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神様の暇つぶしとか僕は知らない!  作者: ぐえんまる
第二章 《救い手》
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第十六話 『少女』

【登場人物紹介】〈紫乃森しのもり綾芽あやめ


役職 : 魔術協会の一般職員

年齢 : 26

身長:165

体重:53

血液型 : A






 七月十二日午前十時。僕は今、他愛もない考え事をしながら一人、静かで完璧に整った住宅街を歩いている。


 四年しか住んでいないけど、僕はこの丁度よく緑もあって長閑(のどか)な雰囲気を割と気に入っている。


 この時間と言えど、学校では夏休みも始まろうという季節だ。刺すような日差しが眩しい。


 歩き疲れた僕は、少し涼もうとバス停のベンチに腰を下ろした。ここでは毎朝、通学生で溢れている光景を目にするけど、今日は誰も見ていない。


 正直なところ、地元に別れを告げようというような殊勝な考えはない。夜まで休みをもらったのに特にすることもないから、こうしてぶらぶらしているわけだ。


 学校にでも行ってみようかとバスを待ちながら、僕はポケットに手を突っ込んでとある物体を取り出した。

 その立方体は綺羅(きら)びやかに陽の光を反射して赤く輝いてる。


――赤巧石(レッドクリスタル)。一昨日、協会の使者を名乗る女性から貰った手土産だ。協会の魔術研究の集大成。人類の英知の結晶。文字通り、人間の魔力を結晶化しただけのものらしい。


 僕が貰ったのは三つだけ。これがどのくらい使えるのかは分からない。


 キューブをしまって顔を上げた僕は、驚きのあまり声をあげそうになる。


 僕の目に飛び込んできたのは、黄金色に輝く大きな二つの瞳と、その下に垂れ下がる長い黒髪。


 幼女が、腕を組んで真っ逆さまで宙に浮いている。それも、顔を赤くして僕を睨むように見つめて。


 彼女の名はプレッタ。

 とある箱から現れた謎の少女である。なぜ彼女がここにいるのか僕にも全く分からない。いつの間にかプレッタは姿をくらまし、僕たちが箱を開けて以来、気配すら感じられなかった。

 

 それより、今現在なにかを言いたげに僕を睨む彼女をどうすべきか。


 今日は使いたくなかったんだけど、あいつに頼るしかないのか……。


――ハルトさん!

 

 キューブの電源を入れるとすぐに、プレッタの叫び声が聞こえてきた。


「プレッタ、今までどこにいたんだ?」


 彼女はくるりと宙返りをし、少し俯いて答えた。


――すみません。その、姿を消してずっと後ろにいたのですが、なかなか話しかけられなくて。

 

 なるほど、プレッタは姿を消せると。


「それで、いきなり現れてどうしたんだい?」


――その、申し上げにくいのですが……。


 プレッタは後ろに手を回し、もじもじと足を動かしていた。


 すると、耐えかねたかのようにぎゅるるるると鳴るお腹。


「なんだ、お腹空いてるのか」


――ちが……! あ……いえ……違いません……。


「そうだな、バスが来るまで時間もあるし、近くのコンビニにでもいく?」

 

――あ、はい……!


  * * *


 コンビニでアイスを買って戻る中で、プレッタは少し自分の事を話してくれた。


 彼女は十年前に敵にかけられた呪いのせいで、常に空腹に耐えなければならないらしい。その上、空腹になればなる程体は痩せ細り、服もボロ布になって、あらゆる衝動が抑えられずに攻撃的になる。


――その呪いも、今ではかなり薄まってますが……。


「え、そうなのか?」


――はい! 最初はさらに、何を食べても全て口の中で灰になるという呪いでした。でも今ではこんなに美味しいものを食べられるんですから、十年間も眠った甲斐があるってものですわ!!


