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神様の暇つぶしとか僕は知らない!  作者: ぐえんまる
第二章 《救い手》
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第十三話 『覚醒』ニ


 あ……。僕のせいだこれ。


 もう十数年も兄妹としてやってきた妹の事を、僕は何も知らなかったんだと気付かされた。


 一歩間違えれば知るべきでない事も知りかねない。そう思って、もう一度妹に謝ろうとした時――

 

 ピンポーン。


 玄関のベルが鳴った。コデックスは何も言ってこない。


 玄関まで歩いて覗き穴を覗くと、そこには黒髪セミロングに黒いスーツのOL風の女性。腕を組んで、少し難しい顔をしている。


 よかった。恵理さんが帰って来ただけだ。


「――はぁ、私が鍵を忘れるなんて……」


 中に入れると、恵理さんはいつもと少し様子が違った。上気して少し赤い頬。軽く緩んだネクタイ。廊下を歩く足取りも不安げだ。


「もしかして酔ってます?」

「よってません」


 そう言った彼女は、冷蔵庫からビールを取り出して一気に飲んでしまった。常に冷静な人が珍しい。


 僕も、テーブルに戻って黙々と食べ始める。


――あ゛あ゛ぁ、美味しい……。


 すると、声が脳内で再生される。まあ、別に聞きたわけではないけど、コデックスが勝手にやっていることだ。


 彼女が僕の方をチラリと見た。 


――はぁ、相変わらず不愛想ね。どうやったらそんなに情緒が安定するのかしら。


 驚いた僕と偶然目が合って、咄嗟に逸らしてまった。


「ん? どうしたの? ハルト君」


 急な事に僕は、「あ、いえ、なんでもないです」とだけ言い、また黙々と食べ始めた。


――ん……? 焦るなんて珍しいわね。普段は怖いくらい無表情なのに。何かいい事でも――


 ストーーップ!! これ以上はなんか怖いからやめろ!


 堪えかねた僕はコデックスを止める。



――これからいい所かもしれないだろ?


 もう大体わかったよ! 僕に愛想がないって話だろ?


――まあ、それもある。コミュニケーションは大事だからな。


 言っておくが、僕の性格が歪んだのはお前のせいだからな? 


――それはそうだが、僕は家族関係を拗らせようとしたことは無い。


 でも現に……。

 

――だが、結果的にそうなってしまった事は否定できないな、今後家族と疎遠になるとしても、それは謝ろう。


 ん? 何を言っているんだ?


――君は標なんだ。本来の生活を続けられると思っていたのかい? もっとも、家族を危険に晒したいなら別だが。


 ああ……なるほど。


 お前、少女を騙して死ぬまで酷使するようなキャラに見せかけて、実は優しいのかもな。



   * * *



 七月六日。あれから、また一週間が過ぎた。


 僕の生活は大して変わらず走ったり、先生の話を聞いたり、あとはひたすら魔覚を使いこなす練習だった。先生は「順調だね」と楽しそうに言っていた。でもまあ、先生は誰でも褒めるタイプみたいだけど。



 そして今日、遂に実践って事で、基礎的な魔術を教えてもらう事になった。



 地下室の白い机の上に、水を入れたコップと空のコップが用意されている。先生が少し集中するような表情を見せると、コップの表面からちゃぽんっと音をたてて、直径数センチ程の水の玉が浮かび上がった。呪文とか魔法陣とか、魔術的なものは特に無い。


「すごい……」


 浮かび上がった水の玉は、隣にある空のコップの上まですっと移動し、ぽちゃっと落ちた。

 

「呪文とかは無いんですか?」

「ああ。君にまずやってほしいのは呪文の暗記ではなく、もっと根本的な魔力の使い方だ。基本のキってやつだな」

「わかりました。でもこれって、魔法というよりまるで……」

「超能力?」

「……はい」

「たしかに、巷で超能力と呼ばれるものと見分けがつかないが、残念ながら超能力は存在しない。それに近いものは無い事もないが……今はいい。それよりハルト君、この水はなぜ丸いと思う?」

