第十話 『秘密』★
【登場人物紹介】〈桜屋雪乃〉
※このイラストは今後加筆修正するかもです
年齢 : 16才。人間より成長が遅いため13才くらいに見える。
血液型 : B
身長 : 150cm
体重 : 41kg
性格:
自信家で我儘。自他ともに認める最強格だからだれも文句は言えない。
好きなもの:
動物好き、特に猫がかなり好き。
個性:
色白、赤い瞳、黒髪ボブ。
人間は基本嫌いだけど、動物に異常なほど懐かれる。
能力・スキル:
変形する謎の武器クロエリミウム、通称クロエを使いこなして戦う。身体能力と戦闘センスが高いが、その反面、魔術はあまり使おうとしない。
僕の学校内での序列は、中の下と言ったところだと思う。
僕の学校は治安が良いとはとても言えない普通の公立中学校なのだけど、僕は今までいじめ、恐喝、校内暴力の類のどれにも縁があったことは無い。
と言っても、僕みたいに勉強も運動も普通以下で、特に取り柄も無い、休み時間に自席で読書してる奴が何不自由なく学校生活を送れるのは、偏に、光人と仲が良いからだと思う。
なぜ今こんな説明をするのかと言うと、神と遭遇した日の翌日、僕は普段通り学校に行ったからだ。
毎日あの地下室に通う必要があるわけだけど、正直、今日くらいは行っても良いんじゃないかと思う。
* * *
校門が見えてくると、周囲を見渡して、ポケットからキューブを取り出した。
使いかたはシンプルで直感的。僕の「キューブ」という言葉に反応して電源のオン・オフ。電源が入っている間は僕の思考をコデックスが読み取ってくれる。つまり念じただけで操作ができるし、頭の中で会話できる。逆に電源を切ると、コデックスは僕の脳内を読めなくなる。
コデックスの本来の長所を生かし、更に人間に優しいインターフェースが搭載されたわけだ。
さすがに学校に敵がいることは無いと思うけど、いつ何が起きるか分からない以上、電源は入れておくべきだと思う。
「……キューブ」
ピコンという音に続き、コデックスの声が僕の脳内に直接送られてくる。
――よい心がけだな。本当は常に入れっぱなしでもいいくらいだが。
あの銀髪の少年と同じ、無感情だけど綺麗な声だ。
コデックス、まあ無いとは思うけど、万が一周囲に危険があったら教えてくれ。
――無理だね。
なんで? 万能なんだろ?
――質問が馬鹿らしすぎて答える気になれない。
面倒くさいな。それじゃあ何を教えられるんだよ。
――君は何もわかってないな。未来が見えない上は、何事も危険だと断定できないし、逆にあらゆる事が危険になりうる。もっと具体的に聞いてくれ。
なぜ僕はダメ出しを受けてるんだ……?
