◇3話◇2人で迎えた初めての朝。俺は彼女の本性を垣間見る
夢を見ていた。とても楽しい、いい気分な夢だった。
絵本の中のように、明るいパステルカラーの世界で、年甲斐も無くはしゃいでる夢だった。
そこは、俺の暮らす森とは全然違って、太陽が燦々と降り注ぐ、明るい__
「お早うございます」
外は暗かった。ついでに、いきなり布団を剥がれたので、俺のテンションも暗かった、と言うより低かった。
俺は、窓から僅かに見える太陽を見る。次いで、こんな朝っぱらに俺を起こした少女を、ノエを見る。
「……ノエ。今何時だ」
「ちょうど、五時になった所です。時計くらい、ご自分で確認してください」
彼女は今日も今日とて、昨日と同じく全身真っ赤な衣装に身を包んでいる。あえて違う点を挙げるとしたら、その衣装が昨日のようにワンピースではなく、ワイシャツと赤いフレアスカートの組み合わせな事くらい。ついでに、室内なので例のフード付きのポンチョは脱いで、代わりに、これまた真っ赤なストールを肩にかけている。
話を戻そう。
そうか、五時の時点では、まだ太陽も起きたばかりなのか。そうか……
「俺はもう少し寝る。おやす、」
「二度寝とか許しませんよ」
ノエの腕が高速に動き、耳元では空気を切る音がした。最後まで言わせて貰えなかった。
二度寝を試みた俺の真横、つまり枕には、短剣がぶっ刺さっている。もちろん犯人は、今しがた俺を狙って刺しやがったコイツだ。
ノエは俺に馬乗りになった状態で、短剣をもう一本、腰辺りに付けているホルスターから取り出す。昨日使っていたモノとは違い、絵本に出てくる砂漠の盗賊とかが使っていそうな、刃が湾曲した、所謂ブッシュナイフと呼ばれるものだった。因みに、昨日使っていたのはタガーナイフだった気がする。
「まだ寝ていたい、と言うのであれば、私が直々に永眠につかせて差し上げましょうか?」
「起きます。すみません」
***
「ッたく、起こすなら普通に起こしてくれよ。そもそも、太陽がまだ出てないなら寝ててもいいだろ」
「クロード、貴方はまだ二十四ですから余裕があるんです。私の父なんて、日に日に動くのがめんどくさくなって、最近では主にお腹が凄いことになってるんですよ」
知るか。てか、それは早起きと関係ねェだろうが。
朝っぱらから奇襲__のようなもの__を仕掛けてきたノエに文句を言いつつ、いつもより早い朝飯を作る。本来ならば、昨日採ってきたキノコを使った味噌汁でも、と思ったのだが、『どっかの誰かさん』の放った銃弾のせいで、キノコを入れてた袋に穴が空き、キノコは消えてしまった。なので、今日の朝飯は、味噌汁・具無し。それと、玉ねぎ・人参・キャベツを手作りドレッシングで和えたサラダ。
「ほら、朝飯」
「あぁ、ありがとうござい、ま…」
素直に礼を言って、食事に手をつけようとした彼女は、しかし。言葉を喋りきる前に固まってしまった。木製のフォークが手から滑り落ちる。
「どうした?」
「……ど、どうしたも何もありません!この食事はなんですか!?ダイエット中か何かですか!?」
ダンッ、と勢いよく机を殴りながら叫ぶ彼女。ここまで人間らしい動揺を表せられるのか。朝っぱらから奇襲をかけてきた奴とは思えない。彼女の行動に理解ができない中、頭の片隅ではそんな事を考えていた。
床に落ちたフォークをちゃんと拾って、洗いながら、彼女に言う。
「ダイエットって、お前……。俺のこの体型のどこに、ダイエットの必要性があると思ってるんだよ。俺の朝はいつもこれだ」
手を拭いてから、わざわざ服をたくしあげて、本当に薄らとだが、割れている腹筋を見せながらそう言い切る。彼女は、ありえない……、と軽く頭を横に振りながら呟いて、軽く目を見開く。果たして、彼女のその言葉は俺の食生活に対するものなのか。それとも、俺の貧相な腹筋に対するものなのか。明らかに前者だろう。……後者であって欲しくは無い、絶対に。
普段から無表情がデフォの彼女は、軽く目を見開くことですら珍しい。とは言っても、俺たちが知り合ったのは昨日なので、彼女が本当に普段から、愛想のない、無表情なのかは、定かでは無いが。とにかく、出会って一日の俺でも思うくらい、似合わない表情を浮かべている彼女。
ノエはフラリ、とよろめいて顔に手を当てながら呟く。
「……なんで、サラダなんですか。せめて、サラダはサラダでも、サラダ油で炒めたチンジャオロースとか……。とにかく、朝は肉でしょう?」