「えっと……表面張力ですか?」

「そのとおり。魔力で浮かび上がらせたとしても、この科学的法則は歪んでない。この世界では魔術よりまず、科学が先にあるんだ。法則をどれだけ歪ませられるかは、術者の腕や魔力量、そしてその法則への理解度で決まる」

「はぁ」


 それから、僕も実際に試させてもらったけど、全くもって、浮び上がらせることすらできなかった。


 先生は、「水を浮かばせようとするんじゃない」と言った。よくわからない言い方だ。


「――浮かぶのが当たり前だと思い込むんだ。同じだと思うかもしれないが、思い込みってのは大切でね」


 先生は簡単に言うけど、これが一番難しい。十五年かけて作られた常識を否定する事は簡単じゃない。


――いや、簡単だよ。


 と、コデックスはそう思わないみたいだ。


 何か方法があるのか?


――今までの記憶が邪魔をするんだったら、先取りしてみるといい。


 先取り? 何を?


――上手くいった時の記憶だよ。


 その瞬間、視界が一瞬暗転して、別の視点が映し出される。



 この感覚には覚えがあった。光人が殺される夢を見た時と同じ、誰かの中に入り込んだみたいだ。


 その誰かというのが、今回は佐元先生だった。視点が高く、見下ろした先に僕の顔がある。

 

 先生は目の前のコップを見つめ、コップの水を移して見せると、真剣な顔で見ていた僕が「すごい……」と呟いた。


 僕は今、先生の記憶を追体験しているらしい。視線の変化、微妙な体の緊張、思考の流れ、先生が想像しているイメージも、全てはっきりと分かる。


 理屈とか全てすっ飛ばして、先に完璧な答えが提示される感じ。これが先取りか。


――記憶を直接送り込む僕の機能の一つだ。分かりやすく『ローディング』とでも名付ようか。


  * * *


 初め、僕が一度に移せる水の量は少なくて、直径1センチくらいの玉が限界だった。その上、相当頭が疲れて、しばらく休まないと全く集中できなくなる。

 

 二、三秒で落ちてしまったけど、初めて成功した時は物凄い感動だった。暫く顔が笑ってしまうのを止められなかった。


 呪文を使わない魔術は、とても非効率で無駄が多いらしい。呪文や魔法陣による魔術が高層ビルだとすれば、これはピラミッドの建設のイメージだ。


 それなら呪文に頼ればいいという話だけど、先生曰く、僕の魔力量がまだ足りないんだと。


 魔法といったら、炎や水を作り出して、それを操って攻撃したり、もっと派手なイメージもあるけど、それができない程に僕の魔力量は少ない。


「――力が足りないなら、君はまず技を極めればいい。力に対して技で勝るなんて、かっこいいと思わないかい?」


 という言葉を信じて、丸一日かけてコップの水を移した。

 

 慣れてくると、一度に移せる量がかなり増えて、今では二、三回で全て移すことができるし、疲れにくくなった。心なしか魔力量も少しずつ増えている気がするけど、単に上達して無駄が無くなっただけなのかもしれない。


 ローディングというやつは、一度で何でも覚えられる便利な機能じゃない。追体験できるだけで、夢を見る感覚に近い。でも、難しい概念や感覚を理解するのには最適だった。そして、何度しまくって分かったけど、一切体力を使わずに反復練習ができるという凄いメリットがある。例えるなら、ゲームのリプレイ機能だ。


 あと、この水移しは一見簡単な事をしているように見えて、それなりに複雑だと分かった。


 水玉がゆっくりと浮かび上がる時、水に加わる重力自体をキャンセルしていたらしい。先生も無意識にやっていたみたいだけど、よく考えれば納得だ。


 つまり、常に魔力を消費して浮かせ続けるより、始めに少し多めに魔力を消費して重力の影響を無効化する方が効率的。ということらしい。その後、水の玉を移動させるのは単に力を加えただけ。魔力を物理的な力に変えて、いわゆる念力(サイコキネシス)を再現するわけだ。