たぶん、僕がキューブを貰って以来殆ど電源を入れてないから、コデックスは機嫌が悪いんだろう。僕としては、久しぶりに、常時監視からの自由を満喫してたんだけど。
そうだな、なら周囲に……半径一キロメートル以内に魔術師がいたら教えてくれ。
――了解。
僕はキューブをポケットにしまった。
にしても、魔術師なんてものが存在するとは思わなかった。
今まで急展開すぎてこんな事考える暇もなかったけど、冷静に考えると、尋常じゃない。
佐元先生の話だと、日本の魔術師の殆どは魔術協会の会員だけど、中にはどこにも所属しないフリーの魔術師もいて、大抵は一般人に紛れて普通に暮らしている。
でも中にはあの兄弟のような犯罪者達もいるらしい。協会に認識されている奴らは特定魔術師だなんて呼ばれている。
カレトリアスが動けない今でも、そういう奴らと出くわすのはできるだけ避けたい。
* * *
そんなことを考えながら、自分の教室まで辿り着いた。一年ぶりに見たような気さえする教室のドアを恐る恐る開ける。
挨拶を交わす相手もいなければ、目を合わせる人もいない。特に認識されない、空気のような存在。いつも通りの待遇にむしろ安心した。
でも、今日のクラスの雰囲気は普段と違った。
今朝は、光人がいつにも増して衆目を集めていた。教室の真ん中辺りの席に人集りができている。
光人は誘拐されて自力で生き延びたという事になっていて、生徒たちからすればまさに英雄というわけだ。
人集りを迂回して教室の後ろまで歩き、荷物をロッカーに入れ、安心の自分の席に座った。
こんな光景を、もう何度見ただろうか。案の定、光人は矢継ぎ早の質問に答えられず困惑している。完全にいつも通りの日常だ。
今までの出来事が夢だったのではないかとさえ思えた。
流石に僕も割り込めないし、授業が始まるまでライトノベルでも読もうかと考えていた、その時――
妙な視線を感じた。
「神之木君。ちょっといい?」
おそらく僕にしか聴こえ無い程小さな声。
恐る恐る声の方向、隣の席へゆっくりと振り向く。
そこには、いつ見ても息を呑むような美少女――夜久明理が、彼女には珍しい困り顔でこちらを見ていた。
「あ、えっと……」
やばい。急すぎてどう話せばいいか分からない。
「な……何ですか、夜久……さん」
僕は必死に平常を装って答えた。
二人は互いの目を合わせたまま、空気の凍りつくような緊張が走る。
「無理なお願いなのは分かるけど、今しかないから」
「え、はぁ……」
「聞きたいことがあるの」
夜久明理は少し迷うような様子だった。
永遠かと思える程の間をおいて、彼女は身を乗り出して僕に耳打ちする。
「その……コデックスについて」
「――は?」
驚いた僕は思わず聞き返して、慌てて周囲を見渡したけど、光人に夢中の皆は特に気にしていない様子だった。
「なんで知ってるの……?」
「ごめんなさい。あれの存在は京崎君から聞いたの」
「そっか……なるほど」
「京崎君、攫われた時の記憶が無いみたい――というか……私の記憶と違うのよね」
「そ、それは……不思議だね」
「ええ。だから……コデックスに聞けば何か分かるんじゃないかと思って」
知ってたけどこの人、賢すぎる……!
あの事件とコデックスの関係性に勘づいてるのか? ただコデックスに聞きたいだけ?
カレトリアスはアキトを生き返らせ、何者かに誘拐されたという設定で記憶を改竄していた。だからアキトは賀上兄弟も知らないし、自分が死んだ事も知らない。
でも、明理の記憶はそのままだったらしい。あの神様のミス……或いは雑なだけか。
これは……隠し通すとかできるのだろうか。
* * *
放課後、三人で誰もいない教室というベタなシチュエーション。
あの後、結局二人に説明するという事になったわけだけど、今日の授業中は気が気でなかった。ずっと、二人にどう言おうか考えていた。
でも、こうして集まって話すのは久しぶりだ。
僕の目の前に立つ光人と明理。夕日に照らされる二人の顔にも微かな緊張の色が浮かんでいる。
「すまない。どうしても言うべきだと思ったんだ。でもそれで明理を危険な目に合わせたたんだから、わけないよな……」
光人は申し訳なさそうにしていた。
「まあ、皆生きてるってことが何より大事だ。別に責める気もないよ」
でも、本題はここから。
僕は青く光るキューブを手に持ち、二人の前に差し出した。
