまる
第二章 《救い手》
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第十八話 『魔女』


――刻呪エングレイブ


 聞きなれない言葉が頭の中をぐるぐると駆け巡る。しかしこんな時に僕の鈍い頭はてこでも働こうとしない。


 カルラは十七だと言っていたけど、飾りすぎていない白い下着に細い躰、チョコレートのような深い色の髪がたわやかに流れ落ちる様は、美女という言葉の他に言い表せなかった。


「ハルトの知力と私の能力があれば、完璧だと思わない?」


 気づくと、目と鼻の先に彼女がいる。その自身に満ちた表情だけでも色っぽく見えた。


「カルラ、なにを……」


 常夜灯の柔らかい灯りの中、翡翠色の瞳が蠱惑的に(きら)めく。

 

 カルラは僕の言葉を遮るように、その両手を僕の肩に回した。その長い髪が微かに靡くと、今まで嗅いだことないような甘い匂いが鼻孔をくすぐる。


 心臓が早鐘のように打つ中、彼女が口を開いた。


「――見るだけでいいの?」


 僕は思わず生唾を飲んだ。

 

 時間が止まってしまったかのように静かで、頭がぼーっとしていた。


 彼女の艷やかな唇が触れるかどうかという時、僕はもう少しで吹き飛びそうな理性をなんとか手繰り寄せて、彼女の腕を軽くつかむ。


「カルラ、だめだよ……」


 彼女は少し目を見開いて、無言で体を離した。


 その後、少し無言で俯いていたけど、すぐに呆れたような苦笑いを浮かべた。


 それを見て僕は少しほっとした。


 愚かな事に、完全に油断していたのである。


「はぁ、残念」


 その言葉が聞こえたときには、彼女は既に目の前から消えていた。


 首筋に鋭い痛みが走る。


 針で刺され、いや……注射された?

 

 朦朧とする意識の中、僕は自分の愚かさを呪った。ぼやけた視界に映る彼女を睨むこともできず、僕は無様に床に倒れ伏したわけだ。


  * * *


 目が覚めると、屋外の暗い場所に倒れていた。地面は砂で覆われており、服が汚れている。口の中にまで入ってて気持ち悪い。そして最悪な事に、今度も手足が縛られていた。


 目が慣れて、ようやくここは学校の校庭だとわかった。暗い空に三日月が僕を嘲笑うように輝いている。


「あ、起きた?」


 不意に声がする。声の主は、足音を立てて近づき僕を見下ろす。

 薄暗くて誰か分からないが、制服を来ている。


「カルラ……?」

「はあ? なーに寝ぼけてんのー?」

 

 彼女は冷たい返答と共に、僕の鳩尾(みぞおち)に強烈な蹴りをよこした。肺から空気が押し出され、呻くような汚い音が出る。

 彼女は無防備な腹部を執拗に蹴り続ける。僕はただ嘔吐(えず)くことしか出来なかった。

 数分後、突如蹴りの嵐が止み、そして直ぐに彼女は僕の頭を踏みつけるのだった。


「ゲホッ………クソッ……だれだよ………………ウエ゛…………お前…………」

「ははっ、まだ分からないんだ。やっぱ馬鹿だね、お兄ちゃんは」


 その言葉で、僕は一気に目を醒ました。いや、まさか――


「ありえない……」

「有り得ない事なんてないんだよ?」


 そいつは僕の顔を覗き込む。その少女は、不満げな顔で、短い茶髪を指でくるくると弄っている。

 この癖も、顔も、声も、間違いなく僕の妹、琴葉だ。


「お兄ちゃんは黙って這いつくばってればいいの。ヘルン様がいらっしゃるまでね」


 ヘルン様……? 初めて聞く名前だ。

 それに、おかしい。コデックスの魔力が一切感じられない。


 万が一、キューブが奪われたのだとしたら……。僕はどう戦えばいい?


