序章
「どうしてこんなことになってしまったんだろうか。」
と吉岡彩斗(よしおかあやと)は死臭と銃声が巻き散らかされている繁華街でふと思った。見慣れた街並み、通い馴染みの店のカウンターの下に身を屈めてこの状況についてどうすれば生還できるのかを必死に模索していた時に湧き上がってきたのだ。
日頃の行いが決して素晴らしいものだったとは言えない。かといって唐突に奪われてしまってもいいとは言い難い。
ガチガチと鳴りやまない奥歯と反対にしゃがみこんだまま鉄のように動かなくなってしまった身体。
その右手には1丁のハンドガンが握られていた。H&K社のUSPコンパクト、ドイツの警察や法執行機関で使用されている拳銃だ。
しかし、とてもじゃないがそれ本来の役割は果たせそうにない。
使い方は確かに学校で教わったし、訓練で何度も撃ち続けてきた種類ではある。
けれどもたかが人生を20数年しか生きてない人間にいきなり人を撃てるわけがない。
ましてや今も散発的にではあるが確実に他人の人生を終わらせる破裂音が鳴り響いてる中でならなおさらのことだろう。
それは今握っている拳銃のような軽い音ではなく、身体の奥まで響くような重いライフルの音である。
今も流れ弾なのかそれとも既に誰かの命を奪い去ったかは分からないが1発の銃弾がカウンターを貫いて飛び込んできた。
彩斗は弾丸が飛び出してきた位置が自分よりわずかばかり離れていて安堵していた。
しかし直後にすぐ近くででうめき声と共に自らの肩に生暖かいモノが被ったことにより自分はたまたま運が良かっただけだと思い知らされる。
不幸なことにその弾丸は同じようにカウンターに隠れていた店長の眉間を貫いていたのである。
血の臭いなどは嗅ぎなれたものではあったが脳漿を始めとする体液の独特の臭いには耐えられるはずもない。馴染みの店長があっけなく死んでしまった事が逆にいい起爆剤となったのだろうか。
奥歯は鳴りやみ、身体は滑らかとはいかないものの動かせる様にはなっていた。
いつまでも隠れていたところで店長のように死ぬときはあっけなく死ぬものだ、と彩斗はわりきったのだ。
また少なからぬ憤慨もあった。
それは店長含む店内に転がる屍達に対してなのか、己に対してなのかは定かではない。しかしこのまま死んでしまうのも納得がいかない。
せめて一人でも相手を殺してやる。そう思いマガジンの弾数を確認する。
当たり前だが1発も減っていない。
ここで改めて自分は銃を抜いたにも拘らずチャンバーに弾丸を送り込んでない事を知った。スライドを引いて1発送り込む。銃声はすぐそばで響いているのだ。一瞬で狙える自信はあった。意を決して彩斗は身をさらした。