こういう選択はコデックスに聞けない。僕の選択の結果は未来の情報だから。
こうなったら、ある程度は打ち明ける方が安全だろう……たぶん。
僕の手からキューブがふわりと浮かびあがるのを見て、目の前の二人は案の定目を丸くした。
「え、なにこれ……?」
明理は不思議そうに目を細めてキューブを指先でつついた。
「――僕はコデックス。アカシックレコードの番人……といったところだ。すまないが、触れるのはやめてくれ」
「しゃべったあ!?」
二人は息を合わせてお決まりのリアクションを見せてくれた。
その後色々と話したけど、二人ともコデックスの存在自体は感づいてたわけだから理解は早かった。
「アカシックレコードって……あの? 都市伝説かと思ってた……」
「コデックス……。お前やっぱり生きてたのか」
「好奇心旺盛なのは良いが、あいにく君達に教えられる事は殆どない。神之木ハルトは標に選ばれた。しかし、協会の援助がある為君達は何も心配しなくていい。それだけだ」
「コデックス、そんな雑な説明に納得できるかって」
僕は二人に、最近僕に起こった出来事を必要な分だけ説明した。
何やらデスゲームに巻き込まれたけど、協会に助けてもらった事。あの兄弟はもう粛清され……捕まった事。
……って、コデックスの説明と変わってない気もする。
二人はやはり、どこか納得しかねる様子だったけど、本当にこれ以上は教えられないんだよな。
「君達は今後、非日常的な現象を認知したとしても、極力近づかないでくれ。それと、この事を口外しないように願いたい。口止め料として何か得たい情報があれば……」
コデックスはそこまで言って、一瞬言葉を止め、二人の顔の高さまで静かに浮き上がって静止する。
「――いや、君らは既に全てを持っており、欲望というものが特に無いようだ。こちらも付け込めない。何ともつまらない人間だ」
おいおい……。ヴィランに似合うセリフランキング上位に入りそうな言い方だな。
「その全てを失いたくなければ、今後僕達に関わらないことだな」
コデックスの物言いは少し乱暴だったけど、無理やりにでも納得させる方が安全かもしれない。
「……ハルトはどう思うんだ?」
しかし、光人はまだ納得していないようだった。
「僕は……」
どう言うべきだろうか。
思えば、光人にコデックスの存在を教えてしまった時点で僕は光人を巻き込んでしまっていた。
秘密を本気で隠すには、秘密の存在自体を隠し通すべきだ。でも僕はそのストレスに堪えきれず、何度も打ち明けようとして、そのたびに失敗した。コデックスに妨害されたからだ。
でも光人だけは別だった。彼は必死に考え、聞き出そうとしてくれて、ほぼ自力でコデックスの存在に辿り着いた。
そして今日、僕は明理の圧力に気おされ、再び秘密を打ち明ける事となった。
僕にとっては誰より生きていてほしい二人だ。だからこそ、この厄災が終わるまでは、二人から離れる必要がある。
「――ごめん……こんな説明で納得出来ないのはわかる。でも……どうか僕を信じて、これ以上は……踏み込まないで欲しい。全て忘れて普通の日常に戻るのが、二人にとって一番安全だと思うから」
やっとの事で絞り出した。
一瞬、光人は考えたけど、直ぐにこう言った。
「分かった。今はそうしよう」
「いいの?」
明理は少し驚いた様子だった。
「ああ。ハルトが信じてくれって言うなら、俺は信じるよ。だってハルトの言うことはいつも正しかっただろ?」
「……はあ、本当に神乃木君信者ね」
明理は怪訝な顔で光人を見たけど、直ぐにこう続けた。
「でも、確かに私もそう思う」
「ありがとう……」
「俺達は大丈夫。それより自分の心配しろー」
光人は笑顔でそう言い、僕の肩をぽんと叩いた。
僕はその瞬間まで、光人が生きてるという実感が持てなかった。
中身は別人だったらとか勝手に変な想像をして、話すのが怖かった。
でもそんなこと無かった。
アキトはアキトだった。
* * *
こうして、僕は友達のいる日常から離れて魔術師の世界に入り込む事になった。
電子顕微鏡も人工衛星も存在するこの時代に魔術だなんて、普通信じられないだろう。
正直、僕も最初はそうだった。ただ、どれだけ荒唐無稽でも、僕がまだ息をしていて、そしてアキトが生きている以上、信じない訳にはいけない。
魔術という奇跡は確かに存在するという事を。






