◇15話◇黒い笑顔
「おォ、ノエ。カロン! 今回は世話になったな」
部屋に入ると、緩い格好をした二十四歳のクロードがベッドに座っていた。眠っていた期間のせいか、少しやつれて見えるものの、その表情は平素の彼と変わらなかった。……否、むしろ明るすぎた。普段よりも、いつもよりも、明るく快活であった。貼り付けたような、一片の曇りも無いほどの完璧な笑顔であった。ただ笑顔であるだけの人間の恐ろしさを、二人は初めて感じた。
「それじゃあ、あたし達は外にいるわねぇ。何かあったら言ってねん」
そう言って、ヘルは部屋をあとにした。気を利かせたのだろう。ノエはこの時、カロンと二人で入室して良かったと感じていた。一人でこの状態のクロードと対峙する勇気を自分は持っていないと、あのノエが臆したのだ。
「別に気ィ遣わなくてもいいのに…」
ボソリと呟いたクロードの声が、やけに大きく木霊する。
やはり彼は笑顔だった。いつも呆れたり、微笑してたりする顔が、今は見たことないくらい、心底楽しいというような笑顔だった。ヘルが外に出ていったことが楽しいと言わんばかりだ。体調が悪いよりは楽しい方が断然いい、そう分かってはいるが、それでも彼の今の笑顔は輝けば輝く程、ノエとカロンを不安にさせる。
ぐるり。
勢いよく首を、視線を二人に固定する。目線に貫かれた二人は、身体をビクリと竦ませた。
「そうそう。ノエ、カロン。ありがとうな」
にっこりと、笑顔を深めて礼を告げる。普段ならばここで憎まれ口の一つや二つ……三つ四つ……挟んだだろうが、今はそんな余裕は無い。ノエは言葉を詰まらせながらなんと切り出そうかと思案する。
「元気そうで、何よりです。あ、あの……私達、記憶を……」
「あァ、俺の記憶を見たんだったか?どうせ過去は過去だ。どうとも無ェよ。どうせなら何でも答えるぜ?なんか聞きたそうな顔だしな」
クロードは宙を見遣りながら平然とそう言い退ける。彼女が珍しくオドオドとしていることに、何も指摘する気配がない。普段ならば直ぐに心配して声を掛けてくるのに。むしろ気がついてすらいないのではないだろうか。
ノエは一抹の寂しさを覚えながら、小さく、しかし鋭く尋ねる。
「……クロードの、御両親は……」
「リリーッ!」
いきなり本題に切り込んだノエの言葉を、カロンが遮る。彼女地震も本来ならば雑談を挟んだりしたかったのだろう、口に出してからハッとした表情で口元を覆う。そんな二人を見て、クロードはカラカラと笑う。笑う。
「はは、いきなり深いとこ突くなァ」
「ッ!すみません……」
「あァ、責めてる訳じゃねェよ。気にしてねェし、別にいい。何、そこは見てねェの?」
笑いが納まった彼は、それでも表情は崩さずに尋ねてくる。居た堪れない気持ちのまま、自身の記憶を手繰り寄せる。
「私達が見たのはご両親と暮らしている所だけです。それに、私達が拝見したのは正しい過去というよりは、多少違うようでして……」
精神の核、過去をベースに作られた世界だ。そもそもノエ達が立ち入った時点で過去が書き変わってしまう。故に、見てきたあの光景は全てが全て事実という訳では無いだろう。
ヘルの特性を思い出したのか、あァとだけ呟いてクロードは微笑する。
「なるほどな。えーっと、俺のゴリョウシンか……。死んだよ」
「ッ」
なんでもないように言ってのけられた。実際、彼にとってはもう過去の事なのかもしれない。
衝撃を受けた二人を置いて、話を進める。踊るように手を舞わせて、続ける。
「母さんは、父さんが殺した。いつもみたいに殴ってたら、止まらなくて、殴り続けて、最後にはビール瓶で殴った。気づきたら、頭を始めとした色んな箇所から血が流れて、死んでた」
「……」
何も、声を掛けられなかった。