「な、朝っぱらから肉とか、何考えてんだよ!どう考えても、体に悪いだろ!それとサラダ油とサラダは特に関連性無いから!」
「 あっ、そうなんですか……?じゃなくて!貴重なタンパク源を朝から摂取する事の、どこが悪いんですか!サラダは、肉を引き立たせるためのものでしょう!?なのに主役がいないって、貴方こそ、何を考えているんですか!そもそも貴方は狼なんですから、もう少しワイルドな生活して下さいよ!」
「それは野菜好き狼に対する差別だ!」
どうやら俺たちは、食べるものからして合わないらしい。
***
数十分後、お互いコレは無意味だと理解したので、口論を一段落させた俺たちは食事を始める。
先程とは打って変わって静かな食卓。俺は爺さんが死んでから今まで、一人暮らしが続いてたから、食事の最中に喋る習慣が無い。一方ノエも、食事は静かに食べるのが当たり前なのか、一言も口に出さない。それは別にいいのだが、せめて料理の感想くらい聞きたい。なにせ人に振舞ったのは初めてのことだ。
そうこうしている内に、食事が終わる。
「__ご馳走様でした」
「お粗末さまでした」
ようやっと、お互い口を開く。ここまで無言の食事が辛いものだとは思わなかった。コレは、今日の昼からどうするか、対策を立てた方がいいかもしれない。
俺が一人、これからの食事風景を模索していると、食器を運んだノエが一声掛けてきた。
「……サラダ、普段はあまり食べないのですが、その……、美味しかったです。欲を言えば、お味噌汁は何か具材が入っていると、嬉しいです」
では。
そう言って、少し駆け足で自室にとあてがわれた部屋へ向かって行った。
うん。自分の作ったものの感想を言われると、また作ろうと思う人の気持ちが少し分かった気がする。しかし、一言だけ言わせてくれ__。
味噌汁が具無しなの、昨日のお前のせいだから。
***
折角の早起きなので、軽くジョギングでもしようと思い、外に出ると、先に来ていたノエが、今朝俺を狙って刺したナイフで、何かをしていた。家の近くに生えている木の幹に、ナイフで傷をつけたかと思うと、どこからか持ち手付きのギロチンを取り出して、木を切り倒した。
ギロチンを持った彼女は、昨日のスタンガンや、銃を持った姿とは雰囲気が、鋭さが、まるで別だった。無駄が無く、容赦も無く、ただ、敵を殺すこと以外に考えていないように見えた。恐らく、昨日の俺に向けられていたのが、あのギロチンだったら、俺は今頃ジョギングになんて行けず、生きてすらいなかっただろう。
「クロード?」
どれほど彼女を見ていたのだろうか。たった数分だったのだろうが、情けない事に、身が竦んでしまった俺には数時間にも感じられた。
「クロード。どうかしましたか?……あっ、この木は切り倒してはいけないとかだとしたら、すみません。手頃なものだったので」
「あ、いや。別にソレは平気だ。けど、あんまり切り倒しすぎるなよ。生態系崩しかねないし、木で家を隠して、他の奴らと関わらないようにしてんだから」
彼女の殺意なんて、今の俺には関係ないか。彼女とは協定を結んでいる。俺が裏切りでもしない限り、彼女の刃が俺に向くことは無いだろう。
「所で、貴方は何処かへ行くのですか?」
「いや、ちょっとジョギングでも行こうかと思ってな。__一緒に来るか?」
先程は勿論、昨日のような敵意を向けてこないのをいい事に、俺はダメもとでノエをジョギングに誘う。てっきり、そこまで馴れ合うつもりは無い、とか言って断られると思ったが、
「いいですね。今から支度をしてくるので、少々お待ちください」
「支度?さっきまでナイフ振ってたんだし、そのままでいいんじゃないか?」
「コレはスカートですし、走るのには向いていません」
昨日は、そのスカート姿で俺を追ってたくせに……。
「分かったよ。でも意外だな。てっきり俺の誘いなんて断ると思ってた」
「だって、走ってたら殺せそうな【紅狼】が見つけられるかもしれないじゃないですか」
……そーですか。
つまり、俺とのジョギングを楽しむとか、健康のため、とかでは全く無く。自分の殺害相手を探すためか。
まぁ、いい。走ってる間にでも少し喋って、彼女の殺意が俺に向かないように仲良くするか。
「じゃあ、走りながら今日の昼飯とか晩飯の材料でも探すか」
「肉一択で」
「ふざけんな」
***
余談だが。アイツが着替えてきたら、赤いスカートが、赤いジーンズ生地のズボンになっただけだった。コイツは赤以外の服を持ってねーのかよ。
(続く)