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アマリリスと狼  作者: 鷹弘
第2章◇珍種売買と狼◇
50/53

◇13話◇「貴方は忘れっぽいから」

果たして何ヶ月ぶりか……

もしこの作品をまだ忘れていない方がいたら、ぜひ読んで頂けたら嬉しいです!

 それから二人は、まず夜が明けるのを待つ。

 空の巻き戻しからして、恐らく一日目の夜に戻ったと仮定しているが、果たして本当は今が何日目なのか、分からない。取り敢えず一日目の夜が明けた(と考えることにした)ので二日目の開始だ。

 太陽が昇り始めてまず辺りを歩き回り、遠目でクロードの家があることを確認し、森の様子などから、ここが三日前にやってきた、クロードの過去であると決定づける。そして同時に、ここに来る前にヘルが行っていた、「同じ場面を繰り返す」という言葉を思い出して。あの言葉は、今二人が陥っている状況を示していたのだ。

 二日目__二人にとっては五日目__の夜、クロードの家近くで、木に持たれながら話し合いを始める。

「どういうことだ……オレら過去に来たんだろ?で、その中で更に過去に戻ったってことか?」

「恐らくはそういう事だと、思われます」

 クロードの家の中に関しては、日中探索に費やしてしまったため、確認できていない。しかし、今家の中から怒鳴り声や泣き声は聞こえてこない。過去の通りなら、彼はそろそろ家の外に出てくるはず……。

「あ」

 虚ろな目をしたクロードが家から出てくる。

「クロード!!!!」

「バッ、カ……!」

 咄嗟に名前を叫びながら飛び出したノエを、しかしカロンは抑えられなかった。

 時間が巻き戻った今、クロードは二人のことを知らない。

「……誰だお前ら」

 酷く冷めきった目でコチラを見てくるクロードは、2人の知っている彼の姿とあまりにもかけ離れていて、言葉に詰まる。

 普段態度に出さずとも、ノエはクロードに対して、ほぼ無条件に信頼していた。そんな彼から向けられる、温度の伴わない眼光は、彼女の喉を緩く締め付けた。

「わ、私……」

 伸ばしかけた腕に、爪を立てながら引き寄せる。駄目だ、今は何を言っても逆効果になる。でも、このまま彼を放っておいたら、三日目の夜に彼は__!


「オレら迷ったんだ!」


 ノエの震える声を隠すかのように、カロンが被せる。勢いよく顔を上げる彼女を見向きもせず、カロンは引きつった笑みを浮かべたまま言葉を続ける。

「迷った……」

「そう!そしたら、お前が見えたから……お前、ここに住んでんだろ?」

 言いつつ、彼は腰に指していた剣を地面に放り捨てる。手を挙げて、自分に敵意がないことを示す。慌てて、ノエも自らの拳銃を投げ捨てた。

 しかしクロードはというと、捨てられた武器には目もくれず二人から片時も視線を外さない。

「……名前は」

 ややあって開いた口から発せられたのは、本当に短い一言。

「名前、俺の。なんで知ってる」

 誤魔化しきれなかった……。何を言っても、この場面は切り抜けられない。

「え、お前クロードって言うのか?」

「は?」

 しかし、カロンの口から飛び出したのは、ここにいる誰もが予測しなかった言葉だった。

 返答次第によっては、すぐにでも殺そうとしていたクロードだが、目を丸くして質問を返してきたカロンに、つい毒素が抜ける。それは、隣に立っていたノエも同様だった。声にこそ出さなかったものの、その心中ではクロードと全く同じ言葉を叫んでいた。

「いや、俺の知り合いで、銀髪でクロードっているから、一瞬そいつかと思ったんだよ」

 いやぁ、同じ名前なんて珍しいこともあるんだな。

 眉を下げて笑うカロンに、

「じゃあ……そいつはこんな見た目だっていうのか」

 月明かりの下、照らし出されるのは白銀に光る獣の耳と尻尾。瞳には、若干の恐怖と警戒が見え隠れする。

 その姿は、彼が人ではないことを示している。この森に入ってくる人間が、更にその人間が武装をしているならば知らないはずはないだろう、彼の姿が地上最強生物【紅狼(フェンリル)】であることを。そのうえで、知っている者ならばすぐに察しがつくだろう。彼が、その色が何を示すのか__。