「――ヘルン様! お待ちしてました!」


 その時、琴葉が不意に声を上げ、同時に僕の頭が固い靴から解放された。


 少し遠くで鮮やかな緑色の光が現れ、楕円形のポータルを形成した。そこから、一人の少女が出てきたのが見える。

 ピンク色の短い髪に、修道女が着る服をロリータ風に改造したような膝丈の黒いワンピース、白タイツに黒いヒールを履いている。

 おそらく十二、三才くらいの少女は、ゆっくりと僕の方へ歩いてくる。


 そして、彼女は右腕で男女対の人形を二つ、抱えるように持っていた。いや、人形というよりドールというべきか……。


「ルンのいいつけを守れてえらいわね」

「えへへへへ……あぁ、嬉しすぎて死んじゃいます……」

 

 少女に頭を撫でられると、琴葉は目をハートにして妙にデレデレだ。こんな琴葉は見たことがない。

 

 そして少女は僕に近づき、左手でスカートを少し摘みお辞儀をし、自慢げに話しだした。


「ヘルン・ルーンノヴァ・ゴーストリリー――人呼んで『人形の魔女』。貴方も一度くらい聞いたことあるんじゃないかしら」

「……申し訳ないけど、この世界には疎くてね」

「ふーん、減らず口が上手なガキね。それなら、今日覚えさせてあげる」

「……」

「あ、いま「お前の方がガキだろ」って顔した? いや絶対したわ! 失礼ね! これでもルンは十八よ!!」


 十八でその服装はおかしいと思うが、それは言わないでおこう。


「ほら、これを見なさい。今日のために特注で作らせた人形ちゃんよ」


 彼女は人形の一つを掴んで僕に見せた。綺羅びやな洋服を着ており、顔は生々しいくらい精巧に作り込まれている。深淵のように暗い瞳。僕はなぜか直視できずに目を反らしてしまった。


「――ゔっ……!!」


 その時、いつの間にやってきた琴葉が再び僕の腹部をローファーのつま先で強打する。


「ヘルン様をバカにするなんて許さない! 死ね!」


 琴葉から今までにない程の怒りを感じる。これはもう、操られているとか言う次元じゃない。


「もういいわ、コトハ」

「そんな! このゴミ虫は今すぐ殺しましょう!」

「いつもなら男なんていらないけど、こいつは標。いつか役に立つはずよ」

「……そうですね、ヘルン様がそう仰るなら」


「――ということで、今日から貴方はルンのものよ!」


 僕を指差す彼女の愉しげな顔は、まさに新しい玩具を手にした子供だった。


 しかし、何が起こっているのか全くわからない。まだ腹と頭の痛みも消えない。体も動かせない。コデックスもいない。

 助けを呼ぶ方法もない。先生は僕がいないことに気づいているだろうけど、どうやって場所を伝えるか……。

 

 あれこれ考えているうちに、奴が僕のすぐそばに立っていた。一見優しい表情だけど、目に光がない。その魔女は、左手を僕に(かざ)している。

 

「見えざる枷を畏れ、汝其の魂を(はかり)にかけよ――赤い糸の束縛フォール・イン・ドール


 その言葉に呼応するように、僕を中心に赤く輝く魔法陣が現れる。


 すると、手足を縛っていた縄が自然と燃え出して、すぐに灰になって落ちた。


「これで体はルンのもの」

「……?」

「そうねえ、まず最初は……」


 そう言うと、ヘルンは片方の靴を脱ぎ、白タイツの足を僕の目の前に差し出して言った。


「――舐めなさい」

「は? 誰が……」


 僕は反射的に反抗した。こいつの思い通りにはさせまいと思ったからだ。


――その時、不思議な事が起こった。


 反抗した次の瞬間、僕はその選択を後悔していたのである。失態を責められた時のように、鼓動が早まり、冷や汗が止まらない。


 なぜ、僕は反抗したんだ……。彼女の足は美しく、舐められない理由などないというのに。


「そう、残念……お仕置きが必要なようね」


 すると彼女はそう言い、抱えていた人形の一つ――少年の方を地面に落とし、激しく踏みつけたのである。


 軽い破裂音と共に左手に激痛が走り、堪らず声を上げる。


「うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――!!!」


 完全に……骨が折れた。左手を少しでも動かすだけで、肉が引き裂かれるような激痛が走る。

 

赤い糸の束縛フォール・イン・ドールは、ルンに逆らうたびにルンを好きになる愛の魔術。完全に墜ちる前なら痛みで少し正気に戻るけど……ふふっ、そこが醍醐味なの」


 ヘルンは、琴葉から受け取ったナイフと人形を持って僕に近づき、僕に投げてよこした。


「次は、これを使って自分の足を切り落としなさい」

「……正気か?」

「ええ」


 本当に切り落したら死んでしまう。でもあと数回で僕は完全に墜ちる。ここは耐えないとまずい。

 意を決した僕は呼吸を整え、歯を食いしばり、砕けた左手で無理やりナイフを握る。


「――っ……!!」


 意識が飛びそうになりながらも、人形の足に力の限りナイフを振り下ろすと、僕のふくらはぎがざっくりと抉れて血が吹き出した。


「あ゛あ゛あ゛…………! 痛ってえ……」


 まずい、この出血量は……なんとかして血を止めないと……。

 