 プレッタはアイスクリームを頬張りながら嬉しそうに話した。内容はその光景にそぐわない凄惨なものだけど。


 そうこうしているうちに僕たちはバス停に戻る。バス停の様子は、先ほどと何も変わらなかった。ベンチに学生服を着た少女が一人、座っていること以外は。


 ふと気づくと、プレッタの姿が見えない。やはり、まだ他人は怖いのかもしれない。


 僕は何も考えず少女の隣に腰を下ろす。……なんて事をする勇気があるはずも無く、標識にもたれ、何気ない顔で魔法の板切れに変形させたスマートキューブを眺めた。


 しばらくしてバスがやってくる。案の定がらがらのバス内。僕は最後尾付近の窓側の席を敢て選んですわると、彼女はその反対の窓側の席に座った。もっとも目が合わない位置だ。


 完全に安心しきった僕はキューブの電源を消して、いつも通り窓の外を眺めながら、少しずつ脳を侵食する睡魔に身を委ねた。


  * * *


「――んぁ……?」


 背筋がゾクゾクするような、不思議な感覚によって僕は目覚めた。


「あ、おきた?」


 まだ、僕はバスの中だ。さっきと違うのは、僕の隣の席に一人の少女が座っているという事。


 少女の方を見ると、ダークブラウンの長い髪と、翡翠のように鮮やかな緑色の瞳が目に入る。言うまでもない美少女だ。黒い地に白い線が入ったスカート。白いブラウスの半袖に荘厳な紋章が刺繍されている。


 僕でも知っているとあるお嬢様学校の生徒だ。


 その彼女が、僕の耳元で囁く。


「ゾクゾクするでしょ?」


 たしかにゾクゾクしたが、僕は正直に答えるのを躊躇(ためら)った。


「あんた誰……?」


 彼女は少し不機嫌そうな顔をして言った。


「それより君、こんな時間に学校はどうしたのかなー?」

「それは……僕のセリフです……」

「ふふっ。そうね。でも魔術師の先輩には優しくした方がいいんじゃないかな?」


「え?」


 僕は魔術師という言葉に警戒し、彼女を少し睨む。

 もしかしたら、プレッタもそれに気づいていたのかもしれない。


 すると彼女は小さく溜息を吐いてすこし俯いた。


「同年代の野良の魔術師なんて珍しかったから仲良くなろうと思ったんだけどなぁ」

「……」

「迷惑だったらごめんね……」

「いや……」


「私カルラ。よろしくね」


 彼女は一度謝ったから解決とでも言わんばかりに、笑顔で握手を求めてきた。


 僕はそのよく言えば天真爛漫、悪く言えば自己中心的な性格に驚きつつも、怒る気にはなれなかった。


「僕はハルト……」


 恐る恐る握手にこたえると、彼女はあからさまに嬉しそうに笑い。さらに饒舌になった。


どんな魔術を使うの?

これからどこいくの?

どこの学校?


「そうね。先に私が手の内を明かさないとだよね」

「手の内?」


 僕が答えかねていると、カルラという少女はそっと僕の手を取りこう言った。


「私ね。ジャンプできるの」


  * * *


 気づくと、僕と彼女は向かい合って座っていた。


 右を見ると、ガラス張りの壁の向こうには忙しなく歩く人々が見える。そして目の前には、背の高いカップに溢れんばかりのチョコレートパフェと二つのスプーン。


 僕たちはなぜか、カフェのような店の隅で、小さな四角いテーブルを挟んで座っている。


「ここ、私のお気に入りの店」


 目の前の彼女は自慢気な顔でそう言い、スプーンの一つを取って美味しそうに一口食べた。


「おいしい……! ね、君も食べなよ」


 そういって彼女はスプーンで僕の方を指す。


「あ、でも僕お金が……」

「え?」


 彼女は一瞬目を丸くし、軽く吹き出した。


「ふふっ……私たち魔術師なのよ!?」

「うん、そうだけど?」

「本気で言ってるの……?」


 彼女はさっきとうって変わり、僕に驚きの……いや、憐れみすら混じった視線を向ける。


「……つまんない」

「え? どういうこと?」

「ハルト君って、ルールは絶対ってタイプ?」

「いや……」


 口では否定したけど、これは割と図星だった。


「私達は普通とは違うのよ?」

「普通って?」

「非魔術師。真実を知らない幸せな一般人のこと」


 僕はこの時、彼女のさも当たり前と言うような物言いに、初めて彼女の強い意志を感じた。


 いや、意志というよりは極端すぎる思想かもしれない。


「なるほど。でも僕は敢えてルールを破る気にもならないな」


 そして、こういう時に反論せずにはいられないのも僕の悪い癖だった。


「ふーん。そんなに言うなら見せてげる」


 彼女は楽しそうな笑みを浮かべ手を差し出した。


「見せるって何を?」

「世界がどれだけ広いのかってこと」



――その後、僕は彼女に連れられいろんな絶景を目にした。


 人が足を踏み入れない深い森、七色に輝く洞窟。無限に続く砂漠。アフリカの草原地帯からヴェネチアの美しい街並みまで、一箇所に長くは止まらないけど、目まぐるしい世界旅行だった。