「凄く、似ています」

 しかしノエは、その色を見て安心したように囁く。

 自身の姿を見て、驚きも恐怖もしない人間の言葉は、彼の警戒しきった心を溶かすには、十分な熱量を帯びていた。



   ***



 それから何度も何度もループを繰り返した。流石に2回目のような失態を繰り返さないために、クロードに近づく際には入念な警戒を怠らない。取り敢えず、すぐに声を掛けないように徹底した。

 しかしどれだけ距離が縮められても、三日目の晩にクロードは瓶の欠片を掴むし、止めようとすれば時が戻る。

 ループ回数が片手を越えた頃には、二人は精神的に疲弊していた。

「リリー……少し、別の行動をしてみねェか?」

「と言うと……?」

「例えば、人里に向かってみる、とか……」

 何を言っているんだコイツは。

 そう言わんばかりの表情でカロンを見つめる。この森は【紅狼(フェンリル)】のテリトリーであるため、周囲の人里はと言えば、ノエ達の住む場所くらいなのだ。そして、そこまでの距離は果てしなく長い。テリトリーと隣接した場所にあれば戦争になりかねないからだ。にも関わらずそんな提案をするとは、いくら疲れているからとはいえど、【狩人(シャスール)】としてもう少ししっかりしてもらいたいものだ。

 だが、活動拠点を移してみるという点だけを見れば良いアイデアと言える。ここ数回のループの中で、二人はクロードの家を中心とした周囲数キロをくまなく散策し尽くした。

 正直このままループを続けていても良い結果が得られるとは思えない。最終目標はハッピーエンド。しかもその方法がまだよく分かっていない。ならば、時間は有限。新しいことを試していくべきだ。


 取り敢えず、行ったことない場所まで進むことにした。とは言え、夜にはクロードを見守るため、行き過ぎない範囲で。

 数キロ先、【紅狼(フェンリル)】のテリトリーの端まで来た。明確な区分がある訳では無いが、雰囲気がガラリと変わるのだ。心無し、生き物の気配が漂う。テリトリー内では、あの狼達を刺激しないため、生き物は皆、息を潜めているのだ。ここまで来ると、改めてクロードの家がテリトリーの中心に位置していたことが分かる。

 と、森の境目に、目深に帽子を被った老人が立っていた。身体自体は引き締まっているにもかかわらず、不自然な程に臀部が盛り上がっている。そのアンバランスさは、正直に言って少し気持ちが悪い。帽子から覗く瞳は凛々しい。

 彼はこちらを見て、ただでさえ深い眉間の皺を、さらに刻んで睨みつけてきた。そして、その顔のまま、二人に早足で近づいてくる。目の前に立った彼は、普段のクロードに近い身長を持っており、二人は見上げる形になってしまった。