 試しに、最初から念力で水を移動させようとしたところ、全ての水が勢いよく噴出してしまった。でも殆ど疲れはなく、魔力もあまり消費していない。


 考えてみれば、水の粒子全てに同じ力を加えなければあんな動きにはならないし、そんなの不可能に近い。


 だからこそ重力を無効化する必要があったわけだ。


 こんな風に、同じ目的を達成するためにいろんな方法がある。先生に聞いたところ、「コップの水を移す呪文」なんてものもあるらしい。


  * * *


 「技を極める」といったものの、単純作業だけだと流石に飽きてくる。何かいい方法は無いかと先生に聞いたところ、いいアドバイスがあった。


「一週間、手を使わずに生活するってのはどうだい? ルールは簡単。朝食を食べた後、朝九時から夜九時まで、このホテルの中にいる時は一切手を使わず、念力だけで生活する。一週間ということは、厄災(ゲーム)が本格的に始まる七月十三日までだ」

「難しそうですね……」

「べつに罰ゲームがあるわけでもない。気楽に考えてくれ」


 という感じで、僕の念力生活が始まった。


 始めに試したのは、歯磨き。歯ブラシみたいな軽い固形物は重力を無効化しなくても浮かせられた。ただ、静止させるのは結構難しい。毎日やっている筈の作業にとても苦戦した。普段の三倍くらい時間がかかってなんとかクリア。


 他にも、読書、ドアを開ける、リモコンの操作。ドライヤーなんかは比較的簡単だった。読書なんてページをめくるだけだしね。


 食べるのは結構難しかった。箸は難しすぎて、スプーンで食べられる料理を用意してもらった。


 そんなこんなで二日経ち、慣れると楽しくなってきた。


 折り紙で鶴を折って見せると、先生はとても驚いていた。そして、今度はトランプを渡された。どうやら、トランプタワーを作れという事らしい。


 トランプタワーなんて作ったことないし、手を使っても無理な気がする。

 そういえば、テレビかなんかで巨大なタワーを作っている人を見たことがある。そういう上級者の記憶を体験できればなあ。


 と思った瞬間ローディングが始まって、僕は達人の感覚を少し知ることができた。手を使っている時点であまり参考にはならないけど、無いよりましかな。


 しばらく試したところ、やはりトランプタワーは難しい部類だとわかった。


 たぶん一番難しいのは、字を書くことだと思う。手を使っても綺麗な字を書くのは難しい。トランプタワーも同じで、何処までも上を目指せる類のものだった。


  * * *


 更に二日後、七月十一日。僕は地下室に二人を呼んで、練習の成果を見せた。


 床に綺麗に並べられたトランプの山から札が次々に浮かび上がり、精密に積み上げられていく。先生は目を見開いていた。


「いったい……何枚あるんだ? 何度も買い足しに行った覚えがあるが……」

「えっと、千枚くらいかな。ウィンチェスター宮殿をイメージしようとしたんですが、どうですか?」

「すごいな……。正直、こんなことは初めてだよ。このレベルになるのに普通は何年もかかるんだが……」

「そうなんですか……?」


 先生に褒められて、素直に嬉しくなった。


 ユキノは初めは目が釘付けという様子だったけど、すぐに「フン、魔術なんて……」と言わんばかりに無視していた。


 でも、上達が早いのは僕に天性の才能があるからじゃない。全てコデックスのお陰だ。ローディングで練習できる上に、寝ている間は現実を再現した空間に入って練習できる。ローディングの応用型だ。少し上達してくると、むしろこっちのほうが役に立った。


 イメージトレーニングだけでも数千回はしたかもしれない。



 それと、今朝、歯を磨きながら本を浮かせて読んでても、殆ど疲れなかった。少しずつ、僕の魔力量も増えているらしい。これからが楽しみだ。


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