 ただ、標高数千メートルの雪山の頂上に行ったときは死ぬかと思った。


 そんなこんなで最後にたどり着いたのが、東京のとある高層ビルの屋上。


「ここらで一番たかいのよ!」


 強風に長い髪をはためかせ、彼女は楽しそうに夕陽に照らされた絶景を眺めていた。


 まるで、本当に僕らが上位存在であるかのようだ。彼女には、これが日常なのだろうか。


「でもたしかに、悪い気分じゃないね」

「そうでしょ?」

「カルラはすごい魔術師なんだね」

「そうかな。昔から妹のほうがずっと優秀よ」

「僕も妹がいるけど、その気持ちわかるよ」


 妹さんは元気? と何気なく聞いた僕は少し後悔した。


 彼女は伏し目がちに「私の手の届かない所に行ってしまった」と呟いたからだ。


 焦った僕は話題を変える。


「ごめん……。カルラ、さっきどんな魔術を使うのかって聞いたよね?」

「え、教えてくれるの?」

「といっても僕は、軽いものを少し動かせるだけだけどね」

「やっぱり物理型なんだ! 私と同じだね」


 彼女は、少し嬉しそうに話し始めた


「私ね、空間系の魔術の大半を使えるの」


――こんなこともできる。


 と言う声とともに、僕は何かに背中を軽くトントンと叩かれた。


 咄嗟に振り向くと、そこには翡翠色に輝きながら回転する円形の幾何学模様――いわば魔法陣のようなものがあって、そこから一本の手が伸びている。


 カルラの方を見ると、案の定、もう一つの魔法陣に右腕が飲み込まれていた。


「こんなことが……」


 僕は驚きのあまり言葉を失った。そして、カルラが僕より圧倒的な上級者だと改めて思い知る。


「すごいでしょ」


 彼女が嬉しそうに笑うと、黒い渦は消滅する。


「――ハルト君、何か夢はある?」


 僕が立ち竦んでいると、唐突にカルラはそう聞いた。


「どうして?」

「今ならそれを叶えられるかもしれないでしょ?」

「そうだな、特には……いや、一つあるよ」


 

 空を飛びたい。


 僕はそう答えた。自分でも、本当に俗な願い事だとおもうけど、自由に空を飛ぶことに昔から少し憧れていたからだ。


 

「まあ、今の僕の魔力量では――」


 僕の言葉はそこで途切れた。


「――っ……!!!」


 その時、僕は既に飛んでいたからだ。


 一瞬で足場が消失し、文字通り心臓が縮み上がったような気がした。


 全てがスローになる中、僕は後悔していた。やっぱり信用するんじゃなかったと。



 そう、僕はカルラという謎の少女に、数百メートルあるビルの屋上から突き落とされたのだった。



【用語解説】〈クリスタル〉

 魔力が圧縮されて物質化したもの。高価だが、最も簡単に魔術を使えるアイテム。術式を無視して魔力量の範囲で願いを叶えてくれるから、魔術というより魔法に近い。地球上に存在するのは以下の二種類だと考えられている。


・赤巧石(レッドクリスタル/人工クリスタル)

魔力を人工的に圧縮したもので、赤く光る立方体。また、適した装置を使えばあらゆる科学エネルギーに変化させる事ができる。単に「クリスタル」と言う場合、レッドクリスタルを示す。


・天然クリスタル

魔力の多い土地で自然と結晶化してできたクリスタル。色は様々だが、緑や青系が多い。形は必ず正多面体となる。魔法への利用は普及しているが、科学エネルギーへの変換は未だ実現していない。

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