 緊張で強ばる姿を他所に、老人は低く尋ねる。

「お前たち、今何処から来た」

「えぇっと、森で迷っていて……」

「森……?」

 カロンの返答に眉をひそめ、二人の背後を見る。と、目を見開き呟く。

「何故森が……」

 まるで、そこに森があったことに気が付かなかったかのような彼の反応に、二人は顔を見合わせる。

「あの?」

 戸惑いながら掛けられる声に意識を取り戻した老人は、すぐに険しい表情へと戻す。

「お前たち、この中で何か見たのか。いや……何かに会ったのか」

 何か。

 それが何を示しているのか、当たりをつけながらも、敢えて答えずに首を横に振る。

「……いいえ」

「……そうか」

 二人が老人の求める何かを知っているかもしれない。その可能性を考えつかないはずもないが、彼はそれ以上追求してこなかった。

「……貴方は、一体なんですか?」

 老人はそれに答えることは無かった。チラリと視線を寄越すだけである。

 ややあって、彼は口を開く。その時、ノエとカロンは気づいた。帽子から覗く老人の白髪は、光を受けると銀色に発光して見えることに。

「儂は、願うだけしか出来ない老いぼれだ。アレを救いあげる何かを。それがきっと『幸せ』というものの正体なのかもしれない……」

 それだけ言うと彼は、アレが何を指しているのか告げないまま立ち去って行った。



   ***



 老人が去ってから、二人は彼の言葉を反芻しながらクロードの家まで歩き出す。もうすぐ日が暮れる。

「あの爺さんの言ってたアレって、クロードの事だと思うか?」

「あの方が誰なのか、私達に確証を持つ術はありません。よって、アレが何を指し示しているのかも同様です」

 何も出来ない、暗にそう言って諦めているようにも見えるが、カロンは少し違った。真っ直ぐに歩き続けるノエの表情は、昨日までの焦燥に駆られたものとは打って代わり、何か光を見つけた顔をしていた。

「__カロン」

 彼女の言葉が纏まるまで何も言わず、待ち続けたカロンに、ややあって彼女が声を掛ける。周りには何の気配も無いのに、囁かれたそれは、風の音に掻き消されそうなくらい脆く感じた。

「クロードの過去を変えないために、私達はこれまで彼にしか接触しませんでした。けれど、クロードに接触している時点で過去の改変は行われているのでは無いですか?」

「そりゃあ、そうかもしれねェけど……だからってどうするんだよ」

 すると、ノエは突然立ち止まる。反応の遅れたカロンは一歩先で振り返る。

 振り返った先に居たのは、随分久しぶりに見る、傲慢さを隠しきれない、ノエの薄い笑みだった。


「決行は__今夜です」



   ***


 夜。

 生き物の息遣いが全く聞こえない森の中、ノエとカロンは、窓の外から家を覗く。

 そこには、いつも通りの光景が拡がっていた。クロードの父親が母親を怒鳴り、殴り、罵倒する。母親はそれに対して泣きながら謝る。クロードはと言うと、暗がりの中体育座りをして、両親をただ眺めている。

 今回のループでは、まだ彼と接触していないので2人は認知をされていない。仕方がないだろう、毎回初対面として無感情な瞳を向けられるか、警戒心を向けられる。いい加減心が折れそうだ。

 クロードの両親が窓を死角に入れたと同時に、そっと中に侵入する。窓とは言っても、父親が暴れたからか、半分以上割れていた。二人が侵入しても騒がないことから、興奮しきっている、酒に脳をやられていることが伺える。

 だが、いくら鈍くなっているとはいえ世界最強の種族。チャンスは一回きり。

 父親が母親を殴ろうとしたその瞬間ッ!

「フッ__!」

 ノエとカロン、お互いの全体重を掛け、力いっぱい振り下ろした酒瓶は、クロードの両親から意識を奪う。

 今回は殺すことが目的ではないため、お互いの武器は使えなかった。なので、クロードの親が放置している酒瓶を二本、拝借していた。

 砕け散る硝子が、スローモーションで床に落ちていく。

「クロード!!!!早く!!!!」

 突然の事で理解が追いついていないクロードを、2人は間もなく家の外へと連れ出した。



   ***



 どれだけ走っただろうか。もう既にクロードの家は見えない。どころか、闇雲に走ったせいで今自分たちが何処にいるのかすら分からない。振り返ってみるが、追ってくる気配は無い。

 息を整えていると、掴んでいた腕が強く振り払われる。

 目を向けると、そこには仄暗い怒りを宿した瞳で睨んでくるクロードがいた。日々鍛えているはずのノエやカロンが息を切らしているにも拘わらず、クロードの呼吸は安定していた。流石と言うべきだろう。