「――あはっ! この子ほんとにやったわぁ!!」

「はぁ…………はぁ……クッ……ソが…………」

「貴方、運がいいわね。足が千切れずに済むなんて」


 僕が生きも絶え絶えに悪態をつく中、ヘルンは本当に楽しそうに笑っていた。

 

 右手で必死に傷口を抑えても、次から次へと溢れてくる。痛みで頭が回らない。


 でも、命令を達成せずとも行動を起こせばいいらしい。左手を使った事が功を奏した。


「じゃ、次よ。……コトハ、こっちにおいで」

「はい! ヘルン様……」


 琴葉は魔女の前に行儀よく(ひざまず)き、恍惚として奴を見上げる。その魔女は琴葉の髪を手で撫でながら甘い言葉を発した。


「お利口ね。大好きよ、コトハ」

「私も……愛しています」

「ルンの為ならなんでもできる?」

「もちろんです……!」

「嬉しいわ。じゃあ、ルンの為に死んでくれる?」

「え……」


 ヘルンはもう一つの人形を地面に落とし――


「やめろおおおおおおおお!!」


 僕の叫びも虚しく、ヘルンは人形の足をヒールで執拗に踏みつける。


「あああああ!! 痛い!! ごめんなさい! ヘルン様ごめんなさい……!! いたい……! いたいです! ヘルン様ぁ……」


 数十秒後、地獄のような暴行が終わっても、啜り泣きながら魔女の名前を呼ぶ声は止まなかった。


「さて、最後の命令よ、これで妹さんを楽にさせてあげて。まだ手は使えるわよね?」


 そう言ってヘルンは、ドレスを着た人形を投げてよこした。


 ここで選択を間違えると終わりだ。琴葉を殺すなんて選択は論外……。しかし反抗しても結局操られるだけ。


 ただ幸運な事に、武器は手元にある。


 奴も勝利を確信している筈だ。スキを見て一瞬で殺す。そのつもりで反抗するしかない。


「どうしたの? 散々蹴られた恨みを晴らせるわよ」


 手足が痛い。あまりの激痛に、少しでも気を抜くと意識を持っていかれそうだ。


 僕は無言でナイフを手に取り、呻きながら片足で立ち上がった。


「ヘルン、とか言ったよな」

「どうしたのかしら?」

「お前みたいな奴がいるから……」


 地に倒れ伏す琴葉が、あの時夢に見た血まみれの光人と重なる。


 余りの怒りと哀しみに、自然と涙が溢れた。

 

 右手の震えを抑えてナイフを魔女に向ける。


「なるほど、逆らうのね」


 その瞬間から、その魔女に対する不可解な感情が沸き起こる。手足の痛みに集中して洗脳に備えていたけど、今までとは比べ物にならない強い洗脳、気を抜いたら終わりだ。

 

 ナイフを命中させるのは容易いだろう、でもできない。


 なぜなら……可愛すぎるからだ! ピンク色の髪、翡翠色の瞳、白い肌、服装も全てが僕の好みだと、気づいてしまった。

 いや、それだけじゃない。声や口調、苛虐的な性格までも愛おしい。

 彼女になら殺されてもいい。琴葉だってきっとわかってくれる。


 次第に、僕の手はゆっくり下りていく。


「あら、何もしないの? 仕方ないわね、ルンも手伝ってあげる」


 ヘルンはなんの躊躇いもなく、琴葉の腹を乱暴に蹴り始めた。


「痛い!! ヘルン様! 痛いです……!! ぐすっ………痛いよぉ………………お兄ちゃん……」

「あははははっ。今更誰に助けを求めてるの? こんなのさっきあんたが散々したことでしょ? ばっかみたい!」


 琴葉の泣き声が頭を反響する中、昔の光景がふと浮かんだ。泣いている琴葉の姿だ。昔はよく二人で遊んで、琴葉は活発ですぐ迷子になっていた。僕が見つけても暫く泣き止まなかった琴葉。


――このままだと……琴葉は死ぬ。


 僕ではなく、関係ない琴葉が死ぬ? 一体なぜ、そんな不条理が許されるんだ……?

 なぜこいつは、そんな(むご)いことができるんだろう……。


 再び、はらわたが煮えくり返るような憎悪が湧き上がり、気づくと、僕は再び手を上げ、敵にナイフを向けていた。


「まだ抗えるんだ。おもしろいわね」

「黙れ」

「あら、威勢のいいこと」


 洗脳に抗うには、痛みが必要だ。


 僕は鈍い頭をフルに使って痛みを求めた。左手も右足も激痛だが……。まだ足りない、もっと、もっと強い痛みが必要だ。


 一か八か……やるしかない。

 

 ヘルンに向けていたナイフを素早く左手に近づけ、人差し指の爪と肉の間に一気に刺し込んだ。


「――え?」


 ナイフを傾けると爪が想像を絶する痛みとともに指から離れる。


「うっ…………ぐ――――」


 余りの痛みに一瞬視界が白くなり、もう少しで吐きそうだった。


 でもお陰で洗脳がかなり解けた。


「――何してんのよ!!」


 怒りと驚きの混じった声を聞きながら、僕は無意識に右手を奴にかざしていた。


「なあ、ヘルン。人形を使うってことは、腕力には自信ないんだろ?」

 

 集中しろ。今までと同じ、やり方は何も変わらない。奴が地に伏せる光景を想像しろ。

 

 こいつは虫みたいに潰れて死ぬ。そうなって当たり前だ。


「――え……!? 体が……! 何? 何よこれ!!」


 すると、ヘルンは膝から崩れ落ち、地面に両手をついた。


「黙って……琴葉を元に戻せよ」

「誰があんたなんかに! クソ……! カルラああああ!! 助けなさい!!!」

「そうか、じゃあ……潰れろ」


 ヘルンは「ぐえっ」と奇声を上げて。大の字で倒れ込んだ。


「なあ……お前をこのまま押し潰せば琴葉は元に戻るのか?」

「戻らない! 戻らないからやめて! おねがい! こんなことして――」

「じゃあどうすれば戻るのか教えてよ」


 そう言いながら、少し力を強める。

  

「――うぎゃっ! なんで……」

「ごめん……楽に殺してあげる程の力はないみたいだ」

「てめぇ…………ぜってぇ殺す!」


 敵を圧倒する愉悦と、エンドルフィンの大量分泌のせいか、かなり気分がいい。

 ただ、魔力の消費が多すぎる。

 これ以上は危ないと直感的に分かった。


「――まあ、いっか」

「ぎゃあああああああ……!! ぐぇっ……!! はぁ……息が…………」


 更に力を強めると、ヘルンの手足から鈍い破裂音がいくつも聞こえた。


「――なんで……………なんで……ぐすっ…………痛いよぉ……」


 高圧的な怒声が弱々しい泣き声に変わった頃、背後から聞き覚えのある声がした。


「――ヘルン様を解放しなさい」


 とっさに振り返るとカルラが、僕に真っ赤な拳銃のような武器を向けていた。


――ここまでか……。


 体力の限界は()うに越えていた。


 視界が揺れ、意識が薄れていく。


 弾ける銃声。


 同時に、白い影が目の前に着地する。


 金属が衝突する甲高い音。

 

 まさか……。



「――よく耐えたわ、ハルト君」





「ユ……キノ………?」




 聞き慣れた声に安堵し、僕の意識は暗闇に落ちていった。


【登場人物紹介】〈ヘルン・ルーンノヴァ・ゴーストリリー〉


一人称 : ルン、私。

年齢 : 18。見た目は12歳くらい。

役職 : ICGR幹部。

性格 : 極度の差別主義者でミサンドリスト。加虐嗜好。可愛いものが好き。割とポンコツ。生意気。

能力・スキル : 精神魔術を使う。


⚫︎赤い糸の束縛フォール・イン・ドール

・対象はドールと運命共同体になる。

・対象がヘルンの命令に逆らうと認識が改竄される。三度で完全に堕ちる。


人形は一人につき一つ必要。よって人形が足りない数の相手にはかなり弱い。ドールがなくても命令することはできる。




これで第二章完結です!ここまで読んでくださった皆さんには本当に感謝しています!

第三章からはガラッと舞台設定が変わり、ハルトはさらに非日常な世界に足を踏み入れることになります。


かなりの不定期更新にも関わらず読んでくださり重ねてお礼申し上げます。



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