 彼は尚も睨んだまま言葉を続ける。

「突然なんなんだ、お前ら」

「……」

 当然の疑問だった。

 繰り返すようだが、このループで彼らは初対面だ。いつものように蹲っていた所に乱入者が現れ、挙句走らされて警戒しない者が居るだろうか。

「……昨日、家を覗いてた奴らか」

 流石はクロード。両親が気づいていなかった存在をきちんと把握していた。しかし、それでも何もアクションを起こさなかったのは、どうでもいいと思っていたからだろうか。

「なんだ、家を見て俺が可哀想とでも思ったのか?」

 苦笑を浮かべる。

「これで助けたつもりか。そもそも、誰も助けてくれなんて言ってない」

 笑みを隠し、再び睨みつける。

「誰かが誰かを助けるなんて、無理だ。傲慢だ。英雄気取りか、感謝でも欲しいのか」

 クロードは吐き捨てるように言った。

「そんなに欲しいならいくらだって言ってやる。『ありがとう』、『君たちのお陰で助かった』。これで満足か?」

 棒読みな感謝は、まるで苦いものでも口に含んだかのような顔で述べられた。

「それでも俺が今後、あの家よりマシな場所にいけるなんて保証は何処にも無い。余計な事をするなッ」

 彼の目からは一筋の光がこぼれる。彼はそれに気づいていないのか、拭う素振りも見せずに続ける。

「誰がッ!辛いって言った!誰が、救ってくれ、」


「私が、貴方を救うんです!」


 クロードの身体いっぱいの叫びを遮る。ノエは、今が夜だとか、そんなことは頭になかった。ただ、これ以上クロードに言葉を紡がせたくなかった。

「貴方が私を誰だか分からなくても。辛いと思っていなくても。突然こんなことを言ってくる私を不審に思っても!」

 そこで、ノエは声を柔らかくする。

「クロード、貴方は私が幸せにします」

 クロードの涙を拭いながら、彼女は柔らかい声音で、しかし強く続ける。

「私の人生を、命を全て費やして。この身が朽ち果てるまで。貴方が邪魔だと、私を押しのけようとも、絶対に」

 彼女に名前を知られていた事に疑問を持つ暇もなく、クロードは目を瞬かせる。

 突然現れた、自分と同じ歳くらいの少女と少年。どうせ、たまたま家の様子を見て可哀想だと思い、中途半端に差し伸べられた手。初めて伸ばされた手ではあるが、それがすぐに消えてしまうと、クロードは疑っていなかった。この世に救いなんてあるはずがない。【紅狼(フェンリル)】の長とはいえ、群れに合わなければ、誰も自分をそう呼ばない。そもそもそんな称号のせいでこうなった。自分は今もこれからも、欲しくもない称号のせいで苦しむ。そう信じていた。

 にも拘わらず、この少女は初対面であるはずのクロードに、己の人生を掛けるとまで言ってきた。欲しくて止まなかった、けれど何処にもないと思っていた、幸せが、救いが、今は目の前に!すぐに手が届く場所に差し伸べられているッ!

 この事実だけで、クロードの心は溶かされていく。誰も信じないと固く決めた心は緩やかに、温度を持ち始めていた。

「なんで……なんでお前がそこまで……」

 すると突然、クロードの疑問に答えるかのように、空が逆回転し始める。ループが始まる。

 クロードは、異様なこの光景に驚く。

 カロンも、同様だ。まだ、何も成し遂げていない、クロードのハッピーエンドとは、なんなのだ。

 だが、ノエだけは自然とこのループの終わりを感じていた。誰に言われた訳でもないが、きっとこの後、現実へと戻れる、そう確信していた。

 ノエは、クロードからの質問には答えずに柔らかく笑う。そして、未だ戸惑っているカロンの腕を掴んで、銀色の少年に別れを告げる。__否、それは再開を願う、誓いの言葉だった。


「どうか……この赤を、目に焼き付けておいて下さいね」

ようやくループもおしまい。次回からは現実編です!

感想等頂けたら、きちんと読んでお返しさせて頂けます。

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